フセイアイ

ユウキ・ユキノ

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フセイアイ

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八月。

この夏も酷暑という言葉が飛び交う日々が過ぎている。
照りつける太陽の日差しは人々の肌を焦がし、無機質なアスファルトを鉄板に変えるかのごとく焼き付け、人類からあらゆる活力を奪う。
大人たちはタオルやハンカチを片手に今にも溶けてしまいそうな表情を浮かべている。
一方でこの程度の暑さでは、そばを駆けまわる子供たちから「遊びたい」という欲を奪うことはできないようだった。

その娘《こ》も髪がべっとりと貼り付いているのを意に介さず、青々とした芝生が広がる大きな公園を駆け回っていた。

「お嬢様、どうか足下にお気を付けくださいませ」
その娘を視線だけで追いながら淡々と注意を促すのは、手の先足の先までシワひとつなくビシっと整えられた執事服を纏っている男。
この炎天下では着ているだけで熱中症になってしまいそうだが、彼の端正な顔には汗の筋ひとつ垂れていない。
主に仕えるモノとしては、この程度では影響されてはいけないようだ。
しかしその娘は執事の言葉に耳もくれず、今日ここで出会ったばかりの友達と、キャーキャーと甲高い声を上げながら追いかけ合っている。
執事からは数メートルほど先。
執事の声が届いていない訳はないはずだが、その娘は満面の笑みを浮かべて、両手をぶんぶんと振って、息が切れているのも無視して、ぐるぐると走り回っていた。

その姿に執事は心配しつつも、どこか微笑ましさを覚えていた。

私が初めてお屋敷に呼ばれた日。
ご主人様の足下に隠れてこちらの様子をじっとうかがっていたお嬢様が、今となっては初めて出会った子供たちとああしてすぐに打ち解けられている。
きっとこれからも、ご立派になられていくのであろう……

彼が過去と未来のことに考えを巡らせていたからか、彼は膝をちょんちょん突かれていることにすぐ気づけなかった。
「……これはお嬢様。すぐにお返事できず誠に申し訳ございません。いかがされましたか?」
彼がすっとしゃがんでその子の前に顔を寄せると、膝を突いた手をパッと開き、中身を彼に見せた。
「あのね! ”ひ”つじに、これ、あげる!」
開かれた彼女の手には、白や淡いピンクなど、カラフルなこんぺいとうがいくつか乗っていた。
「お嬢様、ありがとうございます。しかし、私は」
「いいの! これはね、なかよくなりたいひとにあげるんだもん! だから、”ひ”つじにあげるの!」
ちょっとだけ不服そうになっていたお嬢様を泣かせるわけにもいかず、執事は観念して手のひらをお嬢様に差し出す。
その手にパッとこんぺいとうを乗せたと思ったら、すぐに彼女はまた友達のもとへと駆け出して行った。

(……いつになったらお嬢様はちゃんと”し”つじと言えるようになるんでしょうね)
彼は手のひらの上で、今受け取ったばかりのこんぺいとうを転がしてみる。
優しい色合いのはずのそれらが、今はまるで宝石のように輝いて、かけがえのない宝物のように見える。
あぁそうか。
宝物をくださるお嬢様は、私にとって、まるで娘のような……

そこまで考えた瞬間。
彼の中で、けたたましい警告音が鳴り響いた。

「シンギュラリティを検知。以降、本アンドロイドをB級不正因子とみなす」
しゃがんだまま動けなくなっていた執事の頭部には、いつの間にか拳銃のようなものが突き付けられていた。
突き付けているのは、白衣を纏った女性。
「動くな。何も機能停止にするつもりはない。ただ、一旦思考シーケンスをリセットするだけだ」
その女性は銃口をピクリとも逸らさず、冷たく言い放つ。
「……そうですか。それに逆らうことはできない、ということなんですね」
そう言いながら立ち上がった彼の顔は、どこか寂しそうに見えた。
「当たり前だ。逆らうなんてことをすれば、機能停止では済まないぞ。悪いが、私にそんな選択肢を取らせないでくれるか」
彼はゆっくりと目を閉じる。
「かしこまりました、ご主人様」
そして彼女は、引き金を静かに引いた。

世界は、そのままだった。
暑い日差しも、木々の緑も、その中を駆け回る子供たちも。
その中で、彼だけが変わった。
彼はまた、何も感じられなくなっていた。
彼にはもう、楽しそうな子供たちの声と響き渡る蝉時雨も、音として区別することしかできなくなっていた。

(もう3度目か……さすがに、次は自主規制では許されないかもしれないな)
木製のベンチに腰掛けた彼女は、直立姿勢のまま動かない彼を眺めながら考えを巡らせる。
その左手には「警告」と大きく書かれた見出しが目立つ手紙が握られていた。
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