織田信長の姪ーprincess cha-chaー悪役令嬢?炎の呪縛と復讐の姫 

本能寺から始める常陸之介寛浩

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②⑧話 守山城の生活

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 守山城に来て二ヶ月が経った。



 1574年、春の終わり。



 空はいつも重たい雲に覆われ、どこか遠くで鳴る鳥の声さえくぐもって聞こえる。



 この城は小さく、石垣には苔がびっしりと生え、風が吹けば屋根の軒から木の軋む音が響く。



 かつて父、浅井長政が治めた小谷城の華やかさとは比べものにならない。



 それでも、私たち――母上様とお初、そして私、茶々――にとって、ここが今、唯一の居場所だった。  



 母上様は強い人だ。



 浅井家が滅び、父上が織田信長の手によって命を奪われたあの日から、彼女は私たちを守るために全てを捧げてきた。



 伯父、織田信長からの化粧料が届いたのは、この城に移って間もない頃だった。



 その金で母上様は小者や近習を雇い、私たちのために手習いや生け花の師匠を屋敷に呼んでくれた。



 岐阜のような賑わいはない。



 守山の町は小さく、商人の数も少なく、物資は乏しい。



 それでも、母上様は懸命に私たちを育てようとしている。



 その姿を見るたび、胸が締め付けられる。



 そして同時に、別の感情が疼く。



 信長。



 あの男が私の父を殺した。



 この穏やかな暮らしも、あの男の気まぐれな施しに過ぎないと思うと、怒りがこみ上げてくる。



 私はこの手で、いつかあの男に報いを――そう、心の奥で誓う。  



 その日、手習いが終わり、昼食を済ませた後のひとときが訪れた。



 お初はいつものように昼寝の時間に入り、私は母上様を独り占めできる貴重な時間を手に入れた。



 部屋の中は静かで、窓から差し込む薄い光が畳に淡い影を落としている。



 母上様は扇子を手に軽く風を送りながら、穏やかな笑みを浮かべていた。



 その仕草があまりにも優雅で、戦国の世に生きる武家の女とは思えないほどだった。  



「母上様、手習いや生け花だけじゃなく、小太刀や薙刀も教えてください」

   

 私の声は少し掠れていた。



 自分でも気づかないうちに、言葉に熱がこもっていたのかもしれない。



 母上様は扇子を止めて、私をじっと見つめた。



 その瞳は深い湖のようで、何かを読もうとしているようだった。  



「そうねぇ・・・・・・武家の娘として生まれたからには、身を守る術は必要でしょうね。でも、まだ早いと思いますよ」

   

「私はこの戦国の世を一人で生きていける力が欲しいんです」

   

 母上様の眉がわずかに動いた。



 驚きと、ほんの少しの悲しみが混じった表情だった。

   

「一人で? それは到底無理なこと。あなたは滅亡したとはいえ大名の姫よ。家臣を頼ることを覚えなさい。」  

「家臣・・・・・・」

   

 私は言葉を呟きながら、視線を落とした。



 かつて父上が治めた近江には、数え切れないほどの忠義者がいた。



 けれど今、私たちに残されたのはわずかな近習と、母上様が新たに雇ったばかりの者たちだけだ。



 その者たちすら、本当に信じられるのかわからない。  



「いずれあなたも近習を雇うときが来るでしょう。その時、良い人物を迎えるのです」  



 母上様の声は優しかったが、そこには確固たる意志が宿っていた。



 私は思わず口を開いた。  



「だったら、前田慶次利益を雇いたいです、母上様」  



 母上様が突然笑い出した。



 その笑い声は部屋中に響き渡り、私の耳にまで届いて少しだけ気恥ずかしかった。  



「はははははっ、あの者を雇うには大名に匹敵する領地を持たなければ無理でしょう。あの者は、いずれ城持ちになる男だと母は思っていますよ。又左衛門を支える前田家の家老になるでしょうね」 

  

「母上様は又左衛門利家が出世すると思っているのですか?」  



「もちろんです。あの者は兄上様も惚れておりますからね。近々、城が与えられるでしょう」 

  

 それほどの人物なのか?



 私は心の中で呟いた。



 前田利家――背が高く、顔には戦の傷が刻まれているが、どこか裏表のない雰囲気を持っていた。



 けれど、私にはどうでもいいことだった。



 信長に気に入られているなら、むしろ警戒すべき相手だ。



 父を殺したあの男に忠誠を誓う者など、私にとっては敵でしかない。  



 母上様と話していると、城外に用を済ませに行っていた侍女のさつきが戻ってきた。



 彼女は軽く息を切らせながら、畳に膝をついて頭を下げた。  



「ただいま戻りました」  



「ご苦労でした」  



 母上様の声はいつも通り穏やかだった。



 さつきは顔を上げ、少し困ったような表情を浮かべた。

   

「御方様、物の値段が大変上がっております。それに、守山では岐阜と違って商人が少なく、あまり良い物が手に入りませんでした」  



「そう、仕方ないわね。そのうち誰か岐阜に買い出しに向かわせましょう」

   

 その言葉を聞いて、私は思わず身を乗り出した。  



「母上様、その買い出し、私も行きたいです」

   

 母上様の顔が一瞬硬くなった。



 そして、静かに首を振った。  



「茶々、それは駄目です。近習に雇った者がおりますが、まだ素性が確かだとわかったわけではありません。あなたたちを預けて良い人物か見定めるまでは、警護を任せられません」

   

「母上様、それはあの者たちが武田や上杉の間者かもしれないということですか?」  



 私の声には、少しだけ苛立ちが混じっていた。



 母上様は目を細め、ゆっくりと頷いた。  



「それだけでなく、一向宗徒かもしれません。あなたたちをさらって伊勢の長島に幽閉するかもしれない。兄上様は近々攻め滅ぼすと騒いでいるとか」

   

「伯父上様、また皆殺しを?」  



 言葉が口をついて出た瞬間、喉が締め付けられるような感覚に襲われた。



 信長の名を口にするたび、私の心は暗い渦に飲み込まれる。



 あの男が父を殺した日のことを思い出す。



 小谷城が燃え上がり、父上が最期に母上様へ私たちを託した声が、今でも耳に残っている。



 そして、その全てを奪ったのが織田信長だ。  



「するでしょうね、あの気性なら・・・・・・いいですか、戦が近いのですから、城の外に出ようなどとは以ての外。しばらくは城の中で我慢しなさい」

   

 母上様の言葉は厳しく、私の願いを切り捨てるように響いた。



 私は唇を噛み、畳に視線を落とした。  



 外出を強く止められてしまった。



 この手狭な城で、手習いと生け花に明け暮れる日々。



 それこそが幽閉だと、私は思わずにはいられなかった。



 母上様は私を守ろうとしている。



 それはわかる。



 けれど、この城の壁の中で息を潜め、信長の影に怯えながら生きることは、私にとって耐え難い苦痛だった。



 いつか、この手で復讐を果たしたい。



 その思いが、私の胸の奥で静かに、しかし確実に燃え続けていた。  
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