織田信長の姪ーprincess cha-chaー悪役令嬢?炎の呪縛と復讐の姫 

本能寺から始める常陸之介寛浩

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⑥⑧話 正月の岐阜城下 後編

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 松が、柔らかな声で言った。

「市様、正月の岐阜城の膳は本当に立派でございますね。これほど美味しいものをいただけるとは、まこと幸せなことでございます」

 すると母上様――お市様が、箸を置いて静かに頷かれた。

「又左衛門殿のお働きと、それをねぎらう信忠殿の思し召しが膳に込められているのでしょう。藤吉郎殿も、ねね殿という立派な奥方あってこそですから」

 その言葉に、ねねが胸に手を当てて深々と頭を下げた。

「お市様にそのように仰っていただけるとは……身に余る光栄にございます」

 土田御前も、穏やかな笑みを浮かべながら続けた。

「皆がいてくれるからこそです。皆が織田家を支えてくれているからこそ、こうして穏やかな正月を迎えられたのですよ」

 その時、お初が無邪気な声で言った。

「姞上様、お魚、美味しい」

 続いてお江が、口いっぱいに餅を頬張りながら笑った。

「お餅、たくさんあるね!」

 私は笑いをこらえつつ、妹に声をかけた。

「お江、そんなに急いで食べなくても大丈夫よ。ゆっくり召し上がりなさい」

 膳が終わる頃、お初が元気に声を上げた。

「御祖母様、庭で少し正月の遊びでもどうですか?」

 すると土田御前が、優しい目で私たちを見ながら答えた。

「好きに遊んでおいで。私はその様子を眺めているだけで十分じゃ」

 私はお初とお江を伴い、庭へと出た。

 外は雪がうっすらと積もり、岐阜城の庭が白銀に染まっていた。吐く息は白く、冬の冷たさが肌に心地よかった。

「姉上様、羽子板しようよ!」

 お初が羽子板を手に取って差し出すと、お江も負けじと手を挙げた。

「私もやるー!」

 私も羽子板を手に持ち、三人で打ち合いを始めた。

 羽根は空を舞い、ふわりふわりと雪の上に落ちる。その度に笑い声が弾けた。

 松が縁側からその様子を見て、にこやかに言った。

「市様、茶々様、まこと楽しそうでございますね」

 母上様が振り返り、柔らかく笑みを浮かべた。

「松、そなたも一緒にどうです?」

「ありがたき幸せにございます」

 松も羽子板を手に庭へ下り、私たちと一緒に羽根を打った。

 ねねは庭の縁に立ち、手を袖に包んだまま静かに私たちを見守っていた。

 その視線を感じながら、私は羽根を打ち返す。お初が笑いながら言った。

「姉上様、上手だね!」

 お江も負けずに声を張る。

「松様、すごーい!」

 松は少し頬を紅くしながら微笑んだ。

「市様、お初様、お江様と遊べて、本当に嬉しいことでございます」

 母上様が、穏やかに目を細めながら言った。

「松、楽しそうですね」

 私は家族と過ごす穏やかな時間に、心から安らぎを感じていた。

 その時、ねねがふと呟く。

「正月の遊びも……岐阜らしいですね」

 私はその言葉に、わずかな距離を感じた。ねねの心はもう、長浜の方を向いているのだろうか。

 土田御前が庭に出てこられた。

「お市、茶々。賑やかでよい正月ですね」

「母上様、皆が揃ってこその正月でございます」

 母上様が柔らかく返すと、私は羽子板を差し出した。

「御祖母様も、ぜひご一緒に」

 するとお初とお江が嬉しそうに手を叩いた。

「御祖母様、一緒に!」

「羽根、羽根!」

 土田御前も羽子板を手に取り、ゆっくりと羽根を打ち始めた。

 私はその光景を胸に刻みながら、岐阜城の正月が静かに、しかし温かく流れてゆくのを感じていた。

 

 やがて、正月の祝いの時も終わりを迎えた。

 私は母上様、お初、お江と共に広間へと戻った。そこには名残惜しそうに、松とねねが立っていた。

「市様、またお会いできますように」

 松が丁寧に頭を下げ、母上様が穏やかに応じた。

「松、そうだね。また必ず会いましょう」

 ねねも一歩前へ出て、静かに言った。

「正月の岐阜城……お世話になりました。来年の正月には、皆様を我が長浜城へお招きできればと存じます」

 すると松が続けるように、やや張った声で言った。

「越前の海の幸を、ぜひ我が前田の城でも」

 どちらがよりもてなすか――静かな火花が散るように、私は感じた。

 その空気を感じ取ってか、土田御前がやんわりと口を開いた。

「松、ねね。いずれの地にあっても、家族として穏やかに暮らしてゆきなされ」

 母上様は少し困ったような笑みを浮かべていた。

 私たちは岐阜城を後にした。

 屋敷へ戻ると、雪はしんしんと降り続き、音もなく庭を覆っていた。

 私は母上様、お初、お江と共に座敷に並んで座り、静かに、今日の出来事を思い返した。

 岐阜城で過ごした正月。それは家族と、そして訪れた者たちと紡いだ、心温まるひとときだった。

 その記憶は、私の胸に優しく、温かく刻まれていく――。
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