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第4章 ジャンヌの西進
閑話8 マツナガ(オムカ王国宰相)
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人の心というのは、どうしようもないほどに複雑怪奇だと感じる。
利益を求める者。
名声を求める者。
欲望を満たす者。
義を重んずる者。
それらは別々のように見えて、実はどこかで収束している。
むしろ、1個の人間の中にそれらは並んで共存していると言っていいでしょう。
共存していて、それでいて時によりどれかが強くなったり弱くなったりする。
利益を求めていた者が、急に義に目覚めたり。
義を貫いていた者が、欲望に堕したり。
千差万別でありながら変幻自在の流動体。
それが人間の本質。
その多様性ゆえに複雑。
その多様性こそが怪奇。
ま、だからこそ。私みたいな者の言葉に踊らされる人間が多いわけなんですが。
多いということは、そんな中でもまったくぶれずに生きる人間というのも稀に存在する。
ジャンヌ・ダルク。
この世界ではそう呼ばれる少女こそが、私の天敵にして私が最も今興味を抱いている存在だ。
そう、私の言葉が――スキル『トロイの木馬』が通じない相手ということですから。
本人に聞かなくとも周囲の人間の反応を見れば、ある程度の人間像は分かる。利益を求めず、名声も求めず、欲望も知らず、ただ義を重んじている。
それが世間のジャンヌ・ダルクの評価。
まさしく正史に残るジャンヌ・ダルクの姿そのもの。
いやぁ、素晴らしい。
そんなパーフェクトな人間が存在するなんて。それこそ神のおぼしめしだと思いませんか?
……はっ! とんでもない!
私に言わせれば彼女こそ完璧。
完璧に矛盾して、すべての要素が振り切れている存在。
国を守るという利益を追求し、
自分の名声を切り売りし、
人が死なない戦争という、ありえない欲望を追いかけ、
それでいて義を貫く甘っちょろい人物。
これほど矛盾に満ちて、見ていて気持ち悪くて、不安定な気分にさせる存在はこれまでみたことがない。
それゆえの興味。
そして私がここ、オムカ王国にいる理由。
もし、彼女がそのバランスを崩して、ただの平凡などこにでもいるような子供に成り下がったら……私はきっと――
「マツナガ宰相、そろそろ……お時間です」
声に思考が弾けたように、意識が現実へと戻った。
そうだ。ここは自分の執務室。
一国の宰相にしては狭く、内装も派手ではないが、まぁ別段贅沢したい身ではないのでどうでもいいです。
目の前には痩身の男。
ふとすればその存在を見失ってしまうほど影が薄い――しかし無視できない男。
「あぁ、もうそんな時間ですか、イッガーくん」
イッガーこと五十嵐央太くん。
私と同じプレイヤーですが、まぁ皆もイッガーと呼んでいるのでそれにならいましょう。
彼は先日の帝国軍との戦いで怪我を負い、今はリハビリということで、現場は部下に任せつつ、私の秘書のような仕事をしてもらっています。
いや、しかし彼。とても有能ですね。
これまでも何度かお仕事をお願いしたのですが、そのどれもが早くて確実で高品質の情報をもたらす、まさにジャパンクオリティそのもの。
他国の上層部の弱み――いえ、極秘情報を花を手折るように簡単に仕入れてくるのですから。もう引き抜きたいですよ。私専用の諜報部隊として。
「なにか?」
「いや、彼女たちが今どうしているかな、と思いまして」
「そう、ですね……出発して一週間。無事でしょうか」
「おや、連絡は取っていないのですか?」
「はい。3日前。西の砦を出て野営して以降、ジャンヌ隊長から連絡はありません。偵察を送ったところ、砦から北西に10キロほど行った場所で大規模な火災が起きているのを見つけましたが、そこには帝国軍が充満しているとかで、隊長たちの影も形もありませんでした」
ふむ……彼女が通信を寄越さないというのは、それほどの事態になっているということなのでしょうか。
「ただ、知らせがないのは良いことなのかと」
確かにそうかもしれない。
けどそれは平時の考え。こういった時では、使者を送る暇もなく全滅させられるとは考えないのでしょうか。まぁ、それを言ったところで我々にはどうしようもないわけですが。
「ところでイッガーくん。今日の予定は?」
無駄なことに時間を使っている暇はありません。
話題を自分たちの今に戻します。
「あ、はぁ……えっと、まず女王陛下と年末に予定されている政策のすり合わせ。それから経済産業大臣との打ち合わせ。あと、ジーン総司令と来年度の予算についての会議。それから……南郡の代表団との方たちとの会合があります」
「面倒ですね。どれかキャンセルできません? 特に最後の」
「駄目、かと。特にこの南郡への対応はジャンヌ隊長からの……最優先事項と、聞いています……」
ジャンヌ隊長、ねぇ。
同じプレイヤーだというのに、まるでこの世界の人間と同じような物言いをする。
このイッガーという男。この男こそ利益も名声も欲望もなく――ただ義によってのみ生きる人間なのかもしれません。
それでいて有能なのですから、困っちゃいますね。
え? 私?
いえいえ、何をおっしゃる。
私ほど利益も名声も欲望も追わずに義もない人間は他にないというのに。
ええ、まさしく無私の男と呼んでいただきましょう。
「しかし、慰撫ねぇ」
彼女いわく、
『南郡はなるだけ事を荒立てず、のらりくらりとかわせ。出せる金も人もないからな。とにかく今年いっぱい。奴らには何もさせるな。お前、そういうの得意だろう?』
とまぁしちめんどくさいことを言われて、もうてんてこまいです。
「得意なんですか? 慰撫とか」
「ええもちろんです。大『不』得意分野ですとも」
「ですよねぇ」
おやおや、それはどういう意味でしょう。
私ほど人に慕われる人間はいないというのに、その同意は。
今のは自虐を交えたジョークです。
「えぇ、できますとも。彼らをなだめ、すかし、言を左右して時間を稼ぎ、言質は与えず曖昧にぼかし、逆に相手の言葉には重箱の隅をつついてつついてつつきまくって徹底的にやりこめる。それは大得意分野ですから」
「…………」
「なんですか、その目は?」
「いえ、ジャンヌ隊長が宰相を表現する言葉。その意味がなんとなく分かりました」
はて? 何か言ってましたか、彼女は。
あぁ、いつもの『最高』でしたか? まったく、彼女も意地が悪い。素直に褒めれば良いものを。
というわけで会合の時間となりました。
ワーンス王国、ドスガ共和国、トロン王国、スーン王国、フィルフ王国の外交使節団。いやぁ懐かしの面々です。
特にドスガ共和国の……えっと、名前忘れました。というかもともと知りません。
そんな人にすごい勢いで睨まれているのですから、いやはや、人気者は辛いですね。
会合は和やかな雰囲気で始まりました。
「オムカは何をやっているのだね? 帝国に攻められっぱなしじゃないか」
「北部を制圧したというが、災害でどうにもなっておらんのだろう? そこに帝国の侵攻、カルゥム城塞の謀反。押されっぱなしではないか」
「本当に我らは帝国から離れてよかったのか? 国王を含め、誰もが思っていることだ」
「近々、帝国が我らの国に侵攻を始める準備をしていると、巷ではもちきりだぞ!」
「その時はもちろん、我らの救援に来てくれますな? オムカ軍は!?」
ええ、すさまじく和やかですとも?
口角泡を飛ばすように彼らは口々に国の思い――もとい自分の立場を語る彼ら。
あぁ、この者たちの醜悪なこと。
彼らは利益だけが振り切れている。
名声も欲望も義もどうでもいい。
ただ国家の――自分の利益を追求してここまで来た愚か者たち。
オムカに利があると思えばそちらになびき、旗色が悪くなれば声を荒げ、自分の命が助かるなら平気で味方を売る。
はぁ、こんな奴らの相手をさせるなんて。本当に彼女は人使いが荒い。ま、ならばそこは私のやり方で通させてもらいましょう。
「ええ、私もそう思います。オムカの運営を任される者として、貴方たちの心痛はよぅく理解できますとも。それもこれもすべてこの国の軍師が決めたこと。私も、女王陛下も……この国の第一の権力者である彼女の命に従わずにはいられないのです。あぁ、どこかに義の心を持った人がいれば。あんな専横は許されないというのに」
なるべく悲痛そうに。声は荒げるのでなく絞り出すように。
それが必死さとなって聞く者の心を打つのです。
さらにジャンヌ・ダルクがどれだけ身勝手か、あることないことないこと……ないことないこと、あとついでにないことを色々語れば彼らの顔色も変わります。
「誰かが立ち上がれば、この国は……皆様方の国は救われません。もしあの魔女を追い出すことができれば、その者は大陸一の勇者の称号を得ることは間違いないでしょう」
本当は『愚者』の称号ですが。
これくらいの毒は許容範囲の致死量でしょう。
それでも彼らの目つきが確実に変わったのは分かります。
細工は流々。あとは仕上げを御覧じろ、というところですかね。
あぁ、ただこれだけは釘をさしておかなければ。
「今私が喋ったことはもちろん秘密に。誰かに話したら……ええ。皆様も共犯でございます。そしてここにいる男。実は以前にとある国王の寝室に忍び込んだほどの者でして。いえいえ、私は別に何も言いません。ただこの男が貴方の寝室を訪れても不思議はありませんと言っておきましょう」
イッガーくんが横目で『なんで自分が……』みたいな視線を送ってくるのが分かる。
まぁまぁ同じプレイヤー同士。持ちつ持たれつじゃないですか。
とまあ、今の言葉をどう受け止めたのかは分かりませんが、会議の場は静寂で包まれました。いい事です。
そしてその静寂に押されるように、皆さん声を潜め何やら画策し始めました。
ふむふむ、各国の軍が一斉蜂起してここに押し寄せると。
その時期を相談しているとは。おお、怖い怖い。
私はもちろん、何も言いません。むしろ何も聞いていませんとばかりにすました顔で座っているばかり。
やがて彼らは急用を思いついたとばかりに、全員が大急ぎで会議場を出て行ってしまい、広い応接室には私とイッガーくんしか残っていません。
やれやれ、なんとも慌ただしい。
「いいんですか?」
イッガーくんが不審そうに聞いてきた。
「何がでしょう?」
「彼らの、計画です。あんなこと、黙って聞いているだけとか。てかジャンヌ隊長をあそこまで悪しざまに言うとか」
おっと、彼は彼女の信望者でしたか。
危ない危ない。
「それとも……何かしたんですか?」
いや、本当に鋭い。
いい反応してますよ、彼。
「えぇ、スキルを少々。実は私には予知の能力がありましてね。彼らは国に帰り、今回の会談をそれはもう誇張して周囲に話すでしょう。そして大っぴらに軍を編成する。クーデターのための軍をね」
予知なんて能力ありませんけど。
馬鹿正直にスキルの内容を告げる必要はありません。
イッガーくんに言えば、彼女に筒抜けになるでしょうし。
「……操ったんですか?」
「操った? いえいえ。彼らが勝手に判断して勝手に行動しているだけです。私はただこの国の行く末を嘆いただけ。ただそれでけです。しかし事は国家反逆罪に値する重大事。ゆえに彼らの同盟国にして司法権を握っている者として、私は彼らを裁かなければならない。あぁ、なんという悲劇でしょう。たった今、親しく話していた人間を裁くなんて。悲しみで胸が張り裂けそうだ!」
「…………見事なマッチポンプですね」
「いえいえ、私は何もしてませんよ。ただ私は一滴、毒を落としただけ。垂らしたのではありません、落としただけです。それを砂糖水だと思って相手が勝手に舐めようとしているだけですから。落とし物で裁かれるなんて非人道的な行為、文明国ならばするはずはないと思いますが?」
「普通、毒は持ち歩かないですよね」
「毒はもともと薬ですよ。ニトログリセリンだって心臓病の薬として使われますし、有名なトリカブトも部位によっては漢方になります。『ある物質が毒となるか薬となるかは用いる量による』知っていますか? パラケルススの言葉です。えぇ、ですから何かが起きるとしたら、彼らが勝手にやったこと。あぁ、そういえば彼らは国の重役ですからね。それなりの資産はあるでしょうから、それも没収しましょう。なんて言っても国家反逆罪。それほどの罪人ですから、そのように扱っても文句はでないでしょう。おお、これで財政難も少しは改善するでしょう」
「…………そこまでします?」
「いえ、結果としてそうなるだけです。それに私は何も悪くありません。いいですか? 私は何もしていない。何も聞いていない。だから私は悪くない。簡単な三段論法ですよ?」
独り言をしただけで裁かれるなんて、それこそ法治国家の終焉。暗黒世界の始まりです。
「…………ジャンヌ隊長に聞かされた言葉。やっぱり的を射てると思います。あなた……最低ですね」
「ええ、最高の誉め言葉として受け取っておきましょう。あぁ、ジーン総司令にこの手紙を渡しておいてください。きっと彼なら、迅速によきように動いてくれるでしょうから。慰撫工作もついでに」
「…………ですね」
はて、イッガーくんが何か言ったようですが、聞こえませんでした。
まぁ私の手際の良さを賛辞する言葉でしょう。前もって手を動かす準備をしておく。これができる男の条件です。
さて、これで面倒な仕事も終わり。
今日は良く眠れそうです。
利益を求める者。
名声を求める者。
欲望を満たす者。
義を重んずる者。
それらは別々のように見えて、実はどこかで収束している。
むしろ、1個の人間の中にそれらは並んで共存していると言っていいでしょう。
共存していて、それでいて時によりどれかが強くなったり弱くなったりする。
利益を求めていた者が、急に義に目覚めたり。
義を貫いていた者が、欲望に堕したり。
千差万別でありながら変幻自在の流動体。
それが人間の本質。
その多様性ゆえに複雑。
その多様性こそが怪奇。
ま、だからこそ。私みたいな者の言葉に踊らされる人間が多いわけなんですが。
多いということは、そんな中でもまったくぶれずに生きる人間というのも稀に存在する。
ジャンヌ・ダルク。
この世界ではそう呼ばれる少女こそが、私の天敵にして私が最も今興味を抱いている存在だ。
そう、私の言葉が――スキル『トロイの木馬』が通じない相手ということですから。
本人に聞かなくとも周囲の人間の反応を見れば、ある程度の人間像は分かる。利益を求めず、名声も求めず、欲望も知らず、ただ義を重んじている。
それが世間のジャンヌ・ダルクの評価。
まさしく正史に残るジャンヌ・ダルクの姿そのもの。
いやぁ、素晴らしい。
そんなパーフェクトな人間が存在するなんて。それこそ神のおぼしめしだと思いませんか?
……はっ! とんでもない!
私に言わせれば彼女こそ完璧。
完璧に矛盾して、すべての要素が振り切れている存在。
国を守るという利益を追求し、
自分の名声を切り売りし、
人が死なない戦争という、ありえない欲望を追いかけ、
それでいて義を貫く甘っちょろい人物。
これほど矛盾に満ちて、見ていて気持ち悪くて、不安定な気分にさせる存在はこれまでみたことがない。
それゆえの興味。
そして私がここ、オムカ王国にいる理由。
もし、彼女がそのバランスを崩して、ただの平凡などこにでもいるような子供に成り下がったら……私はきっと――
「マツナガ宰相、そろそろ……お時間です」
声に思考が弾けたように、意識が現実へと戻った。
そうだ。ここは自分の執務室。
一国の宰相にしては狭く、内装も派手ではないが、まぁ別段贅沢したい身ではないのでどうでもいいです。
目の前には痩身の男。
ふとすればその存在を見失ってしまうほど影が薄い――しかし無視できない男。
「あぁ、もうそんな時間ですか、イッガーくん」
イッガーこと五十嵐央太くん。
私と同じプレイヤーですが、まぁ皆もイッガーと呼んでいるのでそれにならいましょう。
彼は先日の帝国軍との戦いで怪我を負い、今はリハビリということで、現場は部下に任せつつ、私の秘書のような仕事をしてもらっています。
いや、しかし彼。とても有能ですね。
これまでも何度かお仕事をお願いしたのですが、そのどれもが早くて確実で高品質の情報をもたらす、まさにジャパンクオリティそのもの。
他国の上層部の弱み――いえ、極秘情報を花を手折るように簡単に仕入れてくるのですから。もう引き抜きたいですよ。私専用の諜報部隊として。
「なにか?」
「いや、彼女たちが今どうしているかな、と思いまして」
「そう、ですね……出発して一週間。無事でしょうか」
「おや、連絡は取っていないのですか?」
「はい。3日前。西の砦を出て野営して以降、ジャンヌ隊長から連絡はありません。偵察を送ったところ、砦から北西に10キロほど行った場所で大規模な火災が起きているのを見つけましたが、そこには帝国軍が充満しているとかで、隊長たちの影も形もありませんでした」
ふむ……彼女が通信を寄越さないというのは、それほどの事態になっているということなのでしょうか。
「ただ、知らせがないのは良いことなのかと」
確かにそうかもしれない。
けどそれは平時の考え。こういった時では、使者を送る暇もなく全滅させられるとは考えないのでしょうか。まぁ、それを言ったところで我々にはどうしようもないわけですが。
「ところでイッガーくん。今日の予定は?」
無駄なことに時間を使っている暇はありません。
話題を自分たちの今に戻します。
「あ、はぁ……えっと、まず女王陛下と年末に予定されている政策のすり合わせ。それから経済産業大臣との打ち合わせ。あと、ジーン総司令と来年度の予算についての会議。それから……南郡の代表団との方たちとの会合があります」
「面倒ですね。どれかキャンセルできません? 特に最後の」
「駄目、かと。特にこの南郡への対応はジャンヌ隊長からの……最優先事項と、聞いています……」
ジャンヌ隊長、ねぇ。
同じプレイヤーだというのに、まるでこの世界の人間と同じような物言いをする。
このイッガーという男。この男こそ利益も名声も欲望もなく――ただ義によってのみ生きる人間なのかもしれません。
それでいて有能なのですから、困っちゃいますね。
え? 私?
いえいえ、何をおっしゃる。
私ほど利益も名声も欲望も追わずに義もない人間は他にないというのに。
ええ、まさしく無私の男と呼んでいただきましょう。
「しかし、慰撫ねぇ」
彼女いわく、
『南郡はなるだけ事を荒立てず、のらりくらりとかわせ。出せる金も人もないからな。とにかく今年いっぱい。奴らには何もさせるな。お前、そういうの得意だろう?』
とまぁしちめんどくさいことを言われて、もうてんてこまいです。
「得意なんですか? 慰撫とか」
「ええもちろんです。大『不』得意分野ですとも」
「ですよねぇ」
おやおや、それはどういう意味でしょう。
私ほど人に慕われる人間はいないというのに、その同意は。
今のは自虐を交えたジョークです。
「えぇ、できますとも。彼らをなだめ、すかし、言を左右して時間を稼ぎ、言質は与えず曖昧にぼかし、逆に相手の言葉には重箱の隅をつついてつついてつつきまくって徹底的にやりこめる。それは大得意分野ですから」
「…………」
「なんですか、その目は?」
「いえ、ジャンヌ隊長が宰相を表現する言葉。その意味がなんとなく分かりました」
はて? 何か言ってましたか、彼女は。
あぁ、いつもの『最高』でしたか? まったく、彼女も意地が悪い。素直に褒めれば良いものを。
というわけで会合の時間となりました。
ワーンス王国、ドスガ共和国、トロン王国、スーン王国、フィルフ王国の外交使節団。いやぁ懐かしの面々です。
特にドスガ共和国の……えっと、名前忘れました。というかもともと知りません。
そんな人にすごい勢いで睨まれているのですから、いやはや、人気者は辛いですね。
会合は和やかな雰囲気で始まりました。
「オムカは何をやっているのだね? 帝国に攻められっぱなしじゃないか」
「北部を制圧したというが、災害でどうにもなっておらんのだろう? そこに帝国の侵攻、カルゥム城塞の謀反。押されっぱなしではないか」
「本当に我らは帝国から離れてよかったのか? 国王を含め、誰もが思っていることだ」
「近々、帝国が我らの国に侵攻を始める準備をしていると、巷ではもちきりだぞ!」
「その時はもちろん、我らの救援に来てくれますな? オムカ軍は!?」
ええ、すさまじく和やかですとも?
口角泡を飛ばすように彼らは口々に国の思い――もとい自分の立場を語る彼ら。
あぁ、この者たちの醜悪なこと。
彼らは利益だけが振り切れている。
名声も欲望も義もどうでもいい。
ただ国家の――自分の利益を追求してここまで来た愚か者たち。
オムカに利があると思えばそちらになびき、旗色が悪くなれば声を荒げ、自分の命が助かるなら平気で味方を売る。
はぁ、こんな奴らの相手をさせるなんて。本当に彼女は人使いが荒い。ま、ならばそこは私のやり方で通させてもらいましょう。
「ええ、私もそう思います。オムカの運営を任される者として、貴方たちの心痛はよぅく理解できますとも。それもこれもすべてこの国の軍師が決めたこと。私も、女王陛下も……この国の第一の権力者である彼女の命に従わずにはいられないのです。あぁ、どこかに義の心を持った人がいれば。あんな専横は許されないというのに」
なるべく悲痛そうに。声は荒げるのでなく絞り出すように。
それが必死さとなって聞く者の心を打つのです。
さらにジャンヌ・ダルクがどれだけ身勝手か、あることないことないこと……ないことないこと、あとついでにないことを色々語れば彼らの顔色も変わります。
「誰かが立ち上がれば、この国は……皆様方の国は救われません。もしあの魔女を追い出すことができれば、その者は大陸一の勇者の称号を得ることは間違いないでしょう」
本当は『愚者』の称号ですが。
これくらいの毒は許容範囲の致死量でしょう。
それでも彼らの目つきが確実に変わったのは分かります。
細工は流々。あとは仕上げを御覧じろ、というところですかね。
あぁ、ただこれだけは釘をさしておかなければ。
「今私が喋ったことはもちろん秘密に。誰かに話したら……ええ。皆様も共犯でございます。そしてここにいる男。実は以前にとある国王の寝室に忍び込んだほどの者でして。いえいえ、私は別に何も言いません。ただこの男が貴方の寝室を訪れても不思議はありませんと言っておきましょう」
イッガーくんが横目で『なんで自分が……』みたいな視線を送ってくるのが分かる。
まぁまぁ同じプレイヤー同士。持ちつ持たれつじゃないですか。
とまあ、今の言葉をどう受け止めたのかは分かりませんが、会議の場は静寂で包まれました。いい事です。
そしてその静寂に押されるように、皆さん声を潜め何やら画策し始めました。
ふむふむ、各国の軍が一斉蜂起してここに押し寄せると。
その時期を相談しているとは。おお、怖い怖い。
私はもちろん、何も言いません。むしろ何も聞いていませんとばかりにすました顔で座っているばかり。
やがて彼らは急用を思いついたとばかりに、全員が大急ぎで会議場を出て行ってしまい、広い応接室には私とイッガーくんしか残っていません。
やれやれ、なんとも慌ただしい。
「いいんですか?」
イッガーくんが不審そうに聞いてきた。
「何がでしょう?」
「彼らの、計画です。あんなこと、黙って聞いているだけとか。てかジャンヌ隊長をあそこまで悪しざまに言うとか」
おっと、彼は彼女の信望者でしたか。
危ない危ない。
「それとも……何かしたんですか?」
いや、本当に鋭い。
いい反応してますよ、彼。
「えぇ、スキルを少々。実は私には予知の能力がありましてね。彼らは国に帰り、今回の会談をそれはもう誇張して周囲に話すでしょう。そして大っぴらに軍を編成する。クーデターのための軍をね」
予知なんて能力ありませんけど。
馬鹿正直にスキルの内容を告げる必要はありません。
イッガーくんに言えば、彼女に筒抜けになるでしょうし。
「……操ったんですか?」
「操った? いえいえ。彼らが勝手に判断して勝手に行動しているだけです。私はただこの国の行く末を嘆いただけ。ただそれでけです。しかし事は国家反逆罪に値する重大事。ゆえに彼らの同盟国にして司法権を握っている者として、私は彼らを裁かなければならない。あぁ、なんという悲劇でしょう。たった今、親しく話していた人間を裁くなんて。悲しみで胸が張り裂けそうだ!」
「…………見事なマッチポンプですね」
「いえいえ、私は何もしてませんよ。ただ私は一滴、毒を落としただけ。垂らしたのではありません、落としただけです。それを砂糖水だと思って相手が勝手に舐めようとしているだけですから。落とし物で裁かれるなんて非人道的な行為、文明国ならばするはずはないと思いますが?」
「普通、毒は持ち歩かないですよね」
「毒はもともと薬ですよ。ニトログリセリンだって心臓病の薬として使われますし、有名なトリカブトも部位によっては漢方になります。『ある物質が毒となるか薬となるかは用いる量による』知っていますか? パラケルススの言葉です。えぇ、ですから何かが起きるとしたら、彼らが勝手にやったこと。あぁ、そういえば彼らは国の重役ですからね。それなりの資産はあるでしょうから、それも没収しましょう。なんて言っても国家反逆罪。それほどの罪人ですから、そのように扱っても文句はでないでしょう。おお、これで財政難も少しは改善するでしょう」
「…………そこまでします?」
「いえ、結果としてそうなるだけです。それに私は何も悪くありません。いいですか? 私は何もしていない。何も聞いていない。だから私は悪くない。簡単な三段論法ですよ?」
独り言をしただけで裁かれるなんて、それこそ法治国家の終焉。暗黒世界の始まりです。
「…………ジャンヌ隊長に聞かされた言葉。やっぱり的を射てると思います。あなた……最低ですね」
「ええ、最高の誉め言葉として受け取っておきましょう。あぁ、ジーン総司令にこの手紙を渡しておいてください。きっと彼なら、迅速によきように動いてくれるでしょうから。慰撫工作もついでに」
「…………ですね」
はて、イッガーくんが何か言ったようですが、聞こえませんでした。
まぁ私の手際の良さを賛辞する言葉でしょう。前もって手を動かす準備をしておく。これができる男の条件です。
さて、これで面倒な仕事も終わり。
今日は良く眠れそうです。
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ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
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