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第3章 帝都潜入作戦
閑話1 クロエ・ハミニス(それぞれの運動会)
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はぁ、退屈。
前から来る。
それを右手で受け流すと、相手の態勢が崩れた。
その先に膝をおいておくと、勝手に相手の腹に突き刺さって悶絶する。
はい問題でーす。
なんで私はこんなに不機嫌なんでしょうか。
いち。この格闘大会とかいうのがつまらないから。
左の男を蹴り飛ばす。
にぃ。相手が弱すぎるから。
右。すれすれで避けたパンチ。つんのめった相手の側頭部に手刀を見舞ってやる。
さん。隊長殿がいないから。
背後に気配。かがんでやりすごして逆立ちしながら思いっきり蹴り上げてやる。
よん。隊長殿がいないから。
ごぉ。隊長殿がいないから。
ろく。隊長殿がいないから。
隊長殿がいないから。隊長殿がいないから。隊長殿がいないから。隊長殿がいないから。隊長殿がいないから。隊長殿がいないから。隊長殿がいないから。隊長殿がいないから。隊長殿がいないから。隊長殿がいないから。隊長殿がいないから。隊長殿がいないから。隊長殿がいないから。
「もう! 隊長殿の馬鹿っ!」
いらいらを全部目の前の相手にぶつける。
応援する、って約束したのに!
そんなにおしゃべりが大事かー!
『おおーと、これは凄い! オムカ王国のクロエ選手! ただ突っ立ってるだけかと思いきや、襲い掛かる選手の猛攻を事も無げに捌いて撃破! 30人の選手が最後の1人になるまで戦い抜くバトルロイヤル、第1ブロックはクロエ選手の圧勝かぁ!?』
「ふっ、それはないな。貴様のような奴が勝ち抜くなどあり得ん!」
実況にツッコミを入れる馬鹿登場。
「げっ、なんでいんの」
「このウィット・ドレンホース! 貴様を倒し、隊長の寵愛を受けるために決まっているだろう! なのに! なぜ隊長がいないのだぁぁぁぁ!!」
あー、この馬鹿と思考レベルが一緒かぁ。
はぁ……萎えるわー。
「なんだ、そのあからさまにやる気がないのは! ふん、ならばさっさと棄権しろ。貴様は俺より弱いのだからな!」
「は? 何言ってんの? いつからあんたの方が私より強いとかなっちゃってるわけ? あ、もうムカついた。もう絶対ぶっ飛ばす。それで隊長殿にナデナデしてもらう」
「貴様こそ、そんな腕でよくもジャンヌ隊の副隊長をやれるものだ。貴様の弱者っぷりを隊長に報告して貴様を追放し、そして隊長にたくさん褒めてもらうのだ!」
「なにをぉぉ」
「なんだとぉぉ」
こいつ絶対ぶっ飛ばす。
けど私より弱いとはいえ、さすがにウィットはそこそこ強い。
だからいきなりは飛びかからない。
あっちも何を慎重になってか、構えたまま動かない。
このままにらみ合いか。
来た。
背後!
一瞬、ウィットのことが頭によぎる。
いや、ない。この男、誰かと組んで不意打ちするほど卑怯ではない。クソがつくほど真面目なところは買っている。同時にうざいと思うけど。
だから動いた。
背後の攻撃をよけながら、振り向き、そのまま掌を相手の顎にぶつける。禿頭のおじさんが白目をむいて崩れ落ちる。
その背後からもう1人が来る。
右のストレート。回避。間に合わない。腕で受ける。衝撃。
「くっ!」
衝撃を殺しきれず後ろに跳んだ。
たたらを踏んで着地。背中に何かが当たった。
「っ!!」
咄嗟に振り返る。
背後にいる敵。かなりの使い手。
相手も同じようにこちらに振り返った。
ウィットだった。
お互いに視線が合う。
真面目な表情でこちらを見るウィットは、驚きの表情から、口を弓にして笑った。私も同じような表情をしていたのだろう。
咄嗟にウィットの拳が飛んでくる。
こちらも仕掛けた。
衝撃。
だが、私の拳はウィットに当たらず、ウィットの拳は私に当たらない。
お互いに背後にいた敵を、交差するように殴り倒していた。
「ふっ、ここはちょっと騒がしいな」
「そうね。ちょっと黙らせてからにしようか」
「あぁ、一時休戦だ!」
言うが早いが、ウィットは別の相手に飛びかかる。
私も次の敵を求めて前へ。
本当に気に食わない。
隊長殿がいないことじゃない。あのウィットと一瞬、通じ合ったような感覚が不愉快極まりない。
その思いが、攻撃となって相手を襲う。
突き。それを恐れず前へ。驚きの顔。ボディ。敵が崩れる。次。対峙している。横から蹴り飛ばす。相手。来る。遅い。殴り倒す。背後。振り返ると同時に拳を放り投げた。衝撃。相手が倒れる。
どれだけ戦い続けたか。
倒した数は10を超えてからは数えていない。
手は痛み、攻防どちらも使った足は鉛のように重い。擦り傷は数えきれず、頬もあざができているようで歯も欠けた。
まったく、これじゃあ隊長殿の前に出られないじゃないか。
けど楽しい。なんだかんだで、私はこういうことが好きなのだ。だから軍にいる。
もちろん最初はお金のためだった。
お金のために卑怯なことをして、隊長殿に見破られた。あるいはそこで自分は退役していたかもしれない。
けど残った。
あの命をくれた隊長殿に恩返しがしたいと思ったのもあるけど、やっぱり好きなのだ。
そして何より――
「はっ、残ったか」
ウィットの声。
狭い四方のステージの上。
立っているのは私とウィットだけだ。
つまりこれが最後の戦い。
「あんた、ボロボロじゃん」
「はっ、それは貴様もだろう」
ふん。減らず口を。
この男。
私が軍に残り続ける理由。
「なら、さっさと決めるか」
「ここで勝っても、そんなボロボロじゃ優勝なんてできないでしょ」
「貴様から一発でももらうとでも? 安心しろ、すぐ終わらせてやる」
「こっちの台詞よ。だからさっさと降伏しなさいよ」
「貴様がな」
にらみ合う。
だから嫌なんだ。
この隊長殿につく害虫。
それを駆除するまでは、隊長殿の傍を離れるわけにはいかない!
じりっとにじり寄るように足を進める。
相手も同じ分だけ進めた。
間合いが詰まり、何かが満ちるように空間を広がっていく。
それが最大になった時にぶつかり合いが始まる。
そしてそれが最高潮に達しようとした時――
「――っ!!」
何かを感じた。
ウィットなんか相手にしてられないほど強大な何か。
ウィットも同じように感じだのだろう。
私から視線を外してそちらに構える。
私も咄嗟にそうしていた。
そこにあるのは隣のステージ。
死屍累々と積み重なるのは参加者か。ただそれが一か所に集まっているのが気になる。
まるで誰かが1人で、他の参加者全員を倒してそれを築き上げたように。
そしてその人物が、来た。
「あーら、これはジャンヌ隊とかいう雑魚2人じゃない?」
「教官、殿……」
ニーア・セインベルクがいた。
全くの無傷。ただ突っ立っているだけなのに、圧力を感じる。
ヤバい。足が震える。冷汗が止まらない。完全に蛇に睨まれた蛙状態。
「あぁ、ヤバいなぁ。これはヤバい」
ウィットも同じ感想らしい。
『おおっとぉ! これは第2ブロックの勝者、ニーア選手が乱入! てゆうか困るんですけど……第1ブロックの結果が出るまで待っていてください』
「あ、いーのいーの。同時に相手するし。てかこの2人、潰し合ったらそれこそ決勝が超つまらなくなるよ? だからまだ新鮮なうちに、2人組なら少しは面白くなると思って」
『こ、これは……大胆発言! ニーア選手、クロエ選手とウィット選手を相手にしていない! 2対1をもちかけてきたぁ!』
うわー、こういうこと言う人だったわー。マジちょっとカチンと来たんですけど。
「おい、もう少しだけ休戦してやってもいいぞ」
「何言ってんの。私は別に2人相手してもいいし」
「それは俺もだ。だがあれだ。あの教官、絶対えげつないことをしてくる。そして俺たちに勝ったことを隊長に言いふらすぞ」
「……それは許せない。分かった休戦よ」
「それでこそ、だ」
何がそれでこそなんだろう。
意味不明なこと言ってんじゃない。
「うふふー、じゃあ卒業試験よ。クロクロとウィーウィー、ひよっこちゃんたちがどれだけ強くなったか、見てあげようかにゃー」
教官殿の笑顔。
怖い。
けど、体は動く。
行ける。
「ふっ!」
真正面。突っ込む。狙いは顔面。避けられる。当然だ。反撃。来ない。ウィットだ。避けた先にいる。回り込む。蹴り。避けられた。だがすぐにウィットが続く。
「なか、なかっ!」
教官殿が、笑みの色を濃くする。
まだ余裕がある。
当然だ。
相手は傷らしい傷がなく、疲れという疲れがない。
対してこちらは満身創痍。つまり長期戦は不利。
だから一気に決めに行く。
距離を取られた。
だから自分とウィットが真正面から突っ込む。相手もそれを迎撃の構えを取った。
私とウィットが同時に左右に別れた。合図してのことではない。なんとなくあいつならそうすると思ったからそうしただけ。
単純な目くらまし。きっと教官殿はコンマ数秒で反応する。
だが、そのコンマ数秒が私たちの勝機。
ウィットが先に行く。
一撃の威力を考えて、あいつ自分よりも私の方が可能性があると踏んでのことだろう。そういう冷静な部分も鼻につく。
隊長殿は先にウィットを始末しようとそちらに向いた。
ウィットが行く。だが、遅れた。
「がっ!」
ウィットが息を詰まらせる。
彼の攻撃より先に、教官殿の拳がその胸に突き刺さっていた。
だがウィットは奇襲が破られることも想定済みだった。
突き出された教官殿の右腕をガッチリと抱え込み、相手を回避も反撃も受け身も取れない状態にする。
「やれ、クロエ!」
「しま――」
「あああああああ!」
渾身の一発。
全身全霊で放った一撃。
これが外れたらもう後はない。
これで倒れなかったら勝ち目はない。
だからこそ、全てを乗せた拳を放つ。
その拳が教官殿のわき腹に突き刺さる刹那――
「成長したね」
教官殿の体が弾けた。
そのままステージを転がって、端のところでようやく制止した。
動かない。
同時、ウィットもその場で力尽きたように倒れこんだ。
『か……完全決着ぅぅぅぅ! 第2種目格闘バトルロイヤルの勝者は赤チーム、オムカ王国のクロエ選手だぁぁぁぁぁぁ!』
喚声が沸き起こる。
けどそれに応える気も起きない。
手を挙げることすら辛い。
全身全霊を込めて打った一撃。
もう二度とできないだろう。
いや、あるとしたら一度だけ。
隊長殿を命に代えて守るその最期の時だけだ。
「貴様の勝ちだ……胸を張れ」
座り込んだウィットが拳で私の足を叩く。
「ウィット……」
「ふん! 今回だけだからな! 次は負けん!」
この負けず嫌い。
でも正直、こいつがいなかったらこの勝利はなかった。2人で勝ち取った勝利とか言ったら、こいつはまた嫌な顔をするんだろうな。うわ、自分で言って鳥肌立った。
「いやー、負けたわー。こんなに強くなって、このっ! このっ!」
「ちょ、教官殿! 痛い痛い! てかなんで元気!?」
「いや、空元気。もう今すぐぶっ倒れたい。けどクロクロをいじりたいから死ぬ気で動いてる」
もう訳が分からないこの人。
「てかあんた。いつまで教官殿とか言ってるわけ? あんたももう軍人でしょう。ならあたしを呼び捨てにするくらいの気概は持ちなさいよ。2人がかりにせよ、超運がよかったにせよ、二度と起こりえない大奇跡だったにせよ、あたしが実力の半分も出してなかったにせよあたしに勝ったんだから」
なんかすんごい言い訳を聞いてるような気もする。
まぁ、確かに同じことをしようと思っても出来ないとは思うけど。
「――あんたももう、一人前でしょ」
それは、なんだか衝撃的な言葉だった。
今まで彼女ですら雲の上の存在だったのが、こうも降りて来てくれるとは。いや、それとも手前みそながら、私が上がっていったのか?
嬉しいような恥ずかしいような、そんな気持ちがこみ上げてくる。
しかも教官殿を呼び捨てなんて。
いざ面と向かって言うとなるといささか気恥ずかしいものがある。
ええい、ままよ!
「分かった。その……ニーア」
「…………うわ、なんかちょっとゾッとした! なにそれ、やっぱムカつくからなし! あんたはずっと教官殿って呼んであたしを敬えし!」
「はぁ!? そっちが言ったんでしょうよ! なのに速攻前言撤回とか恥ずかしくないんですか!? もうこうなったら意地でも呼んでやる、このニーアニーアニーアニアニアニアニアニア!」
「ニアニアうるさい! あんた、本当良い性格になったわね。これもジャンヌ効果ってわけ?」
「それだったらそっちもそうでしょうが! あのナイフみたいな雰囲気がこうも丸くなっちゃって。ジャンヌー、ジャンヌーって恥ずかしくないんですか!?」
「それを言うならあんたも隊長殿隊長殿ってうるさいのよ! しかもあんた最近エスカレートしすぎてない? こないだだってジャンヌの格好見て鼻血出してたでしょ!」
「ちょ、それを言うならそっちだって――」
「あー、2人とも。こんな衆人の前でそんなことを――」
「「うるさい!」」
ウィットへの怒りが同時だった。
あぁ、もう本当にこの人は。
うるさくてわがままで傍若無人で隊長殿大好きで。
それでも憎めない。
嫌いになれない。
あーあ、もう。しょうがないから今度から普通に名前で呼ぼう。
そうしたら、またこんな風に笑って過ごせる。
そんな気がするから。
//////////////////////////////////////
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ジャンヌと出会って1年。それぞれの成長譚という形での3編となります。彼らの頑張りを見守っていただけると幸いです。
また、いいねやお気に入りをいただけると励みになります。軽い気持ちでもいただけると嬉しく思いますので、どうぞよろしくお願いします。
前から来る。
それを右手で受け流すと、相手の態勢が崩れた。
その先に膝をおいておくと、勝手に相手の腹に突き刺さって悶絶する。
はい問題でーす。
なんで私はこんなに不機嫌なんでしょうか。
いち。この格闘大会とかいうのがつまらないから。
左の男を蹴り飛ばす。
にぃ。相手が弱すぎるから。
右。すれすれで避けたパンチ。つんのめった相手の側頭部に手刀を見舞ってやる。
さん。隊長殿がいないから。
背後に気配。かがんでやりすごして逆立ちしながら思いっきり蹴り上げてやる。
よん。隊長殿がいないから。
ごぉ。隊長殿がいないから。
ろく。隊長殿がいないから。
隊長殿がいないから。隊長殿がいないから。隊長殿がいないから。隊長殿がいないから。隊長殿がいないから。隊長殿がいないから。隊長殿がいないから。隊長殿がいないから。隊長殿がいないから。隊長殿がいないから。隊長殿がいないから。隊長殿がいないから。隊長殿がいないから。
「もう! 隊長殿の馬鹿っ!」
いらいらを全部目の前の相手にぶつける。
応援する、って約束したのに!
そんなにおしゃべりが大事かー!
『おおーと、これは凄い! オムカ王国のクロエ選手! ただ突っ立ってるだけかと思いきや、襲い掛かる選手の猛攻を事も無げに捌いて撃破! 30人の選手が最後の1人になるまで戦い抜くバトルロイヤル、第1ブロックはクロエ選手の圧勝かぁ!?』
「ふっ、それはないな。貴様のような奴が勝ち抜くなどあり得ん!」
実況にツッコミを入れる馬鹿登場。
「げっ、なんでいんの」
「このウィット・ドレンホース! 貴様を倒し、隊長の寵愛を受けるために決まっているだろう! なのに! なぜ隊長がいないのだぁぁぁぁ!!」
あー、この馬鹿と思考レベルが一緒かぁ。
はぁ……萎えるわー。
「なんだ、そのあからさまにやる気がないのは! ふん、ならばさっさと棄権しろ。貴様は俺より弱いのだからな!」
「は? 何言ってんの? いつからあんたの方が私より強いとかなっちゃってるわけ? あ、もうムカついた。もう絶対ぶっ飛ばす。それで隊長殿にナデナデしてもらう」
「貴様こそ、そんな腕でよくもジャンヌ隊の副隊長をやれるものだ。貴様の弱者っぷりを隊長に報告して貴様を追放し、そして隊長にたくさん褒めてもらうのだ!」
「なにをぉぉ」
「なんだとぉぉ」
こいつ絶対ぶっ飛ばす。
けど私より弱いとはいえ、さすがにウィットはそこそこ強い。
だからいきなりは飛びかからない。
あっちも何を慎重になってか、構えたまま動かない。
このままにらみ合いか。
来た。
背後!
一瞬、ウィットのことが頭によぎる。
いや、ない。この男、誰かと組んで不意打ちするほど卑怯ではない。クソがつくほど真面目なところは買っている。同時にうざいと思うけど。
だから動いた。
背後の攻撃をよけながら、振り向き、そのまま掌を相手の顎にぶつける。禿頭のおじさんが白目をむいて崩れ落ちる。
その背後からもう1人が来る。
右のストレート。回避。間に合わない。腕で受ける。衝撃。
「くっ!」
衝撃を殺しきれず後ろに跳んだ。
たたらを踏んで着地。背中に何かが当たった。
「っ!!」
咄嗟に振り返る。
背後にいる敵。かなりの使い手。
相手も同じようにこちらに振り返った。
ウィットだった。
お互いに視線が合う。
真面目な表情でこちらを見るウィットは、驚きの表情から、口を弓にして笑った。私も同じような表情をしていたのだろう。
咄嗟にウィットの拳が飛んでくる。
こちらも仕掛けた。
衝撃。
だが、私の拳はウィットに当たらず、ウィットの拳は私に当たらない。
お互いに背後にいた敵を、交差するように殴り倒していた。
「ふっ、ここはちょっと騒がしいな」
「そうね。ちょっと黙らせてからにしようか」
「あぁ、一時休戦だ!」
言うが早いが、ウィットは別の相手に飛びかかる。
私も次の敵を求めて前へ。
本当に気に食わない。
隊長殿がいないことじゃない。あのウィットと一瞬、通じ合ったような感覚が不愉快極まりない。
その思いが、攻撃となって相手を襲う。
突き。それを恐れず前へ。驚きの顔。ボディ。敵が崩れる。次。対峙している。横から蹴り飛ばす。相手。来る。遅い。殴り倒す。背後。振り返ると同時に拳を放り投げた。衝撃。相手が倒れる。
どれだけ戦い続けたか。
倒した数は10を超えてからは数えていない。
手は痛み、攻防どちらも使った足は鉛のように重い。擦り傷は数えきれず、頬もあざができているようで歯も欠けた。
まったく、これじゃあ隊長殿の前に出られないじゃないか。
けど楽しい。なんだかんだで、私はこういうことが好きなのだ。だから軍にいる。
もちろん最初はお金のためだった。
お金のために卑怯なことをして、隊長殿に見破られた。あるいはそこで自分は退役していたかもしれない。
けど残った。
あの命をくれた隊長殿に恩返しがしたいと思ったのもあるけど、やっぱり好きなのだ。
そして何より――
「はっ、残ったか」
ウィットの声。
狭い四方のステージの上。
立っているのは私とウィットだけだ。
つまりこれが最後の戦い。
「あんた、ボロボロじゃん」
「はっ、それは貴様もだろう」
ふん。減らず口を。
この男。
私が軍に残り続ける理由。
「なら、さっさと決めるか」
「ここで勝っても、そんなボロボロじゃ優勝なんてできないでしょ」
「貴様から一発でももらうとでも? 安心しろ、すぐ終わらせてやる」
「こっちの台詞よ。だからさっさと降伏しなさいよ」
「貴様がな」
にらみ合う。
だから嫌なんだ。
この隊長殿につく害虫。
それを駆除するまでは、隊長殿の傍を離れるわけにはいかない!
じりっとにじり寄るように足を進める。
相手も同じ分だけ進めた。
間合いが詰まり、何かが満ちるように空間を広がっていく。
それが最大になった時にぶつかり合いが始まる。
そしてそれが最高潮に達しようとした時――
「――っ!!」
何かを感じた。
ウィットなんか相手にしてられないほど強大な何か。
ウィットも同じように感じだのだろう。
私から視線を外してそちらに構える。
私も咄嗟にそうしていた。
そこにあるのは隣のステージ。
死屍累々と積み重なるのは参加者か。ただそれが一か所に集まっているのが気になる。
まるで誰かが1人で、他の参加者全員を倒してそれを築き上げたように。
そしてその人物が、来た。
「あーら、これはジャンヌ隊とかいう雑魚2人じゃない?」
「教官、殿……」
ニーア・セインベルクがいた。
全くの無傷。ただ突っ立っているだけなのに、圧力を感じる。
ヤバい。足が震える。冷汗が止まらない。完全に蛇に睨まれた蛙状態。
「あぁ、ヤバいなぁ。これはヤバい」
ウィットも同じ感想らしい。
『おおっとぉ! これは第2ブロックの勝者、ニーア選手が乱入! てゆうか困るんですけど……第1ブロックの結果が出るまで待っていてください』
「あ、いーのいーの。同時に相手するし。てかこの2人、潰し合ったらそれこそ決勝が超つまらなくなるよ? だからまだ新鮮なうちに、2人組なら少しは面白くなると思って」
『こ、これは……大胆発言! ニーア選手、クロエ選手とウィット選手を相手にしていない! 2対1をもちかけてきたぁ!』
うわー、こういうこと言う人だったわー。マジちょっとカチンと来たんですけど。
「おい、もう少しだけ休戦してやってもいいぞ」
「何言ってんの。私は別に2人相手してもいいし」
「それは俺もだ。だがあれだ。あの教官、絶対えげつないことをしてくる。そして俺たちに勝ったことを隊長に言いふらすぞ」
「……それは許せない。分かった休戦よ」
「それでこそ、だ」
何がそれでこそなんだろう。
意味不明なこと言ってんじゃない。
「うふふー、じゃあ卒業試験よ。クロクロとウィーウィー、ひよっこちゃんたちがどれだけ強くなったか、見てあげようかにゃー」
教官殿の笑顔。
怖い。
けど、体は動く。
行ける。
「ふっ!」
真正面。突っ込む。狙いは顔面。避けられる。当然だ。反撃。来ない。ウィットだ。避けた先にいる。回り込む。蹴り。避けられた。だがすぐにウィットが続く。
「なか、なかっ!」
教官殿が、笑みの色を濃くする。
まだ余裕がある。
当然だ。
相手は傷らしい傷がなく、疲れという疲れがない。
対してこちらは満身創痍。つまり長期戦は不利。
だから一気に決めに行く。
距離を取られた。
だから自分とウィットが真正面から突っ込む。相手もそれを迎撃の構えを取った。
私とウィットが同時に左右に別れた。合図してのことではない。なんとなくあいつならそうすると思ったからそうしただけ。
単純な目くらまし。きっと教官殿はコンマ数秒で反応する。
だが、そのコンマ数秒が私たちの勝機。
ウィットが先に行く。
一撃の威力を考えて、あいつ自分よりも私の方が可能性があると踏んでのことだろう。そういう冷静な部分も鼻につく。
隊長殿は先にウィットを始末しようとそちらに向いた。
ウィットが行く。だが、遅れた。
「がっ!」
ウィットが息を詰まらせる。
彼の攻撃より先に、教官殿の拳がその胸に突き刺さっていた。
だがウィットは奇襲が破られることも想定済みだった。
突き出された教官殿の右腕をガッチリと抱え込み、相手を回避も反撃も受け身も取れない状態にする。
「やれ、クロエ!」
「しま――」
「あああああああ!」
渾身の一発。
全身全霊で放った一撃。
これが外れたらもう後はない。
これで倒れなかったら勝ち目はない。
だからこそ、全てを乗せた拳を放つ。
その拳が教官殿のわき腹に突き刺さる刹那――
「成長したね」
教官殿の体が弾けた。
そのままステージを転がって、端のところでようやく制止した。
動かない。
同時、ウィットもその場で力尽きたように倒れこんだ。
『か……完全決着ぅぅぅぅ! 第2種目格闘バトルロイヤルの勝者は赤チーム、オムカ王国のクロエ選手だぁぁぁぁぁぁ!』
喚声が沸き起こる。
けどそれに応える気も起きない。
手を挙げることすら辛い。
全身全霊を込めて打った一撃。
もう二度とできないだろう。
いや、あるとしたら一度だけ。
隊長殿を命に代えて守るその最期の時だけだ。
「貴様の勝ちだ……胸を張れ」
座り込んだウィットが拳で私の足を叩く。
「ウィット……」
「ふん! 今回だけだからな! 次は負けん!」
この負けず嫌い。
でも正直、こいつがいなかったらこの勝利はなかった。2人で勝ち取った勝利とか言ったら、こいつはまた嫌な顔をするんだろうな。うわ、自分で言って鳥肌立った。
「いやー、負けたわー。こんなに強くなって、このっ! このっ!」
「ちょ、教官殿! 痛い痛い! てかなんで元気!?」
「いや、空元気。もう今すぐぶっ倒れたい。けどクロクロをいじりたいから死ぬ気で動いてる」
もう訳が分からないこの人。
「てかあんた。いつまで教官殿とか言ってるわけ? あんたももう軍人でしょう。ならあたしを呼び捨てにするくらいの気概は持ちなさいよ。2人がかりにせよ、超運がよかったにせよ、二度と起こりえない大奇跡だったにせよ、あたしが実力の半分も出してなかったにせよあたしに勝ったんだから」
なんかすんごい言い訳を聞いてるような気もする。
まぁ、確かに同じことをしようと思っても出来ないとは思うけど。
「――あんたももう、一人前でしょ」
それは、なんだか衝撃的な言葉だった。
今まで彼女ですら雲の上の存在だったのが、こうも降りて来てくれるとは。いや、それとも手前みそながら、私が上がっていったのか?
嬉しいような恥ずかしいような、そんな気持ちがこみ上げてくる。
しかも教官殿を呼び捨てなんて。
いざ面と向かって言うとなるといささか気恥ずかしいものがある。
ええい、ままよ!
「分かった。その……ニーア」
「…………うわ、なんかちょっとゾッとした! なにそれ、やっぱムカつくからなし! あんたはずっと教官殿って呼んであたしを敬えし!」
「はぁ!? そっちが言ったんでしょうよ! なのに速攻前言撤回とか恥ずかしくないんですか!? もうこうなったら意地でも呼んでやる、このニーアニーアニーアニアニアニアニアニア!」
「ニアニアうるさい! あんた、本当良い性格になったわね。これもジャンヌ効果ってわけ?」
「それだったらそっちもそうでしょうが! あのナイフみたいな雰囲気がこうも丸くなっちゃって。ジャンヌー、ジャンヌーって恥ずかしくないんですか!?」
「それを言うならあんたも隊長殿隊長殿ってうるさいのよ! しかもあんた最近エスカレートしすぎてない? こないだだってジャンヌの格好見て鼻血出してたでしょ!」
「ちょ、それを言うならそっちだって――」
「あー、2人とも。こんな衆人の前でそんなことを――」
「「うるさい!」」
ウィットへの怒りが同時だった。
あぁ、もう本当にこの人は。
うるさくてわがままで傍若無人で隊長殿大好きで。
それでも憎めない。
嫌いになれない。
あーあ、もう。しょうがないから今度から普通に名前で呼ぼう。
そうしたら、またこんな風に笑って過ごせる。
そんな気がするから。
//////////////////////////////////////
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ジャンヌと出会って1年。それぞれの成長譚という形での3編となります。彼らの頑張りを見守っていただけると幸いです。
また、いいねやお気に入りをいただけると励みになります。軽い気持ちでもいただけると嬉しく思いますので、どうぞよろしくお願いします。
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勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。
ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。
「おい雑魚、これを持っていけ」
ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。
ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。
怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。
いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。
だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。
ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。
勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
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