織田信長の姪ーprincess cha-chaー悪役令嬢?炎の呪縛と復讐の姫 

本能寺から始める常陸之介寛浩

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⑥④話 勝利の余韻と岐阜のざわめき

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1575年の秋が、静かに岐阜城下へ忍び寄っていた。

空は澄み渡る蒼に染まり、遠くの山並みがうっすらと紅に色づきはじめていた。

屋敷の庭に立てば、春に華やかに咲いた桃の木々が、今では葉を秋風に揺らし、淡い緑からやさしく黄色へと移ろっている。

枝々には夏の名残を留めた小さな実がいくつか残っており、風が吹くたび、ぽとりと地に落ちては苔むした石畳に小さな染みを作っていった。

朝陽が落ち葉を照らし、その光が金色に反射して、まるで地面に星屑を散らしたような幻想が広がる。

私はその眩い光景をただ見つめながら、素足で触れる石の冷たさに、秋の訪れをひしと感じていた。

屋敷の木戸の向こう、岐阜城下の町並みは薄い朝霧に包まれ、ぼんやりとした輪郭の中に、人々の暮らしが確かにあった。

遠くの川のせせらぎが風に乗って微かに届き、商人の呼び声や子供たちの笑いが混じり合いながら、私の耳を心地よくくすぐった。

風が木々の間を滑り抜け、乾いた葉がカサリと擦れる音が、静けさに小さな命の音色を添えていた。

庭の中央に立つ私の傍には、母上様とお初、お江がいた。

秋風が私の藍色の衣の裾をひるがえし、髪をさらりと揺らす。

母上様は白の衣を纏い、朝霧の中でその姿はまるで夢幻のようだった。

髪にうっすらと朝露をまとい、静かなる佇まいで庭の風景と融け合っていた。

お初は薄紅の衣を翻し、石畳を軽やかに跳ねる。

「カツン、カツン」と響く足音が、少女の無邪気さを伝えていた。

お江は萌黄色の衣を着て、母上様の裾を握り、小さな足でそろそろと歩いていた。

私は、そんな穏やかな家族の姿を胸に焼き付けながらも、内に疼く感情を抑え込んでいた。

長篠の戦で伯父・織田信長が武田勝頼を破ってから、すでに数ヶ月が過ぎていた。

町は今もなお勝利の余韻に包まれながら、同時に、どこか落ち着かない空気を孕んでいた。

母上様が、私の傍らでぽつりと呟く。

「茶々、兄上様が勝たれてから、町がまた一段と賑やかになりましたね。朝から人々の声が、活気づいております」

その声音はやさしく、けれどほんのわずかに疲れの色が滲んでいた。

私は母上様の顔を見上げる。

その瞳は、庭の向こうにそびえる岐阜城をじっと映していた。

朝陽が瞳に宿り、小さな炎のように揺れていた。

白い衣の袖が秋風にたゆたう中、母上様の指先がそっと私の肩に触れる。

そのぬくもりが、ひやりとした秋風の冷たさをやわらげた。

「母上様、皆が伯父上様の力を称えております」

そう言葉を紡ぎながらも、私の胸の奥では、冷たい何かが静かに蠢いていた。

霧の向こう、天を突くように岐阜城天守がそびえる。

その姿は、まるで雲の隙間から巨人がこちらを見下ろしているかのようだった。

私はその威容に目を向けながら、心の内でそっと呟いた。

――伯父・織田信長。あなたの勝利は、私たちに何をもたらすのでしょうか。

その力を、私は否応なく認めていた。

だが、父上様を奪った人としての憎しみは、決して消えることはなかった。

庭を抜ける風が桃の枝を揺らし、葉がカサリと鳴った。

舞い上がった落ち葉が、私の足元にふわりと触れる。

私はその一枚を拾い、指先でそっと撫でる。

乾いた葉の感触が、どこか切なかった。

町のざわめきが一段と近づき、遠くで馬の蹄の音が聞こえてきた。

私はその音に耳を澄ませ、傍らの母上様の手をぎゅっと握る。

「茶々姉様、風が冷たいね」

お初がふっと笑い、お江が続けて、

「茶々姉様、葉っぱ、きれい?」

と小さな声で尋ねた。

「お江、そうだね。とても、きれいだよ」

そう答えながらも、私の心には別の想いが渦巻いていた。

そのとき、庭の外から低い声が響いた。

「お市様、柴田勝家様と明智光秀様がご到着されました」

侍女・ささつきが慌ただしく報告に現れる。

私は、聞き慣れたその名に思わず身を強張らせた。

柴田勝家――伯父・信長様の古き忠臣。厳格で、鋼のような威圧感を纏う男。

明智光秀――知略に長け、どこか影のある穏やかな貴人。

この二人が、今ここに何を語りに来たというのか。

母上様の瞳が一瞬だけ揺れ、私はその小さな変化に、胸がざわついた。

「茶々、座敷へ参りましょう」

母上様の言葉に、私は静かに頷いた。

そして家族と共に縁側を進み、屋敷の中へと戻った――
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