政治家の娘が悪役令嬢転生 ~前パパの教えで異世界政治をぶっ壊させていただきますわ~

巫叶月良成

文字の大きさ
9 / 68

8話 策謀の渦とイケメンと

しおりを挟む
「あなたのはかりごとに、私も混ぜていただけないでしょうか?」

 男、クロイツェルはそう、まるで朝の散歩を誘うかのような気軽さでそう声をかけてきた。

 いきなり私のはかりごととか言われて、はいそうですか、と答えるわけにはいかない。

 一応、今回会う予定の人のプロフィールはざっと頭に入っている。
 えっと、クロイツェル・アン・カトルーゼ。確か貴族とはいえ形だけのもので、ギリギリその体裁を整えているだけの貧乏貴族。目立った功績もなく、領地も手狭。人徳はあるらしいけど、それだけじゃ海千山千の政治家どもと相手取るのは難しいだろう。

 そんな場末の貴族が、どうして今回、私とお見合いができたかというと、ひとえにその“貧乏ぶり”ゆえだった。
 要はこんな影響力の低い貴族たちは、ガーヒル連中など相手にしない。
 けどその相手にされない貴族連中も、招集できればそれなりにあなどれない勢力になる。その旗頭になるだろう候補の1人がこのクロイツェルだった。

 とはいえ、もちろんこれはほぼ滑り止めも滑り止め。もうどうにもならなかったらこの人でいいやレベルの人。
 だから最後に回ったわけだし、あんまり意識してこなかったわけだけど……。

 そんな男が、私の必殺プロジェクト“かぐや姫”を看破したというの?

 待って。落ち付いて。
 今のこの状況。要は開幕の先制パンチをもらったようなもの。こっちの動揺を引き出して、失言ないし会話の主導権を得ようとしているということ。

 前パパならこう言うだろう。

『失言ってのは本当に怖いよ。舌禍ぜっか事件とかって言うけど、失言しただけで辞職や議員人生終了なんてものも普通にあり得るんだ。口は災いの元っていうかね。とはいえ、何も答えないのもまた愚策。相手に主導権を渡してしまうと、あることないこと、さらにないことありえないことを真実のように語る彼らはもう止まらない。だからまずやること。それは――」

「はて、なんのことでしょう?」

 しらを切った。

 そう、まずは否定すること。違います。ちょっと何を言ってるのか分からない。見当違いです。記憶にございません。私じゃなくて秘書がやりました。
 どんな内容にせよ相手の言葉を否定する。それが大事。
 沈黙。それはつまり相手の意見を肯定すると同じことだからこそ、口を開かないといけない。

 けどそれ以上はNG。
 相手が何を目論もくろんでいるのか、どこを狙っているのか。その落としどころが分からないままに無闇に反撃すれば下手な墓穴を掘る可能性がある。不要な誤解から揚げ足を取られることだってある。

 だからやるのは1つ。

「何を言っているのか分かりませんが、ええ。お話は聞きましょうか?」

 相手を促し話を聞く。そこから探る。何を言いたいのか。どこまで内容を理解しているのか。
 それを聞きながら戦略を立てる。
 それが前パパから教わった、問い詰められた時の緊急回避術だ。

「え、いや、困ったな」

 だが予想に反して、クロイツェルははにかむようにして、困惑した声を出して天然パーマの髪をいじる。

「なにがでしょう?」

「いえ、そのように見つめられると、私としては……照れますな」

「…………は?」

 何を言ってるの、この男?
 1人目とか3人目とかと同じ系統? いや、でもよこしまな感じはしない。どちらかというと、本当に困ったような、それでいて真摯な印象を感じさせる言動だ。

「いえ、別に貴女を困らせようというわけではないのです。ただそう、おそらく貴女は今、かなり難しいことをしようとしている。その小さな肩に、重すぎるほどの責任を背負ったまま。そのようなお姿を見るのが忍びなく、そこに私がお力添えできたらこれ以上の幸せはないと、そう思っているのですよ」

 ゾッとした。

 それは別にこの男のくどいセリフに引いたわけじゃない。
 喋りも声を張るわけでもないし、眼鏡の奥の瞳も穏やかなもの。

 それでもゾッとしたのは、この男の真意がわからなかったからだ。

 まさか無償の助力を願い出にきたわけもないだろう。その代わりに要求される何か。それが分からず、

 うん。だってありえないもの。誰かの手助けをするってのは、必ずそこには目的があって、利益のないことはするはずがないんだから。前パパもそう言ってた。
 だからこの男にも必ず狙いがある。そのはず。

 なのにそれが見えない。
 この私が。女神様の弱点を見抜いた私が、見抜くことができない。

「何が、狙いでしょう?」

 1歩、踏み込んでみた。
 あまりに遠まわしな言い方に、少しイラついたのかもしれない。

 だがクロイツェルは優しく微笑み、

「いえ。私の狙いなど。ただ、あなたの記憶の片隅に、クロイツェルという愚か者がいたということを覚えておいてもらえればいいのです。先日のパーティでの貴女の姿。その凛々しくも勇ましいさまに、私は胸を打たれ――」

「嘘です!」

 思わず叫んでいた。

 この男は何を言ってるの。いえ、きっとこの微笑みの裏では愚かなとあざ笑っているに違いない。

『こっちは何もかもお見通しなんだ。もしその悪逆ぶりをばらされたくなかったら、言うことを聞くんだな』

 そう考えているに違いない。

 前の世界でもそうだった。
 前パパの汚職疑惑が出た時、それまで近くにいた人たちは離れ、その代わりにやってきたのがこういった連中。普段は話すどころか近寄ることすらなかった下賤の輩。ある者は脅し口調で、ある者は耳当たりのいい言葉で「君の味方だ」みたいなことを言って。

 そいつらの狙いは明白。
 弱っている時に近づいて、根こそぎもっていく。あわよくば復帰した時に一番良い席を独占するため。まさにハイエナのような人種。

 よくもぬけぬけと。いけしゃあしゃあと。
 その甘いマスクの裏にはどうせ、人を食い物にして嗤う悪魔が潜んでいるに違いない。
 所詮この男もハイエナと同じ。

 胸が痛い。
 顔が熱い。

 多分、この男の図々しさに対する怒りでそうなった。そうに違いない。

「これは、申し訳ありません。エリーゼ様も色々な人に会ってお疲れなのに、私がぐだぐだとどうでもいいことを」

 クロイツェルは心底申し訳なさそうに、また気遣うように平謝りする。
 それも擬態。絶対。

「今日のところは帰ります。また、機会があればお話しさせていただけたらと。ええ、私など覚えていただければ幸いです」

 忘れるものですか。この男には注意しないと。

「ええ、そうね。そうしてもらえる」

「では、これにて失礼します」

 柔らかな笑みを浮かべながら、優雅にお辞儀をして辞去するクロイツェル。

 扉が閉まるまで、私は男の背中を見続け、いや睨み続け、そして消えていくまで心が休まることは決してなかった。

 それから入れ替わりのように今パパが部屋に入って来た。どこかウキウキしているようで、その足取りが軽い。

「いやー、クロイツェルと言ったか。すれ違ったがなかなかいい男だよ。下級貴族なのがもったいない。しかしお疲れさんだねエリちゃ……エリちゃん!? どうしたんだい?」

「な、なにがです?」

「そんな顔を真っ赤にして怖い顔して……まさかあのクロイツェルの野郎……!」

「違うの、パパ。……そういうのじゃ」

 じゃあどういうことなのか。
 それは自分にも分らなかった。

 ただあのクロイツェルという男。
 あの甘い外見に普通の子ならコロッとやられるんでしょうけど、私はそんなことはあり得ないですから。
 さらに私の作戦を見破る智謀を持つのだからもう。

「注意しないといけないわね」

「やっぱり何かされたのか! くっそー、やっぱラスアィン家のやつは断絶させてやる!!」

「そうじゃないっての、このバカ親!」

「ガーン! エリちゃんにバカ親って……ま、親バカよりいいか」

 いいのか。
 もうこの親も良く分からなくなってきたわ……ああ頭が痛い。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪徳領主の息子に転生しました

アルト
ファンタジー
 悪徳領主。その息子として現代っ子であった一人の青年が転生を果たす。  領民からは嫌われ、私腹を肥やす為にと過分過ぎる税を搾り取った結果、家の外に出た瞬間にその息子である『ナガレ』が領民にデカイ石を投げつけられ、意識不明の重体に。  そんな折に転生を果たすという不遇っぷり。 「ちょ、ま、死亡フラグ立ち過ぎだろおおおおお?!」  こんな状態ではいつ死ぬか分かったもんじゃない。  一刻も早い改善を……!と四苦八苦するも、転生前の人格からは末期過ぎる口調だけは受け継いでる始末。  これなんて無理ゲー??

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ

如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白? 「え~…大丈夫?」 …大丈夫じゃないです というかあなた誰? 「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」 …合…コン 私の死因…神様の合コン… …かない 「てことで…好きな所に転生していいよ!!」 好きな所…転生 じゃ異世界で 「異世界ってそんな子供みたいな…」 子供だし 小2 「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」 よろです 魔法使えるところがいいな 「更に注文!?」 …神様のせいで死んだのに… 「あぁ!!分かりました!!」 やたね 「君…結構策士だな」 そう? 作戦とかは楽しいけど… 「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」 …あそこ? 「…うん。君ならやれるよ。頑張って」 …んな他人事みたいな… 「あ。爵位は結構高めだからね」 しゃくい…? 「じゃ!!」 え? ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!

念願の異世界転生できましたが、滅亡寸前の辺境伯家の長男、魔力なしでした。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリーです。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

知識スキルで異世界らいふ

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

ヒロイン? 玉の輿? 興味ありませんわ! お嬢様はお仕事がしたい様です。

彩世幻夜
ファンタジー
「働きもせずぐうたら三昧なんてつまんないわ!」 お嬢様はご不満の様です。 海に面した豊かな国。その港から船で一泊二日の距離にある少々大きな離島を領地に持つとある伯爵家。 名前こそ辺境伯だが、両親も現当主の祖父母夫妻も王都から戻って来ない。 使用人と領民しか居ない田舎の島ですくすく育った精霊姫に、『玉の輿』と羨まれる様な縁談が持ち込まれるが……。 王道中の王道の俺様王子様と地元民のイケメンと。そして隠された王子と。 乙女ゲームのヒロインとして生まれながら、その役を拒否するお嬢様が選ぶのは果たして誰だ? ※5/4完結しました。 新作 【あやかしたちのとまり木の日常】 連載開始しました

処理中です...