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第6章 知力100の美少女に転生したので、世界を救ってみた
閑話8 立花里奈(オムカ王国軍師相談役)
しおりを挟む堂島。いた。すぐ前。剣。防いだ。斬りつける。左によけられた。なら、と左腕で殴る。右肩でブロックされた。痛みが来た。
そうだ。私は左肩を斬られたんだ。けどどうでもいい。
――殺せるなら、どうでもいい。
だからそのまま肩をつかんで引っ張った。細身の堂島の肩は恐ろしく軽い。そのまま振り回して、剣で斬りつければ終わり。
だが相手は振り回される反動で、蹴り上げてきた。衝撃。顎が跳ね上がる。鉄製のブーツだ。痛くないわけがない。歯が欠けた気がした。顎をやられ脳が揺れる。このチャンスを堂島が逃すわけがない。
だから左手の握力を引き上げた。何かが砕ける感触。そして柔らかいものに指が突き立つ。
「アァァァァァ!」
そのまま力任せに一気に左へと投げ飛ばす。
持ち上げていたものが消える。
指、濡れていた。堂島の血。それを唇にもっていった。不味い。
飛ばされた先を見る。
5メートルほど先。
敵味方を巻き込んで吹っ飛ばされた堂島は、ゆらりと幽霊のように、右腕をだらんとさげて立ち上がった。
肩を握りつぶした。親指は川を突き破って肉を貫いた。
その感触も今の私には無縁。
「ふふっ……」
ふと何かが聞こえた。
戦いの中で聞こえるはずのない声。
何かを吹き出すような、空気を飛ばす音。
「ふははははは!」
笑声だ。
堂島が目を見開き、口を最大限に開け、笑っていた。
「楽しいなぁ、里奈!」
場にそぐわないその笑声は、逆に堂島の敵、つまり私の味方を呼ぶ。
「こいつ、総大将だ!」
一瞬、呆けたように突っ立っていた味方が叫ぶ。
漆黒の鎧。目印としては十分。堂島に向かって兵が群がる。背後、左右からの挟み撃ち。
だがそれを、堂島は見もせずに斬った。
いつの間にか剣を左手に持ち替えていた。
「力は山を抜き、気は世を覆う……我は覇王! 戦いを欲する者なり!」
まるで舞台の役者のように、口を大きく開いて吠える。
来る。相手はまだ諦めてない。
こちらを殺すために、全身全霊で来るはずだ。
「……っ」
頭が、痛い。
限界が近い。
けどここで元に戻ったら、確実に堂島に殺される。
今の反応。寒気がした。
まったく振り返らずに2振りで背後の敵を惨殺したのだ。
そんな芸当、私にだってできやしない。
そんな化け物と、このスキル抜きで戦えなんて冗談じゃない。
けどここで私が逃げたら、堂島はここら一体を蹂躙するだろう。
それは、明彦くんの負けだ。
それは許されない。
だから頭が痛かろうが鼻血が出ようが、胃の中のものを吐き出そうが、骨が折れようが、なんとしてでもここで堂島を殺す。
「『収乱斬獲祭』……」
さらに先へ。奥へ。
あの時。ビンゴ王国の山間部で敵を皆殺しにした時のことを思いだせ。
あれを全部、目の前の1人の堂島につぎ込め。
来る。
左。剣。弾く。今度は右。速い。防げない。だから避けた。蹴る。ガードされた。突き。のけぞってよける。そのまま斬り降ろされた。横に回転。そのまま薙ぐ。受けられた。
いつまで続くか分からない攻防。
打ち込み、打ち込まれ、防ぎ、弾き、かわし、よける。
ギィン!
甲高い音。
そして激しい衝撃。
私の剣が、半ばほどで折れて先が消えていた。
あぁ、妹からもらった贈り物なのに……許せない!
「殺す!」
「来い!」
替えの剣を拾っている場合じゃない。
そんなことをしたら、一刀の元に斬り捨てられる。
斬りつけようとする。だが相手の方がリーチが長い。よける。だが再び堂島から攻撃が来た。近づけない。
思いと裏腹に、現実は終わりへと急速に落下していく。
折れた剣しかない以上、反撃は不可能。
防御もいつまでできるか。
いや、殺せる。
折れた剣でも、突き刺せば、ねじりこめば殺せはする。
けど、それはほとんど相打ち。
わが身を犠牲に、堂島を殺せるのか。
……愚問ね。
私は明彦くんを守るって誓った。
そのためには命なんていらない。
ここで堂島を殺せれば、きっとあとは明彦くんがやってくれる。
少しは悲しんでくれるかな。
だったら嬉しいな。
だからね。
さようなら、明彦くん。
出会ったのは少しだったけど、こうしてこんな最低の世界で、最高の出会いと、最高の思い出をありがとう。
私はここまでだけど、堂島は殺すから。
だから――
「里奈くん、楽しかったぞ!」
堂島の剣。
それを体で受け、そのまま折れた剣を突きつけようとして――
『里奈!!』
誰かに、呼ばれたような気がした。
瞬間、体が動いていた。
一歩後ろにステップ。
何かが体の表面を薙ぐ。
皮一枚、プラスアルファ。
血が流れる。けど致命傷じゃない。
「っ!!」
堂島が見たことのない表情でこちらをにらんでくる。
よけられたからじゃない。
必殺の一撃を打ち込んだその体に、その左肩に豪奢な装飾の剣の柄が刺さっていた。
手元を見れば剣がない。
いつの間にか、無意識に剣を投げていたらしい。
さらに体が動く。
相手は剣を持っているが、相手は両腕に傷を負っている。
堂島が反応した。
剣を振り上げようとする。けど、傷のせいか精彩が欠ける。
踏み込み、そして胴体に拳を叩きつけた。
鉄がひしゃげる感触。
「ごっ……はっ!」
堂島が何かを吐く。
血か、胃液か。どうでもいい。
堂島の頭が下がる。
そこに向けてもう一撃食らわせれば終わりだ。
頭をねじ切れば、それで勝利。
だが、
「元帥!」
剣が来た。いや、槍。反撃の間合いが違う。よけるしかない。
よけた。
それで堂島と距離が空き、そこに10騎ほどの敵が集まった。
「味方が押されています! お退きを!」
「……そう、か」
「お怪我を!?」
「いい……退く」
逃がすか。
そう思ったが、敵の壁は厚く、それに堂島さんは部下の連れてきた替え馬に乗ってしまった。
何より体の動きがおかしい。
視界も赤色が薄れてきている。
チラと堂島さんがこちらを見る。
その顔は、笑っているのか泣いているのか分からない。
「退け!」
そしてそう声をあげると、馬を走らせていってしまう。
追えない。
体が動かなかった。
周囲から急激に闘争の音が消えていく。
代わりに起きたのは歓呼の叫び。
私はその中で、静かに立ち尽くす。
体中に痛みを感じる。
特に胸元は皮一枚とちょっと斬られているから、服をどんどんと濡らしていく血が不快だった。
それでもそれは生きているということ。
倒せなかった。殺せなかった。
妹たちを守るためにはそうしないといけないはずだったのに。
名前を呼ばれた。
気がした。
それだけで、死が怖くなった。
なんて甘い。腑抜けた考え。
守るって言ったのに。
明彦くんに合わせる顔がない。
「里奈!」
その時、聞こえた。
幻聴じゃない。
さっき聞こえたはずのものと同じ声。
私が一番好きな声。
振り向くと、いた。
馬を降りて必死に走り、こちらにかけてくる少女。
「明彦、くん」
合わせる顔がないと言ったけど、会えてホッとしている自分がいた。
未練がましい。
「里奈、大丈夫か? こんなにボロボロで……」
「うん、大丈夫……大丈夫」
自分に言い聞かせるように、何度もつぶやく。
「ごめんね。明彦くん。あの人を、殺せなかった」
明彦くんは何を言ったらいいか分からないような表情をしていたけど、やがて肩の力を抜いて、
「いいんだ。里奈が無事なら、それでいい」
笑ってくれた。
あぁ、合わせる顔がないとか、明彦くんがそんなことを気にするはずがないか。
生きて戻ってくることこそ、彼は喜んでくれるのだ。
だとすると、先ほどの私はどうしてしまったのか。
明彦くんが一番嫌うことを、平気でやろうとしていた。
何も、何も明彦くんのことを分かっていないじゃないか。
「ど、どうした里奈。傷が痛むのか!? おい、すぐに救護班!」
「ううん。違うの。大丈夫なの。ただ、ちょっと悔しいなって」
「……そうか、でも無理するなよ」
そう、悔しい。
明彦くんのことを、分かっているようで、何にも分かっていないことを突きつけられて。
あの人を殺せなかったことより、はるかに悔しいことだった。
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