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第4章 ジャンヌの西進
第84話 惨禍の讃歌
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何かが来た。
そう感じた。
俺は目をつぶって耳をふさいでいたからわからない。
けど、何かが変わった。
そんな気がした。
もう大丈夫だろう。
そう思ったのは怒声が聞こえてきたからだ。
「てめぇら! ぶっ殺してやる!」
そんな眉を顰めるばかりの声。
それもそこかしこで同じようなことが起きているのだ。
まさに闘技場。
バトルロイヤルと言わんばかりの混戦がそこかしこで起きている。
ただ異様なのが、これまで仲間として戦ってきた味方同士ということ。
「隊長、ここは退避を!」
ウィットが俺の横に来て、袖を引っ張る。
サールも無事のようだが、そばでほかの兵と戦っている。
センドは気を失ったのか、倒れていた。
確かにこの混乱。
今すぐ退避するのが上策だ。
だが、それを許さない事象が俺を襲う。
「こ、殺す! 殺す! ……隊長殿ぉぉぉぉ!」
「クロエ! この馬鹿もの!」
俺と双子のちょうど間の位置にいたクロエが、剣を抜いてこちらに迫りくる。
なぜクロエがそんな位置に、と思ったが、もしかしたらクロエは何かされる前に双子にとびかかったのではないかと思う。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
眼が異様にぎらついて焦点の合っていないクロエは、まさに狂気に染まっている。
ゾッとした。
殺される。
クロエに。
そのことがどこか現実離れしていて、恐怖を感じて俺の反応が遅れる。
「隊長!」
俺を突き飛ばす何か。ウィット。激しい金属音。クロエとウィットの剣が交錯し、激しい火花をあげる。
クロエが動いた。剣を滑らせ、ウィットがつんのめったところを斬りつけようとする。
だが軍配はウィットに上がった。
見抜かれて横に滑らされたクロエの剣は思いっきり空を切る。
そこに剣を構えたウィットが――動かない。
当然だ。
数分前まで、決して外からは仲が良いとは見えないが、ともに戦ってきた仲間だ。
それを斬ろうなんて躊躇して当然だ。
だがその迷いは命を縮める。
だから俺は叫んだ。
「ウィット! 迷うな!」
斬らなくてもいい。せめて行動不能にするだけでも。
そう伝えたつもりだった。
「……っ!」
だがウィットの一瞬のためらい。そこをクロエが見逃すはずもない。
「よせ!」
だが遅い。
鮮血が舞った。
「貴……様」
ウィットの体がよろけ、そのまま絨毯に沈んだ。
「ウィット!」
駆け寄ろうとするも、衝撃が横から襲ってくる。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
クロエだ。
タックルするように俺を突き飛ばすと、そのまま俺に馬乗りになってきた。
銀色。剣。首。左にして、よけた。突き出された剣先が、右、俺の首の真横を貫く。
間一髪だ。
だがまだ危機は去っていなかった。
クロエが剣の柄を両手で握り、それを裁断機のように横に倒したのだ。
もちろん裁断の対象は俺の首だ。
「ぐっ!」
そうはさせないと、俺は手を伸ばしてクロエの腕を押さえつける。
だが筋力最低のツケがここでも回ってきた。
そもそも上から押し付けるクロエの腕力に敵うわけがない。
じりじりと銀色の死が迫ってくる。
少しでもそれから逃れようと、首を体ごと左にずらそうとするも、それをクロエが邪魔してくる。
それでもなんとか拮抗の状況に持ってこれたのは、突き出した俺の腕が曲がり、ひじの部分が床についてからだった。
筋力ではなく骨格の部分でなんとか均衡を保っている。
だが冷たい銀色の死は、俺の首筋に触れている状態。少し食い込んで、液体を流すほどになっている。
こうなるとあとは握力の問題。
俺がそれに負けた時が、俺の首と胴体が離れ離れになる時だ。
「死んで? ねぇ、死んで隊長殿? 一緒に死にましょう!?」
「クロエ! 頼む! 正気に戻ってくれ!」
「うふふ……クロエは悪い子なんです。だからもう、死ぬしかないんです。でも独りで死ぬのは嫌だから、隊長殿。一緒に死んでください」
くそ、駄目か。どうすればいい!?
「無駄ですよ、ジャンヌ・ダルク。彼女に言葉は通じない。そうですよね、兄さん」
「無駄だよ、ジャンヌ・ダルク。彼女は罪に捕らわれている。そうだよね、姉さん」
双子の声が響く。
だが罪?
なんのことだ。
「人は誰しも嘘を持つ。それを増幅させ虚飾まみれにすれば人は簡単に操れる。そうですよね、兄さん」
「人は誰しも罪を持つ。それを肥大させ絶望させれば人は簡単に壊れる。そうだよね、姉さん」
彼らのスキルの特性か。
そういえば景斗が何か言っていた。
双子を困らせたら、嘘をついたら死ぬ。
確かそんなことを。
つまりこの双子は人の罪を、嘘を使役する――いや、相手に押し付けて脅迫するスキルということか。
なんてえげつないスキル。
人の善意に、罪の意識に付け込んで意のままに操ろうなんて。
だからこそ、彼らを野放しにできない。
そのためにはここでクロエに殺されてなんかいられない。
「言葉は通じなくとも感情は通じるかもしれませんよ。例えばこのまま彼女に殺されれば、彼女は目を覚ますかもしれない。そうですよね、兄さん」
「言葉は通じなくとも情動は通じるかもしれないよ。例えば殺される以上にショッキングなことがあれば、彼女は目を覚ますかもしれない。そうだよね、姉さん」
双子の言葉に激しく頭が高速回転する。
俺が死ねば彼女は戻る。
そんなの駄目だ。たとえ正気に戻ったとしても、俺を殺したとなれば彼女は生きていられない。
自意識過剰で言っているわけじゃない。クロエは優しいから。そんなことでも自責の念に押しつぶされてしまうような子だから。
なら考えろ。
俺がここから脱出し、クロエの目を覚ます方法。
今、弟が言った。
俺を殺す以上にショッキングな出来事。
そうでなくともこの態勢。
両腕は放せない。
足、といっても馬乗りのこの状況ではどうしようもない。
あとは頭。
頭突きでも見舞うか?
いや、俺の腹筋と首の力じゃあ大したことはできない。
それ以前に俺の首がスパッと行くかもしれない。
あとは唾でも吐きかけるか。いや、それが俺の死よりショッキングだったらそれはそれで嫌だぞ。
待てよ、あるいは……。
1つだけ。
あるいは可能性があるものが浮かんだ。
それを思いついたのは、別に俺がそれを常日頃から思っていたわけじゃなく、この状況にできることを消去していった先の選択肢として残っていただけのこと。
それにその会話をしてから、ほんの1時間も経っていないのもある。
……でもありなのか?
いや、可能性はある。あるけど……これは果てしなく恥ずかしいというか。いろいろ後悔しそうというか……。
ええい、もう迷うな!
こいつならこれで目を覚ます。
俺を殺す以上の衝撃。
そう思ったのなら、恥も外聞もかなぐり捨てて、俺はクロエと生きる道を取る。
「クロエ、よく聞け」
「隊長殿ぉぉぉぉ、隊長殿の血、チ、ちぃぃぃぃぃ!」
ゾンビみたく飢えに狂ったような声を絞り出すクロエ。
こいつにこんな声を出させるなんて。もう二度とごめんだ。
だから言う。
「お前には本当に感謝している。だからこれは……そのお礼だ」
首を持ち上げる。
頭突きじゃない。
ゆっくりと動かす。
それに合わせて俺の首筋から液体がこぼれるが、構わない。皮一枚だ。
そしてクロエの顔。
その目の前で止まると、そのままゆっくりと顔を近づけ――
彼女の唇に重ねた。
そう感じた。
俺は目をつぶって耳をふさいでいたからわからない。
けど、何かが変わった。
そんな気がした。
もう大丈夫だろう。
そう思ったのは怒声が聞こえてきたからだ。
「てめぇら! ぶっ殺してやる!」
そんな眉を顰めるばかりの声。
それもそこかしこで同じようなことが起きているのだ。
まさに闘技場。
バトルロイヤルと言わんばかりの混戦がそこかしこで起きている。
ただ異様なのが、これまで仲間として戦ってきた味方同士ということ。
「隊長、ここは退避を!」
ウィットが俺の横に来て、袖を引っ張る。
サールも無事のようだが、そばでほかの兵と戦っている。
センドは気を失ったのか、倒れていた。
確かにこの混乱。
今すぐ退避するのが上策だ。
だが、それを許さない事象が俺を襲う。
「こ、殺す! 殺す! ……隊長殿ぉぉぉぉ!」
「クロエ! この馬鹿もの!」
俺と双子のちょうど間の位置にいたクロエが、剣を抜いてこちらに迫りくる。
なぜクロエがそんな位置に、と思ったが、もしかしたらクロエは何かされる前に双子にとびかかったのではないかと思う。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
眼が異様にぎらついて焦点の合っていないクロエは、まさに狂気に染まっている。
ゾッとした。
殺される。
クロエに。
そのことがどこか現実離れしていて、恐怖を感じて俺の反応が遅れる。
「隊長!」
俺を突き飛ばす何か。ウィット。激しい金属音。クロエとウィットの剣が交錯し、激しい火花をあげる。
クロエが動いた。剣を滑らせ、ウィットがつんのめったところを斬りつけようとする。
だが軍配はウィットに上がった。
見抜かれて横に滑らされたクロエの剣は思いっきり空を切る。
そこに剣を構えたウィットが――動かない。
当然だ。
数分前まで、決して外からは仲が良いとは見えないが、ともに戦ってきた仲間だ。
それを斬ろうなんて躊躇して当然だ。
だがその迷いは命を縮める。
だから俺は叫んだ。
「ウィット! 迷うな!」
斬らなくてもいい。せめて行動不能にするだけでも。
そう伝えたつもりだった。
「……っ!」
だがウィットの一瞬のためらい。そこをクロエが見逃すはずもない。
「よせ!」
だが遅い。
鮮血が舞った。
「貴……様」
ウィットの体がよろけ、そのまま絨毯に沈んだ。
「ウィット!」
駆け寄ろうとするも、衝撃が横から襲ってくる。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
クロエだ。
タックルするように俺を突き飛ばすと、そのまま俺に馬乗りになってきた。
銀色。剣。首。左にして、よけた。突き出された剣先が、右、俺の首の真横を貫く。
間一髪だ。
だがまだ危機は去っていなかった。
クロエが剣の柄を両手で握り、それを裁断機のように横に倒したのだ。
もちろん裁断の対象は俺の首だ。
「ぐっ!」
そうはさせないと、俺は手を伸ばしてクロエの腕を押さえつける。
だが筋力最低のツケがここでも回ってきた。
そもそも上から押し付けるクロエの腕力に敵うわけがない。
じりじりと銀色の死が迫ってくる。
少しでもそれから逃れようと、首を体ごと左にずらそうとするも、それをクロエが邪魔してくる。
それでもなんとか拮抗の状況に持ってこれたのは、突き出した俺の腕が曲がり、ひじの部分が床についてからだった。
筋力ではなく骨格の部分でなんとか均衡を保っている。
だが冷たい銀色の死は、俺の首筋に触れている状態。少し食い込んで、液体を流すほどになっている。
こうなるとあとは握力の問題。
俺がそれに負けた時が、俺の首と胴体が離れ離れになる時だ。
「死んで? ねぇ、死んで隊長殿? 一緒に死にましょう!?」
「クロエ! 頼む! 正気に戻ってくれ!」
「うふふ……クロエは悪い子なんです。だからもう、死ぬしかないんです。でも独りで死ぬのは嫌だから、隊長殿。一緒に死んでください」
くそ、駄目か。どうすればいい!?
「無駄ですよ、ジャンヌ・ダルク。彼女に言葉は通じない。そうですよね、兄さん」
「無駄だよ、ジャンヌ・ダルク。彼女は罪に捕らわれている。そうだよね、姉さん」
双子の声が響く。
だが罪?
なんのことだ。
「人は誰しも嘘を持つ。それを増幅させ虚飾まみれにすれば人は簡単に操れる。そうですよね、兄さん」
「人は誰しも罪を持つ。それを肥大させ絶望させれば人は簡単に壊れる。そうだよね、姉さん」
彼らのスキルの特性か。
そういえば景斗が何か言っていた。
双子を困らせたら、嘘をついたら死ぬ。
確かそんなことを。
つまりこの双子は人の罪を、嘘を使役する――いや、相手に押し付けて脅迫するスキルということか。
なんてえげつないスキル。
人の善意に、罪の意識に付け込んで意のままに操ろうなんて。
だからこそ、彼らを野放しにできない。
そのためにはここでクロエに殺されてなんかいられない。
「言葉は通じなくとも感情は通じるかもしれませんよ。例えばこのまま彼女に殺されれば、彼女は目を覚ますかもしれない。そうですよね、兄さん」
「言葉は通じなくとも情動は通じるかもしれないよ。例えば殺される以上にショッキングなことがあれば、彼女は目を覚ますかもしれない。そうだよね、姉さん」
双子の言葉に激しく頭が高速回転する。
俺が死ねば彼女は戻る。
そんなの駄目だ。たとえ正気に戻ったとしても、俺を殺したとなれば彼女は生きていられない。
自意識過剰で言っているわけじゃない。クロエは優しいから。そんなことでも自責の念に押しつぶされてしまうような子だから。
なら考えろ。
俺がここから脱出し、クロエの目を覚ます方法。
今、弟が言った。
俺を殺す以上にショッキングな出来事。
そうでなくともこの態勢。
両腕は放せない。
足、といっても馬乗りのこの状況ではどうしようもない。
あとは頭。
頭突きでも見舞うか?
いや、俺の腹筋と首の力じゃあ大したことはできない。
それ以前に俺の首がスパッと行くかもしれない。
あとは唾でも吐きかけるか。いや、それが俺の死よりショッキングだったらそれはそれで嫌だぞ。
待てよ、あるいは……。
1つだけ。
あるいは可能性があるものが浮かんだ。
それを思いついたのは、別に俺がそれを常日頃から思っていたわけじゃなく、この状況にできることを消去していった先の選択肢として残っていただけのこと。
それにその会話をしてから、ほんの1時間も経っていないのもある。
……でもありなのか?
いや、可能性はある。あるけど……これは果てしなく恥ずかしいというか。いろいろ後悔しそうというか……。
ええい、もう迷うな!
こいつならこれで目を覚ます。
俺を殺す以上の衝撃。
そう思ったのなら、恥も外聞もかなぐり捨てて、俺はクロエと生きる道を取る。
「クロエ、よく聞け」
「隊長殿ぉぉぉぉ、隊長殿の血、チ、ちぃぃぃぃぃ!」
ゾンビみたく飢えに狂ったような声を絞り出すクロエ。
こいつにこんな声を出させるなんて。もう二度とごめんだ。
だから言う。
「お前には本当に感謝している。だからこれは……そのお礼だ」
首を持ち上げる。
頭突きじゃない。
ゆっくりと動かす。
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