31 / 79
㉛フランツ王子の事情その④ フランツ王子はジェシカ嬢の本質をみ
しおりを挟む「若君、左手の奥から、私の主がこちらに向かってきます。おわかりになりますか?」
ライガに連れられて、フランツは店が建ち並ぶマーケットの通路から前方を眺めた。人がごった返す街なかで、ジェシカの姿を探す。
「わからぬ。本当に彼女がいるのか?」
「はい。頭をターバンで覆い、剣を左側に下げた、一人でこちらに向かってくる少年です」
「……あれが……?」
確かに少年が一人で歩いて来る。
頭は布でしっかりと覆われ、髪の毛は一切みえない。平民が着る綿のブラウスに、薄汚れた大きめの皮のベスト、腰には大きなベルトに剣が下げられ、使い古された男性用のズボンに布地の靴。
どこから見ても、兵士気取りの平民の少年にしか見えない。
あれが、本当にジェシカ嬢なのか?
フランツ王子は、衝撃を受けた。
彼女が剣の練習をしていると、兵士としての鍛錬をしていると、確かに聞いていた。頭ではわかっていたつもりだった。
だが実際に、その姿を見て、彼は自分が動揺した事に動揺した。
手前の右手方向から、子供が2人彼女に向かって駆けていく背中が見えた。と、同時に大人にぶつかり転倒した。
子供達を抱き起こすジェシカ嬢と、悪態をつく、ぶつかられた男達。西側諸国の衣服を身に着けた、強面の大柄な男達は、皆腰に大きな剣を下げている。
彼らの言葉は、ドス黒く、嘲りの色に満ちている。
危険だ!
思わず駆け寄ろうとするフランツは、ライガの腕に阻まれた。
「我が主は大丈夫です。どうぞ、若君はこのまま、こちらからご覧下さい」
「しかし、彼女が危険ではないか」
「あの者達に負けるような鍛錬はしておりません」
ライガの表情と声から、焦りは全く感じられない。
フランツはふと、この場にきてから、彼がフランツやジェシカの名前を呼ばず、王子や令嬢といった呼称を使わない事に気がついた。
この男は用心深く、気がまわる、頼りになる人間だ。自身の専任に欲しい人材だと彼は思った。
「ぶつかってきたのは、そいつらだろうが! ほお、額に、角。そのガキらは噂の放浪の民じゃねえか? 下賤な民、罪人がこのブルガ様の体に触れるなど、厚かましいわ! 」
男達が、ジェシカ嬢と子供達を大きな声で罵るのが聞こえた。
何を言っているかは聞こえないが、どうやら彼女が男達に抗議しているようだ。
「謝る? この俺様が、なぜ放浪の民に謝らねえといけないんだ? 俺は剣大会で優勝候補なんだぜ!」
「おいブルガ、このガキも偉そうだよな。ちょっとお仕置きしておくか?」
フランツの心臓がドクンと大きく鼓動を打つ。ライガはフランツの体を腕で制止したまま、微動だにしない。
一人の男がジェシカに殴りかかり、彼女は間一髪でそれをかわす。
「……ライガ……!! 」
「若君、どうぞ、本当の主の姿をご覧ください。決して、ここから動かぬように」
ライガの声は確信と威厳に満ちた色をなし、フランツはその声に支配されたかのように、その場を動けなかった。
「ほら、これもよけてみろよーー!」
男はさらに攻撃を続ける。
ジェシカ嬢は逃げずに、男の凄まじい蹴りを自らの体で受け、子供達を庇った。
ドカッという鈍い音が響いた。
女性が、公爵令嬢が、平民の、しかも北の一族の子供を庇い、自分の体を盾にした。
フランツは自分の目で見た出来事が信じられなかった。
あり得ない。いや、あってはならない事だ。
貴族は守られる存在だ。兵士が貴族を守り、命を失う事はあっても、貴族が平民を庇い傷を負うなどと、想像もできない。
貴族と平民の身分の違い。
それは、覆されることのない、世界を構成する確固とした土台である。
ジェシカ嬢は、この世界の枠組みの内側に収まらない。
ルールを、やすやすと越えていく。
そのような人間が存在するという事実に、またその人物が自分が愛する少女であることに、フランツは恐怖と驚きで身動きが取れなくなった。
茫然とその場を見つめるフランツの目に、立ち上がるジェシカの姿が映る。
ハッキリとした、怒りと挑発と正義に満ちた、彼女の声が聞こえた。
「おい、ブルガ、サンダ、だったな。剣大会で、会おう。オレがあんたらに勝ったら、今日の事を謝ってくれ。オレの名はウエダだ」
「ウハハハハーー! こりゃあ、威勢のいい坊主だな」
「おう、いいぜ。万が一、お前がかったら、地に額をつけて謝ってやるよ」「おい、小僧! 逃げるんじゃねえぞ。こりゃあ大会の楽しみが増えたな。その減らず口がきけねえくらい、ボコボコにしてやるよ」
男達は大笑いしながら去っていく。
ジェシカ嬢は、無言でその男達の後姿を見つめる。
「……若君、大丈夫ですか? 私は主の元に参ります。若君は、お一人でお家に帰れますか?」
王城の近くの城壁門までは1分とかからない。
フランツは放心状態で、ただフランツの言葉に頷いた。
「……では、私はここで失礼致します。本日はお時間を頂き、この場にお付き合い下さり誠にありがとうございました。どうぞお気をつけてお帰り下さいませ」
「……ああ……」
あまりの衝撃に、それ以上の言葉は出てこない。
ライガがジェシカと子供達を連れて去っていく。
フランツ王子はその後もしばらくの間、その場に立ち尽くした。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる