政治家の娘が悪役令嬢転生 ~前パパの教えで異世界政治をぶっ壊させていただきますわ~

巫叶月良成

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41話 風評を得る

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 選挙事務所に戻ると、そこは人だかりだった。

「おお! エリ様! 無事だったかね」

 私がクロイツェルとダウンゼンを引き連れて戻ったのを見つけて、最初に声をかけてくれたのは、事務所近くに住んでいるこの区の長だった。

「ええ、なんとか無事でしたわ。ありがとう」

「大変だったわねぇ。まさか暴漢に襲われるなんて。怖いわぁ」

「エリ様が襲われるなんて……もうこのようなことはよした方がいいんじゃないか?」

 こつこつとダウンゼンを介して草の根運動を続けたおかげか、ここらでの私の評判は良い。
 何よりここに事務所を構えた時に、引っ越しそばを周辺に配ったことが完全に心を引き寄せた。やっぱり胃袋を抑えたものが世界を制するのよ。

「ありがとうございます。けど、これは私にしかできないことですので。頑張って最後まで勤めます」

「おお、なんと偉い」

「ああ、こんな人が大臣になってくれたらもっと生活も……」

「馬鹿、めったなこと言うんじゃないよ。貴族様に聞かれたら、どんな目に遭うか……」

「いえ、皆さんの声が政局を変えることは多いのですよ。それに私も貴族ですし。もちろん皆さんを罰するなんてことはいたしませんわ」

「おお、さすがエリ様」

「皆さんも困ったことがあったら私に言ってくださいね。すでに大臣職ではないとはいえ、お父様に頼んで皆さんの暮らしを豊かにする方策を陛下にお願いすることもできますので」

 ゆったりとした笑みで皆にそう告げると、これまでにない喚声が上がった。

 これでよし。この噂はきっと周辺にも広がって、私の後押しをする人間が増えるでしょう。
 いかに絶対王政の議会政治とはいえ、王宮から数キロも離れていない城下町としての民の声をあまり無視はできない。直接の投票権はないとはいえ、この世界の民衆はたくましい。かつては暴動寸前のところまで行った例もあるという。先日の私の屋敷へのデモもその一例でしょう。

 だから民心を得るのは決して無駄じゃない。
 もちろんそれだけではいざという時の手駒は頼りないから、もう1つの手は打っておいているけど。

 うふふ、面白くなってきたわね。

「おい、あの笑顔。マジかな?」

「それは、当然……だろう」

「あんなえげつねぇ策聞かされてすぐこれだもんな……」

「ふっ、怖気づいたか? なら私の勝ちだな。私ならあの卑劣さも含めて愛することが出来る」

「あ? それとこれとは話が別だ。あのえげつなさも含めてがエリだろうが!」

 莫迦2人。聞こえてるわよ。

 まったく。そんな簡単に人をえげつないとか卑劣とか。なんだと思ってるの。
 これでもまだ10代の女の子よ? 少しは遠慮しなさいよ。

 それはさっき、私のやり方を説明してからこうなった。

『すべきことは単純よ。待つの。何もせずにね』

『待つ? 何もせずに?』

『そ。果報は寝て待てって言うでしょ』

『し、しかしエリーゼ様。何もしないというのは』

『そうだぜ。さっき言った、相手がつけあがるってのはヤバいんだろ』

『あ、何もしないってのはちょっとした間違いね。何もしないのは待つだけ。というかもう手は打ったわ。だからあとは寝て待つの』

『はぁ……』

『今、メイドのアーニィにお願いしてきたの。街に噂を流してほしいって』

『噂?』

『そ。噂。前筆頭大臣の娘、エリーゼ・バン・カシュトルゼが2度目の襲撃を受けたこと。傷1つなく無事だということ。ただしそれによって心に傷を負ったこと。それでもめげずに王のため、国のため、選挙管理を行うこと』

『それだけ、ですか?』

『それだけよ。余計な尾ひれは邪魔』

『心に傷、負ってるのか?』

『なにか言った、ダウンゼン?』

『い、いや、なんでもないぜ!』

『しかしエリーゼ様。それで一体何が……それこそ相手に付け入る隙を与えませんか?』

『いいのよ、これで。この噂が広まれば、世論は私に味方する。襲われてもめげない、けなげな少女。それでも強く明るく働く様を見れば、民衆の人気はバク上がりよ』

『けなげ、ねぇ……って、なんでもないぜ!』

『明るい……いえ、なんでもありません!』

『…………それで。そんな私を民衆は私を悲劇のヒロインに仕立てる。頼みもしないのに勝手にね。そんな私に何かあってみなさい。私が何も言わなくても民衆が勝手にストーリーを書いてくれるわ。なぜ何度も狙われたのか。誰が狙ったのか。一体何のために。どうして。酷い。悪魔だ。そんな人間に国政を任せられるか。そこまで行けば完璧ね。そしてそれは敵も分かってるから、私においそれと手出しができなくなるって寸法。ま、それでも襲ってきたら。そんな馬鹿者には退場してもらうのがいいでしょう』

『…………』

『…………』

『あら、どうしたの?』

『いや、なんつーか。とんでもねーな、エリって』

『わたしより上と思っていましたがここまでとは……感服いたしましたエリーゼ様』

『あなたたち、褒める時はちゃんと褒めていいのよ?』

 という感じ。

 とはいえ選挙までそう時間はない。
 あまり寝て待ってもいられないから、さっさと攻勢に出たいところだけどねぇ。チャンスというか、大義名分がない。
 大義名分がなければ、やっぱり私も貴族かという失望が広がって、私の地盤がなくなる。貴族階層に嫌われている私にとって、今この地盤を失うのは身の危険も含めてなんとかしたいもの。

 だからこそ、攻勢に出るためには何かきっかけがほしいのだけど……。

 そんな時だ。

「エリ様いるかい!? 大変なんだ、すぐ来てくれ!」

 入って来たのは区長の息子。血相を変えて飛び込んできたのだから、何か起こったのだろうか。
 いえ、これはきっと私にとっての追い風。待っていたチャンス。
 ならせいぜい乗らせていただきましょうか。
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