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第二章(第2巻分目)『戦国を歩む伊達藤次郎、春の烽火』
『幸せの進路はまだ遠し』
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政(まつりごと)に追われ、策略の綾を織る日々に身を置いていながら、まさか己が嫁取りの話で煩わされる日が来ようとは――思いも寄らなかった。
「若様、また一通、結納の申し出でございます」
遠藤殿の家中より持参された文を、片倉小十郎が恭しく差し出してきた。きっちりと封をされたそれは、端正な筆致で、あろうことか某寺領の名家の娘を我が許へと差し出したいとの内容だった。
私は、文を受け取ってすぐに畳の上に置き、ただため息を吐いた。
「……七歳の子どもに嫁取りの話とは、何かの冗談か?」
「冗談ではございませぬな、殿。伊達の御曹司、藤次郎様の才名は、既に南奥州に轟いておりまする。どこぞの家が機先を制して縁を結びたいと焦るのも、ある意味当然といえば当然」
小十郎が真顔で語るのを見ながら、私は肩をすくめた。
「それにしても早すぎる。まだ乳歯も抜け切っておらぬのだぞ、我は」
「それは……たしかに」
隣で控える鬼庭左衛門が噴き出しそうになっていたが、なんとか咳払い一つで収めた。彼らにとっても、この騒動は半ば滑稽に映っているのだろう。
とはいえ、事態は深刻だ。ここ数日で、届けられた結納の申し出は実に五通を数える。そのすべてが、伊達の後継ぎである私との縁談を望むものだった。
「……幼き主君に嫁を押し付けるとは、あまりにも強欲すぎぬか」
そう言ったのは、大内定綱殿だった。今日もいつの間にか中村城に入り込んでいた彼は、飄々としながらも鋭く事態を把握している。
「他家にとっては、政略。伊達家に娘を嫁がせておけば、将来の立場は安泰……そう考える輩は、決して一人や二人ではござらぬ」
「定綱殿までお堅いことを。主がまだ七歳であることを、皆忘れておられる」
声を張ってそう言ったのは喜多だった。彼女の眉は釣り上がり、怒りに震えている。
「うちの殿様に嫁など、まだ十年早いっ! お勉強とお体の養生のほうが優先でございます!」
まるで母親のような口ぶりだが、実際、彼女は私の養育係のようなものだ。いくら私が中身は高校生とはいえ、まだ成長しきらぬこの身体には、母性のこもった世話がありがたい。
「主様が女子に目移りなさるのは……あれですが……」と、伊佐が小声で続けると、
「でもまだ、お嫁さんは早いですっ!」と、小夜が断言した。
黒脛巾組のくノ一二人までがこの調子である。
私は苦笑しながら、文机に戻り、筆を執った。
「断りの書状を……五通。各家に、丁重に」
「はっ」
そう返した小十郎の表情には、どこか安堵の色があった。
私は筆を滑らせながら、ふと思った。
――嫁とは何だろう?
現代の常識からすれば、恋愛結婚もあれば、お見合いもある。だが、戦国の世にあっては、すべてが「家」と「血」の論理に支配されている。私が誰を娶るかは、つまり伊達の未来をどう紡ぐかと同義だ。
「とはいえ……」
まだ私は、心に決めた者もいない。黒ギャル風のくノ一たちに目を引かれたことはあるが、それは色香に惑っただけ。政(まつりごと)の相手ではない。
「まだ、私は道半ば」
そう呟いた私の背に、喜多の視線が突き刺さる。
「それにしても殿、なんですか、あの“まだ”って……ちょっとその目、いやらしかったですよね?」
「ち、違う! 深意はないっ!」
「ほほぅ……」
三人の女性陣がじりじりと詰め寄ってくる気配に、私は思わず後ずさった。
……戦(いくさ)とは、刀を持ったものばかりとは限らぬのだ。
この世で最も恐ろしいのは、やはり“女三人寄ればかしましい”というやつかもしれない。
それでも、私は胸を張ってこう言おう。
「我が人生、今はまだ、戦と政に生きる時――嫁取りなど、十年後にしてくれ」
そう、まだ“幸せの進路”は、先の先なのだから。
「若様、また一通、結納の申し出でございます」
遠藤殿の家中より持参された文を、片倉小十郎が恭しく差し出してきた。きっちりと封をされたそれは、端正な筆致で、あろうことか某寺領の名家の娘を我が許へと差し出したいとの内容だった。
私は、文を受け取ってすぐに畳の上に置き、ただため息を吐いた。
「……七歳の子どもに嫁取りの話とは、何かの冗談か?」
「冗談ではございませぬな、殿。伊達の御曹司、藤次郎様の才名は、既に南奥州に轟いておりまする。どこぞの家が機先を制して縁を結びたいと焦るのも、ある意味当然といえば当然」
小十郎が真顔で語るのを見ながら、私は肩をすくめた。
「それにしても早すぎる。まだ乳歯も抜け切っておらぬのだぞ、我は」
「それは……たしかに」
隣で控える鬼庭左衛門が噴き出しそうになっていたが、なんとか咳払い一つで収めた。彼らにとっても、この騒動は半ば滑稽に映っているのだろう。
とはいえ、事態は深刻だ。ここ数日で、届けられた結納の申し出は実に五通を数える。そのすべてが、伊達の後継ぎである私との縁談を望むものだった。
「……幼き主君に嫁を押し付けるとは、あまりにも強欲すぎぬか」
そう言ったのは、大内定綱殿だった。今日もいつの間にか中村城に入り込んでいた彼は、飄々としながらも鋭く事態を把握している。
「他家にとっては、政略。伊達家に娘を嫁がせておけば、将来の立場は安泰……そう考える輩は、決して一人や二人ではござらぬ」
「定綱殿までお堅いことを。主がまだ七歳であることを、皆忘れておられる」
声を張ってそう言ったのは喜多だった。彼女の眉は釣り上がり、怒りに震えている。
「うちの殿様に嫁など、まだ十年早いっ! お勉強とお体の養生のほうが優先でございます!」
まるで母親のような口ぶりだが、実際、彼女は私の養育係のようなものだ。いくら私が中身は高校生とはいえ、まだ成長しきらぬこの身体には、母性のこもった世話がありがたい。
「主様が女子に目移りなさるのは……あれですが……」と、伊佐が小声で続けると、
「でもまだ、お嫁さんは早いですっ!」と、小夜が断言した。
黒脛巾組のくノ一二人までがこの調子である。
私は苦笑しながら、文机に戻り、筆を執った。
「断りの書状を……五通。各家に、丁重に」
「はっ」
そう返した小十郎の表情には、どこか安堵の色があった。
私は筆を滑らせながら、ふと思った。
――嫁とは何だろう?
現代の常識からすれば、恋愛結婚もあれば、お見合いもある。だが、戦国の世にあっては、すべてが「家」と「血」の論理に支配されている。私が誰を娶るかは、つまり伊達の未来をどう紡ぐかと同義だ。
「とはいえ……」
まだ私は、心に決めた者もいない。黒ギャル風のくノ一たちに目を引かれたことはあるが、それは色香に惑っただけ。政(まつりごと)の相手ではない。
「まだ、私は道半ば」
そう呟いた私の背に、喜多の視線が突き刺さる。
「それにしても殿、なんですか、あの“まだ”って……ちょっとその目、いやらしかったですよね?」
「ち、違う! 深意はないっ!」
「ほほぅ……」
三人の女性陣がじりじりと詰め寄ってくる気配に、私は思わず後ずさった。
……戦(いくさ)とは、刀を持ったものばかりとは限らぬのだ。
この世で最も恐ろしいのは、やはり“女三人寄ればかしましい”というやつかもしれない。
それでも、私は胸を張ってこう言おう。
「我が人生、今はまだ、戦と政に生きる時――嫁取りなど、十年後にしてくれ」
そう、まだ“幸せの進路”は、先の先なのだから。
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