織田信長の姪ーprincess cha-chaー悪役令嬢?炎の呪縛と復讐の姫 

本能寺から始める常陸之介寛浩

文字の大きさ
70 / 70

⑥⑧話 正月の岐阜城下 後編

しおりを挟む
 松が、柔らかな声で言った。

「市様、正月の岐阜城の膳は本当に立派でございますね。これほど美味しいものをいただけるとは、まこと幸せなことでございます」

 すると母上様――お市様が、箸を置いて静かに頷かれた。

「又左衛門殿のお働きと、それをねぎらう信忠殿の思し召しが膳に込められているのでしょう。藤吉郎殿も、ねね殿という立派な奥方あってこそですから」

 その言葉に、ねねが胸に手を当てて深々と頭を下げた。

「お市様にそのように仰っていただけるとは……身に余る光栄にございます」

 土田御前も、穏やかな笑みを浮かべながら続けた。

「皆がいてくれるからこそです。皆が織田家を支えてくれているからこそ、こうして穏やかな正月を迎えられたのですよ」

 その時、お初が無邪気な声で言った。

「姞上様、お魚、美味しい」

 続いてお江が、口いっぱいに餅を頬張りながら笑った。

「お餅、たくさんあるね!」

 私は笑いをこらえつつ、妹に声をかけた。

「お江、そんなに急いで食べなくても大丈夫よ。ゆっくり召し上がりなさい」

 膳が終わる頃、お初が元気に声を上げた。

「御祖母様、庭で少し正月の遊びでもどうですか?」

 すると土田御前が、優しい目で私たちを見ながら答えた。

「好きに遊んでおいで。私はその様子を眺めているだけで十分じゃ」

 私はお初とお江を伴い、庭へと出た。

 外は雪がうっすらと積もり、岐阜城の庭が白銀に染まっていた。吐く息は白く、冬の冷たさが肌に心地よかった。

「姉上様、羽子板しようよ!」

 お初が羽子板を手に取って差し出すと、お江も負けじと手を挙げた。

「私もやるー!」

 私も羽子板を手に持ち、三人で打ち合いを始めた。

 羽根は空を舞い、ふわりふわりと雪の上に落ちる。その度に笑い声が弾けた。

 松が縁側からその様子を見て、にこやかに言った。

「市様、茶々様、まこと楽しそうでございますね」

 母上様が振り返り、柔らかく笑みを浮かべた。

「松、そなたも一緒にどうです?」

「ありがたき幸せにございます」

 松も羽子板を手に庭へ下り、私たちと一緒に羽根を打った。

 ねねは庭の縁に立ち、手を袖に包んだまま静かに私たちを見守っていた。

 その視線を感じながら、私は羽根を打ち返す。お初が笑いながら言った。

「姉上様、上手だね!」

 お江も負けずに声を張る。

「松様、すごーい!」

 松は少し頬を紅くしながら微笑んだ。

「市様、お初様、お江様と遊べて、本当に嬉しいことでございます」

 母上様が、穏やかに目を細めながら言った。

「松、楽しそうですね」

 私は家族と過ごす穏やかな時間に、心から安らぎを感じていた。

 その時、ねねがふと呟く。

「正月の遊びも……岐阜らしいですね」

 私はその言葉に、わずかな距離を感じた。ねねの心はもう、長浜の方を向いているのだろうか。

 土田御前が庭に出てこられた。

「お市、茶々。賑やかでよい正月ですね」

「母上様、皆が揃ってこその正月でございます」

 母上様が柔らかく返すと、私は羽子板を差し出した。

「御祖母様も、ぜひご一緒に」

 するとお初とお江が嬉しそうに手を叩いた。

「御祖母様、一緒に!」

「羽根、羽根!」

 土田御前も羽子板を手に取り、ゆっくりと羽根を打ち始めた。

 私はその光景を胸に刻みながら、岐阜城の正月が静かに、しかし温かく流れてゆくのを感じていた。

 

 やがて、正月の祝いの時も終わりを迎えた。

 私は母上様、お初、お江と共に広間へと戻った。そこには名残惜しそうに、松とねねが立っていた。

「市様、またお会いできますように」

 松が丁寧に頭を下げ、母上様が穏やかに応じた。

「松、そうだね。また必ず会いましょう」

 ねねも一歩前へ出て、静かに言った。

「正月の岐阜城……お世話になりました。来年の正月には、皆様を我が長浜城へお招きできればと存じます」

 すると松が続けるように、やや張った声で言った。

「越前の海の幸を、ぜひ我が前田の城でも」

 どちらがよりもてなすか――静かな火花が散るように、私は感じた。

 その空気を感じ取ってか、土田御前がやんわりと口を開いた。

「松、ねね。いずれの地にあっても、家族として穏やかに暮らしてゆきなされ」

 母上様は少し困ったような笑みを浮かべていた。

 私たちは岐阜城を後にした。

 屋敷へ戻ると、雪はしんしんと降り続き、音もなく庭を覆っていた。

 私は母上様、お初、お江と共に座敷に並んで座り、静かに、今日の出来事を思い返した。

 岐阜城で過ごした正月。それは家族と、そして訪れた者たちと紡いだ、心温まるひとときだった。

 その記憶は、私の胸に優しく、温かく刻まれていく――。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助

蔵屋
歴史・時代
 わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。  何故、甲斐国なのか?  それは、日本を象徴する富士山があるからだ。     さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。  そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。  なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。  それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。  読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。  

強いられる賭け~脇坂安治軍記~

恩地玖
歴史・時代
浅井家の配下である脇坂家は、永禄11年に勃発した観音寺合戦に、織田・浅井連合軍の一隊として参戦する。この戦を何とか生き延びた安治は、浅井家を見限り、織田方につくことを決めた。そんな折、羽柴秀吉が人を集めているという話を聞きつけ、早速、秀吉の元に向かい、秀吉から温かく迎えられる。 こうして、秀吉の家臣となった安治は、幾多の困難を乗り越えて、ついには淡路三万石の大名にまで出世する。 しかし、秀吉亡き後、石田三成と徳川家康の対立が決定的となった。秀吉からの恩に報い、石田方につくか、秀吉子飼いの武将が従った徳川方につくか、安治は決断を迫られることになる。

元亀戦記 江北の虎

西村重紀
歴史・時代
浅井長政の一代記です

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

影武者の天下盗り

井上シオ
歴史・時代
「影武者が、本物を超えてしまった——」 百姓の男が“信長”を演じ続けた。 やがて彼は、歴史さえ書き換える“もう一人の信長”になる。 貧しい百姓・十兵衛は、織田信長の影武者として拾われた。 戦場で命を賭け、演じ続けた先に待っていたのは――本能寺の変。 炎の中、信長は死に、十兵衛だけが生き残った。 家臣たちは彼を“信長”と信じ、十兵衛もまた“信長として生きる”ことを選ぶ。 偽物だった男が、やがて本物を凌ぐ采配で天下を動かしていく。 「俺が、信長だ」 虚構と真実が交差するとき、“天下を盗る”のは誰か。 時は戦国。 貧しい百姓の青年・十兵衛は、戦火に焼かれた村で家も家族も失い、彷徨っていた。 そんな彼を拾ったのは、天下人・織田信長の家臣団だった。 その驚くべき理由は——「あまりにも、信長様に似ている」から。 歴史そのものを塗り替える——“影武者が本物を超える”成り上がり戦国譚。 (このドラマは史実を基にしたフィクションです)

楽将伝

九情承太郎
歴史・時代
三人の天下人と、最も遊んだ楽将・金森長近(ながちか)のスチャラカ戦国物語 織田信長の親衛隊は 気楽な稼業と きたもんだ(嘘) 戦国史上、最もブラックな職場 「織田信長の親衛隊」 そこで働きながらも、マイペースを貫く、趣味の人がいた 金森可近(ありちか)、後の長近(ながちか) 天下人さえ遊びに来る、趣味の達人の物語を、ご賞味ください!!

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

処理中です...