織田信長の姪ーprincess cha-chaー悪役令嬢?炎の呪縛と復讐の姫 

本能寺から始める常陸之介寛浩

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①⑤話 岐阜城下

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「お市様とその姫様だってよ」



「お市様といったらあれだろ?上様の妹君で、浅井家に人質として嫁いだ」



「あぁ~、不憫よな~」  



 長良川を渡り、再び用意された輿に揺られながら、私は耳に飛び込んでくる人々の声を聞いていた。



 輿の隙間から見える町人たちの姿が、ぼんやりと視界に入る。



 彼らは粗末な麻の服をまとい、手には農具や籠を持っている者もいる。



 子供たちが輿を指さし、母親に何か囁いているのが見えた。



 その視線は、好奇と哀れみに満ちている。



 浅井家の没落とともに、私とお初、そして母上様であるお市の方は、織田信長の妹としての立場と、浅井長政の妻や娘としての過去を背負い、見世物のように扱われているのだ。



 私は歯を食いしばり、胸の内で苛立ちを抑えた。



 輿の木枠が軋む音が耳に響き、外の喧騒と混ざり合う。



 長良川の水面が陽光を反射し、キラキラと輝いているのが一瞬見えたが、それさえも私の心を和ませることはなかった。  



「可哀想になぁ、浅井の姫様も大変だわ」



「あんな目に遭うなんて、運が悪かったとしか言えねぇよ」 

  

 町人たちの声がさらに大きくなり、哀れみの言葉が私の耳に突き刺さる。



 その時、輿の頭上で護衛を務めていた前田慶次利益が突然馬の歩みを止めた。



 彼の大きな手が槍を握り直し、その顔に怒りが浮かぶのが分かった。 

  

「お前ら、黙れ! 哀れみなんぞ誰が求めた!?」  



 慶次の声が雷鳴のように響き渡り、輿を担ぐ者たちさえ一瞬足を止めた。



 彼は馬から飛び降りると、槍を手に持ったまま群衆の中へと突進した。



 町人たちが驚いて後ずさる中、一人の男――年かさの農夫らしい粗野な姿の者が、慶次の前に立ちはだかった。  



「お前、なんだってんだ? 俺らはただ気の毒に思って――」  



「気の毒だと!? お前らのその薄っぺらい同情が、姫様方をどれだけ傷つけるか分からねぇのか!」  



 慶次の怒りは収まらず、槍の柄で地面を叩きつけた。



 ドンという鈍い音が辺りに響き、土埃が舞い上がる。



 農夫は怯んだ様子を見せたが、意地を張るように声を荒げた。  



「偉そうに言うなよ! 俺らはただ見てただけだ。文句があるなら上様に言え!」  



 その言葉に、慶次の目が一瞬鋭く光った。



 次の瞬間、彼は槍を振り上げ、農夫の足元近くに突き立てた。



 穂先が地面に刺さり、土が跳ねる。農夫は尻餅をつき、顔を真っ青にして後退った。  



「上様だろうが誰だろうが、俺は俺の信じる義を通す。お前らみてぇな口だけ野郎が、姫様方を侮辱するのを黙って見過ごすわけにゃいかねぇ!」  



 慶次の声には、ただの怒り以上の何かがあった。



 それは彼自身の誇りと、主君や護るべき者への忠義が混じり合った感情だった。



 私は輿の中でその光景を見つめ、彼の荒々しい行動に驚きつつも、その背中に宿る熱に心を動かされた。



 町人たちは怯え、散り散りに逃げ出し、やがて辺りは静寂に包まれた。  



「おら、見世物じゃねぇんだ、散れ!」  



 慶次は最後に槍をブンブンと振り回し、風切り音を響かせて残りの野次馬を追い払った。



 槍の穂先が陽光に反射し、鋭い光を放つ。



 彼の息が荒く、肩が上下しているのが見えた。



 私は内心で少しだけ溜飲を下げた。



 あの男の荒々しさは時に頼もしく映る。



 彼の背中は広く、革の鎧が陽に照らされて鈍く光っていた。 

  

 その時、輿の後方から穏やかな声が聞こえてきた。  



「まったく、慶次という男は・・・・・・呆れるほど短気。だが、その義理堅さは褒めてあげます」

   

 声の主は前田利家の妻、まつだった。



 彼女は輿の側に立ち、扇子を手に持って軽くあおぎながら、慶次の後ろ姿を見つめていた。



 まつは落ち着いた藍色の着物をまとい、髪を丁寧に結い上げている。



 その表情には呆れと優しさが混在し、夫の甥である慶次の行動を遠くから見守るような穏やかさがあった。



 彼女は私の方に目を向けると、柔らかく微笑んだ。  



「お市様、姫様方、あやつが騒がしくして申し訳ありませぬ。ですが、あの荒々しい心根には、確かに守るべき者を想う気持ちがある。そこだけは認めねばなりませんな」  



 まつの言葉に、私は小さく頷いた。



 慶次の行動は確かに乱暴で、周囲を驚かせるものだった。



 だが、彼が私たちを侮辱から守ろうとしたその姿勢は、まつの言う通り義理堅さの表れだったのかもしれない。



 私はまつの穏やかな声に、少しだけ心が軽くなるのを感じた。



 輿を担ぐ者たちが再び動き出し、足音が規則正しく響き始めた。



 私は目を閉じ、深呼吸をして気持ちを落ち着けた。  



 輿はさらに進み、やがて前田又左衛門利家の屋敷に到着した。



 輿が地面に下ろされると、土の匂いが鼻をついた。  



「さぁ~尽きましたぞ、我が屋敷にございます。少々手狭ですが松が綺麗にしております。おくつろぎください」  



 前田又左衛門利家がそう言って私たちを迎え入れた。



 確かに、屋敷は広大とは言えない。



 だが、庭に植えられた松の木は手入れが行き届き、青々とした葉が風にそよぐ様は心を落ち着かせた。



 松の枝は丁寧に剪定され、地面には落ち葉一つなく、まるで絵巻物のような美しさがあった。



 屋敷の周囲には低い土塀が巡らされ、その向こうに田畑が広がっているのが見えた。



 掃除の行き届いた二間の部屋が私たちに割り当てられ、畳の香りがほのかに漂う。



 畳は新しく、藺草の青い匂いが部屋を満たしていた。



 長い旅路で寺や粗末な宿に泊まってきた私たちにとって、この屋敷はまるで天の恵みのように感じられた。



 障子の隙間から差し込む光が、部屋に柔らかな陰影を描いている。  



 その時、利家の妻であるまつが再び姿を現し、私たちに静かに近づいてきた。



 彼女は手に小さな盆を持ち、そこには湯呑みと茶菓子が載せられている。



 まつは穏やかな笑みを浮かべ、私たちを見下ろすように言った。 

  

「お市様、姫様方、長き旅路お疲れでありましょう。この屋敷、我が家と思い使ってくださいませ。何かお困りのことがあれば、遠慮なく申してくださいな」  



 まつの声は柔らかく、まるで母のような温かさに満ちていた。



 彼女の言葉には、旅で疲れた私たちを労わる気持ちが込められているように感じられた。



 母上様はまつに軽く頭を下げ、静かに答えた。  



「まつ殿、ご厚意に感謝致します。しばらくお世話になりますが、どうかよろしくお願い致します」  



 まつは微笑を深め、盆をそっと脇に置いた。



 彼女の仕草は丁寧で、戦乱の世にありながらも穏やかな暮らしを保とうとする意志が感じられた。



 私はその姿を見つめながら、この屋敷での生活が一時の安らぎとなることを願った。  



 私は旅装束を脱ぎ、母上様が用意してくれた薄紅色の小袖に着替えた。



 布の感触が肌に優しく、旅の疲れを少しだけ癒してくれた。



 お初は隣で無邪気に裾を広げて遊んでいるが、私は鏡に映る自分の顔を見つめながら、複雑な思いに囚われていた。



 鏡は小さな手鏡で、木枠に細かな彫りが施されている。



 そこに映る私の顔は、疲れと緊張でわずかにこわばっていた。



 浅井家の姫としての誇りと、織田家の血を引く者としての重圧が、私の肩にのしかかっている。



 私は髪を整えながら、自分の目を見つめた。



 その瞳には、どこか諦めと反抗が混じり合っているように見えた。

   

 その時、母上様が部屋の入り口に立ち、藤掛永勝という男の挨拶を受けていた。



 藤掛は信長の命を受けて私たちをここまで護送してきた武将だ。



 背筋を伸ばし、礼儀正しく母上様に頭を下げている。



 彼の甲冑は黒と赤の色調で、旅の埃にまみれていたが、その姿勢には隙がない。  



「後の事は前田又左衛門殿にお任せ致すこととなりました」  



「そうですか、ご苦労でした。私達を匿ってくれた事、生涯忘れませぬぞ」  



 母上様の声は穏やかだが、その奥に秘めた強さが感じられた。



 お市の方は、浅井家が滅びた後も気高さを失わない。



 彼女の声には、長い苦難を耐えてきた者の静かな威厳があった。



 藤掛はその言葉に深く頭を下げた。  



「そう言っていただけて光栄にございます。私はこのまま登城いたし、事の次第を上様に説明してまいります。近々、上様にお目通りとなるかと思われます」  



「兄上様に会うか・・・・・・気乗りは致さぬが、会わねばなりますまい。姫達の身の安全を約束していただかねばなりませんので」  



 母上様の言葉に、私は一瞬息を止めた。



 織田信長――私の叔父であり、浅井家を滅ぼした張本人だ。



 彼に会うということは、私たちにとって新たな試練の始まりを意味する。



 お初はまだ幼く、そんな事情を理解していないだろうが、私は違う。



   「はっ、私からもその事お伝え致します。ではこれにて御免」  



 藤掛永勝は一礼し、静かに去って行った。



 足音が遠ざかり、部屋には再び静寂が訪れた。



 母上様が私たちの方を振り返った。



 彼女の着物は深い藍色で、袖口に小さな花の刺繍が施されているのが見えた。



 その姿は、まるで戦乱の中でも凛と咲く花のようだった。  



「茶々、お初、これからしばらくはこの屋敷に住まうことになるでしょう。良いですか、勝手に外に出てはなりませんよ。」  



「はい、母上様!」 

  

 お初は元気に屈託なく返事をした。



 彼女の声は高く、部屋に明るい響きをもたらした。



 一方、私はこくりと頷くに留めた。



 外に出られないことは分かっている。



 だが、この屋敷が私たちにとって安全な場所なのか、それとも新たな牢獄なのか、私にはまだ判断がつかなかった。



 私は障子越しに見える庭を眺め、松の枝が風に揺れる様子を見つめた。



 その動きは穏やかで、まるで時間が止まったかのように感じられた。  



 部屋の中には小さな火鉢が置かれ、炭が静かに赤く燃えている。



 暖かさがじんわりと広がり、旅の疲れを癒してくれるようだった。



 私は膝を抱え、火鉢のそばに座った。



 お初は母上様に寄り添い、何か小さな話をしているようだ。



 彼女の笑い声が時折聞こえ、その無邪気さが私には眩しく映った。



 私は自分の心の中にある暗い影を振り払おうと、火鉢の炎を見つめた。



 赤い光が揺れ、まるで私の心の揺らぎを映しているようだった。  



 屋敷の外からは、時折風が木々を揺らす音が聞こえてくる。



 遠くで鳥の声が響き、静かな田舎町の日常が感じられた。



 私は目を閉じ、この一時の平穏がどれだけ続くのかを考えた。



 母上様の言葉が頭をよぎる。



 信長に会う日が近づいている。



 その時、私たちは何を求め、何を失うのだろうか。



 私は答えを見つけられず、ただ静かに時が過ぎるのを待った。  

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