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第5章 帝国決戦
第20話 それぞれの未来
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元の世界に戻るか、この世界にとどまるか。
この数か月、自問し続けた。
元の世界に戻る。
可能か不可能かで言えば可能だ。
帝国さえ倒せば大陸を統一したこととなり、俺たちは元の世界に戻れる。
そのためにはまだまだ強大な帝国軍を少なくとも1回は野戦で破る必要があるけど。
いや、煌夜が出てくるのを考えると2回か。ヘヴィだなぁ……。
この世界にとどまる。
可能か不可能かで言えば可能だ。天下三分の計じゃないけど、奇しくも現状はそれに近しい。だから三国のパワーバランスを取っていけば、まだ帝国が強いとはいえ、なんとかなるとは思う。
どちらも一長一短。帯に短したすきに長し。
俺の心のように中途半端なわけだ。
一応、まだ考える時間はある。
どちらの場合にせよ、帝国軍を破って帝都を制圧。そこで帝国を滅ぼすか、それとも和睦を設けて天下を三分するか決めることも可能だ。
結論の先送りの極致だが、どっちつかずのまま帝国との決戦に入るよりは万倍マシだ。
ただその前に――
「降りかかる火の粉は、払わなくちゃな」
帝国軍、号して50万。実質30万。
皇帝率いる親征軍。
皆はそんな絶望的な状況でも、体を動かしている。
いや、絶望的な状況だからこそ体を動かしているのか。
その中で、ジルが言った言葉を思い出す。
『我々はジャンヌ様を信じています。たとえ敵が30万だろうと100万だろうと、私はジャンヌ様のもとで戦い、ジャンヌ様のために死にます』
だから重いって。
信じてくれるのは嬉しいけどさ。
若干、丸投げ感もあるし。
とはいえ正直、まだジルにどう対応していいのかよくわかっていない。
こないだの一件は、まだ尾を引いていた。
まぁ、共に戦ってくれると言ってくれるだけで勇気づけられるわけで。
そのジルは王都にとどまって各地の防衛態勢の構築を指揮している。
サカキとクルレーンはヨジョー城に行ったし、ブリーダは騎馬隊の調練にさらに熱を入れている。
ビンゴ王国には万が一の備えをさせ、南群には派兵要請、シータ王国には帝国の側面を突いてもらうよう要請した。
また、去年末から作っていた狼煙台の最終点検を行った。
そこまではした。
それだけしか、できていないとも言える。
勝つための方策はまだできていなかった。
けど何もしないでいるわけにはいかず、俺は王都の外に出ることにした。
どれだけ執務室で、『古の魔導書』とにらめっこしても埒が明かない。
というわけで思いっきり埒を明けるために、俺は実地を検分するために馬に乗って王都を出た。
先月、ヨジョー城に行った時と同じように独りの気楽なたびになる――はずだったのだが。
「別についてこなくてもいいんだぞ?」
「そうは参りません。隊長殿が外出なさるのに、警護の兵をつけないなど」
「隊長はお前だろ」
「いえいえ、隊長殿は隊長殿。私はその下で隊をまとめるジャンヌ隊組長です!」
「なんか格好いい!? てか隊なのに組長って!?」
相変わらず思考が読めない。
とはいえ、前だったら隊長代理とか言って、あくまで補佐に徹するとか言ってただろうから、それでも進歩と言えば進歩か。
「ふっふーん、これはウィットがつけてくれました! つまり私をそれほど敬っているということ!」
ウィットを見ると、少し視線を外して呆れ顔でため息をついた。
あ、これ。隊長って呼びたくないから適当な名前でお茶を濁させたパターンじゃね?
「それにそれに、これは練習ですよ! えっと、えっと、なんでしたっけ?」
「我々は真実、ジャンヌ隊長の直属の部隊です。故に、隊長を中心として動く調練はかかすべきではありません」
ウィットがクロエの声を継いで答えた。
憮然としているけど、なんかおさまりがよく感じるのは俺だけか。うん、このコンビ。いい感じに回るかもな。
というわけで、なるほどと理解したけど、もう1つ隊があったな。
「あの暑苦しいのは?」
「あー、グリードですか。今、騎馬隊長の調練に付き合ってます。というか強引に割り込んだ感じ?」
「ブリーダ、ご愁傷さまだな」
まぁ、対騎馬隊の動きを身に着けるには格好の相手だろう。
アイザの不機嫌さが増すのが怖いけど。
「というか! 隊長殿はいっつもフラッとどこかに行きすぎです! 先月だって勝手に行ったでしょう。隊長殿はへなちょこなんですから、1人でどっか行かないように! これはジャンヌ隊組長からのお願い――てゆうか命令です!」
「うっ……」
ちらっとウィットを見る。
この後に続くだろう小言を止めてもらうためだ。
が、ウィットは俺をしっかりと見返し、
「そこは組長に完全に同意するため擁護はしません」
「ぐぅ……」
こいつら。
前までは従順で素直だったのに。こうも反論してこなかったのになぁ。
まぁ言っていることは至極当然なわけで。
はぁ……こいつらも色々成長したってわけか。
「分かったよ。これからは気を付ける」
「今からです!」
「……はぁい」
ま、いっか。
確かに刺客――どころか野盗にでも襲われたら一巻の終わりだし。
それに実際に部隊を走らせることで新しい発見があるかもしれない。
やがて前方に大きな建築物が見えてきた。
ノザーン砦。
過去に帝国軍――尾田張人の軍がここに駐留し、そして今やオムカ王都バーベルを守る文字通り最後の砦だ。
大きさはそこそこあるが、鉄壁かと言われればそうでもない。
多くても2万の兵は入らないくらい。
10万の敵に囲まれればひとたまりもないだろう。
つまりここまでに敵を半数以下に減らさなければ、間違いなく王都まで攻め込まれる。
まぁそうなった時点で、敵は壊滅状態となって撤退していくだろうが。
だからここで戦うのはほぼ負け確の状態ということ。
今からここを補修するより、もっと前線で敵を打ち破る方向にもっていった方がはるかに建設的だ。
「隊長殿、寄りますか?」
クロエが聞いてくる。
早朝に出発して昼も過ぎたころだ。
ここにも守備軍がいるからそこで昼飯にでもありつけるだろう。
「入ろうか」
「ほい、来たです」
砦に近づくと、その大きな扉が開き、5人ほどが出迎えてくれた。
その中心にいる人物が一歩前に出て声をかけてきた。
「これは、ジャンヌ殿。ようこそおいでなさいました。私はこの砦の守備隊長を務めますハルスと申します」
その砦の守備隊長は腰の低そうな中年男性だった。
覇気がなさそうで、こんなところの守備が務まるのか、と思ったけどジルの人事だ。難癖をつける筋合いはない。
ただ先ぶれを出しておいたとはいえ、こうも簡単に扉を開くのはどうだろう。
「よろしくお願いします。けど、不用心じゃないですか。俺たちが敵だったら今頃、この砦は陥ちてますよ」
「あ、はは……それは申し訳ない」
ハルスさんは照れ笑いをしながら、頭を掻く。
迂闊すぎないか、大丈夫かな……。
「ですが先行して偵察を四方に向けて飛ばし、ジャンヌ殿以外の軍隊を見つけておらず、さらに遠眼鏡でちゃんとお顔を拝見させていただきましたので、問題ないと考えました」
「……それは」
ちゃんと手配りをしたうえでの出迎えだったわけだ。
それを何も考えずに扉を開けたと考えてしまうとは。
外見だけで判断してしまった自分を戒める思いだ。
「失礼しました。しっかりと役目を果たしておられる方に失礼を」
「いえいえいえいえ、ジャンヌ殿にお褒め戴くのは光栄です。さ、お疲れでしょう。お食事の用意もできております」
「ご厚意に甘えさせていただきます」
答えると、ハルスさんは温和な表情に笑みを浮かべた。
500騎が砦の中に入ろうとするが、さすがに500頭を一気に入れれば混乱する。
かといって馬を休ませないわけにもいかない。馬にだって昼食は必要なのだ。
なら交代制にしていくべきだが、なんてことを考えていると、
「じゃあ昼食の準備! 第1班は馬をきちんと洗ってから馬に秣を与えてから食事! 第2班は先に馬に秣をあげてから1班と交代して馬を洗う! 3班は外で馬を休ませながら警戒態勢! はい、ちゃきちゃき動く!」
マールが大声をあげて部隊を指揮していた。
「張り切ってるな、マール」
「こういう時の仕切りはすごいんですよー。みんな陰では真の部隊長だって言ってます」
ルックが近づいてきて教えてくれた。
それには苦笑するしかない。
暴走しがちなクロエとウィットの抑えとしてはいいのか、な?
この部隊ほぼ唯一の常識人だし。
「こら、ルック! あなたは第3班でしょ! 新兵たちはあなたの行動を見てるんだから、きびきび動く!」
「あ、はーい。じゃあ、隊長、行ってきますー」
「お、おう。気をつけてな」
なんだかんだでクロエを中心にこの部隊も回っているようだ。
そう思うと、俺がいなくなっても問題ないのでは。そう思ってしまう。
オムカが統一した後、か。
こいつらはどうしているんだろう。
いや、今こそ、将来についてどう思っているんだろう。
ふとそれが気になって、食事の場で聞いてみた。
「将来、ですか?」
「ああ。オムカが帝国を倒して大陸を統一した後、何がしたいのかな、と思ってさ」
クロエとウィット、それから仕切っているマールも呼んで昼食になる。
ルックは外に出ているので、今はいない。
俺が切り出した問いに対し、昼食のサンドウィッチを手にしながら3人が三様にうなる。
「うーん、何がしたいか、ですか……」
「もはや帝国に勝つ前提でお話しされる隊長はさすがです。そうですね。そうなれば俺はこの軍のトップを目指します」
なるほど、ウィットらしい実直な答えだ。
「あ、じゃあ私は隊長殿とずっと一緒に――」
「マールはどうだ?」
約1名を無視して、マールに振ってみた。
するとマールが困った様子で、
「えっと、その私は……そう、ですね……」
「ん、恥ずかしかったら言わなくてもいいんだけど」
「えと、その。恥ずかしいとかではなく…………えぇと、その、実は夢がありまして」
おお、なんだなんだ。
「その、お嫁さんに、なりたいなと……」
「それはまた――」
尻に敷かれる相手が可哀そうだ、と言おうとして口をつぐんだ。
あぁー……参った。やっちまった。
特大級の地雷を踏みぬいた思いだ。
その夢を奪ったのは、俺たちだというのに。
ザインのことを思うと、今でも胸が痛む。
「ごめん、マール」
「あ、えっと。いえ、もう全然そういうのじゃないですから! 隊長が気にすることないです。あはは」
力ない笑いに、俺の胸はずきりと痛む。
と、マールがその空気にいたたまれなくなったのか、自身で無理やり話題を変えた。
「あ、そういえば。ルックは冒険家になりたいと言ってました」
「冒険家……ルックが?」
「はい、未開の土地に行ってみたいとか」
それは意外だった。
けど狩りが得意なあいつなら、どこででも生きていけるということだし、なんとなく納得した。
「あ、はいはーい! 私にも夢があります!」
クロエが手をぶんぶん振って自己主張してきた。
嫌な予感しかしなかったけど、もう少し話題を変えたくてとりあえず促してみた。
「えっとですね、クロエはお菓子屋さんになります!」
「…………え?」
予想もしなかった答えに、俺は、というよりウィットもマールも目が点になっていた。
てっきりまた俺がどうこうとか言ってふざけるのかと思ったが、返ってきたのが意外にまともな答えだったからだ。
「いやー、こないだのヴァーレンレンでしたっけ? あれでお菓子作りにはまっちゃいましてね。これはもうやるしかないと!」
あぁ、確かにヴァレンタインで手作りチョコをもらった。結構おいしかった。
そもそも料理は得意なのだ。この2年間、俺の胃袋を支えたのはひとえにクロエの勲功と言ってもいい。
だからこれは、
「あり、なのか?」
「おお、隊長殿からお墨付きをもらった! これは勝てる!」
「ふん、貴様のような奴にもわずかながら取り柄があったんだからな。天に感謝するといい」
「へーん、その私に負けたのはどこの誰でしたっけ、副隊長さん? そんなんでこの国のトップを目指すとかお腹痛いです」
片腹じゃないのかよ。それただの腹痛。
「ジャンヌ隊長、緊急動議を発動します。局長の解任を要求します」
「むがー! ウィットのくせにー!」
「もう、あなたたちいい加減にしなさい!」
はぁ、結局はこうなるのか。
けど、彼らがちゃんと未来を見据えているようなので、ちょっと安心した。
安心したかった。
そこで改めて気づく。
彼らにも俺がいなくなることを告げなければいけないことに。
「それで、隊長殿は何ですか? せっかくだから私と一緒にお菓子屋さんしませんか? 作る……のは私がやるので、売り子に隊長殿を据えれば……完璧です」
「何を言う。隊長は俺と共にこの国を支えるのだ。貴様のところなど、たまに思い出したように買いに行ってやる」
「あ、えっと隊長にはいずれ、スピーチなどをお願いしたく。その、いずれは、ですけど」
三者三様の未来に、俺が絡むことは決定しているらしい。
やはり、言えない。
どこまでもチキンで臆病者でろくでなしな考えか分からないけど、今この一瞬の楽しい時間を壊してしまうのは、永遠に葬り去ってしまうのは、あまりにも覚悟と時間が足りない。
だから俺は彼らの願いを、から笑いでごまかすしかなかった。
けどもうすぐ来る。
彼らのこの笑顔を、絶望に変えるその瞬間が。
その時に、俺はどうするのか。
まだ答えは見えない。
この数か月、自問し続けた。
元の世界に戻る。
可能か不可能かで言えば可能だ。
帝国さえ倒せば大陸を統一したこととなり、俺たちは元の世界に戻れる。
そのためにはまだまだ強大な帝国軍を少なくとも1回は野戦で破る必要があるけど。
いや、煌夜が出てくるのを考えると2回か。ヘヴィだなぁ……。
この世界にとどまる。
可能か不可能かで言えば可能だ。天下三分の計じゃないけど、奇しくも現状はそれに近しい。だから三国のパワーバランスを取っていけば、まだ帝国が強いとはいえ、なんとかなるとは思う。
どちらも一長一短。帯に短したすきに長し。
俺の心のように中途半端なわけだ。
一応、まだ考える時間はある。
どちらの場合にせよ、帝国軍を破って帝都を制圧。そこで帝国を滅ぼすか、それとも和睦を設けて天下を三分するか決めることも可能だ。
結論の先送りの極致だが、どっちつかずのまま帝国との決戦に入るよりは万倍マシだ。
ただその前に――
「降りかかる火の粉は、払わなくちゃな」
帝国軍、号して50万。実質30万。
皇帝率いる親征軍。
皆はそんな絶望的な状況でも、体を動かしている。
いや、絶望的な状況だからこそ体を動かしているのか。
その中で、ジルが言った言葉を思い出す。
『我々はジャンヌ様を信じています。たとえ敵が30万だろうと100万だろうと、私はジャンヌ様のもとで戦い、ジャンヌ様のために死にます』
だから重いって。
信じてくれるのは嬉しいけどさ。
若干、丸投げ感もあるし。
とはいえ正直、まだジルにどう対応していいのかよくわかっていない。
こないだの一件は、まだ尾を引いていた。
まぁ、共に戦ってくれると言ってくれるだけで勇気づけられるわけで。
そのジルは王都にとどまって各地の防衛態勢の構築を指揮している。
サカキとクルレーンはヨジョー城に行ったし、ブリーダは騎馬隊の調練にさらに熱を入れている。
ビンゴ王国には万が一の備えをさせ、南群には派兵要請、シータ王国には帝国の側面を突いてもらうよう要請した。
また、去年末から作っていた狼煙台の最終点検を行った。
そこまではした。
それだけしか、できていないとも言える。
勝つための方策はまだできていなかった。
けど何もしないでいるわけにはいかず、俺は王都の外に出ることにした。
どれだけ執務室で、『古の魔導書』とにらめっこしても埒が明かない。
というわけで思いっきり埒を明けるために、俺は実地を検分するために馬に乗って王都を出た。
先月、ヨジョー城に行った時と同じように独りの気楽なたびになる――はずだったのだが。
「別についてこなくてもいいんだぞ?」
「そうは参りません。隊長殿が外出なさるのに、警護の兵をつけないなど」
「隊長はお前だろ」
「いえいえ、隊長殿は隊長殿。私はその下で隊をまとめるジャンヌ隊組長です!」
「なんか格好いい!? てか隊なのに組長って!?」
相変わらず思考が読めない。
とはいえ、前だったら隊長代理とか言って、あくまで補佐に徹するとか言ってただろうから、それでも進歩と言えば進歩か。
「ふっふーん、これはウィットがつけてくれました! つまり私をそれほど敬っているということ!」
ウィットを見ると、少し視線を外して呆れ顔でため息をついた。
あ、これ。隊長って呼びたくないから適当な名前でお茶を濁させたパターンじゃね?
「それにそれに、これは練習ですよ! えっと、えっと、なんでしたっけ?」
「我々は真実、ジャンヌ隊長の直属の部隊です。故に、隊長を中心として動く調練はかかすべきではありません」
ウィットがクロエの声を継いで答えた。
憮然としているけど、なんかおさまりがよく感じるのは俺だけか。うん、このコンビ。いい感じに回るかもな。
というわけで、なるほどと理解したけど、もう1つ隊があったな。
「あの暑苦しいのは?」
「あー、グリードですか。今、騎馬隊長の調練に付き合ってます。というか強引に割り込んだ感じ?」
「ブリーダ、ご愁傷さまだな」
まぁ、対騎馬隊の動きを身に着けるには格好の相手だろう。
アイザの不機嫌さが増すのが怖いけど。
「というか! 隊長殿はいっつもフラッとどこかに行きすぎです! 先月だって勝手に行ったでしょう。隊長殿はへなちょこなんですから、1人でどっか行かないように! これはジャンヌ隊組長からのお願い――てゆうか命令です!」
「うっ……」
ちらっとウィットを見る。
この後に続くだろう小言を止めてもらうためだ。
が、ウィットは俺をしっかりと見返し、
「そこは組長に完全に同意するため擁護はしません」
「ぐぅ……」
こいつら。
前までは従順で素直だったのに。こうも反論してこなかったのになぁ。
まぁ言っていることは至極当然なわけで。
はぁ……こいつらも色々成長したってわけか。
「分かったよ。これからは気を付ける」
「今からです!」
「……はぁい」
ま、いっか。
確かに刺客――どころか野盗にでも襲われたら一巻の終わりだし。
それに実際に部隊を走らせることで新しい発見があるかもしれない。
やがて前方に大きな建築物が見えてきた。
ノザーン砦。
過去に帝国軍――尾田張人の軍がここに駐留し、そして今やオムカ王都バーベルを守る文字通り最後の砦だ。
大きさはそこそこあるが、鉄壁かと言われればそうでもない。
多くても2万の兵は入らないくらい。
10万の敵に囲まれればひとたまりもないだろう。
つまりここまでに敵を半数以下に減らさなければ、間違いなく王都まで攻め込まれる。
まぁそうなった時点で、敵は壊滅状態となって撤退していくだろうが。
だからここで戦うのはほぼ負け確の状態ということ。
今からここを補修するより、もっと前線で敵を打ち破る方向にもっていった方がはるかに建設的だ。
「隊長殿、寄りますか?」
クロエが聞いてくる。
早朝に出発して昼も過ぎたころだ。
ここにも守備軍がいるからそこで昼飯にでもありつけるだろう。
「入ろうか」
「ほい、来たです」
砦に近づくと、その大きな扉が開き、5人ほどが出迎えてくれた。
その中心にいる人物が一歩前に出て声をかけてきた。
「これは、ジャンヌ殿。ようこそおいでなさいました。私はこの砦の守備隊長を務めますハルスと申します」
その砦の守備隊長は腰の低そうな中年男性だった。
覇気がなさそうで、こんなところの守備が務まるのか、と思ったけどジルの人事だ。難癖をつける筋合いはない。
ただ先ぶれを出しておいたとはいえ、こうも簡単に扉を開くのはどうだろう。
「よろしくお願いします。けど、不用心じゃないですか。俺たちが敵だったら今頃、この砦は陥ちてますよ」
「あ、はは……それは申し訳ない」
ハルスさんは照れ笑いをしながら、頭を掻く。
迂闊すぎないか、大丈夫かな……。
「ですが先行して偵察を四方に向けて飛ばし、ジャンヌ殿以外の軍隊を見つけておらず、さらに遠眼鏡でちゃんとお顔を拝見させていただきましたので、問題ないと考えました」
「……それは」
ちゃんと手配りをしたうえでの出迎えだったわけだ。
それを何も考えずに扉を開けたと考えてしまうとは。
外見だけで判断してしまった自分を戒める思いだ。
「失礼しました。しっかりと役目を果たしておられる方に失礼を」
「いえいえいえいえ、ジャンヌ殿にお褒め戴くのは光栄です。さ、お疲れでしょう。お食事の用意もできております」
「ご厚意に甘えさせていただきます」
答えると、ハルスさんは温和な表情に笑みを浮かべた。
500騎が砦の中に入ろうとするが、さすがに500頭を一気に入れれば混乱する。
かといって馬を休ませないわけにもいかない。馬にだって昼食は必要なのだ。
なら交代制にしていくべきだが、なんてことを考えていると、
「じゃあ昼食の準備! 第1班は馬をきちんと洗ってから馬に秣を与えてから食事! 第2班は先に馬に秣をあげてから1班と交代して馬を洗う! 3班は外で馬を休ませながら警戒態勢! はい、ちゃきちゃき動く!」
マールが大声をあげて部隊を指揮していた。
「張り切ってるな、マール」
「こういう時の仕切りはすごいんですよー。みんな陰では真の部隊長だって言ってます」
ルックが近づいてきて教えてくれた。
それには苦笑するしかない。
暴走しがちなクロエとウィットの抑えとしてはいいのか、な?
この部隊ほぼ唯一の常識人だし。
「こら、ルック! あなたは第3班でしょ! 新兵たちはあなたの行動を見てるんだから、きびきび動く!」
「あ、はーい。じゃあ、隊長、行ってきますー」
「お、おう。気をつけてな」
なんだかんだでクロエを中心にこの部隊も回っているようだ。
そう思うと、俺がいなくなっても問題ないのでは。そう思ってしまう。
オムカが統一した後、か。
こいつらはどうしているんだろう。
いや、今こそ、将来についてどう思っているんだろう。
ふとそれが気になって、食事の場で聞いてみた。
「将来、ですか?」
「ああ。オムカが帝国を倒して大陸を統一した後、何がしたいのかな、と思ってさ」
クロエとウィット、それから仕切っているマールも呼んで昼食になる。
ルックは外に出ているので、今はいない。
俺が切り出した問いに対し、昼食のサンドウィッチを手にしながら3人が三様にうなる。
「うーん、何がしたいか、ですか……」
「もはや帝国に勝つ前提でお話しされる隊長はさすがです。そうですね。そうなれば俺はこの軍のトップを目指します」
なるほど、ウィットらしい実直な答えだ。
「あ、じゃあ私は隊長殿とずっと一緒に――」
「マールはどうだ?」
約1名を無視して、マールに振ってみた。
するとマールが困った様子で、
「えっと、その私は……そう、ですね……」
「ん、恥ずかしかったら言わなくてもいいんだけど」
「えと、その。恥ずかしいとかではなく…………えぇと、その、実は夢がありまして」
おお、なんだなんだ。
「その、お嫁さんに、なりたいなと……」
「それはまた――」
尻に敷かれる相手が可哀そうだ、と言おうとして口をつぐんだ。
あぁー……参った。やっちまった。
特大級の地雷を踏みぬいた思いだ。
その夢を奪ったのは、俺たちだというのに。
ザインのことを思うと、今でも胸が痛む。
「ごめん、マール」
「あ、えっと。いえ、もう全然そういうのじゃないですから! 隊長が気にすることないです。あはは」
力ない笑いに、俺の胸はずきりと痛む。
と、マールがその空気にいたたまれなくなったのか、自身で無理やり話題を変えた。
「あ、そういえば。ルックは冒険家になりたいと言ってました」
「冒険家……ルックが?」
「はい、未開の土地に行ってみたいとか」
それは意外だった。
けど狩りが得意なあいつなら、どこででも生きていけるということだし、なんとなく納得した。
「あ、はいはーい! 私にも夢があります!」
クロエが手をぶんぶん振って自己主張してきた。
嫌な予感しかしなかったけど、もう少し話題を変えたくてとりあえず促してみた。
「えっとですね、クロエはお菓子屋さんになります!」
「…………え?」
予想もしなかった答えに、俺は、というよりウィットもマールも目が点になっていた。
てっきりまた俺がどうこうとか言ってふざけるのかと思ったが、返ってきたのが意外にまともな答えだったからだ。
「いやー、こないだのヴァーレンレンでしたっけ? あれでお菓子作りにはまっちゃいましてね。これはもうやるしかないと!」
あぁ、確かにヴァレンタインで手作りチョコをもらった。結構おいしかった。
そもそも料理は得意なのだ。この2年間、俺の胃袋を支えたのはひとえにクロエの勲功と言ってもいい。
だからこれは、
「あり、なのか?」
「おお、隊長殿からお墨付きをもらった! これは勝てる!」
「ふん、貴様のような奴にもわずかながら取り柄があったんだからな。天に感謝するといい」
「へーん、その私に負けたのはどこの誰でしたっけ、副隊長さん? そんなんでこの国のトップを目指すとかお腹痛いです」
片腹じゃないのかよ。それただの腹痛。
「ジャンヌ隊長、緊急動議を発動します。局長の解任を要求します」
「むがー! ウィットのくせにー!」
「もう、あなたたちいい加減にしなさい!」
はぁ、結局はこうなるのか。
けど、彼らがちゃんと未来を見据えているようなので、ちょっと安心した。
安心したかった。
そこで改めて気づく。
彼らにも俺がいなくなることを告げなければいけないことに。
「それで、隊長殿は何ですか? せっかくだから私と一緒にお菓子屋さんしませんか? 作る……のは私がやるので、売り子に隊長殿を据えれば……完璧です」
「何を言う。隊長は俺と共にこの国を支えるのだ。貴様のところなど、たまに思い出したように買いに行ってやる」
「あ、えっと隊長にはいずれ、スピーチなどをお願いしたく。その、いずれは、ですけど」
三者三様の未来に、俺が絡むことは決定しているらしい。
やはり、言えない。
どこまでもチキンで臆病者でろくでなしな考えか分からないけど、今この一瞬の楽しい時間を壊してしまうのは、永遠に葬り去ってしまうのは、あまりにも覚悟と時間が足りない。
だから俺は彼らの願いを、から笑いでごまかすしかなかった。
けどもうすぐ来る。
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食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
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普段の、何気ない日常。
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その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
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日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
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ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
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偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
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