知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第6章 知力100の美少女に転生したので、世界を救ってみた

第7話 残された人たち

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 何が起きたか。しばらく分からなかった。

 遠くで人馬の騒がしい喚声が聞こえたので、ひとまず陣の守りを固めた。

 やがて騒音がシータ王国の陣からだと知ったが、うかつに動けなかった。
 もしシータの部隊が動いていて、この月明かりの弱い闇夜に鉢合わせたら同士討ちになる。

「……静かになりましたね」

 ジルがそうつぶやく。
 どうやら終わったようだ。
 だが油断はできない。俺はさらに見張りを厳重にするよう指示した。

 そして30分が経過したころ。
 水鏡が護衛を引き連れてやってきた。
 そして淡英の訃報を聞いた。

「犠牲は300人くらい。3千くらいの騎馬隊が2つに分かれて淡英の陣を十字に突っ切ったわ。淡英は防衛態勢を整えるまもなく、斬られたって」

「そんな……」

「……ま、言いたいことは分かるわ。あまつが立て直してるけど、いきなり将軍の1人を失ったんですもの。士気が下がってるのは否めないわ」

 あの淡英が死んだ?
 サカキと似て、殺しても死なないような男だったのに。
 こうもあっけなく、簡単に、早々にいなくなるなんて……。

「ふん、この世界はそういうものじゃないの? 誰もが次の瞬間には死ぬかもしれない。さよならを言える間もなく、ね。だからこんなの珍しいことじゃない」

「なんで、そんな……冷静に言えるんだ」

「……私が冷静? 何も分かってないだけよ。そう……何も……」

 水鏡が吐き捨てるようにしてうつむく。
 その肩が震えている。

 そうか。
 水鏡は俺より淡英とかかわりがあったはずだ。悔しくない、悲しくないわけがない。

 俺はうかつにも狼狽している自分を恥じた。

「ちなみに兵の話だけど。ほんとかウソか分からないけど、淡英を斬った相手は――帝国元帥だそうよ」

「なっ……!」

 まさか、ここで出てくるのか。
 こんな早い段階。しかも成否定まらない、むしろ失敗の確率の方が高いやけっぱちのような奇襲に、総大将自らが出てくるなんて。

「ね、これどういうこと? あんたなら分かるんじゃないの?」

「……いや、分からない。こんなことが、しかも3千? 少しでも踏ん張られれば、包まれて一環の終わりだぞ?」

「ええ、軍事学上もあり得ません」

 ジルが同意してくれたが、本当にそうなのだ。

 初戦の勝ちにおぼれて夜襲の備えを怠ったのなら別だが、そこはお互い注意するよう確認し合ったばかりなのだ。そもそもあの淡英が油断なんてらしくもない。
 しかも時間も中途半端。誰もが寝静まる夜中でも、警備の気が抜ける払暁の朝駆けでもない。

 食後のちょっとした時間。
 少しでも時間がずれれば、もっと迎撃はまとまったものになっていただろう。

 すべてが綱渡り。
 狙ってこうなったとは思えない。

 あるいは陣の様子を探って見つけた獲物が、たまたま淡英だったということならまだ分からなくはない。
 だが淡英の陣は俺たちオムカとシータ本軍の間に挟まるようにしてあるので、狙いやすいとは言えない。
 しいて言えば、ほんの少し北側――敵の籠る城に近いというぐらいだが、それでも狙いやすいものではないだろう。

 分からない。
 これほど不可解な戦法にはお目にかかったことはないのだ。

「……ひとまず夜襲への警戒を上げよう。見張りと待機と就寝の3つに分けて交代で夜明けを待つ」

「はっ!」

「了解だ」

 ジルとサカキがうなずいてそれぞれの持ち場に戻っていく。
 俺は水鏡に向き直り、

「シータはまだやれるのか?」

「それを話すために私がここに来たんでしょ。ま、なんとかするわ。あまつが」

「そう、か」

 ほっとした。
 ここでシータに抜けられると兵力差は逆転する。

「けど今まで通りにはいかないかも。淡英の部隊、かなり燃えてるわ。仇を取るって」

「それはいいんじゃないのか? 意気消沈されるよりは」

「程度の問題よ。みんなが淡英の部下だから、荒くれでガサツなのがいっぱいいるわ」

「あー……」

 なるほどなぁ。
 頭に血が上っちゃってるわけだ。

 孫子そんしいわく、将に五危ごきあり。必死は殺さるべきなり。
 将軍には5つの危ない要素がありますよ。必死――つまり決死の覚悟だけで戦う人は、罠や計略にかかって殺されやすいですよ、というものだ。

 まさしく仇討ちに燃えている淡英の部下たちは、その状態にある。
 彼らが全滅するだけでも痛いが、それ以上にそのことが味方に波及して予期せぬ損害――どころか全面敗北となる危険性もあるのだ。

 だから仇討ちの怒りはそのままに、どうにか制御するしかないわけだが……。

「アッキーが面倒見てみる?」

「お、俺!?」

 まさかこっちに振られるとは思わなかった。

「いや、なんかそういう面倒なの得意かなって」

「なんだそりゃ。大体、他国の人間の言うことなんて聞かないだろ」

「そこは大丈夫。あそこ、バリバリの体育会系だから。上の言うことは絶対。淡英はあんたを認めてたし。その部下ならきっと大丈夫でしょ。それに、なんてったって闘技場の女神様だものね?」

「それを言うなよ……つかそれはお前も一緒」

「さぁ、知らないわ。私には私の部隊があるから。じゃ、あとよろしく」

「あ、きったね!」

「汚くて結構。けどね、やっぱり私には無理。どこか彼らに同乗して躊躇する。そして勝手に無理して、全滅するわ。全軍を見る天にも無理。だからアッキー。あんたに使ってもらった方がいいと思うの。あんたなら、そこらへんは容赦なく使うでしょ」

「人を血も涙もないように言うなよ」

「……ごめん」

 水鏡が急にしおらしくなり、そして不意に近づいてくる。
 なんだろうかと思っていると、そのまま抱き着かれた。

「ちょ、おま……!」

 水鏡の体温を感じる。
 激しく波打つ鼓動さえも。

「ごめん。本当は、結構、余裕ない……かも。あいつ……死にそうになかったのに……なんで、こんな……」

「お前……」

 そうだ。
 淡英が死んだのだ。

 同じ国の仲間。
 それを失ったことへの辛さは、俺の比じゃないはずだ。

「わかってる。軍を預かる人として、こんな弱気なんじゃ……でも、でも……」

「ああ、大丈夫だ。全部わかってる。お前が辛いのも、悲しいのも」

 慰めるよう、背中に手を回してポンポンと叩いてやる。
 背中越しに伝わる、心臓の鼓動が生きている実感を得る。

「…………うん」

 大きく、水鏡が吐息する。
 それが俺の首筋をなで、ちょっとぞくぞくとした。

 そして数秒。
 水鏡の体が硬直し、ガバッと俺を引き離すと、

「なっ、なんてこと言うと思ったら大間違いだから! な、泣いてなんかないから!」

 いやいや、目元真っ赤だし。めっちゃ水分漏れてるじゃん。
 強がりがバレバレなんだが。

「てかこれ誰かに言ったら殺すから! あんたたちも何も見てない! いいわね!」

 怖ぇよ。
 とばっちりの護衛の兵たちもがくがくと首を縦に振る。やれやれ、だ。

 こうなったら兵を預かるという提案も飲むべきだろうな。
 少しでも彼女の負担を減らしてやりたい。何より1万の兵を遊ばせておく余裕はないのだ。

「とりあえず承ったよ。じゃあすぐに隊の代表に会いたい」

「ん……じゃあ朱賛しゅさん!」

「はっ」

 水鏡が護衛の中から呼んだのは、大柄のがっちりした筋肉質で、丸刈りに鋭い目つきでもうそれだけでギャングにいそうな男だ。

 てかこいつを連れてきたってことは、押し付ける気満々だったってことじゃねーか。

「朱賛と申しやす。闘技場の女神様の尊顔を拝したこと、歓喜の念にたえません。ましてや我が隊の指揮をお引き受けいただけるとは……」

 男――朱賛が頭を下げながらも、肩を震わせる。
 もしかして泣いてない?

 と言っても、引き受けるって言っちゃったからなー。
 これを断るほどの勇気は俺にはなかった。

「わかった。じゃあ朱賛、よろしく頼むよ」

「はっ!」

「じゃあ、あとよろしく。私は天を手伝うから」

 水鏡は鼻をすすりながら、そう言って踵を返していった。
 あいつ、大丈夫かな。

 そして残された俺は、まだ頭を下げ続ける朱賛の顔をあげさせ、

「1つ聞いていいか?」

「なんなりと」

「俺はオムカ、他国の人間だ。それでも命令を聞いてくれるのか?」

「当然す。ジャンヌ様は我らシータにとっても英雄。言うことを聞かないやつがぁいりゃあ、鉄拳制裁しやすぜ」

 怖っ。体育会系怖っ。

 ま、いいや。
 これは最低限の言質げんちを取るためのものだから。

「よし、じゃあ最初に全軍に命令する」

「はっ」

「自裁を禁止する。それに近い、自殺同然の突撃も、だ。いかなる理由であってもこれを破ったら、遺族には報いない。そう水鏡には約束させる」

「それは……」

 朱賛の顔色が変わる。
 やはりそれを考えていたのだろう。

 けどそれは許してはいけない。
 勝てるものも勝てなくなるのだ。

 だからここは何としてでも押し通す。

「俺の命令には従うって言ったよな。それが聞けないっていうなら、俺は降りるよ」

 意地悪い言い方だったが、そうでもしないと聞かないだろう。

 少し悩むようにしていた朱賛だが、やがて顔を上げると、

「分かりゃした。皆には納得させやす」

 うん、これでいい。

「じゃあよろしく。それに無理しなくても仇討ちの場面が俺が絶対に用意するよ。だからそれまで、俺を信じてくれ」

 まだ何も考えてないけど。
 本当に嘘で生きてるよな、最低な俺。

「……はっ!」

 そんな俺の内心も知らず、朱賛は力強い返答をして陣へと帰っていった。
 もう暗い。再編成するのは明日の方がいいだろう。

 ……はぁ。
 まったく、短い時間でこうも事態が動くとは。
 シータ軍まで指揮するとは思わなかった。

「ったく、息巻いといて早々退場とか……恨むぞ、淡英」

 今やもういない戦友ともに向かって毒づく。
 さよならも言えないまま消えていく命。
 そんなことはもうこれ以上起こしたくない、起こさせない、

 そう決意を新たにすると、俺は再編の案と明日の作戦まとめるため、自分の幕舎に戻った。
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