知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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間章 それぞれの決断

間章3 立花里奈(オムカ王国軍師相談役)

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 明彦くんが王都に帰ってきた。
 それを聞いて、私は家を飛び出した。

 今すぐ明彦くんを慰めてあげないと、という思いがあったから。

 交渉は失敗した。

 それは明彦くんが帰る前に知ることができた。
 それもあのパルルカとかいう女神が、大陸全土にその結果を報じたからだ。

 何があったのかはわからない。
 けど、きっと今。明彦くんは傷心に打ちのめされているに違いない。

 停戦交渉にかける意気込みは相当なものだった。夜遅くまで会議したり、いろいろ考えたりした結果、うまくいかなかったのだから。
 何より明彦くんはこの世界に残ることを決めた。

 それが何の手違いか、今この大陸は沸騰している。他国を攻め滅ぼせと息巻いている。

 数日前まで、王都は講和による平和を享受するような呑気な雰囲気だった。
 それが今や打倒帝国の気運に満ちている。

 明彦くんが自らの自由を放棄してまで、この世界の人たちのために考え抜いたものを、こうも踏みにじる奴らに殺意が沸いた。

 それを何とか思いとどまったのは、ミストさんと竜胆のおかげだ。

「ここで暴れたら、それこそアッキーの頑張りが無になるさ」

「そうです! 正義ジャスティスは必ず勝つのです!」

 彼女らは心配で様子を見に来たらしい。
 それほど私は危ういと思われていたのだろうか。

 わからない。

 けどとりあえず明彦くんが心配で、2人を連れて明彦くんたちの出迎えに赴いた。

「女王様のお帰りだ!」

 北門の近くではお祭り騒ぎだった。
 打倒帝国の気運に、彼らのシンボルたる女王――妹が帰ってきてパレードのように練り歩いているのだからそれも当然か。

 豪奢な馬車に乗ったマリアが群衆に手を振る。
 その馬を操るのはニーアさん、そして守るのはジーンさん。

 明彦くんは……いない?

 嫌な予感がした。

 とはいえ、この帰還パレードに乱入するのは避けたい。
 騒ぎになればそれこそ妹の迷惑になるからだ。

 だから何とか事情を知っている人を見つけて明彦くんの行方を知りたいところだけど……。

 ふと、あとに続くクロエを見つけると、相手もこちらに気づいたようで目が合った。
 隊長に昇格したというから、立派な白馬に乗った彼女がふと顔を上げた時に目が合ったのだ。

 そのクロエは少し悲しげな眼をして、自らを指さし視線を横へずらし、そして再びこちらを見て目礼した。

 何かの合図?
 自身を指さしたのは、彼女のこと?
 視線の先は西門のある方。
 そして目礼の意味は?
 何かをお願いしたい?
 それより彼女の悲しげな目線。
 もしかして――

 まだ出会って1年も経っていないから、これだけで通じるものはそう多くない。
 それでも合図を送ってくれたということは、2人に一番関係する事柄。
 そう、明彦くんだ。

 それが彼女自身を指さして、西門の方へと見やったのだ。
 いや、西門じゃないのかもしれない。その方向にあるもの、そして彼女自身に関係するもの。

 彼女の住処――すなわち明彦くんの家だ。
 となれば目礼は明彦くんをお願いしますということ?

 確証はない。
 けど、ここに明彦くんがいないということは、あるいは。

「ごめんなさい、ちょっと用事ができたから」

「ん、里奈さん!?」

 竜胆の困惑の声を背に受けて走り出す。
 群衆が邪魔だったが、その間をなんとか縫うように進む。

 人ごみを抜ければ、あとは静かなもの。
 明彦くんの家にはよく行ったけど、まだ地理感は完璧じゃなかった。
 というより自分の家からしかの道筋しか分からなかった。

 何度か道を間違えて、明彦くんの家に到着した。

 ノックをする。

 反応が返ってくるまでの間がもどかしい。

「どなたでしょう?」

 女性の声。
 明彦くんじゃない。
 いや、聞き覚えがあった。確かこれは――

「サールさん? 私、里奈です」

「あぁ、リナさん」

 ガチャリとドアが開き、中からサールさんが顔を出した。

「どうぞ」

「お邪魔します」

 中に入れてもらうと、勝手知ったる明彦くんの家。
 けどそこに家の主はいない。

「明彦くん……ジャンヌは?」

「奥でお休みです。……その、いろいろあって憔悴しているみたいで」

 サールに聞いた話だと、講和会議が終わってから明彦くんの様子はかなりおかしかったという。
 何事にも覇気がなく、どこか目もうつろで、話しかけてもうんとかああくらいのものらしい。

 だからそんな姿を国民に見せるわけにもいかず、少し時間をずらして西門から王都に入ったという。

「女王様や親衛隊長殿が何をしてもどうにもいかず……仕方なく今はおひとりにしていますが……」

「わかった。ありがとう。ちょっと見てもいいかな」

「はい、リナさんなら。その間に、お茶入れます」

 サールはキッチンに立ってお茶を沸かし始める。
 その間に私は明彦くんの寝室へと向かった。

 ドアをゆっくり開ける。
 中は静寂で満たされていた。
 人の気配もない。

 いや、ある。

 大きなダブルベッドの中央。
 そこに人がいた。

 死んでるんじゃないかと思うくらい、身動きをしない。
 呼吸の音もしない。

 けど少し近づいてみれば、口を半開きにして、うつろな目で虚空を眺めている明彦くんだった。

 あの可愛らしい笑顔も消え、ぷるんと水を弾きそうな肌もカサカサ、手ですけるくらいサラサラな髪もくしゃくしゃで、いつもの明彦くんの面影がまったくなかった。
 何より衣服がいただけない。
 薄い青を基調にした礼服にスカートとブーツという姿が、よれよれでところどころ汚れが目立った。少しにおうから、ずっとお風呂にも入らず着っぱなしなのかもしれない。

 一体、何があったのか。
 どうしてしまったのか。

 聞きたかったけど、何を言えばいいのかわからない。

 だからベッドの傍に寄って、そのまま腰を降ろした。
 それでも明彦くんに反応はない。

 少し迷って、それでも何かをしたくて、明彦くんのくしゃくしゃになった髪をすっと撫でる。

 ピクリ、と反応があった。

 首が少し下がり、視線が動いて私に向く。
 その瞳が収縮して、ようやく焦点があったのか、

「里……奈?」

 消え入りそうな声。
 以前、鉄砲で撃たれた時よりも生気のない、もはや限界ギリギリの状態だ。

「なん……で、里奈……ここに? 王都じゃ……?」

「明彦くん、ここはもう王都だよ。ここは明彦くんの家」

「……そう、か」

 それもわからないほど衰弱しているらしい。
 本当に何があったのだろう。

 けど、それをこちらから聞くのははばかられた。
 明彦くんから話すならいいけど、せかすのもいけない。

 だから今かけるべき言葉はそれじゃない。
 今かけるべき言葉は――

「お疲れ様。頑張ったね」

 そう言って、もう一度頭を撫でる。
 出発前とは雲泥の差ほどの触り心地だったけど、どこか明彦くんの違う一面を触っているようで、逆にいとおしく感じる。

「……っ!」

 明彦くんが声にならない声をあげた。
 あるいは泣き出すのを必死に我慢しているのかもしれない。

 しばらくして、吐き出すように明彦くんが吠えた。

「俺は……俺は!」

「落ち着いて、明彦くん。ここには私しかいないから」

 隣の部屋ではサールさんがお茶を沸かしているはずだけど、今の声に反応して様子を見るようなことはしないらしい。それが逆にありがたい。

「……そう、か」

「…………」

 私は何も言わなかった。
 言わずに、ただ撫でる手は止めない。

「聞かないのか? 何があったのか。俺が……何をできなかったのか」

「それを根掘り葉掘り聞くのは違うと思うから。明彦くんが話したくないなら、それでいいと思う」

「…………」

 今度は明彦くんが黙ってしまう。

 そしてしばらくの沈黙があたりを支配し、そして次の動きがあったのは200を数えたころだった。

「里奈、聞いてくれ」

 明彦くんがのっそりと状態を起こして、ベッドに座り込んでそう言った。
 だから私は明彦くんから手を放し、ベッドのわきにある椅子に座り込む。

「実は――」

 それから語られる明彦くんの話は、ある意味衝撃だった。

 この世界のこと。尾田張人がやってきたこと。女神が現れたこと。麗明さんの体を乗っ取ったこと。とんでもないルールに改変されたこと。負ければ死ぬこと。戦わなければならなくなったこと。
 それに対し、明彦くんが何もできなかったこと。

 そして――

「達臣……くん?」

「ああ、達臣だ。椎葉達臣。姿は少し違ったけど、俺よりは昔のままだ。あいつが、向こうにいる」

 それは、確かに驚くべき内容だ。
 まさか大学で最もかかわりの深い人間が、この死後とも言える世界に集まっているのだから。何か特別な意思が働いたのではと思ってしまう。

「あいつが、わからない。異様に俺に敵愾心を持ってて、何より殺そうとしてきた。あいつはきっと帝国につくだろう。つまり、あいつと殺しあうんだ。俺かあいつ、どちらかが必ず死ぬ……そんなのってなしだろ」

「明彦くん……」

「何より、講和が破談になった! せっかくこの世界で生きていこうとしたのに、誰かが死んで悲しむ世界じゃなくなるはずだったのに。なんだよ、これ。はは……もう笑うしかないよな」

 明彦くんは笑う。けどそれは、虚しく響くだけのから笑い。

 明彦くんの絶望が伝わってくる。
 このことに関して、きっと明彦くんはいっぱい考えたんだろう。
 私よりはるかに頭がいいのだから、想像のつかないところまで考えに考えたに違いない。

 それでも答えが出なくて、受け入れられなくて、そうして心が弱ってしまったに違いない。

「俺は……申し訳ないよ。ここまで支えてきてくれたみんなに。応援してくれたみんなに。あんだけ助けてくれたのに……こんな……」

 消えゆくような声。
 実際にこのまま明彦くん自身も消えたいと思っているのだろう。

 それはだめだ。
 明彦くんは頑張ってきたのに、こんな結末で終わらせるなんてあっちゃいけない。何より、あれだけ可愛くて元気な子が、こんな消えそうなろうそくみたいになっちゃいけない。

 だから私がやることは1つだ。

 椅子から立ち、ベッドに寄るとそのまま膝でにじりよって、うつむいて今にも泣き出しそうな明彦くんのそばへ。

 そしてそのしょげかえった小さな体を、包み込むようにして――抱きしめた。

「里……奈?」

 明彦くんが戸惑いの声を出す。
 そして、何が起きているのか理解したのだろう。

「え、ちょ!?」

 私の体の内側で暴れる明彦くん。
 けど、もともと力もそんなに強くなく今は弱っているから、私のホールドははがせない。だからその間に言っておくだけ言っておく。

「大丈夫だから」

「え……」

「明彦くんは、大丈夫だから」

 理屈なんてない。
 けど、明彦くんは大丈夫だ。

 きっと立ち直る。
 私たちを導いてくれる。

 だから少し。
 ほんの少しでいいから、きっかけをあげたい。

 それしかできないけど、それで明彦くんが何かを感じてくれたら。
 だから、私は言葉を紡ぐんだ。

「一緒に考えよう。私は、あんまり頭よくないけど……せめてその苦しみを分かち合える。それくらいはできると思うから」

 そんなことしかできない自分に腹が立つ。
 けど、ないものねだりをしてもしょうがないし、少しでも明彦くんの心の支えになりたいという思いに嘘はない。

「だから――ひとりで抱え込まないで」

「……里奈」

 暴れていた明彦くんがおとなしくなる。
 だから私は少し惜しいと思いながらも、体を放した。

 そして改めて見る明彦くんの姿。
 最前と見た目は全然変わらない。
 けど、どこか体に生気が満ちたような、そんな錯覚かもしれない感覚を私は覚えた。

 その証拠に、明彦くんは顔を上げて、

「ありがとう、里奈」

 微笑んだ。
 それは、まさに超ド級の天使のスマイルだった。てかドストライクだった。心にキュンときた。メロメロだった。アクセル全開だった。理性がオーバーヒートだった。

 だからもう止まらない。

「明彦くん、かわいい!」

「わっ、ちょ、やめろよ里奈!」

「やめられない、止まらない。それが明彦くん!」

「訳が分からん!」

「あぁ、久しぶりの明彦くんがいい。じゃ、少し元気になったところで、お姉さんと一緒にお風呂入ろう?」

「なんで!?」

「明彦くんにおうからね。いや、そのにおいが逆にいい!」

「いや、さすがにそれは犯罪だろ!」

「なんで? 今明彦くんは女の子だよ? 女の子同士でお風呂に入るのに何の不都合があるのかな?」

「里奈が純粋な目で不純なことを言ってる……」

 とまぁそんな感じで、一緒にお風呂は叶わなかったけど、とりあえず少しは元気を取り戻した明彦くんを見て少し安堵。

 そうなると、明彦くんをここまでした女神に面白くない思いを抱く。

 停戦をやめさせるために世界のルールを変えた?
 麗明さんを人質に取った?

 いや、そこらへんはどうでもいい。
 一番の問題は明彦くん。

 明彦くんをこんなにも落ち込ませて、楽しんでいる女神が許せない。
 暗い気持ちがふつふつと心の奥底から煮えたぎってくる。

 運命の女神だが、創造神だか知らないけど。

 明彦くんを悲しませるなら――神様だって殺してやる。
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