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第4章 ジャンヌの西進
第71話 会見前夜
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「どうする、ジャンヌ」
急遽開かれた会議でサカキが聞いてくる。
サカキの他にはブリーダ、クルレーン、クロエ、ウィット、サール、喜志田、センド、クロスがいる。
そして中央の机の上には、一枚の紙きれが無造作に置かれている。
帝国元帥の親書だ。
そこには流ちょうな大陸文字で、停戦を望んでいること、その気があるなら会見を持ちたいということ、場所や日時の指定はそちらに任せるができるだけ早くに返事が欲しいことが書かれていた。
使者の男は、今、別の陣幕の中で接待を受けている。
敵とはいえ仮にも一国の代表なのだからもてなすのは当然だった。
「これは罠です。将軍とジャンヌ殿をおびき出し、殺そうとしている卑劣な罠!」
センドが声高に叫ぶ。
「しかし、やるっすかね。帝国元帥の名が傷つくだけじゃすまないっすよ?」
「それでも、そちらの方が得と見ればやりかねません。相手にとっての脅威はジャンヌ殿とキシダ将軍。その2人を除けるのであれば、汚名など問題ないでしょう」
「ううーん、それはそうかもしれないっすが……」
ブリーダとクロスの意見、どちらも正しいと思う。
だが、本当にそのようなことを相手が考えるのか。
分からない。
なぜなら俺はその相手を全く知らないのだから。
里奈から少し話を聞いただけで、それ以外のことは何も聞いていない。
だから――
「会ってみよう」
決めた。
いや、元からこれ以外の選択肢はないのだ。
この一匹の獲物を2頭の虎が狙う状況。その獲物も無抵抗な鹿なんかじゃなく、強力な力を持ったライオンなのだから、状況をさらに複雑化している。
ならばこそ、どちらかの真意を聞き出し、戦術に組み入れる必要があるわけで。
「マジか、ジャンヌ」
「隊長殿、危険では?」
サカキとクロエがぎょっとした様子でこちらを見てきた。
「危険は……ない。と言いたいところだがなんともだな。だからサール、それからクロエ。一緒に来てくれ」
「当り前です!」
「やはり、私だけでは問題なのですか」
「なっ! なんで自分じゃなく、こいつなのです!」
気合満々のクロエと、どこか肩を落とすサール。そしてやっぱりのウィットの反発が来た。
サールが気を落としているのはクロエも指名したことが、護衛としての矜持を傷つけられたと思ったからだろう。
「一応言っておくぞ、サールそれとウィット。クロエは護衛じゃない。聞けば俺が目覚めるまでビンゴ軍との渡りをつけてたらしいじゃないか。だからビンゴ軍に信頼厚い奴にいて欲しいと思ったんだ。サール、俺の護衛は今はお前だけだ。頼んだぞ。それにウィット。お前には俺の隊を掌握しておいてもらわないと困る。何かあった時に頼りになるのはお前だからな」
「……はい」
「隊長……」
サールとウィットが感極まったように瞳を潤ませ、頭を下げる。
ふぅ……やれやれ。人使いってのはやっぱり難しいな。
とりあえず不満は収まりそうで何よりだ。
本音としてはサールだけだと不安だった。
力量というよりは、肉体と精神的な傷についてだ。
景斗から俺を守って傷ついて日が浅いし、彼の兄の死によってどこか捨て鉢になっているように見受けられる。
だから無茶をされて万が一が起きたら、俺はフレールに合わせる顔がない。
けどそれをそのまま言えばサールは傷つくだろう。
だからクロエのことをダシに使ったわけで。
というわけで場としては一旦の収まりを見せたわけだが。
「いーんじゃない、それで? じゃあ3人とも、頑張ってー」
と、ここで暢気発言するのはやっぱり喜志田だ。
俺はジト目でそちらを見ると、
「ふざけたこと言ってるなよ。お前も来るんだよ」
「何で!? ビンゴの代表ならクロエでいいじゃん」
「あのな。やったのは橋渡しであって、代表じゃないんだよ。いくらやっても所詮はよそ者。クロエに全権を任せてそれでビンゴ軍は納得するのか、センド、クロス?」
「……しないでしょうね。ここは将軍が出るべきかと」
「なんとぉ!? クロスの裏切りものー!」
「はい、決まり。じゃあ人員は俺とクロエとサール、喜志田に、そっちからも2人くらい護衛だしてくれ。その6名で会う。時間は明日の正午、連れていく兵は300人までで、会見場所から500メートル離れた場所で待機。会見の場所は……こことあっちの間に何かないか?」
俺は親書をどかして地図を眺める。
するとセンドが俺の横に来て、地図の一点を指した。
「この村はいかがですか。両方の陣からほぼ等距離で、そこまで大きくありません。ここには古の神を祀る神殿があります。そこで会見を開くのがよいでしょう」
「よし、そこにしよう。それで決まりだ。ただ軍の警戒は解くなよ? 停戦交渉とかいいつつ、夜襲してくる可能性だってまだあるからな。それからユートピアの国からも出てこないか警戒を怠らないよう! 以上、解散」
散会を宣言して陣幕の外に出る。
使者の対応はウィットとセンドに任せて、俺は明日の動きをシミュレートするために、まだ仮り組みの自室に戻ろうとした。
その前に冬の夜空を見上げる。
空気も澄んで高所に位置するからか、満天の星空が広がっている。
思えばこうして夜空を見上げることもそうなかった。
そうやって肩の力を抜こうと思うほど、明日の会見は俺にプレッシャーを与えているらしい。
そんな俺の横に人の気配。
クルレーンだ。
足音を殺して近づいた彼は、何も言わずに俺の横に黙って立つ。
「どうした?」
「明日の会見。やろうと思えば狙えるが……どうする?」
主語と目的語を省いた文章だったが、その意図は理解できた。
つまりクルレーンが鉄砲で元帥を狙撃すると言いたかったのだろう。
その提案を一蹴したい思いとは別に、とても魅力的な案に聞こえる自分もいた。
それほど、今回の戦いに自信がないのだろう。
この停戦交渉を含め、何をしてくるか分からない相手。
しかも帝国――いや、大陸最強とも言い換えていいだろう相手。
不安が俺を押しつぶそうとするそこへ、その不安を取り除いてあげましょう、とでも言われれば飛びつきたくもなる。
だがその方法がどうも気にかかる。
名前を惜しむわけでもない。
仕返しを恐れるわけでもない。
同じプレイヤーとして後味の悪さを感じるわけでもない。
それはどこか、先日否定したテロ行為のように思えて、気が進まないのかもしれない。
はっ、お笑いだ。
まさか戦場にそんな美意識を持ち出すなんて。
正々堂々戦って、勝ちたいとでも思っているのか。
負けて自分が死ぬなんてこと一片も抱いていないというのか。
負けることなんて思っちゃいない、甘ちゃんの考え。
死ぬことなんて考えちゃいない、ド素人の考え。
けど、それでも……。
「やめておこう。相手の出方が分からない以上、こちらから迂闊に動かない方がいい」
詭弁だろう。
けど、今はベターな答えだと思っている。
クルレーンは少し不満そうに頷くと、
「了解だ。クライアントの意向には従うさ」
そう言って背を向け、颯爽と去っていく。
その後ろ姿を見送っていると、ピタリと足を止めたクルレーンが、顔だけこちらに向けて、
「貴女も大変だな」
「……どうかな」
彼が何について大変と言ったのか、俺が何についてどうかと答えたのか。
少し夜空を見上げて、もう一度その応答を反芻してみたが、本当に分からなかった。
急遽開かれた会議でサカキが聞いてくる。
サカキの他にはブリーダ、クルレーン、クロエ、ウィット、サール、喜志田、センド、クロスがいる。
そして中央の机の上には、一枚の紙きれが無造作に置かれている。
帝国元帥の親書だ。
そこには流ちょうな大陸文字で、停戦を望んでいること、その気があるなら会見を持ちたいということ、場所や日時の指定はそちらに任せるができるだけ早くに返事が欲しいことが書かれていた。
使者の男は、今、別の陣幕の中で接待を受けている。
敵とはいえ仮にも一国の代表なのだからもてなすのは当然だった。
「これは罠です。将軍とジャンヌ殿をおびき出し、殺そうとしている卑劣な罠!」
センドが声高に叫ぶ。
「しかし、やるっすかね。帝国元帥の名が傷つくだけじゃすまないっすよ?」
「それでも、そちらの方が得と見ればやりかねません。相手にとっての脅威はジャンヌ殿とキシダ将軍。その2人を除けるのであれば、汚名など問題ないでしょう」
「ううーん、それはそうかもしれないっすが……」
ブリーダとクロスの意見、どちらも正しいと思う。
だが、本当にそのようなことを相手が考えるのか。
分からない。
なぜなら俺はその相手を全く知らないのだから。
里奈から少し話を聞いただけで、それ以外のことは何も聞いていない。
だから――
「会ってみよう」
決めた。
いや、元からこれ以外の選択肢はないのだ。
この一匹の獲物を2頭の虎が狙う状況。その獲物も無抵抗な鹿なんかじゃなく、強力な力を持ったライオンなのだから、状況をさらに複雑化している。
ならばこそ、どちらかの真意を聞き出し、戦術に組み入れる必要があるわけで。
「マジか、ジャンヌ」
「隊長殿、危険では?」
サカキとクロエがぎょっとした様子でこちらを見てきた。
「危険は……ない。と言いたいところだがなんともだな。だからサール、それからクロエ。一緒に来てくれ」
「当り前です!」
「やはり、私だけでは問題なのですか」
「なっ! なんで自分じゃなく、こいつなのです!」
気合満々のクロエと、どこか肩を落とすサール。そしてやっぱりのウィットの反発が来た。
サールが気を落としているのはクロエも指名したことが、護衛としての矜持を傷つけられたと思ったからだろう。
「一応言っておくぞ、サールそれとウィット。クロエは護衛じゃない。聞けば俺が目覚めるまでビンゴ軍との渡りをつけてたらしいじゃないか。だからビンゴ軍に信頼厚い奴にいて欲しいと思ったんだ。サール、俺の護衛は今はお前だけだ。頼んだぞ。それにウィット。お前には俺の隊を掌握しておいてもらわないと困る。何かあった時に頼りになるのはお前だからな」
「……はい」
「隊長……」
サールとウィットが感極まったように瞳を潤ませ、頭を下げる。
ふぅ……やれやれ。人使いってのはやっぱり難しいな。
とりあえず不満は収まりそうで何よりだ。
本音としてはサールだけだと不安だった。
力量というよりは、肉体と精神的な傷についてだ。
景斗から俺を守って傷ついて日が浅いし、彼の兄の死によってどこか捨て鉢になっているように見受けられる。
だから無茶をされて万が一が起きたら、俺はフレールに合わせる顔がない。
けどそれをそのまま言えばサールは傷つくだろう。
だからクロエのことをダシに使ったわけで。
というわけで場としては一旦の収まりを見せたわけだが。
「いーんじゃない、それで? じゃあ3人とも、頑張ってー」
と、ここで暢気発言するのはやっぱり喜志田だ。
俺はジト目でそちらを見ると、
「ふざけたこと言ってるなよ。お前も来るんだよ」
「何で!? ビンゴの代表ならクロエでいいじゃん」
「あのな。やったのは橋渡しであって、代表じゃないんだよ。いくらやっても所詮はよそ者。クロエに全権を任せてそれでビンゴ軍は納得するのか、センド、クロス?」
「……しないでしょうね。ここは将軍が出るべきかと」
「なんとぉ!? クロスの裏切りものー!」
「はい、決まり。じゃあ人員は俺とクロエとサール、喜志田に、そっちからも2人くらい護衛だしてくれ。その6名で会う。時間は明日の正午、連れていく兵は300人までで、会見場所から500メートル離れた場所で待機。会見の場所は……こことあっちの間に何かないか?」
俺は親書をどかして地図を眺める。
するとセンドが俺の横に来て、地図の一点を指した。
「この村はいかがですか。両方の陣からほぼ等距離で、そこまで大きくありません。ここには古の神を祀る神殿があります。そこで会見を開くのがよいでしょう」
「よし、そこにしよう。それで決まりだ。ただ軍の警戒は解くなよ? 停戦交渉とかいいつつ、夜襲してくる可能性だってまだあるからな。それからユートピアの国からも出てこないか警戒を怠らないよう! 以上、解散」
散会を宣言して陣幕の外に出る。
使者の対応はウィットとセンドに任せて、俺は明日の動きをシミュレートするために、まだ仮り組みの自室に戻ろうとした。
その前に冬の夜空を見上げる。
空気も澄んで高所に位置するからか、満天の星空が広がっている。
思えばこうして夜空を見上げることもそうなかった。
そうやって肩の力を抜こうと思うほど、明日の会見は俺にプレッシャーを与えているらしい。
そんな俺の横に人の気配。
クルレーンだ。
足音を殺して近づいた彼は、何も言わずに俺の横に黙って立つ。
「どうした?」
「明日の会見。やろうと思えば狙えるが……どうする?」
主語と目的語を省いた文章だったが、その意図は理解できた。
つまりクルレーンが鉄砲で元帥を狙撃すると言いたかったのだろう。
その提案を一蹴したい思いとは別に、とても魅力的な案に聞こえる自分もいた。
それほど、今回の戦いに自信がないのだろう。
この停戦交渉を含め、何をしてくるか分からない相手。
しかも帝国――いや、大陸最強とも言い換えていいだろう相手。
不安が俺を押しつぶそうとするそこへ、その不安を取り除いてあげましょう、とでも言われれば飛びつきたくもなる。
だがその方法がどうも気にかかる。
名前を惜しむわけでもない。
仕返しを恐れるわけでもない。
同じプレイヤーとして後味の悪さを感じるわけでもない。
それはどこか、先日否定したテロ行為のように思えて、気が進まないのかもしれない。
はっ、お笑いだ。
まさか戦場にそんな美意識を持ち出すなんて。
正々堂々戦って、勝ちたいとでも思っているのか。
負けて自分が死ぬなんてこと一片も抱いていないというのか。
負けることなんて思っちゃいない、甘ちゃんの考え。
死ぬことなんて考えちゃいない、ド素人の考え。
けど、それでも……。
「やめておこう。相手の出方が分からない以上、こちらから迂闊に動かない方がいい」
詭弁だろう。
けど、今はベターな答えだと思っている。
クルレーンは少し不満そうに頷くと、
「了解だ。クライアントの意向には従うさ」
そう言って背を向け、颯爽と去っていく。
その後ろ姿を見送っていると、ピタリと足を止めたクルレーンが、顔だけこちらに向けて、
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