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第3章 帝都潜入作戦
閑話2 ブリーダ(それぞれの運動会)
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馬蹄の音が響く。
ここは王都郊外にあるレース場。
といっても簡単な柵が張り巡らされた即席のそれにすぎない。
1周1000メートルほどの長さを3周して、一番最初にゴールした者が勝ちというレースだ。
とはいえ軍師殿と違うチームになったのは少し歯がゆい。
自分の勝利が彼女の敗北になるということだから。
「けど、負けるわけにはいかねっす」
それはプライド。本業ともいえる騎馬乗りが、こんなレースで負けたとあっては沽券にかかわる。
「いいや、このレースはこのわたしがいただく!」
突如、横合いから男がにゅっと出てきた。
青髪を肩まで垂らしたほりの深い暑苦しそうな男。ただ身長は自分より高くて、盛り上がる筋肉も自分とは比じゃない。
うわぁ、なんか変な奴が来たっすねぇ。
服装的にビンゴ王国の者だろうか。あっちは高山が多く、厚手のものを着ているから。少し暖かくなってきたとはいえ、まだ気温的にも涼しい。そして青色の鉢巻をしていることから、軍師殿と同じチームということは分かった。
「お前がオムカ王国の遊撃隊隊長のプリンダーだな!」
「え、いや自分はブリーダっすけど……誰っすか」
「分かっている! プリンダー! 次のレースで勝負だ!」
「いやだから自分はブリーダ」
「ふっ、みなまで言うなプリンダー! シータ王国はもともと船の国。騎馬には疎いだろう。つまりこの戦い、ビンゴ王国とオムカ王国のエース、すなわちわたしとお前、その一騎討ちになるということを!」
「えっと、だから誰すか?」
「つまり、今日がお前の命日! 去年はオムカにしてやられたが、このわたしが来たからには勝利は全てビンゴ王に捧げる! はっはっは! 首を洗って待っていたまえ!」
豪快に笑い声をあげて去っていく。
いやだから誰なんすか。
そして俺はブリーダっすから。
もういいや。
別にあいつに名前を憶えてもらう必要もないし。
レースが始まった。
組み合わせは各チームから3人ずつ、計9人がレースを行っていき、上位2名が決勝へと駒を進める。
それを5回行い、決勝は10人がレースを行うという仕組みだ。
自分は3回目。
あの男は……名前を知らないから知ることはない。どうでもいいや。
そして自分のレースの番が来た。
「さって、頑張るっすか」
愛馬のアテナイに語り掛ける。
王都を追われ、あの鉱山に身を隠していたころから付き合いのある馬で、いつもこうして語らっていた。そろそろ現役を引退して、乗り換えるべきだと思うが、それを嫌がるように彼女はいつも全力で走り続ける。
彼女には多くを語った。
父の無念。自分の境遇。軍師殿との出会い。爺との思い出。独立のこと。南郡のこと。これまでのことすべてだ。
彼女は言葉が分かるように、ただそれを黙って聞いてくれた。嬉しいことも悲しことも辛いことも楽しいことも全て共有してきた。
別に友達がいないとかそういうわけじゃないっすからね。一応。
それで心を通わせた彼女は、自分が何も言わなくても動くようになってくれた。そして彼女はいつだって全力で走ってくれる だから負けるはずがない。
『予選第3回戦! 圧倒的! 圧倒的な差で赤チーム、オムカ王国のブリーダ選手がゴールぅぅぅ! これは強い! さすが優勝候補! 第2回戦で強さを見せたビンゴ王国のクリッド・グリード選手とどちらが早いのか!? これは決勝が見ものです!』
ふーん、ビンゴ王国っすか。
まさかあいつじゃないっすよね。
そして全5回の予選が終わり、休憩を少し入れてから、決勝が始まった。
アテナイと一緒に開始線へと向かう。
「ふっふっふ、また会ったな! プリンダー! いや、必ず上がってくると思ったぞ!」
「あぁ、あんたっすか。てかあんた誰っすか」
「なっ……ビンゴ王国に燦然と煌めく期待の新星、クリッド・グリードを知らぬというのか!?」
あぁ、やっぱりこいつが。
まぁ、別に聞いたこともないし、どうでもいいっすけど。
「ふん、ならばなおさら今日がお前の命日だ! このわたしと愛馬ビッグブボンの名と力、その目に焼き付けるがいい!」
「命日なのか、焼き付けるのか、どっちなんすか」
こいつの力量は正直分からない。
けど彼の乗っている馬。その異様は最初から気になっていた。
他のどの馬より一回り大きいのだ。そして無駄のない筋肉にすらりとしたプロポーション。それだけでただの馬でないことが分かる。
「ふっふっふ。我が愛馬に目を奪われているな? これはわたしが最強の騎馬隊を作るために、帝国領北方のヴィー地方から仕入れた外国産の汗血馬だ! 北の厳しい環境で鍛えられたこの馬でのみ編成された我が騎馬隊は、10倍の敵を屠ることも容易い最強の騎馬隊である! 同盟国となってはその力をお前に見せることは出来んが、その速さと力強さを思い知ってもらおう!」
くっ、確かにこの馬は伊達じゃない。
てかこんなのが100頭とまともにぶつかれば、こちらが500いたとしても苦戦するだろう。
けど――
「勝敗は力以外のところで決するんすよ。それを教えてやるっす」
そう、どんな兵力差でも、難しい戦でも、彼女はそれをことごとく覆してきた。
それを間近で見てきたのだから、自分もそれに応えないわけにはいかない。
「ふん、生意気な口を利く。いいだろう、その挑戦受けて――うぉ!?」
「あ、すみません。そこ自分のスタート地点なんで」
第2回戦2位の選手が間に入ってきたため、クリッドはバランスを崩して落馬しそうになっていた。
なんともしまらないやつっすなぁ……。
『さぁ、第3種目競馬の決勝戦が間もなくスタートします! 各馬スタートラインに立ちました! ルールは簡単。1000メートルのトラックを先に3周した馬が優勝です!』
「一緒に頑張るっすよ」
アテナイに語り掛ける。
その言葉が通じたように、アテナイはぶるると小さく首を振った。
審判役の旗振りが、旗を上げた。
ごくり、と唾を飲み込む。
この走り出すまでの間が、なんともむずかゆい。
戦場ならば、機を見て突っ込むことはできるが、こんなじらされている感じがどうにも――
『旗が振られたぁ! 各馬一斉にスタート……おぉ!? これは優勝候補のブリーダ選手! 出遅れた!』
「やっちまったっす!」
慌ててアテナイを走らせる。
なにやってんだか、と呆れたような走り出しだった。
この展開はマズい。
アテナイは典型的な逃げ馬だ。戦場でも先に飛び出して突っ込む動きは得意だが、追撃戦とかはそこまで得意じゃない。意外と粘り気が足りない時もある。
だからこそスタートこそが前に抜け出るチャンスなわけだったが。
「すまねっすね。ちょっと気張りましょうか」
アテナイに声をかけると、それを理解したように速度を上げた。
『先頭はこちらも優勝候補、ビンゴ王国のクリッド選手! これまた速い! すでに後続と10馬身は差があるぞ! おおっと! 出遅れたブリーダ選手も追い上げて来る! だがまだ1周目の半分もないのに大丈夫か!?』
問題ない。
アテナイの追う事への粘り気は足りないが、先頭で他の馬を引き連れて走る分にはいつまでも走っていられるほどのスタミナを持っている。
もちろん全力を出せば、それこそもたない。だが他の馬を見る限り、速歩程度でも抜ける。
勝負はあのクリッドとかいう奴。
なるほど、確かに速い。けど、相手もあの速度でどこまでスタミナが持つかだ。
10頭の中盤まで追い上げた。
これ以上はもう少しスピードを出さないと難しそうだ。ここで休ませるように、他の馬の後ろに合わせた。馬の陰に隠れて風をよけ、少し休息するのだ。
1周目の終わりが見えた。
あと2周。
まだ他の馬は仕掛けない。
半分もいっていないのだ、当然だ。
半分まで来た。
そこで動きがあった。
前に出る馬、遅れる馬、それらの違いが出てきたのだ。
風の防御壁にしていた馬も若干遅れ始めた。
これに合わせると、アテナイのリズムが狂う。
もう行こう。
思った瞬間には、アテナイが動いた。
横に出てその馬を追い抜く。
そのまま加速に入った。
あと3頭。そしてクリッド。
徐々に、だが着実に前との差を縮めていく。
追い抜いた。残り2頭。
そこで3周目に入った。
『さぁ、先頭集団がラストの3周目に入ったぁ! だがまだクリッド選手が速い! 同時に観客のテンションもピーク! のこり1000メートル! 果たして勝利の栄冠を手に入れるのはどの馬か!?』
歓声が響く。
それに少しアテナイが驚いたようだ。
大丈夫だ。この程度の声。お前はいつも戦場で駆け抜けていただろ。だから行ける。そしてたてがみを撫でてやる。
それに応えるようにアテナイが加速した。
抜いた。残り1頭。そして残りおよそ700。
そろそろ行けるか。
いや、まだか。
ぐんっとアテナイが速度を上げた。
行くのか。
そうか、ここから仕掛けないと無理とみたのか。
なら行こう。
抜いた。
残りは前。クリッド。
まだ5馬身ほどあるが、いける。
差が縮まる。
アテナイが頑張っている。
「さすが我がライバルと見込みし男! スタートからよく持ちなおした! だが!」
クリッドの馬体が大きく揺らいだ。
いや、近づいてくる。
これは!
「避けるっす!」
アテナイに体を寄せる。
彼女も敵意を感じ取ったのか、進路を左にずらす。
だが遅い。
接触した。
「ぐっ!!」
激しい衝撃。落馬しなかったのが幸いだ。
あの一回り以上巨大な汗血馬に体当たりされたら、吹っ飛ばされてもおかしくはない。
『おおっと! クリッド選手がブリーダ選手に体当たりぃ! しかし、この競技は馬による体当たりは認められています! 騎馬隊同士の戦いなら常識ですからね!』
ほぉ、そういうことっすか。つまりこれはレースではなく戦。なら、この自分が負けるわけにはいかないっす。なんていったって、あの軍師殿の薫陶を受ける身っすからね!
体勢は崩したが、致命的ではなかった。
さすが老練なアテナイは、すぐに呼吸を取り戻して速度を上げる。
「うぬぬ、小癪な! これで!」
再び潰そうと来る。
アテナイが速度を落とした。それで相手の体当たりは空振りすることになる。
そのままインコースに入った。
「ええい、ちょこまかと!」
「勘違いするなっす。これはレースっすよ!」
「だからこそだろう!」
何がだ。
残り300。
最後の直線。ゴールはすぐそこだ。
「これでとどめだ!」
この何か勘違いしている馬鹿をどうにかすれば勝てる。
体当たりが来る。速度を落とすことも視野に入れ、斜め後ろから来る。
ならば、とアテナイが速度を上げた。
「なにっ!?」
クリッドが驚愕の声をあげる。
まだ脚が残っていたことに驚いたのだろう。
それが隙になった。
破壊音。
振り向くと、クリッドの馬が柵を壊してコースの中に突入していった。その際の怪我で興奮しているのか、ひときわ大きい馬が暴れ狂う。
「あの馬鹿っ!」
焦燥がアテナイに伝わったのか。
考えてることが伝わったのか。
アテナイが弧を描くように動いて、柵を飛び越した。着地する。そのままクリッドの馬に突進する。
クリッドの巨体が投げ出された。
頭から落ちる。受け身を取れたとしても大怪我は必至だろう。
「アテナイ!」
叫ぶ。応えて速度を上げる。
どこに行けばいいのか、何をすればいいのか彼女は分かっている。
だから自分は手綱を放し、鐙にしっかりと足を噛ませる。
宙を弧を描くようにして落下するクリッド。
3……2……1……
「ぐっ! 重っ!」
衝撃が伝わる。アテナイに負荷をかけないよう膝のバネを使ったつもりだが、それにどれだけ効果があったか分からない。
「無事っすか」
「お、お前……」
「違う、お前じゃないっす。アテナイっす。あんたはさっさと降りるっす」
放り出すようにクリッドを地面に足から落とす。
アテナイが速度を落としていたからあまり衝撃もなかっただろう。
自分もそれに続いて降りると、アテナイに怪我がないかを見て回る。
どうやら無事のようだ。
顔を近づけてきたので、ゆっくり撫でてやった。
「お前、なんで俺を……」
クリッドが地べたに座りながら聞いてきた。
「あ、生きてたっすか。んじゃあいいっす」
「違う! あのままだったらお前が勝っていた! なのになんでこんなことをした!?」
そんなこと言われても自分でも分からない。
なんとなくそうしたとしか答えようがない。
「まぁいいじゃないっすか。ほら、そっちの馬もゴメンってことっすよ」
ようやく落ち着いたらしいクリッドの馬がトコトコとやってきて、クリッドの顔を舐めた。
自分はそれだけ見てアテナイの方へ向き直る。
「…………ふん、ならこれは借りにしてやる!」
「はいはい、いつか返してくれっす」
「いずれはライバルのお前とは決着をつけるのだからな! 帝国なんかに負けるんじゃないぞ!」
「へいへい、負けねぇっすよ。そっちこそ勝手に死なないでくれっす」
「……ふん!」
クリッドが馬と共に去っていくのを耳で聞いた。
「ふぅ……怖かったすねぇ、大丈夫っすか」
アテナイは鼻を鳴らす。
本当に言葉が通じているのかとたまに思う。
けど本当は何も通じていないのかもしれない。
ただ、自分の挙動、顔色、心拍、そういったものを感じ取って馬の方も反応しているのかもしれないけど。
「あーあ、負けちゃったすねぇ」
けどどこかスッキリとした気分だ。
何かを感じ取ったのか、アテナイが頬を舐めてくる。
生暖かい体温をもったもの。くすぐったい気持ちで思わず笑みがこぼれる。
家族。爺。部下。仲間。憧れ。同僚。友人。君主。
そのどれにも属さないカテゴリ。
ライバル。
やれやれ、面倒なやつに目をつけられたみたいっす。
「生きなきゃっすね」
ただ――悪い気はしなかった。
//////////////////////////////////////
ここまで読んでいただきありがとうございます。
それぞれの成長譚の2つ目となります。ジャンヌと出会ってから1年。彼らの頑張りを見守っていただけると幸いです。
また、いいねやお気に入りをいただけると励みになります。軽い気持ちでもいただけると嬉しく思いますので、どうぞよろしくお願いします。
ここは王都郊外にあるレース場。
といっても簡単な柵が張り巡らされた即席のそれにすぎない。
1周1000メートルほどの長さを3周して、一番最初にゴールした者が勝ちというレースだ。
とはいえ軍師殿と違うチームになったのは少し歯がゆい。
自分の勝利が彼女の敗北になるということだから。
「けど、負けるわけにはいかねっす」
それはプライド。本業ともいえる騎馬乗りが、こんなレースで負けたとあっては沽券にかかわる。
「いいや、このレースはこのわたしがいただく!」
突如、横合いから男がにゅっと出てきた。
青髪を肩まで垂らしたほりの深い暑苦しそうな男。ただ身長は自分より高くて、盛り上がる筋肉も自分とは比じゃない。
うわぁ、なんか変な奴が来たっすねぇ。
服装的にビンゴ王国の者だろうか。あっちは高山が多く、厚手のものを着ているから。少し暖かくなってきたとはいえ、まだ気温的にも涼しい。そして青色の鉢巻をしていることから、軍師殿と同じチームということは分かった。
「お前がオムカ王国の遊撃隊隊長のプリンダーだな!」
「え、いや自分はブリーダっすけど……誰っすか」
「分かっている! プリンダー! 次のレースで勝負だ!」
「いやだから自分はブリーダ」
「ふっ、みなまで言うなプリンダー! シータ王国はもともと船の国。騎馬には疎いだろう。つまりこの戦い、ビンゴ王国とオムカ王国のエース、すなわちわたしとお前、その一騎討ちになるということを!」
「えっと、だから誰すか?」
「つまり、今日がお前の命日! 去年はオムカにしてやられたが、このわたしが来たからには勝利は全てビンゴ王に捧げる! はっはっは! 首を洗って待っていたまえ!」
豪快に笑い声をあげて去っていく。
いやだから誰なんすか。
そして俺はブリーダっすから。
もういいや。
別にあいつに名前を憶えてもらう必要もないし。
レースが始まった。
組み合わせは各チームから3人ずつ、計9人がレースを行っていき、上位2名が決勝へと駒を進める。
それを5回行い、決勝は10人がレースを行うという仕組みだ。
自分は3回目。
あの男は……名前を知らないから知ることはない。どうでもいいや。
そして自分のレースの番が来た。
「さって、頑張るっすか」
愛馬のアテナイに語り掛ける。
王都を追われ、あの鉱山に身を隠していたころから付き合いのある馬で、いつもこうして語らっていた。そろそろ現役を引退して、乗り換えるべきだと思うが、それを嫌がるように彼女はいつも全力で走り続ける。
彼女には多くを語った。
父の無念。自分の境遇。軍師殿との出会い。爺との思い出。独立のこと。南郡のこと。これまでのことすべてだ。
彼女は言葉が分かるように、ただそれを黙って聞いてくれた。嬉しいことも悲しことも辛いことも楽しいことも全て共有してきた。
別に友達がいないとかそういうわけじゃないっすからね。一応。
それで心を通わせた彼女は、自分が何も言わなくても動くようになってくれた。そして彼女はいつだって全力で走ってくれる だから負けるはずがない。
『予選第3回戦! 圧倒的! 圧倒的な差で赤チーム、オムカ王国のブリーダ選手がゴールぅぅぅ! これは強い! さすが優勝候補! 第2回戦で強さを見せたビンゴ王国のクリッド・グリード選手とどちらが早いのか!? これは決勝が見ものです!』
ふーん、ビンゴ王国っすか。
まさかあいつじゃないっすよね。
そして全5回の予選が終わり、休憩を少し入れてから、決勝が始まった。
アテナイと一緒に開始線へと向かう。
「ふっふっふ、また会ったな! プリンダー! いや、必ず上がってくると思ったぞ!」
「あぁ、あんたっすか。てかあんた誰っすか」
「なっ……ビンゴ王国に燦然と煌めく期待の新星、クリッド・グリードを知らぬというのか!?」
あぁ、やっぱりこいつが。
まぁ、別に聞いたこともないし、どうでもいいっすけど。
「ふん、ならばなおさら今日がお前の命日だ! このわたしと愛馬ビッグブボンの名と力、その目に焼き付けるがいい!」
「命日なのか、焼き付けるのか、どっちなんすか」
こいつの力量は正直分からない。
けど彼の乗っている馬。その異様は最初から気になっていた。
他のどの馬より一回り大きいのだ。そして無駄のない筋肉にすらりとしたプロポーション。それだけでただの馬でないことが分かる。
「ふっふっふ。我が愛馬に目を奪われているな? これはわたしが最強の騎馬隊を作るために、帝国領北方のヴィー地方から仕入れた外国産の汗血馬だ! 北の厳しい環境で鍛えられたこの馬でのみ編成された我が騎馬隊は、10倍の敵を屠ることも容易い最強の騎馬隊である! 同盟国となってはその力をお前に見せることは出来んが、その速さと力強さを思い知ってもらおう!」
くっ、確かにこの馬は伊達じゃない。
てかこんなのが100頭とまともにぶつかれば、こちらが500いたとしても苦戦するだろう。
けど――
「勝敗は力以外のところで決するんすよ。それを教えてやるっす」
そう、どんな兵力差でも、難しい戦でも、彼女はそれをことごとく覆してきた。
それを間近で見てきたのだから、自分もそれに応えないわけにはいかない。
「ふん、生意気な口を利く。いいだろう、その挑戦受けて――うぉ!?」
「あ、すみません。そこ自分のスタート地点なんで」
第2回戦2位の選手が間に入ってきたため、クリッドはバランスを崩して落馬しそうになっていた。
なんともしまらないやつっすなぁ……。
『さぁ、第3種目競馬の決勝戦が間もなくスタートします! 各馬スタートラインに立ちました! ルールは簡単。1000メートルのトラックを先に3周した馬が優勝です!』
「一緒に頑張るっすよ」
アテナイに語り掛ける。
その言葉が通じたように、アテナイはぶるると小さく首を振った。
審判役の旗振りが、旗を上げた。
ごくり、と唾を飲み込む。
この走り出すまでの間が、なんともむずかゆい。
戦場ならば、機を見て突っ込むことはできるが、こんなじらされている感じがどうにも――
『旗が振られたぁ! 各馬一斉にスタート……おぉ!? これは優勝候補のブリーダ選手! 出遅れた!』
「やっちまったっす!」
慌ててアテナイを走らせる。
なにやってんだか、と呆れたような走り出しだった。
この展開はマズい。
アテナイは典型的な逃げ馬だ。戦場でも先に飛び出して突っ込む動きは得意だが、追撃戦とかはそこまで得意じゃない。意外と粘り気が足りない時もある。
だからこそスタートこそが前に抜け出るチャンスなわけだったが。
「すまねっすね。ちょっと気張りましょうか」
アテナイに声をかけると、それを理解したように速度を上げた。
『先頭はこちらも優勝候補、ビンゴ王国のクリッド選手! これまた速い! すでに後続と10馬身は差があるぞ! おおっと! 出遅れたブリーダ選手も追い上げて来る! だがまだ1周目の半分もないのに大丈夫か!?』
問題ない。
アテナイの追う事への粘り気は足りないが、先頭で他の馬を引き連れて走る分にはいつまでも走っていられるほどのスタミナを持っている。
もちろん全力を出せば、それこそもたない。だが他の馬を見る限り、速歩程度でも抜ける。
勝負はあのクリッドとかいう奴。
なるほど、確かに速い。けど、相手もあの速度でどこまでスタミナが持つかだ。
10頭の中盤まで追い上げた。
これ以上はもう少しスピードを出さないと難しそうだ。ここで休ませるように、他の馬の後ろに合わせた。馬の陰に隠れて風をよけ、少し休息するのだ。
1周目の終わりが見えた。
あと2周。
まだ他の馬は仕掛けない。
半分もいっていないのだ、当然だ。
半分まで来た。
そこで動きがあった。
前に出る馬、遅れる馬、それらの違いが出てきたのだ。
風の防御壁にしていた馬も若干遅れ始めた。
これに合わせると、アテナイのリズムが狂う。
もう行こう。
思った瞬間には、アテナイが動いた。
横に出てその馬を追い抜く。
そのまま加速に入った。
あと3頭。そしてクリッド。
徐々に、だが着実に前との差を縮めていく。
追い抜いた。残り2頭。
そこで3周目に入った。
『さぁ、先頭集団がラストの3周目に入ったぁ! だがまだクリッド選手が速い! 同時に観客のテンションもピーク! のこり1000メートル! 果たして勝利の栄冠を手に入れるのはどの馬か!?』
歓声が響く。
それに少しアテナイが驚いたようだ。
大丈夫だ。この程度の声。お前はいつも戦場で駆け抜けていただろ。だから行ける。そしてたてがみを撫でてやる。
それに応えるようにアテナイが加速した。
抜いた。残り1頭。そして残りおよそ700。
そろそろ行けるか。
いや、まだか。
ぐんっとアテナイが速度を上げた。
行くのか。
そうか、ここから仕掛けないと無理とみたのか。
なら行こう。
抜いた。
残りは前。クリッド。
まだ5馬身ほどあるが、いける。
差が縮まる。
アテナイが頑張っている。
「さすが我がライバルと見込みし男! スタートからよく持ちなおした! だが!」
クリッドの馬体が大きく揺らいだ。
いや、近づいてくる。
これは!
「避けるっす!」
アテナイに体を寄せる。
彼女も敵意を感じ取ったのか、進路を左にずらす。
だが遅い。
接触した。
「ぐっ!!」
激しい衝撃。落馬しなかったのが幸いだ。
あの一回り以上巨大な汗血馬に体当たりされたら、吹っ飛ばされてもおかしくはない。
『おおっと! クリッド選手がブリーダ選手に体当たりぃ! しかし、この競技は馬による体当たりは認められています! 騎馬隊同士の戦いなら常識ですからね!』
ほぉ、そういうことっすか。つまりこれはレースではなく戦。なら、この自分が負けるわけにはいかないっす。なんていったって、あの軍師殿の薫陶を受ける身っすからね!
体勢は崩したが、致命的ではなかった。
さすが老練なアテナイは、すぐに呼吸を取り戻して速度を上げる。
「うぬぬ、小癪な! これで!」
再び潰そうと来る。
アテナイが速度を落とした。それで相手の体当たりは空振りすることになる。
そのままインコースに入った。
「ええい、ちょこまかと!」
「勘違いするなっす。これはレースっすよ!」
「だからこそだろう!」
何がだ。
残り300。
最後の直線。ゴールはすぐそこだ。
「これでとどめだ!」
この何か勘違いしている馬鹿をどうにかすれば勝てる。
体当たりが来る。速度を落とすことも視野に入れ、斜め後ろから来る。
ならば、とアテナイが速度を上げた。
「なにっ!?」
クリッドが驚愕の声をあげる。
まだ脚が残っていたことに驚いたのだろう。
それが隙になった。
破壊音。
振り向くと、クリッドの馬が柵を壊してコースの中に突入していった。その際の怪我で興奮しているのか、ひときわ大きい馬が暴れ狂う。
「あの馬鹿っ!」
焦燥がアテナイに伝わったのか。
考えてることが伝わったのか。
アテナイが弧を描くように動いて、柵を飛び越した。着地する。そのままクリッドの馬に突進する。
クリッドの巨体が投げ出された。
頭から落ちる。受け身を取れたとしても大怪我は必至だろう。
「アテナイ!」
叫ぶ。応えて速度を上げる。
どこに行けばいいのか、何をすればいいのか彼女は分かっている。
だから自分は手綱を放し、鐙にしっかりと足を噛ませる。
宙を弧を描くようにして落下するクリッド。
3……2……1……
「ぐっ! 重っ!」
衝撃が伝わる。アテナイに負荷をかけないよう膝のバネを使ったつもりだが、それにどれだけ効果があったか分からない。
「無事っすか」
「お、お前……」
「違う、お前じゃないっす。アテナイっす。あんたはさっさと降りるっす」
放り出すようにクリッドを地面に足から落とす。
アテナイが速度を落としていたからあまり衝撃もなかっただろう。
自分もそれに続いて降りると、アテナイに怪我がないかを見て回る。
どうやら無事のようだ。
顔を近づけてきたので、ゆっくり撫でてやった。
「お前、なんで俺を……」
クリッドが地べたに座りながら聞いてきた。
「あ、生きてたっすか。んじゃあいいっす」
「違う! あのままだったらお前が勝っていた! なのになんでこんなことをした!?」
そんなこと言われても自分でも分からない。
なんとなくそうしたとしか答えようがない。
「まぁいいじゃないっすか。ほら、そっちの馬もゴメンってことっすよ」
ようやく落ち着いたらしいクリッドの馬がトコトコとやってきて、クリッドの顔を舐めた。
自分はそれだけ見てアテナイの方へ向き直る。
「…………ふん、ならこれは借りにしてやる!」
「はいはい、いつか返してくれっす」
「いずれはライバルのお前とは決着をつけるのだからな! 帝国なんかに負けるんじゃないぞ!」
「へいへい、負けねぇっすよ。そっちこそ勝手に死なないでくれっす」
「……ふん!」
クリッドが馬と共に去っていくのを耳で聞いた。
「ふぅ……怖かったすねぇ、大丈夫っすか」
アテナイは鼻を鳴らす。
本当に言葉が通じているのかとたまに思う。
けど本当は何も通じていないのかもしれない。
ただ、自分の挙動、顔色、心拍、そういったものを感じ取って馬の方も反応しているのかもしれないけど。
「あーあ、負けちゃったすねぇ」
けどどこかスッキリとした気分だ。
何かを感じ取ったのか、アテナイが頬を舐めてくる。
生暖かい体温をもったもの。くすぐったい気持ちで思わず笑みがこぼれる。
家族。爺。部下。仲間。憧れ。同僚。友人。君主。
そのどれにも属さないカテゴリ。
ライバル。
やれやれ、面倒なやつに目をつけられたみたいっす。
「生きなきゃっすね」
ただ――悪い気はしなかった。
//////////////////////////////////////
ここまで読んでいただきありがとうございます。
それぞれの成長譚の2つ目となります。ジャンヌと出会ってから1年。彼らの頑張りを見守っていただけると幸いです。
また、いいねやお気に入りをいただけると励みになります。軽い気持ちでもいただけると嬉しく思いますので、どうぞよろしくお願いします。
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おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!
僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?
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――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。
しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。
自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。
へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/
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俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
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ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
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