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間章 それぞれの決断
間章1 赤星煌夜(エイン帝国パルルカ教皇)
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講和が破談になった後。
私と達臣、そして麗明の姿をした女神は、対オムカ王国最前線となる城に戻った。
そこで待機していた堂島さん、長浜さんを呼んで話し合いの場を持つためだ。
もちろん議題は、今後の方針について。
基本的な方針はオムカ軍に打ち勝つことで問題はない、ということで落着した。
その最中、女神による独演会が行われた。全世界に通知するという、とんでもないことをしでかしたのだが、あの女神のやることと思えば驚きはしない。
まぁいいでしょう。
それによって国民感情が対オムカに向けばやりやすい。
講和。
そして女神の討伐。
そこまであと一歩だった。
けど無念だとは思わない。
なぜなら女神への道は閉ざされたわけではないから。
ジャンヌ・ダルクを仲間に引き込むことはできなかったが、ならば帝国の力でそれを成すまで。
私の能力と、堂島さんの力があればそれが可能だ。
彼女の力はまさに女神を殺すのにうってつけだ。
だから私が力を貸せば、必ずなしえる。
そう確信している。
そんなことを考えていると――
「煌夜」
当の堂島さんに呼ばれていた。
迂闊にもぼうっとしていたようだ。
「なんでしょう、堂島さん?」
「いや。大丈夫か?」
「うわぉ、元帥が人の心配するなんて! 明日は槍が降るかな!?」
長浜さんがそうおちゃらけてみせるが、確かに意外ではあった。
彼女が、ここまで真剣に他人のことに反応するとは思ってもみなかった。
あるいは、そうなるような契機があったのか。
「ええ、大丈夫ですよ。御心配おかけしました」
「そうか。ならばここから先は任せてもらおう。交渉が決裂して、後は戦うことになるのなら、それは私の仕事だ」
「あと僕様もね!」
やる気になっているらしいこの2人は頼もしい。
けれども、ある意味これは自分のわがままから出たことであって、当事者の1人として後ろに引っ込んでいられるわけにはいかない。
「私も邪魔にならない程度のところにいます。これでも、責任は感じているのでね」
「そうか。好きにするといい」
堂島さんが小さく頷く。
それだけでも何か通じ合えたような気がして、どこか胸に温かみを感じた。
「煌夜、僕は好きにさせてもらってもいいか?」
と、そこで達臣が声をあげた。
彼がこうも自分の意思を押し通すタイプだとは思わなかったから、少し驚いた。
けど彼とあのジャンヌ・ダルクとの遺恨を考えれば、それもやむなしか。
「ああ、君は好きに動いてくれ。私に付き合う必要はないさ」
「そうか。じゃあ好きにさせてもらうさ」
小さく笑うと、達臣は堂島さんの方を向き、
「というわけだ。前線においてもらいたい」
「分かった」
「むむ! もしかしてたっつん、元帥のナンバー2の地位を狙ってる?」
「そんなことはしないさ、大将軍。僕はただのしがない軍師だよ」
「ふーん、ならいいけど」
興味なさそうに適当に相槌をうつ長浜さんだが、内心ではホッとしているだろう。
「それで、堂島さん。勝てるかな?」
「兵が私たちの言うことを聞けば勝てる。それゆえに兵数は絞って5万だな。編成は4万を杏が率いる。そしてあと7千はあの男に任せてみようか」
「げっ、まさか元帥それって……」
「尾田張人だ。我らについたと聞いている」
「げぇー! 張人きゅんかー。まぁ悪くないんだけど……でもまた裏切ったらどうする?」
「そのために私がある程度スキルで縛りましょう。対プレイヤーですとどこまで通用するかですが」
「問題ない、煌夜。奴が裏切ったら、私の3千で奴の首を落とす」
まるでコンビニに行くような気軽さで、そう言い放つ堂島さん。
だが、彼女ならばそれを簡単にやってのけるだろう、と思わせるのは、やはりどこか常人と一線を画していると感じる。いや、味方である限りは頼もしいのだ。実際。
「ま、元帥がそう言うならいいけど。あーあ、なんで戻ってきてんのかなぁ、あいつ」
「僕はあまり知らないけど、そんな人なのかい?」
達臣が首をかしげる。
「うーーーん。そうだね。とりあえず性格悪い。たっつんも気を付けなよ? 張人きゅんには」
「きゅ、きゅん? というか“たっつん”って僕かい?」
「とりあえず、配置や作戦は後回しにしよう。ここでは編成を決めて、後は1か月の準備期間をどう活かすかだ。煌夜、偵察に信者を借りたい」
「いかようにでも」
「それと……ほかのプレイヤーはどうなんだ?」
「仁藤さんは、面白そうにしてるけどここから動くつもりはないようですよ。クリスティーヌさんは、よく分からないですが『あなたのいるところが私のい場所です。ね、アラン?』と言っていました。少し顔が赤く、熱もありそうだったので今は休憩させています」
「そ、そうなんだー」
クリスティーヌさんの話をすると、長浜さんが顔を引きつらせた。
不思議なことに堂島さんも少し顔をしかめている。
いったいどうしたというのだろうか。
「あれ、じゃああれは? あのノーネームとかいう変態」
「彼女も残ってくれますよ。やはりジャンヌ・ダルクが気になるようで。早速準備にかかってもらっています」
「そういうやりかたもするんだねぇ……煌夜ちんも」
「これはもう、そういう戦いですから」
「岳人はどうしている?」
飛鳥馬岳人。
これまで東部戦線にてシータ王国の進行を防いでいた男だ。
「彼には引き続きシータ王国軍をけん制してもらいます」
「攻め込むことはしない、か。惜しいな。彼にはこっちにいてもらいたかったが」
「戦況次第ではそれもかなうでしょう。とりあえず帝国のプレイヤーはそんな感じでしょうか」
「分かった。基本は変わらないわけだ」
「うんうん、なんだかんだで結束あるよねー。まぁ乱す人たちがいなくなったからかもだけど」
長浜さんの言わんとしていることは、失礼だけど分かってしまった。
諸人さん、キッドさん、丹姉弟。亡くなった個性の強い人々。
彼らが今ここにいたらどうなっていただろうか。
いや、それも栓のない話。今ある手駒で現状を打破しなければいけないのだから。
「現状と今後についての確認はできた。とりあえず私はその尾田張人とやらに会ってみるか。あまり話した記憶がないからな」
「おおー、元帥がやる気だ。めずらしー」
「私は負ける気はないよ。お前にも、ジャンヌ・ダルクにも……その女神にも」
「さすがですね」
ああ、本当に。
頼りになるというか。心強いというか。
ともあれ、ひとまずの方針をメインメンバーと共有できただけでも今は及第点だ。
あるいはもう少しこじれるかと思ったが、堂島さんと長浜さんが協力的だったのが大きい。
やはり最終決戦ということで、それなりに意気込みがあるのだろう。
軽い食事をして散会すると、さすがに疲れも出て今日は早く寝ようと部屋に戻る。
と、
「お帰りなさい、あなた。ごはんにする? お風呂にする? それともめ・が・み?」
「……出て行け」
疲労しているところに、こうも頭の悪いことをやられると、殺意を通り越して憐れみすら感じる。
「ちょっとちょっと! 憐れみてどういうことよ! 女神さまよ! 女神ちゃんなのよ!」
「どうでもいいから、さっさと麗明の体から出て行け」
「まぁまぁ、そんなこと言って。本当は嬉しいくせに。麗明ちゃんの素敵ボイスに、愛らしい笑顔を堪能できるのは今しかありませんぜー、旦那ぁ」
「見解の相違ですね。私はいつもの麗明の声を聴きたいのであって、どこの馬の骨とも分からないアバズレの声を聞きたいわけじゃない」
「ひっどーい! それ、セクハラで訴えられるやつだよ!」
「パルルカの最高神が、パルルカ教の教皇を訴えるとは。これはまた不都合ではないですかね? パルルカ教の威信も、貴女自信の威厳も下落するのでは? まぁ、もはやこの状況で、パルルカ教なんてものはもうどうでもいいわけですが」
「どうでもよくないよー! むむー、そんなんで言い負かしたと思うなよ!」
「思いません。思ったとしても、貴女ごときを言い負かして何の自慢になるのか」
「うわーん! コーヤくんがいじめるー! アッキーより意地悪い、この人―!」
「ではさらにそこに付け込ませてもらいましょう。勝利から王国に至る。すなわち――月の道である。命令する。麗明の中から出て行け」
「うっ……まさ……か……」
めまいを起こしたように、女神ががくりとひざを落とす。
私のスキル『運命定める生命の系統樹』。
その月の道は、相手を洗脳することができる。
以前、里奈さんに使ったものと同じで、それがこの自称女神に通じるかだが――
「煌夜……」
「麗明」
顔を上げた麗明の体。
そこには、今まで聞いてきたあの他人を苛立たせる甲高く不快感のある声ではない。
いつか聞いた、あの優しく美しい麗明の声。
「わたし……一体……」
「ああ、麗明」
「ごめんなさい、わたし、煌夜にひどいことを……」
「いいんだ。それに、また君の声が聞けて嬉しい」
「ありがとう……でもね、でもね……」
「麗明?」
「残っ念、ハズレでしたー! 女神ちゃんでーす!」
美しさが、霧散した。
垂らされた一筋の希望の糸が、ぷつりと斬られた印象。
「にゃははー! 騙された? 騙された? つかわたしがあげたスキルで、わたしを操ろうなんて百万光年早いんじゃない?」
「……どうせその辺りだと思ってましたよ。ダメ元でしたし」
「またまたー、強がっちゃって。てか今のは光年は時間じゃなくて距離だっていうツッコミでしょうがー! アッキーならちゃんと突っ込んだのに」
「知りませんよ」
「ぷぷっ、てかコーヤくんやっぱカワイー! 麗明、麗明って。わたしにバブみを感じちゃったんだね。ほら、いいよ。おいで。女神様が癒してしんじぜよう」
「……楽しいのか? こうやって、人の気持ちをもてあそんで」
こんなことをして。
人をもてあそんで。
人を絶望させて。
「うん、楽しい。やっぱり他人の不幸は蜜の味だよねー」
つくづく吐き気がする。
そんな言葉を、彼女の言葉で、彼女の姿で語るなど。
「おやおや、どうしちゃったのかなー? 黙りこくっちゃって? 期待しちゃった? ごめんね、女神でさー?」
「何も期待などありません。ただ、貴様を殺さなければならないことを改めて認識しただけです」
「うふふ、できるかなー?」
「その自信がどこから来るのか知りませんが、後悔させてあげますよ。必ずね」
「うん、楽しみにしてるから!」
そう言って莞爾と笑う彼女の笑顔を見て、不覚にも、ありし日の彼女の姿を思い出してしまい。
私は己の行動を恥じた。
「そういえばーー」
と、女神が何かを思いついたように、
「アッキーには言わなかったんだね、あのこと」
「なんの話です?」
「またまたー、わかってるくせに。この世界のこと、君たちの体のことだよ」
「……」
黙る。
本当は言おうとした。
けどその暇は無くなった。
何より――
「もはや彼は敵です。正解をあげる必要はないでしょう」
「ふーーん。まぁいいけどね。ぷぷっ、アッキーがこのことを聞いた時、どんな反応するか楽しみー」
「あり得ませんよ。勝つのは我々です」
「その言葉、頼もしいね」
「それにしても貴様……相変わらず最悪ですね」
「うん、それはもう。その言葉に対してはやっぱりこう答えるべきかな。最高の褒め言葉だよ」
本当に、最悪だ。
この女神も、この世界も。
もし彼が生き延びて、この答えにたどり着いたとしたら……彼はどんな反応をするか、少しだけ見てみたい気がした。
けどそれを見る時、自分はこの世界にはもういないのだ。
そう思うと本当に、最悪の展開だった。
私と達臣、そして麗明の姿をした女神は、対オムカ王国最前線となる城に戻った。
そこで待機していた堂島さん、長浜さんを呼んで話し合いの場を持つためだ。
もちろん議題は、今後の方針について。
基本的な方針はオムカ軍に打ち勝つことで問題はない、ということで落着した。
その最中、女神による独演会が行われた。全世界に通知するという、とんでもないことをしでかしたのだが、あの女神のやることと思えば驚きはしない。
まぁいいでしょう。
それによって国民感情が対オムカに向けばやりやすい。
講和。
そして女神の討伐。
そこまであと一歩だった。
けど無念だとは思わない。
なぜなら女神への道は閉ざされたわけではないから。
ジャンヌ・ダルクを仲間に引き込むことはできなかったが、ならば帝国の力でそれを成すまで。
私の能力と、堂島さんの力があればそれが可能だ。
彼女の力はまさに女神を殺すのにうってつけだ。
だから私が力を貸せば、必ずなしえる。
そう確信している。
そんなことを考えていると――
「煌夜」
当の堂島さんに呼ばれていた。
迂闊にもぼうっとしていたようだ。
「なんでしょう、堂島さん?」
「いや。大丈夫か?」
「うわぉ、元帥が人の心配するなんて! 明日は槍が降るかな!?」
長浜さんがそうおちゃらけてみせるが、確かに意外ではあった。
彼女が、ここまで真剣に他人のことに反応するとは思ってもみなかった。
あるいは、そうなるような契機があったのか。
「ええ、大丈夫ですよ。御心配おかけしました」
「そうか。ならばここから先は任せてもらおう。交渉が決裂して、後は戦うことになるのなら、それは私の仕事だ」
「あと僕様もね!」
やる気になっているらしいこの2人は頼もしい。
けれども、ある意味これは自分のわがままから出たことであって、当事者の1人として後ろに引っ込んでいられるわけにはいかない。
「私も邪魔にならない程度のところにいます。これでも、責任は感じているのでね」
「そうか。好きにするといい」
堂島さんが小さく頷く。
それだけでも何か通じ合えたような気がして、どこか胸に温かみを感じた。
「煌夜、僕は好きにさせてもらってもいいか?」
と、そこで達臣が声をあげた。
彼がこうも自分の意思を押し通すタイプだとは思わなかったから、少し驚いた。
けど彼とあのジャンヌ・ダルクとの遺恨を考えれば、それもやむなしか。
「ああ、君は好きに動いてくれ。私に付き合う必要はないさ」
「そうか。じゃあ好きにさせてもらうさ」
小さく笑うと、達臣は堂島さんの方を向き、
「というわけだ。前線においてもらいたい」
「分かった」
「むむ! もしかしてたっつん、元帥のナンバー2の地位を狙ってる?」
「そんなことはしないさ、大将軍。僕はただのしがない軍師だよ」
「ふーん、ならいいけど」
興味なさそうに適当に相槌をうつ長浜さんだが、内心ではホッとしているだろう。
「それで、堂島さん。勝てるかな?」
「兵が私たちの言うことを聞けば勝てる。それゆえに兵数は絞って5万だな。編成は4万を杏が率いる。そしてあと7千はあの男に任せてみようか」
「げっ、まさか元帥それって……」
「尾田張人だ。我らについたと聞いている」
「げぇー! 張人きゅんかー。まぁ悪くないんだけど……でもまた裏切ったらどうする?」
「そのために私がある程度スキルで縛りましょう。対プレイヤーですとどこまで通用するかですが」
「問題ない、煌夜。奴が裏切ったら、私の3千で奴の首を落とす」
まるでコンビニに行くような気軽さで、そう言い放つ堂島さん。
だが、彼女ならばそれを簡単にやってのけるだろう、と思わせるのは、やはりどこか常人と一線を画していると感じる。いや、味方である限りは頼もしいのだ。実際。
「ま、元帥がそう言うならいいけど。あーあ、なんで戻ってきてんのかなぁ、あいつ」
「僕はあまり知らないけど、そんな人なのかい?」
達臣が首をかしげる。
「うーーーん。そうだね。とりあえず性格悪い。たっつんも気を付けなよ? 張人きゅんには」
「きゅ、きゅん? というか“たっつん”って僕かい?」
「とりあえず、配置や作戦は後回しにしよう。ここでは編成を決めて、後は1か月の準備期間をどう活かすかだ。煌夜、偵察に信者を借りたい」
「いかようにでも」
「それと……ほかのプレイヤーはどうなんだ?」
「仁藤さんは、面白そうにしてるけどここから動くつもりはないようですよ。クリスティーヌさんは、よく分からないですが『あなたのいるところが私のい場所です。ね、アラン?』と言っていました。少し顔が赤く、熱もありそうだったので今は休憩させています」
「そ、そうなんだー」
クリスティーヌさんの話をすると、長浜さんが顔を引きつらせた。
不思議なことに堂島さんも少し顔をしかめている。
いったいどうしたというのだろうか。
「あれ、じゃああれは? あのノーネームとかいう変態」
「彼女も残ってくれますよ。やはりジャンヌ・ダルクが気になるようで。早速準備にかかってもらっています」
「そういうやりかたもするんだねぇ……煌夜ちんも」
「これはもう、そういう戦いですから」
「岳人はどうしている?」
飛鳥馬岳人。
これまで東部戦線にてシータ王国の進行を防いでいた男だ。
「彼には引き続きシータ王国軍をけん制してもらいます」
「攻め込むことはしない、か。惜しいな。彼にはこっちにいてもらいたかったが」
「戦況次第ではそれもかなうでしょう。とりあえず帝国のプレイヤーはそんな感じでしょうか」
「分かった。基本は変わらないわけだ」
「うんうん、なんだかんだで結束あるよねー。まぁ乱す人たちがいなくなったからかもだけど」
長浜さんの言わんとしていることは、失礼だけど分かってしまった。
諸人さん、キッドさん、丹姉弟。亡くなった個性の強い人々。
彼らが今ここにいたらどうなっていただろうか。
いや、それも栓のない話。今ある手駒で現状を打破しなければいけないのだから。
「現状と今後についての確認はできた。とりあえず私はその尾田張人とやらに会ってみるか。あまり話した記憶がないからな」
「おおー、元帥がやる気だ。めずらしー」
「私は負ける気はないよ。お前にも、ジャンヌ・ダルクにも……その女神にも」
「さすがですね」
ああ、本当に。
頼りになるというか。心強いというか。
ともあれ、ひとまずの方針をメインメンバーと共有できただけでも今は及第点だ。
あるいはもう少しこじれるかと思ったが、堂島さんと長浜さんが協力的だったのが大きい。
やはり最終決戦ということで、それなりに意気込みがあるのだろう。
軽い食事をして散会すると、さすがに疲れも出て今日は早く寝ようと部屋に戻る。
と、
「お帰りなさい、あなた。ごはんにする? お風呂にする? それともめ・が・み?」
「……出て行け」
疲労しているところに、こうも頭の悪いことをやられると、殺意を通り越して憐れみすら感じる。
「ちょっとちょっと! 憐れみてどういうことよ! 女神さまよ! 女神ちゃんなのよ!」
「どうでもいいから、さっさと麗明の体から出て行け」
「まぁまぁ、そんなこと言って。本当は嬉しいくせに。麗明ちゃんの素敵ボイスに、愛らしい笑顔を堪能できるのは今しかありませんぜー、旦那ぁ」
「見解の相違ですね。私はいつもの麗明の声を聴きたいのであって、どこの馬の骨とも分からないアバズレの声を聞きたいわけじゃない」
「ひっどーい! それ、セクハラで訴えられるやつだよ!」
「パルルカの最高神が、パルルカ教の教皇を訴えるとは。これはまた不都合ではないですかね? パルルカ教の威信も、貴女自信の威厳も下落するのでは? まぁ、もはやこの状況で、パルルカ教なんてものはもうどうでもいいわけですが」
「どうでもよくないよー! むむー、そんなんで言い負かしたと思うなよ!」
「思いません。思ったとしても、貴女ごときを言い負かして何の自慢になるのか」
「うわーん! コーヤくんがいじめるー! アッキーより意地悪い、この人―!」
「ではさらにそこに付け込ませてもらいましょう。勝利から王国に至る。すなわち――月の道である。命令する。麗明の中から出て行け」
「うっ……まさ……か……」
めまいを起こしたように、女神ががくりとひざを落とす。
私のスキル『運命定める生命の系統樹』。
その月の道は、相手を洗脳することができる。
以前、里奈さんに使ったものと同じで、それがこの自称女神に通じるかだが――
「煌夜……」
「麗明」
顔を上げた麗明の体。
そこには、今まで聞いてきたあの他人を苛立たせる甲高く不快感のある声ではない。
いつか聞いた、あの優しく美しい麗明の声。
「わたし……一体……」
「ああ、麗明」
「ごめんなさい、わたし、煌夜にひどいことを……」
「いいんだ。それに、また君の声が聞けて嬉しい」
「ありがとう……でもね、でもね……」
「麗明?」
「残っ念、ハズレでしたー! 女神ちゃんでーす!」
美しさが、霧散した。
垂らされた一筋の希望の糸が、ぷつりと斬られた印象。
「にゃははー! 騙された? 騙された? つかわたしがあげたスキルで、わたしを操ろうなんて百万光年早いんじゃない?」
「……どうせその辺りだと思ってましたよ。ダメ元でしたし」
「またまたー、強がっちゃって。てか今のは光年は時間じゃなくて距離だっていうツッコミでしょうがー! アッキーならちゃんと突っ込んだのに」
「知りませんよ」
「ぷぷっ、てかコーヤくんやっぱカワイー! 麗明、麗明って。わたしにバブみを感じちゃったんだね。ほら、いいよ。おいで。女神様が癒してしんじぜよう」
「……楽しいのか? こうやって、人の気持ちをもてあそんで」
こんなことをして。
人をもてあそんで。
人を絶望させて。
「うん、楽しい。やっぱり他人の不幸は蜜の味だよねー」
つくづく吐き気がする。
そんな言葉を、彼女の言葉で、彼女の姿で語るなど。
「おやおや、どうしちゃったのかなー? 黙りこくっちゃって? 期待しちゃった? ごめんね、女神でさー?」
「何も期待などありません。ただ、貴様を殺さなければならないことを改めて認識しただけです」
「うふふ、できるかなー?」
「その自信がどこから来るのか知りませんが、後悔させてあげますよ。必ずね」
「うん、楽しみにしてるから!」
そう言って莞爾と笑う彼女の笑顔を見て、不覚にも、ありし日の彼女の姿を思い出してしまい。
私は己の行動を恥じた。
「そういえばーー」
と、女神が何かを思いついたように、
「アッキーには言わなかったんだね、あのこと」
「なんの話です?」
「またまたー、わかってるくせに。この世界のこと、君たちの体のことだよ」
「……」
黙る。
本当は言おうとした。
けどその暇は無くなった。
何より――
「もはや彼は敵です。正解をあげる必要はないでしょう」
「ふーーん。まぁいいけどね。ぷぷっ、アッキーがこのことを聞いた時、どんな反応するか楽しみー」
「あり得ませんよ。勝つのは我々です」
「その言葉、頼もしいね」
「それにしても貴様……相変わらず最悪ですね」
「うん、それはもう。その言葉に対してはやっぱりこう答えるべきかな。最高の褒め言葉だよ」
本当に、最悪だ。
この女神も、この世界も。
もし彼が生き延びて、この答えにたどり着いたとしたら……彼はどんな反応をするか、少しだけ見てみたい気がした。
けどそれを見る時、自分はこの世界にはもういないのだ。
そう思うと本当に、最悪の展開だった。
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そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
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