織田信長の姪ーprincess cha-chaー悪役令嬢?炎の呪縛と復讐の姫 

本能寺から始める常陸之介寛浩

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①④話 長良川

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 翌日、関ヶ原を出立して大垣と呼ばれる町でまた一泊し、ついに岐阜城下に到着した。



 私はこの間ほとんど誰とも話していない。



 宿舎ではお初がよく話しかけてきたが、軽くあしらうとお初は拗ねていた。



 輿の中や宿舎で考えることは、私はどうすれば良いのか?



 私は父上様たちの恨みを晴らすのに、私の非力な手で織田信長を討てるのか?



 失敗したら、私だけでなく、母上様そしてお初とお江も罰せられる不安は、岐阜城下に近づくにつれ大きくなる。



「茶々姫様、岐阜城の天守が見えて参りました」



 侍女のさつきが輿の外から言う。



「そうですか、興味ありません」



 しかしどのような所なのかと輿の御簾をそっと上げて見ると、遠く金華山の頂にそびえる立派な天守が目に飛び込んできた。



 山は深い緑に覆われ、春の陽光に照らされた斜面には新芽が鮮やかに映えている。



 中腹には灰色の石垣が連なり、その岩肌が切り立って自然の要塞のような厳しさを見せていた。



 そして頂上には、岐阜城の天守が白壁と黒瓦を輝かせ、青空にくっきりと浮かんでいる。



 小谷城の穏やかな佇まいとは異なり、その鋭く天を突く姿はまるで織田信長の冷酷な力を形にしたかのようだった。



 私は思わず手を震わせ、御簾を下ろした。



 だが、その姿が脳裏に焼き付き、小谷城の燃える情景と重なって離れない。



「皆、もうすぐだぜ、おっ、叔父御だ」



 輿が止まり、大きな川のほとりに差し掛かると、前田又左衛門利家が家臣を引き連れて待っていた。



 眼前には長良川が広がり、陽光を浴びた水面がキラキラと輝いている。



 川幅は広く、遠くの山々から流れ込む清らかな水が緩やかな波を立て、岸辺の葦や柳をそっと揺らしていた。



 川の流れに沿って、風が微かに香る草の匂いを運び、どこか穏やかな風景が広がっている。



 だが、その先にそびえる金華山と岐阜城の威容が、その平穏を打ち消すように私を見下ろしていた。



「慶次、松、お市様方の警護ご苦労だったな。羽柴の兵よ、これよりこの又左衛門利家が輿の担ぎ手を引き継ぐ」



 利家が落ち着いた声で言うと、羽柴方の兵の一人が前に進み出た。



 背の高い、日に焼けた男で、鎧の隙間から覗く目が鋭く光っていた。



「待たれよ、前田殿。羽柴の殿より岐阜城下まで確実にお届けせよと厳命を受けておる。最期まで我々が担がせていただきます」



 その声には、羽柴秀吉への忠義とわずかな苛立ちが混じっていた。



 利家は眉を軽く上げ、穏やかながらも威厳ある口調で応じる。



「ほう、猿の命か。確かにその忠義は立派だ。だが、もう川を渡れば岐阜城下、着いたも同然だ。ここからは上様直々にこの又左衛門利家に任された役目。そちらの務めは十分果たしたと言えよう」



 羽柴の兵は一瞬言葉に詰まり、周囲の仲間を見回した。



 すると別の兵、若い声の者が口を挟む。



「前田殿、それは分かるが、我らは羽柴藤吉郎様の命を果たさねば面目が立たん。岐阜城の門前まで届けねば、途中で何かあれば我らの責任だ」



「何かあるだと?」



 慶次が低く笑いながら割り込む。



「お前ら、俺や松が姫様方を無事にここまで連れてきたのを疑うのかい? それとも、この長良川にでも落ちるとでも思ってるのか?」



 羽柴の兵たちが一斉に慶次を睨む。



 だが、慶次の飄々とした態度に気圧されたのか、若い兵が少し声を小さくして返す。



「そういう意味ではない。ただ、殿の命は絶対で・・・・・・」



「命か。なら、上様の命はどうなる?」



 利家が静かに、だが鋭く切り返す。



「この岐阜城下で、お市様と姫様方を迎えるのは織田信長様直々のご命令だ。それを無視して筑前守の命を優先するなら、それは上様への不敬に他ならんぞ」



 その言葉に、羽柴の兵たちは互いに顔を見合わせ、沈黙した。



 長良川の水音だけが一瞬場を支配する。



 やがて、最初に進み出た兵が渋々といった様子で頭を下げる。



「前田様の仰る通りだ。我らはここまでだ。後は頼みます」



「うむ、分かればよい。労をねぎらうぞ」



 利家が頷き、穏やかに締めくくると、羽柴の兵たちは輿を静かに下ろした。



「姫様方、船を用意してあります。そちらで川を渡りましょう」



 川近くで輿から降り、私はそのやり取りをじっと聞いていた。



 羽柴と前田、それぞれの忠義がぶつかり合う様子は、この乱世の縮図のようだった。



「長良川ともうします。ここを渡れば岐阜の町ですぞ」



 遠目でも分かる。



 川の向こう岸は建物が密集し、賑やかな町並みが広がっている。



 屋根の連なりや煙が立ち上る様子が、遠くからでも活気を伝えてきた。



 その背後には金華山がどっしりと構え、山腹の石垣が陽に照らされて白く光り、頂上の岐阜城天守がまるで王のように全てを見下ろしている。



 私はその姿に目を奪われつつも、心の中でざわめく不安を抑えきれなかった。



「さっ、皆様方こちらへ」



 前田松が船に乗るように促す。



 母上様の顔をチラリと見ると、コクリと頷く。



 母上様は前田又左衛門利家とその妻を本当に信頼しているようだ。



 促されて小さな船に乗り込むと、船が岸から離れた。



 お初は私の腕にしがみつき、船が揺れるたびに小さく声を上げた。



 長良川の水面は近くで見るとさらに澄み、底に沈む小石や泳ぐ魚の影さえ見えるほどだった。



 川岸には柳の枝が水面に触れ、風に揺れるたびにさざ波が広がる。



 その向こうには金華山が迫り、頂上の岐阜城がますます大きく見えた。



「姉上様、恐い」



「何が恐いというのですか?」



「落ちたら流される・・・・・・」



「落ちなければ良いだけのことではないですか。しっかり座り前を見なさい。浅井の姫は怖がりだと嘲りを受けぬように、しっかり胸を張って前を見るのです」



 すると、母上様が、



「茶々、無理を申すでない。何事も初めては恐いものです、わかってあげなされ」



「しかし母上様」



「茶々、あなた少し無理をしていませんか?」



「・・・・・・」



 私は何も答えない。



 船が進むと、長良川の中央で紐に繋がれた黒い鳥たちを操る船が見えた。



 鵜匠が巧みに操る鵜が水面に飛び込み、鋭い動きで魚を追いかける。



 鵜が潜るたびに水しぶきが上がり、陽光に反射して虹色に輝いた。



 川の流れに逆らいながら泳ぐ鵜の姿は力強くもあり、どこか哀れでもあった。



 遠くの岸辺では、別の鵜飼い船が火を焚き始め、揺れる炎が水面に映り込んで赤い光を放つ。



 金華山の緑と岐阜城の白壁を背景に、その光景はまるで絵巻物のように美しかった。



 だが、私にはその美しさが虚しく響くだけだった。



「お初、恐がってないであれを見てみなさい」



 母上様が促す。



「わっ、黒い大きな鳥、あっ、潜った」



 お初は目を輝かせて見る。



「茶々、お初、あれは鵜と言う鳥で、あの鳥を使い魚を捕まえているのです。鵜飼いといいます」



「鵜飼い?魚を捕まえる?その魚を人が食べるのですか?」



「そうです。いっぱいに魚を飲み込んだ鵜を船に上げて吐かせて捕るのです」



「なんか可愛そう」



 お初はしんみりと言う。



 私は鵜飼いの光景をじっと見つめた。



 紐に繋がれ、自由を奪われた鵜が懸命に泳ぐ姿は、私たちの境遇と重なって見えた。



「私達は捕まった魚のようですね、母上様」



「何を言うのです茶々?」



「藤掛永勝や羽柴筑前、そして前田が鵜で、私達は織田信長の前に吐き出される。煮るも焼くも鵜飼い、織田信長の思い一つ」



 そう答えると母上様は黙ってしまった。



 私は再び金華山を見上げた。岐阜城の天守が、長良川の静かな流れを見下ろし、織田信長の支配を象徴している。



 その姿に、胸の中で復讐の炎が静かに燃え上がるのを感じた。



 お初は母上様の顔色が変わったことで同じくしんみりとし、お江は水面から出入りする鵜を見てキャッキャッと笑っていた。



 船が対岸に近づくにつれ、岐阜の町の喧騒が微かに聞こえ始め、金華山の威圧的な影が私たちを包み込んだ。

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