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③⑨話 負けて勝つ
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翌日、城の城門は閉ざされ、重苦しい空気が漂っていた。
大叔父・織田孫十郎信次の死の報せが届いた夜が明け、守山城はまるで息を潜めるように静まり返っていた。
その静寂を破るように、嵐が襲った。
秋の風が唸りを上げ、雨が石垣を叩きつける音が城内に響き渡った。
雨戸は固く閉められ、過ぎ行く秋の嵐をただ待つしかなかった。
部屋の中では、灯籠の火が風に揺れ、畳に不安定な影を落としていた。
「姉上様、恐いです。それに、城の雰囲気がおかしい」
お初が私の袖を掴み、震えながら呟いた。
大叔父の死を知らせていない彼女だったが、家臣たちのざわめきや、いつもと違う空気を敏感に感じ取っていたようだ。
その小さな体が、私に寄り添うように縮こまっていた。
一方、お江はおかまいなしに覚えたての立ち歩きで部屋を縦横無尽に動き回っていた。
キャッキャッと笑いながら、畳の上をふらふらと歩き、時折転んではまた立ち上がる。
その無邪気さが、かえってこの重苦しい空気を異様に感じさせた。
私が厠に立つと、当然のように小太郎が付き添った。
彼は羽織を着ていたが、その下はたすき掛け。
帯に刀を差し、いつでも抜けるように構えている。
私たちに何かあれば戦えるよう、常に仕度を整えているのだ。
その姿勢に、私は一瞬だけ安心を感じたが、同時に、彼が私の監視者であることを思い出した。
ガタガタと風で鳴る雨戸の廊下を厠に向かって歩くと、途中で異変に気づいた。
廊下が一カ所、外から雨風が入り込んで濡れている。
雨戸の隙間から冷たい風が吹き込み、床に水滴が散っていた。
「姫、戸を閉め直します。しばしお待ちを」
小太郎が先にその隙間に近づいた。
彼は羽織を脱ぎ、雨戸に手を掛けた瞬間、鋭い声を発した。
「何やつ!」
「はぁ~はぁ~はぁ~、怪しい者ではございません。姫に、茶々様に最期一目・・・・・・」
その声に、私は凍りついた。
聞き覚えのある、掠れた声。
息を呑みながら、私は恐る恐る近づいた。
「姫様、こちらに来てはなりません」
小太郎が私を止めたが、その声の主を確かめずにはいられなかった。
私は彼の制止を振り切り、雨戸の隙間に近づいた。
そこにいたのは、宇津呂だった。
雨戸の隙間から見えた彼の姿に、私は息を呑んだ。
大雨に滲む血が、彼の体を赤く染めていた。
はだけた鎧が、風に揺れ、腹部から流れ出る血が地面に滴り落ちていた。
手にしていた太刀を後ろに回し、跪き、頭を下げている。
その姿は、まるで最期の礼を尽くすかのようだった。
「姫様、最期に一目と思い忍び込みました。お許しを」
彼の声は弱々しく、風に掻き消されそうだった。
私は衝動的に大雨の庭に駆け下りた。
冷たい雨が私の着物を濡らし、髪を顔に貼り付かせたが、そんなことは気にならなかった。
「宇津呂、何があったというのですか?」
私は彼の前に跪き、その顔を見た。
彼の目は虚ろで、だが私を見つめる光はまだ消えていなかった。
「姫様、織田家に一矢報いるために長島一向一揆に加担いたしました。姫様のおかげで織田一族隊を強襲できましたぞ」
「私のおかげ?」
私は目を丸くした。
彼の言葉が、頭の中で響いた。
「えぇ、姫様が織田孫十郎など一族が集まって隊となっていると教えてくれたおかげで狙いが定めやすくなり申した。勝ちましたぞ、我は・・・・・・うっ」
宇津呂は腹を押さえながら言った。
その抑えている腹からは血が流れ出し、雨に混じって地面を赤く染めた。
私はその光景に息を呑んだ。
私が何気なく話した情報が、彼の戦いを助け、大叔父の死に繋がったというのか。
「宇津呂、怪我をしているのですね? 小太郎、この者は私の知り合い、すぐに手当を!」
私は叫んだが、小太郎は首を振った。
その冷たい目に、私は一瞬怯んだ。
宇津呂が弱々しく笑った。
「種子島を腹に受けたので、もう持ちますまい。姫、織田信長の首は取れませんでしたが、孫十郎の首は取りました。一矢報いましたぞ」
その言葉に、私の胸が熱くなった。
彼は浅井の恨みを晴らすために戦い、命を賭して織田家に一矢報いたのだ。
「宇津呂、よくやりました。褒めてつかわします」
私の声は震えていたが、心からの言葉だった。
彼は浅い息をつきながら、目を細めた。
「ありがたき御言葉。これで浅井家から逃げた私は、亡き殿に許されるでしょうか・・・・・・」
「宇津呂?」
彼の声が途切れた。
腹を抑えていた手が地面に付き、がくりと力が抜けたようだった。
それ以上、何も話さなくなった。
私は近づこうとしたが、小太郎が私の手を掴み止めた。
「姫、こやつは死んでおります」
「死んだ? 宇津呂が?」
「はっ。姫、これ以上何も申されますな。私も元は浅井家の者。何があったか察します。この者、私が責任を持って供養しますのでお下がりを。さつき、さつき、急ぎ来てくれ!」
小太郎の声に、初めて感情が滲んでいた。
彼が浅井家の者だったという告白に、私は一瞬言葉を失った。
廊下を駆けてくるさつきの足音が近づく中、私は宇津呂の亡骸を見つめた。
雨に濡れたその顔は、穏やかに眠っているようだった。
「まぁ~姫様、この様にずぶ濡れになって何があったというのですか? 小太郎は?」
さつきが私の腕を掴み、驚きの声を上げた。
「それがしは外、今し方怪しき人影が庭に見えた。庭を見て回るから姫様を早く城の奥に」
小太郎が冷静に答えた。
彼は外から雨戸を閉め、宇津呂の亡骸を隠すように動いた。
「わかりました。くれぐれもご用心を」
さつきに抱えられ、私はあっけにとられているうちに部屋に戻された。
濡れた着物が体に貼り付き、冷たさが骨まで染み込んだ。
だが、私の心は熱く燃えていた。
部屋に戻り、さつきに着替えさせられながら、私は宇津呂の最期を繰り返し思い返した。
彼は浅井のために戦い、織田家に一矢報いた。
私の何気ない言葉が、その戦いを助けた。
そして、彼は命を落とした。
宇津呂が果たせなかった信長の首を取る夢を、私が引き継ぐべきなのかもしれない。
この狭い城に閉じ込められ、監視される日々に終止符を打つ時が来た。
その思いが、嵐の夜に静かに燃え続けていた。
大叔父・織田孫十郎信次の死の報せが届いた夜が明け、守山城はまるで息を潜めるように静まり返っていた。
その静寂を破るように、嵐が襲った。
秋の風が唸りを上げ、雨が石垣を叩きつける音が城内に響き渡った。
雨戸は固く閉められ、過ぎ行く秋の嵐をただ待つしかなかった。
部屋の中では、灯籠の火が風に揺れ、畳に不安定な影を落としていた。
「姉上様、恐いです。それに、城の雰囲気がおかしい」
お初が私の袖を掴み、震えながら呟いた。
大叔父の死を知らせていない彼女だったが、家臣たちのざわめきや、いつもと違う空気を敏感に感じ取っていたようだ。
その小さな体が、私に寄り添うように縮こまっていた。
一方、お江はおかまいなしに覚えたての立ち歩きで部屋を縦横無尽に動き回っていた。
キャッキャッと笑いながら、畳の上をふらふらと歩き、時折転んではまた立ち上がる。
その無邪気さが、かえってこの重苦しい空気を異様に感じさせた。
私が厠に立つと、当然のように小太郎が付き添った。
彼は羽織を着ていたが、その下はたすき掛け。
帯に刀を差し、いつでも抜けるように構えている。
私たちに何かあれば戦えるよう、常に仕度を整えているのだ。
その姿勢に、私は一瞬だけ安心を感じたが、同時に、彼が私の監視者であることを思い出した。
ガタガタと風で鳴る雨戸の廊下を厠に向かって歩くと、途中で異変に気づいた。
廊下が一カ所、外から雨風が入り込んで濡れている。
雨戸の隙間から冷たい風が吹き込み、床に水滴が散っていた。
「姫、戸を閉め直します。しばしお待ちを」
小太郎が先にその隙間に近づいた。
彼は羽織を脱ぎ、雨戸に手を掛けた瞬間、鋭い声を発した。
「何やつ!」
「はぁ~はぁ~はぁ~、怪しい者ではございません。姫に、茶々様に最期一目・・・・・・」
その声に、私は凍りついた。
聞き覚えのある、掠れた声。
息を呑みながら、私は恐る恐る近づいた。
「姫様、こちらに来てはなりません」
小太郎が私を止めたが、その声の主を確かめずにはいられなかった。
私は彼の制止を振り切り、雨戸の隙間に近づいた。
そこにいたのは、宇津呂だった。
雨戸の隙間から見えた彼の姿に、私は息を呑んだ。
大雨に滲む血が、彼の体を赤く染めていた。
はだけた鎧が、風に揺れ、腹部から流れ出る血が地面に滴り落ちていた。
手にしていた太刀を後ろに回し、跪き、頭を下げている。
その姿は、まるで最期の礼を尽くすかのようだった。
「姫様、最期に一目と思い忍び込みました。お許しを」
彼の声は弱々しく、風に掻き消されそうだった。
私は衝動的に大雨の庭に駆け下りた。
冷たい雨が私の着物を濡らし、髪を顔に貼り付かせたが、そんなことは気にならなかった。
「宇津呂、何があったというのですか?」
私は彼の前に跪き、その顔を見た。
彼の目は虚ろで、だが私を見つめる光はまだ消えていなかった。
「姫様、織田家に一矢報いるために長島一向一揆に加担いたしました。姫様のおかげで織田一族隊を強襲できましたぞ」
「私のおかげ?」
私は目を丸くした。
彼の言葉が、頭の中で響いた。
「えぇ、姫様が織田孫十郎など一族が集まって隊となっていると教えてくれたおかげで狙いが定めやすくなり申した。勝ちましたぞ、我は・・・・・・うっ」
宇津呂は腹を押さえながら言った。
その抑えている腹からは血が流れ出し、雨に混じって地面を赤く染めた。
私はその光景に息を呑んだ。
私が何気なく話した情報が、彼の戦いを助け、大叔父の死に繋がったというのか。
「宇津呂、怪我をしているのですね? 小太郎、この者は私の知り合い、すぐに手当を!」
私は叫んだが、小太郎は首を振った。
その冷たい目に、私は一瞬怯んだ。
宇津呂が弱々しく笑った。
「種子島を腹に受けたので、もう持ちますまい。姫、織田信長の首は取れませんでしたが、孫十郎の首は取りました。一矢報いましたぞ」
その言葉に、私の胸が熱くなった。
彼は浅井の恨みを晴らすために戦い、命を賭して織田家に一矢報いたのだ。
「宇津呂、よくやりました。褒めてつかわします」
私の声は震えていたが、心からの言葉だった。
彼は浅い息をつきながら、目を細めた。
「ありがたき御言葉。これで浅井家から逃げた私は、亡き殿に許されるでしょうか・・・・・・」
「宇津呂?」
彼の声が途切れた。
腹を抑えていた手が地面に付き、がくりと力が抜けたようだった。
それ以上、何も話さなくなった。
私は近づこうとしたが、小太郎が私の手を掴み止めた。
「姫、こやつは死んでおります」
「死んだ? 宇津呂が?」
「はっ。姫、これ以上何も申されますな。私も元は浅井家の者。何があったか察します。この者、私が責任を持って供養しますのでお下がりを。さつき、さつき、急ぎ来てくれ!」
小太郎の声に、初めて感情が滲んでいた。
彼が浅井家の者だったという告白に、私は一瞬言葉を失った。
廊下を駆けてくるさつきの足音が近づく中、私は宇津呂の亡骸を見つめた。
雨に濡れたその顔は、穏やかに眠っているようだった。
「まぁ~姫様、この様にずぶ濡れになって何があったというのですか? 小太郎は?」
さつきが私の腕を掴み、驚きの声を上げた。
「それがしは外、今し方怪しき人影が庭に見えた。庭を見て回るから姫様を早く城の奥に」
小太郎が冷静に答えた。
彼は外から雨戸を閉め、宇津呂の亡骸を隠すように動いた。
「わかりました。くれぐれもご用心を」
さつきに抱えられ、私はあっけにとられているうちに部屋に戻された。
濡れた着物が体に貼り付き、冷たさが骨まで染み込んだ。
だが、私の心は熱く燃えていた。
部屋に戻り、さつきに着替えさせられながら、私は宇津呂の最期を繰り返し思い返した。
彼は浅井のために戦い、織田家に一矢報いた。
私の何気ない言葉が、その戦いを助けた。
そして、彼は命を落とした。
宇津呂が果たせなかった信長の首を取る夢を、私が引き継ぐべきなのかもしれない。
この狭い城に閉じ込められ、監視される日々に終止符を打つ時が来た。
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