知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第2章 南郡平定戦

閑話21 ニーア・セインベルク(オムカ王国近衛騎士団長)

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 ここに入れられて何日経ったのか分からない。
 陽の光も差さない、暗闇が支配する場所。日付の感覚なんて遠い昔のように思える。
 壁と鎖でつながれた手錠も、もはやお気に入りの装飾具のように感じる。石畳に座らされ、痛いとも疲れたとももう思わない。

 水の音。

 定期的に滴り落ちるそれは、この地下牢での唯一の音だ。

 ――普段は。

 カツカツとヒールの音が響く。
 誰かが階段を下りる音。

 あぁ、また来た。

 最初の頃は数日に1度の頻度だったが、ここ数日は日に何度も来るようになった。おかげでこの甲高い不愉快な声を何度も聞かされることになっている。

 通路の向こうから赤色が歩いてくる。
 そして牢の前で止まった。

「はぁい、元気? ニーア・セインベルクちゃん?」

 露出の多い赤のテカテカした服を着こんだ赤髪の女。
 この女が来たのは、ここにぶち込まれた次の日だった。

『わたしはドスガ四天王のモーモ。今日からあんたのご主人様だよ。あぁ……いいね。その可愛らしい顔に似合わぬ筋肉。美しいわぁ。ぶちゅぶちゅと潰して中身を見てみたい』

 第一印象で嫌いだった。

 一応四天王を名乗っているからか体つきが良いだけでなく、ざっくりと切り裂かれた右頬の傷跡が歴戦の戦士を思わせる。

 こちらは手錠で自由を奪われた身。
 対してあちらは余裕しゃくしゃくで、手に持った短い鞭をもてあそんでいる。

 それが気にくわなかった。

 だからその時は口答えしてやった。

『モーモ。ふふ、可愛らしい名前ね』

 そう言ったら殴られた。

『はっ、そんな非力な力であたしをどうかしようって言うの?』

 そう言ったら鞭で叩かれた。

『それ鞭? あの生意気眼鏡女の足元にも及ばないね』

 そう言ったら、木の剣でさんざん打ちのめされた。

 さすがにそれは堪えた。
 我ながら馬鹿なことをしたなぁは思う。
 けどそこで黙っているのはあたしじゃない。馬鹿なことをしたとは思うが後悔はしていない。

 それから毎日、言葉か道具で攻められた。
 流れた血は乾いてパリパリになり、歯も何本か飛んで行った。

 無駄に頑丈というか、体の骨が一本も折れなかったのが不幸中の幸いだ。

 だって折れてたら目標を達成できない。

 この女を殺すという目標が。

 そんな黒い感情がふつふつと胸の中から湧き上がっては静まり、そしてこの女が来ると再燃するのだ。

 だからこそ、どぶみたいに臭い水を飲み、石みたいに硬いパンを食べて生きている。
 必ずここから出てこの女を殺し、女王様を救い出す。
 そのためだけに、生きる。

「さぁて、今日はどうやっていたぶってあげようかしら?」

 女が今日の献立を考えるように、傍にある台に乗った器具を無邪気に選ぶ。

 もう苦痛には慣れた。
 だから今日もただ耐える。それだけの日だと思った。

 だがその日は違った。

「知ってる? あんたの国に取引したのよ。女王を返してほしければ、フィルフにいるオムカ軍は見殺しにしろ、さもなくば降伏しろって」

「……っ!」

 声に出すのを何とか抑えた。
 動揺しているのが分かる。

 同時に諦めの感情も浮かんできた。

 女王様を人質に取られたら、終わりだ。
 ジンジンもサカキンも戦えない。爺さんも宰相も降伏するしかないと考えるだろう。

 この国は良くも悪くも女王様を中心にして回っている国だ。
 だからその弱点を突かれれば、どうしようもない。

 ――いや、それに縛られない人間が1人。いる。

「おやおやー? 動揺したね。あはは! さっすが女王第一のオムカ王国。そしてその親衛隊の筆頭さん。心配した? 心配しちゃった?」

「誰……が」

 今日初めて声を出した。
 いや、今日は本当に今日なのか。実はまだ日付は変わっていないのかもしれない。けど声を出したのは久しぶりという事実は変わらない。

 落ち着け。
 大丈夫。
 きっとあの子なら分かってる。

 あの頑固で意地っ張りで他人の気持ちを考えなくて一人で抱え込んでちっちゃくて働き者で頭良くて優しくて美しいあの子は、何が大事が分かってくれている。
 たとえジンジンを見殺しにしても、守るべき大切なものを。

 ジャンヌ。
 あんたなら、きっと。

 あぁ、なんだかんだ言っても、あたしはあの子を信じているんだ。

 それがなんだか新しい発見のようで、とても嬉しい事のようで、思わず顔がほころぶ。

 ジャンヌ。きっともう二度と会えないだろう。
 さすがのジャンヌでも、あたしを助けた上で女王様を助けることなんてできないだろうから。

「何笑ってるの? もしかして本当に壊れちゃった?」

「いや……そうじゃ、ない。滑稽なのさ。あんたら、ドスガが」

「はぁ?」

「だって、そうでしょ? 女王様を、人質に取らなきゃ、まともに、勝てない。汚いことをしないと、何もできない……哀れな、国。ぷぷっ、てか四天王とか。ダサすぎて笑える……。あーよかった。うちは、そんな変な名前、なくて」

「死にたいようね」

「事実、でしょ。第一、その四天王さんも……鎖でつながれて、ボロボロになった……あたしをいじめるくらい。ふぅ……。まともに立ち会って、殺す……できやしない。そりゃ、そうか。もう四天王も……3人、死んでるんだっけ? てかなんで、5人で四天王なの? もういっそ、五弱王に改名したら?」

「……ふふっ。なるほどね。そうやって挑発して、わたしを殺して逃げ出そうってわけ。良い手ね。でも残念。わたしはこうやっていたぶるのが好きなの。楽して勝つのが好きなの」

 は?
 何言ってんの、こいつ。

 自由になるとかそんなこと考えてない。
 ただ足手まといは切り捨てる。だからこうして挑発している。

 こいつがいたぶるのではなく、殺す方向にスイッチするように。

「はっ、あたしを、殺す勇気もないくせに……。そんな加虐趣味、を並べられたところ、で、吐き気がするね。いいね、もし自由になったら、大陸中に言い、ふらしてやるわ。ドスガの、モーモは、可愛らしい名前に、似合った、女々しい奴だってね」

「…………そこまで言うのなら、殺してあげる」

 声色が変わった。

 あぁ、そうだ。
 早くしろ。
 あたしを殺せ。
 そうすれば、あとは女王様だけだ。

 女王様だけなら、あの子もなんとかしてくれるだろう。
 うん、もう会えないのは残念だけど、あれだけ真剣に怒ってくれる人は女王様の周りにいなかったから。
 だからこそ、逆に女王様を任せられるのは貴女しかいないから。

 だから――バイバイ。ジャンヌ。
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