織田信長の姪ーprincess cha-chaー悪役令嬢?炎の呪縛と復讐の姫 

本能寺から始める常陸之介寛浩

文字の大きさ
30 / 70

②⑨話 脱走

しおりを挟む
 数日後の朝、私は決意した。



 母上様や近習の隙を突いて、城の外に出る。



 止められていた外出。



 けれど、この城の中での生活があまりにも窮屈で、息が詰まるようだった。



 手習いと生け花の日々は、私の心を縛る鎖にしか思えなかった。



 私は自由が欲しかった。



 そして、何より、信長の支配するこの世界の外を、自分の目で見てみたかった。  



 裏門のそばで近習が目を離した瞬間、私は素早く動き出した。



 小さな木戸を抜け、石垣の陰を進む。



 足音を殺し、息を潜めて城の外へ出た瞬間、冷たい春の風が頬を撫でた。



 初めて味わう解放感に、胸が震えた。



 だが、同時に、母上様の言葉が頭をよぎる。



「戦が近いのですから、城の外に出ようなどとは以ての外」



 その警告を無視した罪悪感が、ほんの少しだけ心を刺した。 

  

 守山城の外の町は、確かに小さかった。



 一時も歩けば一周できてしまうほどだ。



 通りには賑わいなどなく、菜っ葉や干した魚を売る下々の者たちが、ぼんやりと並んでいるだけ。



 岐阜のような華やかさはなく、物珍しさもない。



 私は少し失望しながら、城に戻ろうと踵を返した。



 その時、一人の僧侶が目にとまった。  



 僧侶は道の片隅に立ち、笠をかぶり、杖を手にしていた。



 口からは呪文のような言葉が繰り返し漏れている。



「なんまいだ、なんまいだ、なんまいだ・・・・・・何枚だ?」



 私は一瞬、何を数えているのかと首を傾げた。



 近づいて耳を澄ますと、それは「南無阿弥陀仏」という念仏だった。



 後に知ることだが、これは『托鉢』という行為だという。



 僧侶が民から施しを受け、祈りを捧げるものらしい。  



 私は興味を引かれ、しばらくその僧侶を見つめた。



 彼は私の視線に気づいたのか、動きを止め、膝を地面につけた。



 そして、笠をずらして顔を見せた。



 年の頃は五十を過ぎているだろうか。



 皺だらけの顔に、穏やかな笑みが浮かんでいた。  



「どこぞの姫子かの? 恐いものを見せてしまったのぉ、申し訳ない」  



 その言葉が終わる前に、背後で怒声が響いた。  



「織田家の領地で一向宗が托鉢とは、度胸があるのか馬鹿なのか、斬って捨ててやる!」

   

 振り返ると、一人の武士が太刀を抜いて僧侶に斬りかかっていた。



 その姿から、大叔父・織田孫十郎の家来だろうと推測できた。



 私は息を呑んだ。



 だが、次の瞬間、僧侶は杖を素早く構え、太刀を受け止めた。



 金属音が響き、太刀が弾き飛ばされる。  



「僧侶風情がこしゃくな!」  



 武士は怒りに顔を歪め、腰刀を抜いて再び斬りかかった。



 だが、僧侶は冷静に杖を振り、武士の左肩を突いた。



 武士は呻き声を上げ、後ろに転がった。  



「おのれ、こしゃくな!」 

  

 騒ぎを聞きつけた町人たちが集まり始めた。



 彼らは僧侶に向けて拍手喝采を送り、武士には罵倒を浴びせた。



 中には石を投げつける者まで現れ、武士は慌てて太刀を拾い、逃げるように走り去った。  



 僧侶は静かに手を挙げ、群衆を制した。  



「皆の者、やめよ。かの者にも事情があってした行為。阿弥陀如来様はきっと許して下さる。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」  



 その穏やかな声に、私は目を丸くして見つめていた。



 僧侶はそれに気づき、私に軽く会釈した。  



「おっと、これはいかん。またどこかでな」

   

 その時、遠くから足音が聞こえた。



 先ほど逃げた武士が仲間を連れ、槍を手に走ってくるのが見えた。



 僧侶は素早く群衆の陰に身を隠し、路地へと消えていった。  



「おい、娘、貴様はあの僧侶を知っているのか?」  



 武士の一人が私に近づき、鋭い声で問うた。



 私は首を振った。



 だが、彼らは疑いの目を向けた。  



「この娘、あの坊主の仲間やもしれぬぞ」

   

「一向宗門徒か?」  



「捕まえておびき出すのに使うか?」  



 一人が手を伸ばしてきた。



 私は反射的にそれを払い、身を引いた。  



「小娘のくせにこしゃくな!」  



「小娘ではない。我が名は浅井茶々じゃ」

   

「浅井?」  



「おい、それが本当だとまずいぞ、殿がお預かりになっている姫だ」

   

「あっ」 

  

「怪しいがほっておこう」

   

「うむ、仕方あるまい」

   

 私の名を聞いた途端、彼らの顔色が変わった。



 青ざめた顔で互いに目配せし、これ以上関わらないようにと、僧侶を追う名目で散っていった。



 その滑稽な姿に、私は思わず笑いをこらえた。



 だが、心の奥では別の感情が渦巻いていた。



 浅井の名が、こんな小さな町でもまだ重みを持つことに驚きつつ、それが信長の手下たちの恐怖を引き起こすことに、ほのかな満足を感じていた。  

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

ソラノカケラ    ⦅Shattered Skies⦆

みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始 台湾側は地の利を生かし善戦するも 人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される 背に腹を変えられなくなった台湾政府は 傭兵を雇うことを決定 世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった これは、その中の1人 台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと 舞時景都と 台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと 佐世野榛名のコンビによる 台湾開放戦を描いた物語である ※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...