知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第4章 ジャンヌの西進

閑話2 長浜杏(エイン帝国大将軍)(後)

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「ジャンヌ・ダルク!」

 何故ここにいるか。それは考えなかった。
 剣、はない。
 だから物理攻撃に出た。蹴り上げる。派手な音を立ててテーブルがひっくり返った。

「なんですの!? 何が起きているのですの!?」

 クリスティーヌの悲鳴。
 構わない。行く。相手はまだ椅子に座って悠然ゆうぜんとカップに口をつけている。

 だからその喉首に向かって手を伸ばし、後はその細首をキュッとねじりあげるだけで作業は終了。
 だが――

「まぁまぁ、そう焦らないで」

 首に、圧迫感。それが人の手だと分かった時、体の熱が急激に冷めるのが分かる。
 目の前の人物が消えていた。

「落ち着いて深呼吸しよう、ね?」

 耳元で声。
 今まで目の前にいた人物が、いつの間にか自分の背後にいるという恐怖。
 生殺与奪の権利を相手に奪われているという恐怖。
 添えられた手には、人間らしい温かみが一切ないという恐怖。

 恐怖×恐怖×恐怖。
 そんな恐怖の乗算に、僕様ともあろう者が動けない。

 戦場でここまでの恐怖を味わったことはなかった。
 いや、2人いた。
 煌夜と美柑ちゃん。
 そして新たな3人目がここにいる。

「…………」

 どうする。
 といってもこのまま殺されるなんてまっぴらごめんだ。

 なら――

「ふふふ、ははは! ちょっと脅かしすぎたかな」

 パッと喉から圧迫感が消える。
 同時、喉を抑えながら振り向いた。

 そこにジャンヌ・ダルクがいた。
 いや、違う。この人物は、何かが違う。

「お前、誰だ」

 再び問う。
 姿かたちは変わっていないのに、まるで別人のような気配。
 何よりスキル『神算鬼謀』で見える矢印がハンパない。
 前後左右どころか、数えるのも馬鹿らしくなるくらいの矢印がこの少女から出ている。
 どれだけ周囲に気配を配ればこうなるんだ。

 それでも少女はただ僕様に向かって笑みを濃くし、そして深々と礼をしながらこう言った。

「はじめまして、大将軍様。わたくし、エイン帝国の名無しノーネームと申す者。特技は変装。趣味は暗殺。以後、お見知りおきを」

名無しノーネーム……!」

 そういえば聞いたことがある。
 暗殺者のプレイヤーがいるというのを。

「オムカの総司令官は病死ということだけど、実際は暗殺されたとか。それは――」

「ああ。本当はジャンヌ・ダルクをろうと思ったんだけど、ちょっとした手違いだよ」

 口調が砕けた。こちらが地なのだろう。

「趣味が悪いね」

「いや、ごめんごめん。悪気はないんだ。なにせ、ボロ負けした大将軍様に初めて会うから。どうしたらインパクトでかいかな、って思ってさ」

 十分最悪じゃんか。

「その隠密、それがお前のスキル?」

「違うよ。これは特技。スキルはもっと別のところにある」

 そういうものか。
 いや、もうそれ以上は聞かないでおこう。協調性のないこの連中でも、あまり突っ込んだ質問はしないという不文律はあるのだ。

「で? その暗殺者様が何の用?」

「冷たいなぁ。ちょっとした余興じゃんか。くひゃひゃ」

 何が面白いのか。歪んだ笑みがどことなく不気味だった。

「ふひゃ。単に大将軍様に挨拶に来ただけさ。同じ獲物を狙う相手として」

 同じ獲物……考えるまでもない。

「ジャンヌ・ダルク」

「そういうこと。俺の狙いはあいつ。大将軍様の狙いもあいつ。なら早い者勝ちっていうことさ。ただ俺のは不意打ちになりかねねぇからな。そこらへんでいちゃもんつけられたら困るってことで、先に話を通しに来たんだよ」

「律儀な暗殺者だね」

「俺たちの根底にあるのは信義だからな。信義なくてこの家業はなりたたねぇのさ」

 家業。元からということか。
 いや、駄目だ。あまり考えるな。

 はぁ、やれやれ。
 やり方は別として、腕は確かなのだろう。でなければオムカ王国の中枢に忍び込んで暗殺などできるはずがない。
 確かに不意打ちで暗殺されるよりは、まだこうやって挨拶しにきたのは評価に値する。

「分かったよ。早い者勝ちだな」

「くひゃ! そう、早い者勝ちだ。物分かりのいい大将軍様でよかったぜ」

「悪かったらどうするつもり?」

「さぁ。ただ、次のターゲットが増えるだけさ」

「やれると思ってる?」

られないとでも思ってるのか?」

 気が張り詰めた。
 剣はない。さらに相手は一瞬でこちらの後ろを取るほどの手練てだれ。
 だがそうと分かって対処するのでは勝手が違う。

 腰を落とす。心気を静めて冷静に相手の動きを見る。
 矢印が凝縮していく。
 そして、気が満ちる――その時だ。

「ちょおっと待ちなさい! 貴女たち! このわたくしを差し置いて、美を競うのは!」

 クリスティーヌぅぅぅ……。
 突如の乱入者に、一気に空気が弛緩しかんする。

「へっ、る気が失せた」

「元からやるつもりなかったでしょ」

「ばれた?」

「さぁね。それよりただ――」

 2人でクリスティーヌに視線を向ける。
 コルセットタイプの白の水着。
 スタイルはそこそこいい。
 だけど強調するはずの胸元は……。

「競うほどの美、かな?」

「いや、ねーな。俺の方がまだマシだ」

「な、ななななんですの! このわたくしに無礼ですわ! てゆうか貴女、どこの誰ですか!」

 そこからかよ……。

「はっ、なら俺の美を堪能するがいい! スキルによる圧倒的肉体改造! これが本物の美だ!」

 名無しノーネームマントをはぎ取る。
 マントがその体を隠した一瞬、その後に現れたのは水着姿に着替えていた名無しノーネームだ。

 なぜか水着の右胸に『殺』という文字が生々しいフォントで書かれている、とても自己主張の激しい暗殺者だった。

 てか今スキルって言った!?
 しかも肉体改造ってはっきり言った!?

 さっきまでの剣呑けんのんな空気はどこへやら。
 なんだろう、名無しノーネームもこの馬鹿と同じ匂いがするぞ。

「はっ、結局ちんちくりんではないですか。よくもまぁそれで本物の美を語れますわね」

「おいおい、この美が分からねーなら、てめぇも解体バラしてやらねぇといけねーやつか?」

薔薇バラは美しさの化身。しかしその花には棘があることを教えてあげましょう、アラン!」

 あー、今度はこっちかよ。もう滅茶苦茶だ。
 てかやっぱりここで水着を競ってるって、なんか不毛だよな。
 男連中、まともなのいないし。

 どうしようかな。ここはもう逃げようかな。
 逃げは恥じゃない。
 味方の被害を可能な限り減らして、次の戦いへつなげる高度な戦略だ。
 そう、戦略的撤退というやつだ。

 なんて考えていた時だ。
 現れた1人の人物によって、すべてが破壊されることになる。

「何を騒いでいる?」

 声が来た。
 そして圧力が来た。

「……っ!」

「……」

 クリスティーヌと名無しノーネームが黙り込む。
 たった一言で殺気立った連中を止める奴を僕様は1人しか知らない。

 元帥だ。美柑ちゃんだ。
 いつの間に帰ってきたのか、と思ったが、それ以上にその格好に時が止まった。

 ただの紺色の競泳水着。
 だがその完璧なプロポーションにより、他を圧倒する気を放っている。

 線の細いタイプのクリスティーヌとは正反対。
 圧倒的な肉体美に、完璧なスタイルが共存したこれ以上ないほどの完成度。
 何より女性としての実力も他に追従を許さないほどの強大。

 誰もが言葉を失い、自信を喪失するほどの圧倒的戦力差。
 元帥が率いる10万の精鋭に、100人で戦えと言われるようなものだ。

「ん、どうした。急に静かになって」

「あー、いや。元帥。戻ってきたんだ」

「あぁ。ビンゴ王国はもう終わったからな。後始末は任せて戻ってきた。それほど元帥が帝都を開けるわけにはいくまい」

 ビンゴ王国が終わった?
 かなり攻め込んだって聞いてたけど、もしかして行くところまで行ったってこと!?

「そっちも手痛くやられたそうだが、無事でなによりだ」

「あ、あぁ」

「後で話を聞かせてくれ。では、少し泳いでくる」

「う、うん。行ってらっしゃい」

 それ以上はあまりの戦力差に、何も言えなくなってしまった。

 てかなに?
 滅ぼした?
 ビンゴ王国を?

 はっ、相変わらず次元が違うなあの人。
 僕様に恐怖を味合わせた数少ない人間。

「ちんちくりんたち、この勝負はお預けですわ」

「ふん。俺の実力はこんなもんじゃねーし」

 完全に毒気を抜かれたのか、2人とも大人しくなってしまった。
 その気持ち、分からなくもない。

 だって元帥だもの。


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帝国側の水着回後編です。
どこか殺伐としていますが、これはこれで仲がいいということだと思っています。

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