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第2章 南郡平定戦
第62話 対ドスガ王国軍対策軍議
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軍議は即席の天幕の中で行われた。
参加者は8人。
オムカから俺とジル、サカキ、ブリーダ、そして今後のことを見据えてウィットが参加した。
ワーンスからはタキ隊長、フィルフとトロンとスーンからは将軍格の人間が来ている。
オムカが多いのは、それだけ兵力が大きく、かつ指揮官が多いからだ。
それだけ柔軟性のある戦術を取れるという強みがある。
かといって他の軍が悪いわけではない。指揮系統が一本化されているということは、それだけ戦力を集中させられるので部隊の攻撃力としてはかなりのものになるからだ。
要はそれらがどう動くか、作戦がすべてということで、それをこれから決めることになる。
「オムカ王国の軍師、ジャンヌ・ダルクです。僭越ながらこの軍議の進行を務めさせていただきます」
これには文句は出なかった。
5か国にわたる軍を統括する関係上、やはり兵力の多寡は発言力に直結する。さらに先のワーンス王国救援での戦いで、ワーンス王国には借りがあるし、フィルフはオムカに友好的。
トロンとスーンは、ドスガ軍を一撃で粉砕した実績を見せているから、野戦においてはとりあえずお手並み拝見という立場だろう。
というわけでオムカの作戦立案に携わる俺が議事を進行することになった。
「まずは、先日。不幸にもドスガ王の野望により、我らの間に血が流れたことに哀悼の意を表します」
全員の前で黙とうしてみせる。
こういうのは最初が大事だ。信頼できる人間だと思わせなければ、いざという時に離反しかねない。
タキ隊長は多少敬意を払ってくれているが、それ以外の軍の代表はどこか小娘と侮っている空気を感じる。だからまずは礼儀正しいところを見せて、聞いてやろうと思わせなければならなかった。
全員で黙とうした後に、更に続ける。
「まずは先ほどの戦況を確認しましょう。どのように敵は戦い、どのような被害が出たかを共有してその対策を練ります」
というより俺が全く関知していないのだから、そこからの確認としたかった。
そしてそれぞれの軍の代表が報告した内容をまとめるとこうだ。
こちらはオムカ軍5千を中央において、左翼にトロン王国の2千とフィルフ王国の1千、右翼にスーン王国とワーンス王国の2千ずつが展開。
陣形としては横陣(部隊を横一列に並べた基本的な陣形)となる。
対する敵は中央に3千ほどの軍と左右に2千ほどの軍が前衛。3千の背後に本陣、左右の後ろに後詰めの部隊があったという。
魚鱗、いや部隊を縦に並べる衡軛の陣か。
正直、この陣形でほぼ勝敗は決まったと感じたけど、とりあえず最後まで聞くことにした。
最初はお互いに前進し、弓や鉄砲が届く位置まで移動。
両軍の距離が近づききった時、先手を打ったのは味方だった。
弓で援護射撃をしながら、盾を持って中央のオムカ軍の歩兵が前進。
そこへ敵の鉄砲が間断なく打ちかけられたため、オムカ軍の前進が滞った。
同時に左右から攻め込んだ他の軍だが、オムカ軍が劣勢であることにしり込みしたため、ひと当てしただけで後退。
両翼が下がったことにより、包囲される危険性が出たオムカ軍は何をする間もなく後退した。
結果、こちらはオムカ軍の被害が500以上、左右の軍は合わせて200ほどの被害。
対して敵は弓で倒せた分と、左右の白兵戦で討ち取った分で100いけば良いくらいだろう。
「…………マジか」
頭を抱えたくなるほどの完敗じゃないか。
ジルたちの撤退の判断がもう少し遅れていたら取り返しのつかないことになっていたかもしれない。
いや、別に彼らが無能と言っているわけではない。
それぞれ思惑の違う軍隊が集まったところで、まとめ役がいなければこんなもんだ。誰しも自分の身が可愛い。
それは陣形にも表れている。
こちらは不平等ないよう部隊を横に並べただけの横陣。基本的な陣形だが、それは他の陣に変化できてこその基本。そのままぶつかるのであれば、何の戦術も生まれないただの配置でしかない。
聞くところによると、相手の左右の前衛はすこぶる弱く、徴兵された新兵ではないかというのが各国の見解だった。
おそらくこの新兵は死兵(死ぬために切り捨てる捨て駒)だろう。そのうえでオムカ軍という数の多い主力に鉄砲隊を全て集中させた。
中央のオムカは鉄砲隊で叩き、左右の軍は新兵に構っている間に、その後ろにいるドスガ軍の主力が迂回して横腹を突くような戦法になるはずだ。
その形になる前に味方は撤退したわけだが。
小憎らしいほど理にかなった戦術。
自らの民を死兵にする酷薄さを考えると、この戦術を考えた最低の人間が頭に浮かぶ。
陣形もなく無策で突っ込んだ味方と、非道ながらもきちんと目的をもって考えられた陣形。
それだけでも勝敗は明らかだった。
「ジャンヌ様、いかがしましたか?」
頭を抱えてしまった俺に、ジルが心配そうに声をかけてくる。
ジルの声。
いや、大丈夫。顔を見ても、動揺してない。
よし。頑張れ、俺。
「予想以上に相手の火力がすさまじかったようですね。これだけの損害でとどめたのは皆さんの優秀さを示す何よりの根拠でしょう」
とりあえず褒める。
褒めて伸ばす。
全然ダメダメです、よく全滅しなかったなザーコ、てかオムカ見捨てて勝手に退いてんじゃねーよバーカ、とか言いたかったけど我慢!
タキ隊長以外の将軍がドヤ顔で満足そうに頷いているのがイラっとくるけど我慢だ!!
「……さて、ではこの敵に対して勝つ方法ですが……こちらも少し配置替えしましょうか」
俺の考えはこうだ。
中央に鉄砲隊という主力がいるのであれば、そこはもう防御に徹する。こちらに鉄砲隊があるならまだしも、各国の部隊に十数丁しかないのだから火力で勝負しても無駄だ。
だからここは発想を変えて、それ以外を相手する。
狙うは敵の左翼。そこに戦力を集中。さらに一部部隊を迂回させてその横腹を突く。その後は鉄砲隊に横槍を入れるもよし、敵の本陣に突撃するもよしだ。
「――という作戦でいかがでしょう。この作戦、スーン王国に負担がかかりますが、作戦を成功させる重要な役目。ドスガ王国と長年戦ってきた勇敢な貴国ならばこそお願いしたいのですが」
左翼にいたフィルフ軍を右翼に回すため、スーン王国軍単独で敵の右翼を攻めなければならないから、少しおもねって言った。
根回し根回し。
「いや、さすがオムカ国の軍師殿。そのような重要な役目、我が軍こそ名乗り上げたいが、スーン王国がになっていただけるのでしたら安心して身を退きましょう」
タキ隊長が賛同しつつ、スーンの将軍をよいしょしてくれた。
その援護攻撃、本当にありがたい……。
「あい分かった。我が軍が責任をもって敵右翼を釘付けにしてくれよう」
よいしょされたスーンの将軍は大きく頷いて胸を叩く。
さっき逃げてたくせに。
次は逃げるなよ、マジで。
「では配置はこのように。できれば陽が暮れる前に一戦しておきたい。皆様方、どうぞよろしくお願いします」
そう締めて散会した。
それぞれが陣幕から出ていく中、俺はジルたちへ再び鉄砲に対する備えをさせる。さらにウィットには部下たちをまとめて右翼に移すように命じた。
たった200だが、総攻撃という意味では出し惜しみできない。俺の部隊が迂回の軍となって敵を挟撃することにした。
というわけで俺も前線に立つことになる。
武器も持てない身だ。どうしても緊張する。
だから念入りに部隊を見回りし、少しでも気になったところを指摘していくと、不意に声をかけられた。
「何か焦っておられますか?」
「これは、タキ隊長。先ほどは援護ありがとうございます」
「いえ、我が国を救ってくださったのですからこれくらい当然です」
はるか年下の俺にも物腰柔らかな姿勢。
うん、みんなこの人みたいに腰が低ければ楽なのに。
「……ちなみに、そんなに余裕なく見えますか?」
「ええ。というより以前はもう少しゆとりがあったかと。少なくとも負けた後にすぐ攻撃を開始するくらいには余裕がない」
さすが年長者。よく見ている。
「はい、余裕はありません。自分は本当はここにいてはいけない人間です。24時間以内にドスガ王都に戻るか、ここでドスガ王を捕縛するかしなければならないので、それは焦りますよ」
「なるほど。ええ、詳細の話は聞かないことにします。ですが、なんだか安心しました」
「安心?」
「はい。今だから言ってしまいますが、以前お会いした時、少し恐ろしく感じました。軍という恐ろしい場所で兵たちを指揮し、数万の敵に対抗する策を練り、それを平然と指揮するのですから。娘のような年頃ですのに。おっと、すみません。他意はありませんので」
「いえ、構いません。若輩なのは変わりませんから」
「ありがとうございます。それが、こうして焦りを感じている。同じ人間なんだと感じて、ちょっと安心した……というより嬉しかったんですね。失礼な話かもしれませんが」
「そうですか……そうですね。正直言ってしまうと怖いです。自分の策が問題ないか、どこか間違っていないか。実際に作戦が始まるまでは怖くて潰れそうです。自分の肩に万の命が乗っていると思うと、消えてなくなりたいとも」
本来はこんなこと、他人には言えない。
軍師とはそういう存在。
弱音を吐く姿も、弱気になる姿も見せてはいけない。
なのにジルでもサカキでもニーアでもなく、出会って数日しか経っていないこの人にそれを打ち明けることになるとは。
人柄によるのかもしれないな。
「それでも貴女はここにいる。逃げずに、投げ出さずに。それがすべてではないですか?」
「それは……そうですね。そうであったら嬉しいです」
「自信をもっても大丈夫だと思いますよ。あれで他の国の将軍は気難しいと聞きます。その彼らから反対意見が出ないのですから問題はありません。大丈夫です」
「……ありがとうございます。少し気持ちが楽になりました。いえ、楽になってはいけないのだと思いますが」
「自分はそれで良いと思います。軍師というのは、頭のよくない私にはよくわかりませんが、たくさんたくさん考えて、それで作戦を決定するのでしょう? そこまで考えたのだから、あとは兵たちを信じてあげればよいと思います。失敗したら失敗したでそれを挽回する作戦を考えるだけ。だから決まった後はもう、開き直って良いのではないでしょうか。考えるだけ考えたのだから、もう知るか! という感じで」
「…………ははっ」
まさかこの人からそんな言葉が出て来るとは思わず、笑ってしまった。
考えるだけ考えたからあとはもう知るか、か。
究極の責任放棄に聞こえるが、それくらいの覚悟をもって献策しろってことだ。
一度決まれば後は進むだけ。後悔せず、うじうじせず、死ぬときは前のめり!
少し心が軽くなったような気がした。
「すみません……いや、ありがとうございます、ですね」
「余計なお世話と思いましたが、そう言ってくださると助かります。おせっかいついでに、もう1つ。右翼から更に迂回して敵の側面をつく別動隊。我がワーンスの軍がやりましょう」
「え、いや。しかし……」
「全体を見るべき人が、そんな端っこで前線に出られても困ります。全軍の進退を見極めるためにも、貴女には中央の後方にいてもらわなければ。なに、私が500連れていくだけです。大局には影響しませんよ」
確かに200と500のトレードなら大局に影響しないし、なにより横槍が決まった時の威力も上がる。それに俺が中央に入れば色々対応しやすいのも確か。かなり理にかなっている。
「それでは、お願いできますか」
「お願いではなく命令で構いません。我々ワーンス軍は貴女に命を預けているのですから」
大げさな、とは思ったがタキ隊長の瞳は真剣そのもの。
こうなったら気持ちよく送り出してあげるのが筋ってものだ。
「では、命じます。ワーンス軍500を率いて迂回し、敵の側面をついてください」
「承知しました」
頷いてタキ隊長は笑った。
俺も微笑み返した。
話せてよかった。
そう思った。
カルキュールに言われたことじゃないけど。
ちゃんと話せば、ちゃんと分かり合える。
なんだ、簡単じゃないか。
少しだけ勇気を出して、
少しだけ本音で話して、
少しだけ分かり合えば、
きっと、マリアとも。
参加者は8人。
オムカから俺とジル、サカキ、ブリーダ、そして今後のことを見据えてウィットが参加した。
ワーンスからはタキ隊長、フィルフとトロンとスーンからは将軍格の人間が来ている。
オムカが多いのは、それだけ兵力が大きく、かつ指揮官が多いからだ。
それだけ柔軟性のある戦術を取れるという強みがある。
かといって他の軍が悪いわけではない。指揮系統が一本化されているということは、それだけ戦力を集中させられるので部隊の攻撃力としてはかなりのものになるからだ。
要はそれらがどう動くか、作戦がすべてということで、それをこれから決めることになる。
「オムカ王国の軍師、ジャンヌ・ダルクです。僭越ながらこの軍議の進行を務めさせていただきます」
これには文句は出なかった。
5か国にわたる軍を統括する関係上、やはり兵力の多寡は発言力に直結する。さらに先のワーンス王国救援での戦いで、ワーンス王国には借りがあるし、フィルフはオムカに友好的。
トロンとスーンは、ドスガ軍を一撃で粉砕した実績を見せているから、野戦においてはとりあえずお手並み拝見という立場だろう。
というわけでオムカの作戦立案に携わる俺が議事を進行することになった。
「まずは、先日。不幸にもドスガ王の野望により、我らの間に血が流れたことに哀悼の意を表します」
全員の前で黙とうしてみせる。
こういうのは最初が大事だ。信頼できる人間だと思わせなければ、いざという時に離反しかねない。
タキ隊長は多少敬意を払ってくれているが、それ以外の軍の代表はどこか小娘と侮っている空気を感じる。だからまずは礼儀正しいところを見せて、聞いてやろうと思わせなければならなかった。
全員で黙とうした後に、更に続ける。
「まずは先ほどの戦況を確認しましょう。どのように敵は戦い、どのような被害が出たかを共有してその対策を練ります」
というより俺が全く関知していないのだから、そこからの確認としたかった。
そしてそれぞれの軍の代表が報告した内容をまとめるとこうだ。
こちらはオムカ軍5千を中央において、左翼にトロン王国の2千とフィルフ王国の1千、右翼にスーン王国とワーンス王国の2千ずつが展開。
陣形としては横陣(部隊を横一列に並べた基本的な陣形)となる。
対する敵は中央に3千ほどの軍と左右に2千ほどの軍が前衛。3千の背後に本陣、左右の後ろに後詰めの部隊があったという。
魚鱗、いや部隊を縦に並べる衡軛の陣か。
正直、この陣形でほぼ勝敗は決まったと感じたけど、とりあえず最後まで聞くことにした。
最初はお互いに前進し、弓や鉄砲が届く位置まで移動。
両軍の距離が近づききった時、先手を打ったのは味方だった。
弓で援護射撃をしながら、盾を持って中央のオムカ軍の歩兵が前進。
そこへ敵の鉄砲が間断なく打ちかけられたため、オムカ軍の前進が滞った。
同時に左右から攻め込んだ他の軍だが、オムカ軍が劣勢であることにしり込みしたため、ひと当てしただけで後退。
両翼が下がったことにより、包囲される危険性が出たオムカ軍は何をする間もなく後退した。
結果、こちらはオムカ軍の被害が500以上、左右の軍は合わせて200ほどの被害。
対して敵は弓で倒せた分と、左右の白兵戦で討ち取った分で100いけば良いくらいだろう。
「…………マジか」
頭を抱えたくなるほどの完敗じゃないか。
ジルたちの撤退の判断がもう少し遅れていたら取り返しのつかないことになっていたかもしれない。
いや、別に彼らが無能と言っているわけではない。
それぞれ思惑の違う軍隊が集まったところで、まとめ役がいなければこんなもんだ。誰しも自分の身が可愛い。
それは陣形にも表れている。
こちらは不平等ないよう部隊を横に並べただけの横陣。基本的な陣形だが、それは他の陣に変化できてこその基本。そのままぶつかるのであれば、何の戦術も生まれないただの配置でしかない。
聞くところによると、相手の左右の前衛はすこぶる弱く、徴兵された新兵ではないかというのが各国の見解だった。
おそらくこの新兵は死兵(死ぬために切り捨てる捨て駒)だろう。そのうえでオムカ軍という数の多い主力に鉄砲隊を全て集中させた。
中央のオムカは鉄砲隊で叩き、左右の軍は新兵に構っている間に、その後ろにいるドスガ軍の主力が迂回して横腹を突くような戦法になるはずだ。
その形になる前に味方は撤退したわけだが。
小憎らしいほど理にかなった戦術。
自らの民を死兵にする酷薄さを考えると、この戦術を考えた最低の人間が頭に浮かぶ。
陣形もなく無策で突っ込んだ味方と、非道ながらもきちんと目的をもって考えられた陣形。
それだけでも勝敗は明らかだった。
「ジャンヌ様、いかがしましたか?」
頭を抱えてしまった俺に、ジルが心配そうに声をかけてくる。
ジルの声。
いや、大丈夫。顔を見ても、動揺してない。
よし。頑張れ、俺。
「予想以上に相手の火力がすさまじかったようですね。これだけの損害でとどめたのは皆さんの優秀さを示す何よりの根拠でしょう」
とりあえず褒める。
褒めて伸ばす。
全然ダメダメです、よく全滅しなかったなザーコ、てかオムカ見捨てて勝手に退いてんじゃねーよバーカ、とか言いたかったけど我慢!
タキ隊長以外の将軍がドヤ顔で満足そうに頷いているのがイラっとくるけど我慢だ!!
「……さて、ではこの敵に対して勝つ方法ですが……こちらも少し配置替えしましょうか」
俺の考えはこうだ。
中央に鉄砲隊という主力がいるのであれば、そこはもう防御に徹する。こちらに鉄砲隊があるならまだしも、各国の部隊に十数丁しかないのだから火力で勝負しても無駄だ。
だからここは発想を変えて、それ以外を相手する。
狙うは敵の左翼。そこに戦力を集中。さらに一部部隊を迂回させてその横腹を突く。その後は鉄砲隊に横槍を入れるもよし、敵の本陣に突撃するもよしだ。
「――という作戦でいかがでしょう。この作戦、スーン王国に負担がかかりますが、作戦を成功させる重要な役目。ドスガ王国と長年戦ってきた勇敢な貴国ならばこそお願いしたいのですが」
左翼にいたフィルフ軍を右翼に回すため、スーン王国軍単独で敵の右翼を攻めなければならないから、少しおもねって言った。
根回し根回し。
「いや、さすがオムカ国の軍師殿。そのような重要な役目、我が軍こそ名乗り上げたいが、スーン王国がになっていただけるのでしたら安心して身を退きましょう」
タキ隊長が賛同しつつ、スーンの将軍をよいしょしてくれた。
その援護攻撃、本当にありがたい……。
「あい分かった。我が軍が責任をもって敵右翼を釘付けにしてくれよう」
よいしょされたスーンの将軍は大きく頷いて胸を叩く。
さっき逃げてたくせに。
次は逃げるなよ、マジで。
「では配置はこのように。できれば陽が暮れる前に一戦しておきたい。皆様方、どうぞよろしくお願いします」
そう締めて散会した。
それぞれが陣幕から出ていく中、俺はジルたちへ再び鉄砲に対する備えをさせる。さらにウィットには部下たちをまとめて右翼に移すように命じた。
たった200だが、総攻撃という意味では出し惜しみできない。俺の部隊が迂回の軍となって敵を挟撃することにした。
というわけで俺も前線に立つことになる。
武器も持てない身だ。どうしても緊張する。
だから念入りに部隊を見回りし、少しでも気になったところを指摘していくと、不意に声をかけられた。
「何か焦っておられますか?」
「これは、タキ隊長。先ほどは援護ありがとうございます」
「いえ、我が国を救ってくださったのですからこれくらい当然です」
はるか年下の俺にも物腰柔らかな姿勢。
うん、みんなこの人みたいに腰が低ければ楽なのに。
「……ちなみに、そんなに余裕なく見えますか?」
「ええ。というより以前はもう少しゆとりがあったかと。少なくとも負けた後にすぐ攻撃を開始するくらいには余裕がない」
さすが年長者。よく見ている。
「はい、余裕はありません。自分は本当はここにいてはいけない人間です。24時間以内にドスガ王都に戻るか、ここでドスガ王を捕縛するかしなければならないので、それは焦りますよ」
「なるほど。ええ、詳細の話は聞かないことにします。ですが、なんだか安心しました」
「安心?」
「はい。今だから言ってしまいますが、以前お会いした時、少し恐ろしく感じました。軍という恐ろしい場所で兵たちを指揮し、数万の敵に対抗する策を練り、それを平然と指揮するのですから。娘のような年頃ですのに。おっと、すみません。他意はありませんので」
「いえ、構いません。若輩なのは変わりませんから」
「ありがとうございます。それが、こうして焦りを感じている。同じ人間なんだと感じて、ちょっと安心した……というより嬉しかったんですね。失礼な話かもしれませんが」
「そうですか……そうですね。正直言ってしまうと怖いです。自分の策が問題ないか、どこか間違っていないか。実際に作戦が始まるまでは怖くて潰れそうです。自分の肩に万の命が乗っていると思うと、消えてなくなりたいとも」
本来はこんなこと、他人には言えない。
軍師とはそういう存在。
弱音を吐く姿も、弱気になる姿も見せてはいけない。
なのにジルでもサカキでもニーアでもなく、出会って数日しか経っていないこの人にそれを打ち明けることになるとは。
人柄によるのかもしれないな。
「それでも貴女はここにいる。逃げずに、投げ出さずに。それがすべてではないですか?」
「それは……そうですね。そうであったら嬉しいです」
「自信をもっても大丈夫だと思いますよ。あれで他の国の将軍は気難しいと聞きます。その彼らから反対意見が出ないのですから問題はありません。大丈夫です」
「……ありがとうございます。少し気持ちが楽になりました。いえ、楽になってはいけないのだと思いますが」
「自分はそれで良いと思います。軍師というのは、頭のよくない私にはよくわかりませんが、たくさんたくさん考えて、それで作戦を決定するのでしょう? そこまで考えたのだから、あとは兵たちを信じてあげればよいと思います。失敗したら失敗したでそれを挽回する作戦を考えるだけ。だから決まった後はもう、開き直って良いのではないでしょうか。考えるだけ考えたのだから、もう知るか! という感じで」
「…………ははっ」
まさかこの人からそんな言葉が出て来るとは思わず、笑ってしまった。
考えるだけ考えたからあとはもう知るか、か。
究極の責任放棄に聞こえるが、それくらいの覚悟をもって献策しろってことだ。
一度決まれば後は進むだけ。後悔せず、うじうじせず、死ぬときは前のめり!
少し心が軽くなったような気がした。
「すみません……いや、ありがとうございます、ですね」
「余計なお世話と思いましたが、そう言ってくださると助かります。おせっかいついでに、もう1つ。右翼から更に迂回して敵の側面をつく別動隊。我がワーンスの軍がやりましょう」
「え、いや。しかし……」
「全体を見るべき人が、そんな端っこで前線に出られても困ります。全軍の進退を見極めるためにも、貴女には中央の後方にいてもらわなければ。なに、私が500連れていくだけです。大局には影響しませんよ」
確かに200と500のトレードなら大局に影響しないし、なにより横槍が決まった時の威力も上がる。それに俺が中央に入れば色々対応しやすいのも確か。かなり理にかなっている。
「それでは、お願いできますか」
「お願いではなく命令で構いません。我々ワーンス軍は貴女に命を預けているのですから」
大げさな、とは思ったがタキ隊長の瞳は真剣そのもの。
こうなったら気持ちよく送り出してあげるのが筋ってものだ。
「では、命じます。ワーンス軍500を率いて迂回し、敵の側面をついてください」
「承知しました」
頷いてタキ隊長は笑った。
俺も微笑み返した。
話せてよかった。
そう思った。
カルキュールに言われたことじゃないけど。
ちゃんと話せば、ちゃんと分かり合える。
なんだ、簡単じゃないか。
少しだけ勇気を出して、
少しだけ本音で話して、
少しだけ分かり合えば、
きっと、マリアとも。
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しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
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