知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第2章 南郡平定戦

閑話22 五十嵐央太(オムカ王国諜報部隊長)

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 ……。
 …………。
 ……………………正直、そんなに話す人間ではなかった。

 会話するのは疲れるし、自分が良好な人間関係を作ったからってだから何? って話。
 だから隠れるように生きてきた。
 そうしたら、自分は存在しない人間となっていた。

 学校でも、クラスでも、自分の居場所はなかった。
 出席では呼ばれないし、席は廊下側の一番後ろだし、プリントはまわされないし、学校行事には置いてかれる。卒業アルバムにも載せられなかったのには正直笑った。
 あろうことか教師からも忘れ去られていたのだ。

 寂しいという思いは少なからずあった。
 けど文句を言う気もなかった。
 何か言って、波風立てるのが嫌だったから。

 これはある種の才能だったのかもしれない。
 けどそんな才能。何の意味がある?

 誰とも遊ばなかったし――違う遊ぶ相手がいなかった。
 部活をしたわけでもないし――違う入る部活がなかった。
 何か他のことに打ち込んだわけでもない――違うやることが浮かばなかった。

 すべてが中途半端。良い目立ち方も、悪い目立ち方もしない中途半端な男。それが自分だ。

 まさか大学入試でも忘れ去られるとは思いもよらなかった。
 違う。自分が馬鹿だったんだ。受けた大学は全て落ちた。ただそれだけのこと。
 後期試験を受ける気力もなく、とぼとぼと歩いていると、事故に巻き込まれ――自分は死んだ。

 本当に何にもない人生だった。
 生きていれば誰かに何かしらの影響を与えるのが人の人生ならば、自分は誰にも何も与えてもいない。そんな生に意味があったのか分からない。

 そんな時に、あの女神とかいうのに出会った。
 軽くてコミュ力が高い陽キャの典型的な感じのふざけた存在だったけど、自分をちゃんと1人の人間、五十嵐央太いがらしおうたとして扱ってくれたのはありがたかった。
 だから勧められるままにアバターを作らされ、そしてこのスキルをつけられた。

 『存在改竄シュレーディンガー

 自分の存在する確率というものを限界まで引き下げることで、誰からも認知されなくなるというもの。

 正直、ふざけんなと思った。
 あの女神も結局、自分をそういう風にしか見ていなかったのだと思った。酷い裏切りだ。

 けど、このスキルのおかげで生き残れた。
 盗賊にも狂暴な野良の動物にも襲われることなく、オムカという国の王都にたどり着けたのはこのスキルのおかげだ。

 ただ、そこからが大変だった。
 右も左も分からない世界で無一文。それでどうやって生きていけばいいのか分からなかったから。
 最初はスラムみたいなところにいたけど、すぐに王都を巻き込んだ戦闘が起こり、よく分からない間に色んなことを手伝わされた。

 それが転機だったのかもしれない。

 だって、これまで自分がそんなに必要とされたことがなかったから。
 荷物運びや炊き出しといった他愛のないことかもしれないけど、それでも自分が動くことによって誰かが救われる、それがとても嬉しかったのを覚えている。

 そしてオムカ王国は独立を果たした。
 それがどういう意味を持つのかは分からなかったけど、しばらくしてスラムが解体された。

 自分は自分の居場所を奪うために頑張った。
 そんな思いに打ちのめされていると、荷物運びをしていた時に知り合った人に誘われて軍に入っていた。

 それからは地獄だった。
 自分とそう変わらない、あるいは年下の女の子にしごかれて、馬鹿にされ、実戦でボコボコにされた。何度死のうと思ったか分からない。
 けどそれを思いとどまったのは、軍では自分をちゃんと1人の人間と認識してくれる場が嬉しかったから。とんだドMだ。

 それでもやっぱり限界だった。
 体力はついたものの、まったく周囲より劣っていた。何度倒れて過呼吸になったか。

 そもそも軍ということは戦争で人を殺すことになる。そう考えると、急に恐ろしくなり胸がきゅっと苦しくなった。
 そんな時に出動の命令が出た。

 実際に戦闘は起きなかったものの、周囲のピリピリとした空気を感じ胃が痛くなった。
 そして敵と思わしき軍団。これからあれと殺し合いをするのだと思うと、朝に食べたものをすべて吐き出しそうになった。

 それから練兵所に戻るとそこが限界。
 胃の中のものをすべて吐き出し、そしてその後に行われた調練で倒れた。

 本当に情けない。
 もう事務方に転向しようか、そう思った矢先のことだ。
 あの人に出会ったのは。

 自分よりはるか年下。
 小学生とも見える少女。
 だけれど自分よりはるかにちゃんと生きていて、胸の中に確固たるものを持っていると感じた気高い少女。

 ジャンヌ・ダルクと呼ばれる部隊の隊長だった。

 ジャンヌ・ダルクってあの? と思ったけど、まさか自分と同じプレイヤーとは思わなかった。
 そして自分より年上の男性だとも……。

 けど、あの時に感じたのは確かに憧憬に似た感情。

 何より、その時にかけられた言葉が自分のここでの将来を左右した。

『俺の手足になるつもりはないか?』

 そう言われた時、涙が出そうになった。
 家族から感情がないと言われてたけど、自分にだってそれなりの感情がある。ただそれを表に出すのが下手なだけだ。

 あの時は本当に嬉しかったし、自分はこの人のためになら死ねるとも思った。
 それほどまでに他人に興味を持ったのは死ぬ前も死んだ後も、あの時だけだ。

 だから彼女がなんて言おうと従うし、彼女の役に立つことがこの上なく嬉しい事だった。
 ……まだ時々、忘れられるけど。

 だから今回も同じだ。

『お前にしかできない、かつ危険な任務だがやってくれるか?』

 やらないわけがない。
 自分が認められている証、自分がこの世界に存在する証をあの人はくれるのだから。

 だからこうして闇夜を馬で駆けるのも苦ではない。
 自分はここに生きている。
 生きてその存在を認められている。
 それがかけがえのない、素敵なことになるのだから。

 ドスガ王国の門を乗り越え、外につないでいた馬に乗るまで誰にも声をかけられなかった。
存在改竄シュレーディンガー
 存在しない人間が、こうやって大事を成すことになる。そう思うと痛快だった。

 そして2日ほど馬で駆けると、スーン王国の王都が見えてくる。

 馬を降りて、存在を消しながら王都へ近づく。
 そしてそのまま日中は開け放たれた城門から中に入る。

 誰にも気づかれない。質問されない。
 自分はここにいて、ここにいない存在。

 おかしな話だ。
 死ぬ前は自分の存在がないことに悩み、今はこうして存在がないことが誇らしいことになるなんて。

 それでもいい。役に立てるなら。
 自分の存在を、逆説的に証明できるならなんだってやってやる。

 城内で夜になるのを待った。
 さすがに王宮の警備は物々しい。昼間に潜入しておけば、と思うけどそうしたら夜までどこに隠れればいいか分からない。スキルも一晩中発動できるものではないのだ。
 唯一の出入り口である門自体は閉まって門番がいるし、門に続く橋はあげられている。

 となると裏口。その前に堀だ。
 ジャンヌ隊長の密書を濡らさないようにして、月明かりの中、水にゆっくりと入り、音を立てないように進む。

 季節はもう11月だが、オムカよりかなり南に来ているからか極寒というわけではない。
 ただそれでも寒いは寒い。

 堀を渡りきると、濡れた服を絞る。
 その時の水音が聞こえたのか、見回りの兵がこちらに近づいてきた。

 スキルで存在を消しながら、水を絞った場所から少し離れた。自分の目と鼻の先を兵が見回る。無意味と思いつつも、息を止めた。
 見回りの兵は、微妙に濡れた地面を気にしながらも辺りを見回して何も異変がないことを確認すると、また歩き出してしまった。

 ふぅぅぅぅ……。
 さすがに心臓に悪い。一瞬兵と目が合ったし。
 それでも自分には気づかない。

 けれどこれで1つ関門はクリアだ。
 あとは簡単。荷物袋から取り出した鍵縄(縄の先にかぎ型の金属がついたもの)を取り出して、それを壁の上に引っ掛ける。軍にいた時、なぜかこの練習をさせられたから体にしみついている。

『自分たちは隊長殿がどこにいようと駆け付けなければならない! たとえ、王宮の中だとしても! だからこれでこっそり……』

 とか、言ってたあの教官。絶対おかしい。
 確かクロ……なんて言ったっけ?

 壁の内に入り込むと、そこはもう王宮だ。
 つんと香る花の匂い。
 どうやら庭のようだ。

 木の枝にぶつかって音を出さないよう慎重に進む。

 王宮自体はそれほど大きくない。少なくともオムカよりは。一部が2階部分になっていて、そこがおそらく王の寝室だろう。こういうお偉いさんは、少しでも高いところに住みたがるという偏見に基づく見解だけど、多分当たってるはずだ。

 再び鍵縄で1階の屋根に登ると、屋根伝いに進んでいく。
 足音を出さないよう、体重移動に注意を払う。スキルを使えば足音の存在すらも消してしまうけど、乱用は控えた。

 自分がこんなスパイみたいなことに向いているとは思わなかった。こんな特技、日本では役に立たない。立派な泥棒になっていただろう。そう考えると、この世界に来たことも無駄じゃない。そう思えた。

 10分ほど時間をかけて2階部分にたどり着くと、外周を見て回る。

 あった。
 不用意にもカーテンは開けっ放し。中を見れば豪華な寝室に天蓋付きのベッドがある部屋だ。

 さすがに鍵は閉まっていた。
 けどそれも問題はない。

『隊長殿が部屋に閉じこもっても夜這――助けられるように鍵開けは必須!』

 本当に何を考えているんだろう、あの教官は。
 しかも配られたガラスカッターはかなり本格的で、聞くところによると王都一の鍛冶屋に作らせたのだという。
 本当に何を考えているんだろう、あの教官は。大事なことなので2度言いました。

 ガラスカッターで窓ガラスに傷を入れていく。四角の形に切れこみを入れると、そこに油をさしていく。
 何度か失敗したけど、慎重に事を進めたおかげであまり響かなかっただろう。ガラスを何度か小さく叩いていくと、パキッとガラスが外れるように落ちた。
 そこから手を入れ鍵を開ける。

 寝室の中は暖かかった。
 そう思えるほど、やはり外は寒かったのだろう。

 天蓋付きのベッドに膨らむ人型。
 近づいても全く反応しない。熟睡している。

 だからその人型の隣に立って、頬を少し叩いた。
 無反応。
 さらに揺り動かす。
 少し反応があった、けど起きる気配がない。

 少し苛立ちが襲った。自分には縁のない感情だと思ったけど、それは間違いだったみたいだ。
 布団をはぎ取る。そこにはパジャマ姿の40代の男がいた。これといった特徴のない、少し小太りな男。
 男はいきなり布団をはぎ取られて目が覚めるかと思いきや、ぎゅっと体を丸めて寒がる格好をしただけだった。
 更に苛立ちが増し、ガラスカッターで何度か男の頬を叩いてやった。

 最初は嫌がっていた男は、それに耐えられなくなり、ようやく目を開けた。
 寝ぼけまなこの男の視線が右へ行き、左へ行き、そしてようやく自分の姿をとらえて、更に数秒。

「くせ――」

「お静かに」

 男が叫ぶ前に、右手で口をふさいだ。
 もごもごと動いて唾が飛ぶ。気持ち悪いな。

「殺すつもりなら起こしません。ですがもし叫ぶようなら、手元が狂ってしまうかも」

 少し酷薄そうに言って、男の首筋にガラスカッターを当てる。
 それを刃物と勘違いしたのだろう、男は凍ったように固まってしまった。

 ま、最初はこんなものか。
 あの人からは少し脅しておけって言ってたし。

「私はオムカ王国からの遣いです。これから手を放しますが、聞いていただけますか?」

 男は涙ながらに、こくこくと何度も首を上下させた。
 ゆっくり、手を放す。
 左手のガラスカッターはまだ首筋に当てたままだ。

 右手の濡れた部分をベッドのシーツにこすりつけると、そのまま手探りで手荷物の中から手紙を取り出す。

「これはオムカ王国軍師のジャンヌ・ダルクよりの言伝ことづてを証明するものです。お納めください」

「わ、わしに何をしろと……?」

「先日、オムカ王国の宰相が殺されました。ドスガ国王により、謀殺されたのです」

「な、なんだと!?」

「お静かに」

 ガラスカッターを少し押し当ててやる。すると壊れた人形のように男はがくがくと首を縦に振る。

「し、しかしドスガ王は……オムカ王国を従属させるとだけ言っていたはずだが」

「これがドスガ王の本性でしょう。逆らう者も従う者も皆殺し。自分以外信じない悪逆非道の暴君なのです」

「だがフィルフは皆で分けようと言ってきたのだぞ?」

「それはそうでしょう。言うだけはタダですから。その後に何をしてくるか、賢明な王ならば察しているのでは?」

 我ながらよく喋ると思う。
 いや、これはジャンヌ隊長が言っているのだ。言うべきこと、応答すべき内容、全てジャンヌ隊長が教えてくれた。自分はその通りに喋っているだけだ。

「まさか……次は我が国か……? だがそんなことは――」

「トロン王室のことを、忘れたわけではなりますまい?」

「っ!」

「そもそもドスガと貴国は犬猿の仲だとか。ドスガ王が貴君を重用する理由もない。これが我が主のお言葉でございます」

 男の顔色は、月明かりばかりではなく真っ青になっている。
 これはもう必要ないだろう。男の首筋からガラスカッターを放した。

「だ、だが……わしだけが離反したとしてどうなるのだ。オムカは、女王を人質に取られているのだろう? そうなればドスガが狙うのはここスーンではないか?」

「オムカ王国の宰相を殺害したという報告は、今や全土に広まっています。フィルフ王国はもちろん、オムカ軍を駐留させているワーンス王国も同調するでしょう。そして王族を殺されたトロン王国も、もはや黙ってはいられますまい。そんな中、貴国が乗り遅れるとどうなるか……」

「わ、分かった! する! オムカにくみする! そもそもドスガとは宿敵なのだ! こ、今回、オムカに歯向かったのは重臣が決戦を主張しだしたのだ。わしはもともとオムカに歯向かうつもりは――」

「それは是非、軍議の席でお話しください。オムカの軍はフィルフ王国にて皆さまをお待ちします」

「む、わ、分かった。フィルフ王国だな。そこに行けば許してもらえるのだな!?」

「それはもう。我が女王は年若いものの、公平と慈愛に満ちた名君でございます。かくいう私は流れ者ですが、こうして重要な任務につけてくださっているのです」

「そ、そうか。ならば安心だ」

 こういうのを表裏比興ひょうりひきょうというのだろう。
 もう少し脅しておいた方がよいかもしれない。

「ですが、1つだけお伝えしましょう。我が主は寛大な心をお持ちですが、私はそこまで人格者ではありません。もしこれ以上、貴君が嘘を重ねてオムカを裏切るのであれば……その時は、安眠が永眠になることをお約束しましょう」

 少しだけトーンを落として、かつ感情をこめずに言う。
 それは自分の得意分野。だからその効果は抜群だった。

「…………」

 男は顔を震わせ、赤べこのようにがくがくと首を何度も縦に振る。
 最後の挨拶とばかりに、ガラスカッターで男の頬を叩き、

「それでは、これにて失礼いたします。どうぞ、ご賢明な判断をお願いいたします」

 一歩引き、深く頭を下げると、音を立てないよう窓の外へ出た。

 ふわっと風が薙いだ。
 来る時には見えなかった光景。
 2階建てとはいえ、周辺にはそれ以上の建物はない。
 だから遠くまで見通せる。

 その光景が、仕事の完了を祝ってくれているようでどこか嬉しい。

 こんな時代でも、こんな自分でも、こんなスキルでも。
 なんとか役に立つことができる。世界は回っていく。
 それが、誇らしいことのように思えて、もう少し頑張ってみよう。そう思った。
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