知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第2章 南郡平定戦

閑話12 マツナガ(ドスガ王国 宰相)

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「敵が来ました! ……その、単騎です」

「なに? 単騎?」

 それが最初の報告でした。
 四天王のゾージが討たれたことに対し、まずは全軍を引き締めるために守りに徹するよう伝えた時です。

 次に報告が入ったのはその数秒後。

「単騎はおそらく敵国軍師のジャンヌ・ダルク! その後に100騎ほどが続きます」

「どう見る、マツナガ」

「…………陽動かと」

 言葉に詰まったのは、敵の意図を図りかねたから。

 ジャンヌ・ダルクは軍師としては有能だが、前線で剣を振るって戦ったという報告は聞きません。
 現に先ほどの一騎討ちも部下に任せてましたし。
 だからそんな単騎駆けなど陽動、あるいはめくらまし以外の何物でもないはずですが。

「敵の本隊は動いていないのですか?」

「あ、はい! まだ後方に待機しています」

 まだ分からない。
 だから下手に動く場面ではないということ。

「おい、どうする。すぐに矢の射程距離に入るぞ」

「おそらく無駄でしょうが、ここであのジャンヌ・ダルクを討ち取れればその効果ははかり知れません」

「うむ、では迎撃させる」

 おそらくそれが最善手。
 だがそれ以上のことはできないのです。

 くっ……私が盤上の主導権を取られ続けるとは。

「敵兵! 矢を避けて左へと進んでいきます!」

「さすがにそのまま突っ込みはしない、か。マツナガ、もしや敵はトロンと謀って四天王のアンツリーを挟撃しようというのでは? あの内通の話もあることだ」

 それについては、色々問いただしたいのですが。
 そもそもあんな偽手紙、こちらの動きを見るためのもの以外の何物でもなかったのに。それなのに問答無用で処刑するとは。この人にも困ったものですね。

「可能性は低いですが、なくはないかと。アンツリーには守備を固めるように。相手が手間取ったらこちらの左翼を動かし挟撃しましょう」

「うむ、ではそうしよう」

 だがまだ安心できません。
 あのジャンヌ・ダルクがそんな簡単な、しかも不確実な戦法を取るものか――

 パンッ!

 銃声?
 狙撃?
 いや、違う。遠い。
 だが何のために?

 途端、左翼で悲鳴が上がる。

「何が起きている!?」

「て、敵……わが軍の左翼に突っ込みました!」

「なんだと!? おい、マツナガ!」

「ありえません。相手は100、こちらは7千。なのに突っ込んでくる? 何故?」

「ええい、いつまえ考えておるか! もういい、中央から一部を割く。そのジャンヌなんとかいう奴の首を取って来い!」

「いえ、大王それはお待ちを!」

「待っていられるか! 行け!」

 くっ……すべてが後手後手に回っている。
 こんな時にはしっかりと構えてしかるべきですのに。

 そもそもあのジャンヌ・ダルクの動きが解せません。いくら不意をついたとはいえ、たった100。こちらはドスガ全軍で7千。左翼には2千だが、すぐ背後にはトロンもいる。
 そんな勝因もない戦いを、オムカ独立の立役者が行うのでしょうか?

 さっきの銃声も謎。
 単発の銃声。それだけで何ができるというのでしょう?
 こちらを倒すためではない。つまり攻撃ではない。ならば――合図?

「て、敵襲です! 前方に1万以上!」

「ば、馬鹿な……一体どこから!?」

「これか! さっきのは合図! こちらがジャンヌ・ダルクに気を取られている間に、敵は本隊をこちらに向かって来る気です!」

「くっ、見張りは何をしていた! マツナガ、どうするのだ!?」

「スーンとフィルフを当てたいところですが……おそらく動かないでしょう。トロンも未だに動いた報告がありません。敵に内通、ないし様子見を決め込んでいる可能性もあります」

「ならば決戦か!?」

「不可能です。こちらは左翼を欠いた5千。しかも1千を左翼に回している。4千で1万5千では戦えません!」

「ええい、なぜそんな戦力差が!」

 あなたのせいだとはさすがに言えませんね。
 それより連合軍の弱さが出ました。トロンもスーンもフィルフも、こちらが無理やり兵を出させているのです。勝勢ならまだしも、敗北が濃厚になった段階で戦うのをやめるでしょう。

 それだけならまだマシです。勝ち馬に乗ってこちらに攻めて来る可能性もあるのだから。

「退きましょう。ここでは勝てません!」

「う、うううう……おのれオムカァ!」

 叫んだところで敵は止まらない。
 前衛が敵とぶつかった。同時、退却の銅鑼が鳴らされた。

 タイミングとしては最悪ですね。
 敵とぶつかった後で背中を見せれば背後から斬られる。かといって逃げなければ敵中に孤立してしまう。おそらく前衛は全滅でしょう。

 だがまだです。
 まだ間に合います。

 本隊が無事に逃げおおせ、さらに人質を使って他国の軍を支配下に置けばまだ戦えるのです。
 そうなれば不利なのは向こう。
 オムカはいつまでも遠征できない。今も帝国やビンゴ国が虎視眈々こしたんたんとオムカの王都を狙っていると聞きますから。戦闘が長引けば、本国に影響が出るのです。

 だからここは逃げる。
 逃げて持久戦に持ち込む。

 せっかく3郡を制圧してあと一息だというところで無念だが仕方ありません。
 負けるよりはいい。
 死ぬよりはいい。

「大王、早く!」

 だから急かす。
 さっさと逃げて、そして勝つのです。

 ――だが。

「ぜ、前方に敵!」

 前方?
 前方とはどこですか?

 まさか今、逃げようとしている先?
 ありえません。
 だってそちらは本来なら背後。
 敵がいるわけない場所。

 なのに悲鳴が聞こえる。
 いる。
 なぜか敵がいる。

 別動隊? どこから来たのです?
 攻めて来た敵は1万5千。オムカとワーンスの全軍なのに。
 ならばこの敵はどこから来たのですか!?

 それでも幻でないのは確かで、いつの間にか背後に回られ挟み撃ちにされている。

 しかも悪辣あくらつなところが、完全に逃げ道を防いでいないこと。
 左右二方向からヒットアンドアウェイのように攻めては退きを繰り返している。見事な動き。

 窮鼠きゅうそ猫を噛むのことわざのように、退路を完全に断ってしまえば、死に物狂いで逃げようとする兵たちと戦って犠牲が多くなる。
 だが逃げ道を残しておけば、必死に戦うより必死に逃げようとするから兵はもろい。

 くっ、これ以上兵が減っては再起ができません。
 だがまだ逃げられるでしょう。道は狭いが、一気に突破してしまえば――

「え……」

 自分は今、何を考えました?
 道が狭い?
 何故?
 敵の奇襲部隊が逃げ道をふさいでいるから。
 なら何故、奇襲部隊は完全に退路を断たないのでしょう?
 それは窮鼠猫を噛むの危険を避けるため。
 だが――本当にそれだけですか?

 それだけなら左右から攻める必要はないでしょう。一方向から兵をまとめて突っ込ませた方が破壊力は増すはずです。
 なのにわざわざ兵を分けて二方向から仕向けるのには意味がある。それはつまり、こちら逃げ道を減らすことで、さらに言えば逃げ道を渋滞させることで――

「大王っ!」

 そこまで頭が回った時、咄嗟に叫んでいた。

 悲鳴。
 近い。
 すぐ背後。

「敵襲!」

 中央突破してきた敵が本陣まで来ていた。

 これが目的。
 これが狙い。

 すべては大王を仕留めるために作られた罠!

 この状況を作り出すために、単騎駆けという派手なパフォーマンスをしてみせて、左翼に突撃などという無茶をし、真正面から攻めあげ、伏兵により退路を絞らせ、渋滞した本陣を一気にぶち抜く。

 こんな策に嵌まるとは……不覚です。

 さらにひと際鋭い悲鳴が上がる。
 その悲鳴を生んだ原因がすぐ背後に現れた。

「ふぅ、ようやく抜けた抜けた」

「ここが本陣だ。サカキ、油断するな」

「あぁ分かってるってジーン。さって、降伏してくれるかね。大王サマ?」

 現れた馬に乗った2人。間違いない、かなりの猛者だ。
 しかもその後に次々と敵が乗り込んでくる。当然だ。こちらは逃げているのだ。逃げる兵は弱い。

 と、そこに飛び出した影。
 四天王のエリンだ。

「下郎! 大王にはこの四天王エリ――」

 瞬間、エリンの体が宙を舞った。
 大柄な方の大刀が一閃。エリンを逆袈裟に切り上げたのだ。

 物言わぬ死体となったエリン。
 その横で大王が歯噛みをしている。

「ん、おいジーン。こいつ今何て名乗った? 四天王っつたよな。名前聞けなかったけど」

「私も聞こえませんでした」

「おのれ、貴様ぁ!」

 大王が吼える。
 だがそれはこの状況では虚しい悲鳴に聞こえる。

 もはや周囲は敵だらけだ。
 逆転の目はない。
 ただ、すぐに殺そうとしないということは、相手は捕まえようというのか。

 ――ならまだチャンスはある。

「大王、降伏しましょう」

「なん、だと……マツナガ、貴様まで」

「残念ですが勝ち目はありません。ここは恥を忍んで」

「わしに、わしに恥をかけというのか」

「大望を成すために、ここは……」

 大王の歯ぎしりが聞こえる。
 下手するとそのまま歯を噛み砕いてしまうのではないかというくらい激しく。

 だがやがてその体から力が抜ける。

「分かった……降伏、する」

 最後まで頭は下げないまま、近くにいた人間しか聞こえないほどの小声でそう呟いた。

 負けです。敗北です。
 ここまで圧倒的にやられると逆にすがすがしさを感じるものです。

 それでも私は生きています。
 生きていれば、何度でもやり直せるのです。
 だからそこに賭けてみましょうか。
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