『三千日目のセーブデータ──アラフォー童貞オタクの人生は、ロードできない』

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第15話『ぼくの選んだ言葉が、君の記憶に残るなら』

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 ──記憶に残るのは、いつも“どうでもいい一言”だったりする。

 

 桜の開花予想の話。

 最寄り駅のエスカレーターが、やたら早いこと。

 無駄に長いハッシュタグをつけてはしゃいだ夜。

 

 ──そういう何気ない言葉が、不意に胸を刺す。

 

 *

 

 スマホの画面を、毎晩のように開いてしまう癖がついた。
 LINEも、DMも、通知はない。
 未読のまま凍りついた最後のメッセージだけが、
 まるで「既に過ぎた季節」を示す温度計のように、そこにあった。

 

 「ぼくと、また話してくれないか」
 「きみの名前じゃなくてもいいから、返事がほしい」

 

 ──それが届いたのは、二日前。

 けれど、春乃からの返信はまだない。
 いや、きっともう来ないのだと、真人は知っていた。

 

 それでも。

 

 それでも、送りたかった言葉だった。

 

 *

 

 どうして人は、“もう戻らないもの”にだけ
 こんなに時間を使えるのだろうと、時々思う。

 

 春乃のタイムラインは、今も昔のままだ。
 桜の画像を貼っていたポストが、毎年リツイートされる。
 誰かの記憶に、彼女は“その一瞬”で保存されている。

 

 それはとても悲しくて、とても羨ましかった。

 

 ──誰かの記憶の中に、自分が生き残る。

 

 それがどれだけ奇跡的なことか、真人には分かっていた。

 

 自分が発した言葉なんて、
 風呂場の湿気みたいに、数分後には消えてしまう。

 誰の記憶にも残らない。
 自分すら、言ったことを忘れている。

 

 けれど春乃は、そんな言葉の断片を、いつも残してくれた。

 

 「今の言葉、ちょっと保存しておくね」
 そう言って、彼女はよくスマホのメモを開いていた。

 

 まるで、それが“最後のセーブ”になることを、予感していたかのように。

 

 *

 

 真人は、古いノートを取り出した。

 もう表紙がすり切れ、ページも黄ばんでいる。

 

 大学時代のノート。
 まともに友達もいなかったころ。
 キャンパスの片隅で、アニメのセリフや、電車の中で聞いた他人の言葉を写していた。

 

 ──忘れられないって、書き留めることじゃなくて、
 何度も思い出すことなんだな。

 

 そう思ったのは、春乃のメッセージが止まってからだった。

 

 “いつまでも届かない”言葉を、
 “何度も見返す”ようになって、
 ようやく自分が何に救われていたかを知った。

 

 「君の、何気ない言葉が、ぼくの記憶になっていた」

 

 ノートの最後のページに、そう書いた。

 誰にも見せない。
 誰に伝えるでもない。
 でも、“きみにだけは”見てほしかった。

 

 ──そう思う時点で、もう届いてないのだと、分かっているのに。

 

 *

 

 深夜、スマホに通知が鳴った。

 

 ──春乃のアカウントから、メッセージ。

 

 「……!」

 

 急いで開く。

 でも、画面に現れたのは、フォロワーの削除通知だった。

 

 ──ああ、そうか。

 

 “最後の整理”だったのかもしれない。

 

 君は、全部を片付けていくように、
 一人ずつの記憶を、整理していたんだ。

 

 きっとその中に、ぼくも含まれていた。
 あの会話も、あのスクショも、全部──削除する対象だった。

 

 それなのに。

 ぼくはまだ、こんなふうにきみのことを保存してる。

 

 ──馬鹿だな。

 

 でも、馬鹿でいい。

 “覚えてる”ってことが、ぼくにとっては生きてることだったから。

 

 記憶は、“選んだ言葉”でできている。

 きみと交わした一言が、
 誰かの、そしてぼく自身の記憶に残っているなら。

 

 それだけで、まだ“生きている”気がする。

 

 *

 

 明け方、空が白んでいく。
 カーテンの隙間から差し込む光が、うっすらとノートを照らす。

 

 真人は、もう一度最後のページをめくった。

 

 そこには、春乃との最初の会話がメモされていた。

 

 ──「こんなに寒いのに、あったかい言葉ってあるんだね」──

 

 あの一文が、春乃の“最初の選択肢”だった。

 

 そしていま、ぼくの手元に残った“セーブデータ”。

 誰に見せることもないまま、
 ただ静かに、朝の光の中にあった。

 

(つづく)
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