524 / 627
第6章 知力100の美少女に転生したので、世界を救ってみた
第2話 最初の脱落者
しおりを挟む
いよいよ動き出した帝国軍に対し、俺たちも前線のヨジョー城へと向かうことになる。
そのために準備はしてきたのだが、やはり時間不足は否めない。
敵の情報がさほどない状態で、さらにどっかの誰かが気落ちしてまともに動けなかったのも痛い。
まぁ自分のことなんだけど。
半ばぶっつけ本番の状態で対しないといけないが、文句を言っても仕方ない。
「んじゃ、行ってくるわ」
なるだけ軽く、気兼ねないよう見送りに来たマリアとニーアに告げる。
今、クロエたちの隊が北門から出ている。
ここは西門。里奈をお供に、サールを護衛にして3騎だけで外に出る算段だ。
マリアが見送りしたいということで、この形をとった。
派手なクロエたちを隠れ蓑にしておけば、こっちに女王がいるとは思わないだろう。
もちろん、周囲にはニーアの部下たちが警戒しているし、マリアたちもいつもとは違う、古びた布のケープをかぶってお忍びルックで来ている。
マリアはターゲットの1人。彼女が死ねば俺たちの敗北は決まるのだからこれくらいの警備は当然だ。
本当は王宮の奥に籠っていてほしかったけど、最後の挨拶と言われれば、俺としてもその時間は欲しかった。
「武運を祈るのじゃ」
「ああ。やってくるさ」
マリアの目に怯みや怯えはない。
しっかりと現実を直視して、受け入れようとするものに見えた。
「もしかしたら援軍を出せるかもしれないのじゃ。それまで頑張るのじゃ」
「あぁ、なんとかする。けど、待ってるよ」
「うん!」
マリアは気軽に援軍と言ったけど、どこから連れてくる気だろうか。
南群の国々は腰が重い。
ひと月足らずの再出兵で財政が火の車の上に、あの女神の言葉を聞いたからだろう。
オムカと帝国どっちが勝っても、どちらかに支配されるのだから士気も上がらないに違いない。
だから今回はいつも援軍を出してくれたワーンス王国からも援軍はない、
そんな状況だから、俺が見ても援軍のあてはないのだ。
それでもマリアがそう言うのだから、無碍に扱うのは非道だろうと思っての受け答えだった。
「ま、期待しないけど、頑張って」
「はは、まぁ頑張るさ」
ニーアは相変わらずそっけない。
本当はついていって暴れたそうだけど、マリアのことを考えると王都に残らざるを得ないわけで。
最後の挨拶という割には、かなり簡素でそっけない。
けど俺はそれだけで十分だった。
安全を願う2人の気持ちが心に響いたからだ。
「サール、ジャンヌをくれぐれも頼むわね」
「はっ、誠心誠意、粉骨砕身して務めます!」
「じゃあ私もいくね」
「うむ……気を付けてなのじゃ、姉さま」
ニーアとサール、里奈とマリアもそれぞれ言葉を交わす。
そろそろ頃合いだろう。
「それじゃあ」
「うむ」「はいはい」
2人の声を受け、俺は馬を門へ向け、そしてそのまま城外へと進めようとしたところで、
「おねえちゃん!」
「……リン!?」
まさかと思い、振り向けば確かにリンがいた。
小さいからだを一生懸命振ってこちらに走り寄ってくる。
俺を見送りに、わざわざ店から西門まで来たのか?
不思議に思ったけど、まぁ何か噂になっていたのかもしれない。
「サール、ちょっと待っててくれ」
「はい」
俺はサールに一言断ってから、馬から飛び降りる。
そこへリンがやってきた。
「おねえちゃん……いっちゃうの?」
全身で息をしながら、リンが聞いてくる。
「ああ」
「……そう」
「大丈夫だ、すぐに戻る。約束したろ?」
「うん、やくそく!」
リンが右手の小指を見せてくる。
俺も右手の小指を示した。
リンが微笑みを浮かべる。
ふと、そのほほにつっと涙がこぼれた。
「あ……」
「リン……」
「ちがうの。かなしいとかじゃなくて、これは、その……」
俺はなんだかほほえましくなった。
同時に嬉しくもあった。
ここまで俺を慕ってくれるなんて、元の世界では考えられないことだ。
だからせめて最後に精一杯の感謝を示そうと、リンに向かって足を進める。
そしてリンの前でかがみこみ、泣きじゃくるリンの頭に手をのせ、撫でながら、
「安心しろって。俺はちゃんと帰ってくるから」
「うん、でもちがうの。これはね、これはね――」
「ん」
「――おねえちゃんをころせることがうれしいの」
「は?」
瞬間、銀色がきらめいた。
何が起きたか。理解ができない。
理解ができないから、体が動かない。
危機を前に、何もできない。
「ジャンヌ!」「明彦くん!」
悲鳴。
誰のだ。
そう思った瞬間、視界がブレた。
天地がさかさまになり、転がり、そして痛みが来た。
腕だ。いや、足かもしれない。胴体ではないことが確か。
「ちぃ!」
ひどい、醜い声。
リンと同じ、なのになんだこの不協和音。
いや、この展開。この変貌。この不協和音。
知ってる。
「大丈夫、明彦くん!?」
「あ、ああ……」
里奈の声がすぐ近く。
全身を温かい何かが包んでいる。
ようやく俺の視野が元に戻り、視界に入ってきたのは剣を振り下ろしたニーアと、その剣をナイフで受け止めるリンの姿。
マリアはニーアの背後に回って、どこかから現れた部下に保護されている。
一拍待って、サールが俺の前に立った。
そしてどうやら俺は里奈に抱えられているらしい。
それで俺はようやく、リンに刺されようとしたところを、里奈とニーアによって救われたんだと理解。
なぜリンが俺を?
その疑問に対する答えは明確だが、すぐに頭が働かない。
けれどそのうえで、俺は叫んだ。
「よせ、ニーア!」
瞬間、ナイフが飛び、ニーアの剣がリンの体を貫いた。
いや、違う。
リンじゃない。
「くひゃっ……ドジっちまったなぁ……」
そういびつな笑みを浮かべるリン――の顔をした帝国軍の暗殺者ノーネーム。
ナイフが地面に落ち、力尽きたように膝が折れてその場にへたりこんだ。
「よくわかったなぁ、俺が、俺だって」
「なんとなくよ。あんたの匂いがしたから、色々と気を付けただけ。それに……あんたが一瞬迷わなければ、間違いなくジャンヌは死んでたわ」
「くひゃ。そこまで見られるとはねぇ……。この子の役柄に引っ張られたかなぁ……」
ニーアとノーネームの会話。
なんだか旧友が話すような、どこか打ち解けているようなそんな感覚。
「ま……結果がすべてだ。俺が負け、あんたが勝ちってことだな」
「そうね。あんたみたいのは、二度と現れてほしくないわ」
「くひゃっ、誉め言葉として受け取っとくぜ」
ニーアの言葉に力なく笑うノーネーム。
「よぉ、ジャンヌ・ダルク?」
ノーネームが首をこちらに向ける。
そこにあるのはリンでしかない。
けどあからさまに何かが違う。
何かがいびつで不安定。
「悪いが俺はこれで退場だ。いや、あんたらにとっちゃいいことなのか? くひゃ……あぁ、もう痛みもねーわ。うん、かといって、このままお前に負けるのは……癪だな」
「…………」
「くひゃ、いい顔だ……。その顔をもっといい顔に……俺好みに変えてやるよ」
「何が、目的だ」
「何も。ただ、そうだな、ただの……嫌がらせだよ。死にゆく俺が……お前にしてやる……たった1つの、冴えない嫌がらせだ……」
こぷっ、と口から血を吐き出すノーネーム。
辛いのか、顔をしかめて口を開く。
「時間もねーから手短に言うぜ……俺が、殺しのために“なった”人間……それがこれまで、どうだったか……お前ならわかるよなぁ?」
なった、人間?
言われ、瞬時に理解した。
同時、戦慄した。
「くひゃ、気づいたようだな……はは、その顔。最高だ。ああ……お前はもっと苦労するんだろうなぁ……ざまぁみろ。煌夜はえげつねぇぞ? ま、というわけだ……せいぜい、頑張んな」
ふぅっと大きく息を吐き出すノーネーム。
そしてそのまま動かなくなった。
反して俺は動いた。
ノーネームの最期を見るまでもなく、里奈を振り切って走り出した。
ノーネームがこれまで“なった”人物。
メル、そして皇帝陛下のおつき。
その人物がどうなったか。
いや、想像するな。考えるな。
リンがそうなるなんて、間違っても思うな。
数日前、ちゃんと約束したのに。
戻ってくるって。なのに。なのにこんな……。
南門の花屋までが遠い。
ただでさえ俺には体力がないのに。
くそ、なんで走っていけると思った。
「ジャンヌさん!」
誰だ。サールだ。
馬蹄。馬が2頭。
右を見れば、サールが俺の馬を連れて走ってきている。
俺は迷わず馬に飛び乗った。サールに引っ張って、なんとか鞍にしがみつく。
くそ、くそ、くそ!
もう口の中ではそれしか言っていない。
帝国がまだ動かないからって何を油断していた。
もう戦いは始まっている。まだ大丈夫だと高をくくってこのザマだ。
南門が見えてくる。
そこから花屋まではすぐだ。
王都とはいえそれほど道が広いわけでもない。
馬を全力で走らせるのだから、道行く人にぶつかりそうになったり、軒下の商品を吹っ飛ばしたりした。怒声が舞うが、それにかまっている暇もない。
南門を通り過ぎ、路地に入るところで俺は馬を飛び降りた。
ここからはもう、俺の体力でも走った方がいい。
だから転がるように花屋の前に飛び出ると、そのまま突っ込むように店の中に入り込む。
リンは――いない。
「な、なんだい!?」
店のおかみさんが、うろたえたようにして声を張り上げる。
「おかみさん、リンは!?」
「あ、あんた。また来たのかい」
「いいからリンはどこだ!」
「ど、どこって、あんた何様だい!」
「オムカ王国軍軍師のジャンヌ・ダルクだ! いいからリンは!?」
「あ、あん――あなたがあの……あ、えっと、リンは裏の2階で――」
それ以降は聞かなかった。
指さされた方向に突進し、何事かを見に集まったギャラリーを押しのけて外へ。
そのまま裏にある古びた石造りの家に入ると、そのまま目にした階段を駆け上る。
「リン、どこだ!?」
2階。
部屋が3つ。2つは半開きで人の気配がない。
残るは奥の1つ。
体当たりするように扉のドアノブを回す。開いた。
「リン!!」
そこは小さな部屋だった。
ベッドとテーブル、小さな洋服棚といった最小限のものしか置かれていず、窓から差し込む陽の光がなければ牢獄と思ってしまうほど。
そのベッド、シーツがこんもりと膨らんで誰かがいることを物語っている。
「…………リン」
呼びかける。返事はない。
手がシーツに伸びる。
その手が、シーツに触れる直前で止まった。
もしこの奥にあるものが、俺の想像通りのものなら。
俺は一生俺を許さない。
そして、帝国の連中もだ。
見たくない。
けど確かめたい。
その葛藤がせめぎあい、シーツに触れる1センチ手前で、手が小刻みに震えた。
「………………っ!」
意を決して、それでも数秒は動きを止めて、そして俺は一気にシーツをつかむと、そのまま振り上げて引きはがした。
そこに――リンがいた。
パジャマなのか、薄い衣服に身を包んだリンは、背中を丸めて、まるで胎児のようにして眠っていた。
眠って、いた。
息はある。心臓も動いている。つつけば「ん……」と反応が返ってくる。
生きて、いた。
自分が見ているものが信じられず、何度も呼吸と鼓動を確認する。
生きてる。間違いない。
ふと、リンが目を開き上体を起こした。
そして寝ぼけ眼に周囲を伺い、そして俺に視点を合わせ、
「……ん? あれ? どうしたの、おねえちゃん?」
声を聞いたら、もう止められなかった。
リンに抱き着き、思いっきり抱きしめた。
「わぷっ!」
「よかった……本当に、本当に、よかった……」
俺は泣いていた。
もう本当に、どうしようもなくなって、それでいて生きていてくれて、それでホッとして、もう感情が爆発していた。
「へんなおねえちゃん」
そう言ってはにかむリン。
この笑顔に二度と会えなくなると思ったら、いや、もうそんな想像はよそう。
今はこの腕の中にある命が、確かに存在することをただ祝いたい。そんな気分だった。
余談。
感情を吐き出して落ち着いた俺は、リンのベッドに一枚のカードを見つけた。
そこには“日本語”で、
『くひゃひゃ、俺は子供は殺さねー主義なんだよ。ざまぁみやがれ』
と書かれていた。
誰が何のためにこれを書いたのか。
それだけで瞬時に理解した。
はっ、本当に最悪な奴だ。
本当に、あいつの言う通り、嫌がらせだったわけだ。
こんな手の込んだ、そして効果てきめんの嫌がらせ、初めてだよ。
『……せいぜい、頑張んな』
背中に受けた、あいつの最期の言葉が思い出される。
きっと、その時あいつは笑っていたんだろう。
この状況を見越して。
何より、この後に起こる血みどろの戦いから早期退場できたことに安堵して。
ったく。
こちとらメルにハワードの爺さんにマールと、色々と恨み言を言ってやりたい間柄だけど。
こうも見事に一杯食わされると、どこか憎み切れない素顔があることを知らされた。
だから俺はこう言ってやる。
「せいぜい頑張らせてもらうよ。だから――じゃあな」
俺はそのカードを、クシャっと握りつぶした。
そのために準備はしてきたのだが、やはり時間不足は否めない。
敵の情報がさほどない状態で、さらにどっかの誰かが気落ちしてまともに動けなかったのも痛い。
まぁ自分のことなんだけど。
半ばぶっつけ本番の状態で対しないといけないが、文句を言っても仕方ない。
「んじゃ、行ってくるわ」
なるだけ軽く、気兼ねないよう見送りに来たマリアとニーアに告げる。
今、クロエたちの隊が北門から出ている。
ここは西門。里奈をお供に、サールを護衛にして3騎だけで外に出る算段だ。
マリアが見送りしたいということで、この形をとった。
派手なクロエたちを隠れ蓑にしておけば、こっちに女王がいるとは思わないだろう。
もちろん、周囲にはニーアの部下たちが警戒しているし、マリアたちもいつもとは違う、古びた布のケープをかぶってお忍びルックで来ている。
マリアはターゲットの1人。彼女が死ねば俺たちの敗北は決まるのだからこれくらいの警備は当然だ。
本当は王宮の奥に籠っていてほしかったけど、最後の挨拶と言われれば、俺としてもその時間は欲しかった。
「武運を祈るのじゃ」
「ああ。やってくるさ」
マリアの目に怯みや怯えはない。
しっかりと現実を直視して、受け入れようとするものに見えた。
「もしかしたら援軍を出せるかもしれないのじゃ。それまで頑張るのじゃ」
「あぁ、なんとかする。けど、待ってるよ」
「うん!」
マリアは気軽に援軍と言ったけど、どこから連れてくる気だろうか。
南群の国々は腰が重い。
ひと月足らずの再出兵で財政が火の車の上に、あの女神の言葉を聞いたからだろう。
オムカと帝国どっちが勝っても、どちらかに支配されるのだから士気も上がらないに違いない。
だから今回はいつも援軍を出してくれたワーンス王国からも援軍はない、
そんな状況だから、俺が見ても援軍のあてはないのだ。
それでもマリアがそう言うのだから、無碍に扱うのは非道だろうと思っての受け答えだった。
「ま、期待しないけど、頑張って」
「はは、まぁ頑張るさ」
ニーアは相変わらずそっけない。
本当はついていって暴れたそうだけど、マリアのことを考えると王都に残らざるを得ないわけで。
最後の挨拶という割には、かなり簡素でそっけない。
けど俺はそれだけで十分だった。
安全を願う2人の気持ちが心に響いたからだ。
「サール、ジャンヌをくれぐれも頼むわね」
「はっ、誠心誠意、粉骨砕身して務めます!」
「じゃあ私もいくね」
「うむ……気を付けてなのじゃ、姉さま」
ニーアとサール、里奈とマリアもそれぞれ言葉を交わす。
そろそろ頃合いだろう。
「それじゃあ」
「うむ」「はいはい」
2人の声を受け、俺は馬を門へ向け、そしてそのまま城外へと進めようとしたところで、
「おねえちゃん!」
「……リン!?」
まさかと思い、振り向けば確かにリンがいた。
小さいからだを一生懸命振ってこちらに走り寄ってくる。
俺を見送りに、わざわざ店から西門まで来たのか?
不思議に思ったけど、まぁ何か噂になっていたのかもしれない。
「サール、ちょっと待っててくれ」
「はい」
俺はサールに一言断ってから、馬から飛び降りる。
そこへリンがやってきた。
「おねえちゃん……いっちゃうの?」
全身で息をしながら、リンが聞いてくる。
「ああ」
「……そう」
「大丈夫だ、すぐに戻る。約束したろ?」
「うん、やくそく!」
リンが右手の小指を見せてくる。
俺も右手の小指を示した。
リンが微笑みを浮かべる。
ふと、そのほほにつっと涙がこぼれた。
「あ……」
「リン……」
「ちがうの。かなしいとかじゃなくて、これは、その……」
俺はなんだかほほえましくなった。
同時に嬉しくもあった。
ここまで俺を慕ってくれるなんて、元の世界では考えられないことだ。
だからせめて最後に精一杯の感謝を示そうと、リンに向かって足を進める。
そしてリンの前でかがみこみ、泣きじゃくるリンの頭に手をのせ、撫でながら、
「安心しろって。俺はちゃんと帰ってくるから」
「うん、でもちがうの。これはね、これはね――」
「ん」
「――おねえちゃんをころせることがうれしいの」
「は?」
瞬間、銀色がきらめいた。
何が起きたか。理解ができない。
理解ができないから、体が動かない。
危機を前に、何もできない。
「ジャンヌ!」「明彦くん!」
悲鳴。
誰のだ。
そう思った瞬間、視界がブレた。
天地がさかさまになり、転がり、そして痛みが来た。
腕だ。いや、足かもしれない。胴体ではないことが確か。
「ちぃ!」
ひどい、醜い声。
リンと同じ、なのになんだこの不協和音。
いや、この展開。この変貌。この不協和音。
知ってる。
「大丈夫、明彦くん!?」
「あ、ああ……」
里奈の声がすぐ近く。
全身を温かい何かが包んでいる。
ようやく俺の視野が元に戻り、視界に入ってきたのは剣を振り下ろしたニーアと、その剣をナイフで受け止めるリンの姿。
マリアはニーアの背後に回って、どこかから現れた部下に保護されている。
一拍待って、サールが俺の前に立った。
そしてどうやら俺は里奈に抱えられているらしい。
それで俺はようやく、リンに刺されようとしたところを、里奈とニーアによって救われたんだと理解。
なぜリンが俺を?
その疑問に対する答えは明確だが、すぐに頭が働かない。
けれどそのうえで、俺は叫んだ。
「よせ、ニーア!」
瞬間、ナイフが飛び、ニーアの剣がリンの体を貫いた。
いや、違う。
リンじゃない。
「くひゃっ……ドジっちまったなぁ……」
そういびつな笑みを浮かべるリン――の顔をした帝国軍の暗殺者ノーネーム。
ナイフが地面に落ち、力尽きたように膝が折れてその場にへたりこんだ。
「よくわかったなぁ、俺が、俺だって」
「なんとなくよ。あんたの匂いがしたから、色々と気を付けただけ。それに……あんたが一瞬迷わなければ、間違いなくジャンヌは死んでたわ」
「くひゃ。そこまで見られるとはねぇ……。この子の役柄に引っ張られたかなぁ……」
ニーアとノーネームの会話。
なんだか旧友が話すような、どこか打ち解けているようなそんな感覚。
「ま……結果がすべてだ。俺が負け、あんたが勝ちってことだな」
「そうね。あんたみたいのは、二度と現れてほしくないわ」
「くひゃっ、誉め言葉として受け取っとくぜ」
ニーアの言葉に力なく笑うノーネーム。
「よぉ、ジャンヌ・ダルク?」
ノーネームが首をこちらに向ける。
そこにあるのはリンでしかない。
けどあからさまに何かが違う。
何かがいびつで不安定。
「悪いが俺はこれで退場だ。いや、あんたらにとっちゃいいことなのか? くひゃ……あぁ、もう痛みもねーわ。うん、かといって、このままお前に負けるのは……癪だな」
「…………」
「くひゃ、いい顔だ……。その顔をもっといい顔に……俺好みに変えてやるよ」
「何が、目的だ」
「何も。ただ、そうだな、ただの……嫌がらせだよ。死にゆく俺が……お前にしてやる……たった1つの、冴えない嫌がらせだ……」
こぷっ、と口から血を吐き出すノーネーム。
辛いのか、顔をしかめて口を開く。
「時間もねーから手短に言うぜ……俺が、殺しのために“なった”人間……それがこれまで、どうだったか……お前ならわかるよなぁ?」
なった、人間?
言われ、瞬時に理解した。
同時、戦慄した。
「くひゃ、気づいたようだな……はは、その顔。最高だ。ああ……お前はもっと苦労するんだろうなぁ……ざまぁみろ。煌夜はえげつねぇぞ? ま、というわけだ……せいぜい、頑張んな」
ふぅっと大きく息を吐き出すノーネーム。
そしてそのまま動かなくなった。
反して俺は動いた。
ノーネームの最期を見るまでもなく、里奈を振り切って走り出した。
ノーネームがこれまで“なった”人物。
メル、そして皇帝陛下のおつき。
その人物がどうなったか。
いや、想像するな。考えるな。
リンがそうなるなんて、間違っても思うな。
数日前、ちゃんと約束したのに。
戻ってくるって。なのに。なのにこんな……。
南門の花屋までが遠い。
ただでさえ俺には体力がないのに。
くそ、なんで走っていけると思った。
「ジャンヌさん!」
誰だ。サールだ。
馬蹄。馬が2頭。
右を見れば、サールが俺の馬を連れて走ってきている。
俺は迷わず馬に飛び乗った。サールに引っ張って、なんとか鞍にしがみつく。
くそ、くそ、くそ!
もう口の中ではそれしか言っていない。
帝国がまだ動かないからって何を油断していた。
もう戦いは始まっている。まだ大丈夫だと高をくくってこのザマだ。
南門が見えてくる。
そこから花屋まではすぐだ。
王都とはいえそれほど道が広いわけでもない。
馬を全力で走らせるのだから、道行く人にぶつかりそうになったり、軒下の商品を吹っ飛ばしたりした。怒声が舞うが、それにかまっている暇もない。
南門を通り過ぎ、路地に入るところで俺は馬を飛び降りた。
ここからはもう、俺の体力でも走った方がいい。
だから転がるように花屋の前に飛び出ると、そのまま突っ込むように店の中に入り込む。
リンは――いない。
「な、なんだい!?」
店のおかみさんが、うろたえたようにして声を張り上げる。
「おかみさん、リンは!?」
「あ、あんた。また来たのかい」
「いいからリンはどこだ!」
「ど、どこって、あんた何様だい!」
「オムカ王国軍軍師のジャンヌ・ダルクだ! いいからリンは!?」
「あ、あん――あなたがあの……あ、えっと、リンは裏の2階で――」
それ以降は聞かなかった。
指さされた方向に突進し、何事かを見に集まったギャラリーを押しのけて外へ。
そのまま裏にある古びた石造りの家に入ると、そのまま目にした階段を駆け上る。
「リン、どこだ!?」
2階。
部屋が3つ。2つは半開きで人の気配がない。
残るは奥の1つ。
体当たりするように扉のドアノブを回す。開いた。
「リン!!」
そこは小さな部屋だった。
ベッドとテーブル、小さな洋服棚といった最小限のものしか置かれていず、窓から差し込む陽の光がなければ牢獄と思ってしまうほど。
そのベッド、シーツがこんもりと膨らんで誰かがいることを物語っている。
「…………リン」
呼びかける。返事はない。
手がシーツに伸びる。
その手が、シーツに触れる直前で止まった。
もしこの奥にあるものが、俺の想像通りのものなら。
俺は一生俺を許さない。
そして、帝国の連中もだ。
見たくない。
けど確かめたい。
その葛藤がせめぎあい、シーツに触れる1センチ手前で、手が小刻みに震えた。
「………………っ!」
意を決して、それでも数秒は動きを止めて、そして俺は一気にシーツをつかむと、そのまま振り上げて引きはがした。
そこに――リンがいた。
パジャマなのか、薄い衣服に身を包んだリンは、背中を丸めて、まるで胎児のようにして眠っていた。
眠って、いた。
息はある。心臓も動いている。つつけば「ん……」と反応が返ってくる。
生きて、いた。
自分が見ているものが信じられず、何度も呼吸と鼓動を確認する。
生きてる。間違いない。
ふと、リンが目を開き上体を起こした。
そして寝ぼけ眼に周囲を伺い、そして俺に視点を合わせ、
「……ん? あれ? どうしたの、おねえちゃん?」
声を聞いたら、もう止められなかった。
リンに抱き着き、思いっきり抱きしめた。
「わぷっ!」
「よかった……本当に、本当に、よかった……」
俺は泣いていた。
もう本当に、どうしようもなくなって、それでいて生きていてくれて、それでホッとして、もう感情が爆発していた。
「へんなおねえちゃん」
そう言ってはにかむリン。
この笑顔に二度と会えなくなると思ったら、いや、もうそんな想像はよそう。
今はこの腕の中にある命が、確かに存在することをただ祝いたい。そんな気分だった。
余談。
感情を吐き出して落ち着いた俺は、リンのベッドに一枚のカードを見つけた。
そこには“日本語”で、
『くひゃひゃ、俺は子供は殺さねー主義なんだよ。ざまぁみやがれ』
と書かれていた。
誰が何のためにこれを書いたのか。
それだけで瞬時に理解した。
はっ、本当に最悪な奴だ。
本当に、あいつの言う通り、嫌がらせだったわけだ。
こんな手の込んだ、そして効果てきめんの嫌がらせ、初めてだよ。
『……せいぜい、頑張んな』
背中に受けた、あいつの最期の言葉が思い出される。
きっと、その時あいつは笑っていたんだろう。
この状況を見越して。
何より、この後に起こる血みどろの戦いから早期退場できたことに安堵して。
ったく。
こちとらメルにハワードの爺さんにマールと、色々と恨み言を言ってやりたい間柄だけど。
こうも見事に一杯食わされると、どこか憎み切れない素顔があることを知らされた。
だから俺はこう言ってやる。
「せいぜい頑張らせてもらうよ。だから――じゃあな」
俺はそのカードを、クシャっと握りつぶした。
0
あなたにおすすめの小説
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
レベルアップは異世界がおすすめ!
まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。
そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。
【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う
こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。
億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。
彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。
四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?
道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!
気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?
※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。
神様、ちょっとチートがすぎませんか?
ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】
未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。
本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!
おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!
僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。
しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。
自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。
へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/
---------------
※カクヨムとなろうにも投稿しています
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる