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第4章 ジャンヌの西進
閑話12 諸人行成(エイン帝国プレイヤー)
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旅の疲れを癒すため、首都にて一泊して翌日。
蓮華と蓮の姉弟に会うため、王宮へと向かうことになった。
簡単に朝食を済ませて宿を出ると、そこには馬車が停まっていた。
「モロヒト様とキッド様ですね。王宮でアカシ様がお待ちです」
礼儀正しくお辞儀をするのは、黒のタキシードに身を包んだ壮年の男だ。
馬車はこれまで乗ってきたものより上等なもので、黒光りするそれは、それなりの人物が乗るためのものに思われた。
「ヒュー、気が利くじゃんかよ」
などとキッドは暢気に口笛を鳴らして乗り込んでしまったが、自分はにわかに警戒心を抱いた。
なぜならここに泊まるとは誰にも言っていないのだ。なのにこの場所をピンポイントで、出発の時間に合わせて馬車が用意されているのだから、見張られているのでは? と思っても仕方ないだろう。
ただ、ここで考えても答えは出ない。
キッドのカウボーイスタイルが目を引いたからだろうと、自分を納得させた。
馬車に揺られること10分。
窓から見える巨大な建造物――王宮だろう――の前で一時停止すると門が開き中へと入っていく。
そして少し進んだところで今度こそ完全に停止した。
「到着いたしました。我が主の元へ案内します」
正直、あまり建物などには興味がなく、帝都の宮殿にも入ったことはないのだが、改めてその中に入ると煌びやかさに驚かされる。
通路に敷き詰められた絨毯に、廊下を彩る金銀細工や美術品の数々。
重厚な扉は数えきれないほどで、天井を見上げればシャンデリアがいくつも飾られている。
まさに王宮。
一般市民には、入ることは許されなかっただろう場所に自分はいる。
それがまたどこか感慨深い思いを抱かせた。
「こんだけあんだから、1個くらいパクっても問題ねーんじゃね?」
キッドは違った感想を抱いていたようですが……。
迷路のような廊下を、案内の男の後をただついていくこと数分。
大きな扉の前で男はこちらに振り返り、頭を下げた。
「こちらでございます」
そのままドアノブを握り、一気に押し開く。
そこは長大な廊下だった。
赤の絨毯が伸びるのは一緒だが、左右も倍以上の幅があるほどで、天井も一段高い。
まるで高校の体育館に迷い込んだようだ。
だがなぜ扉の奥に廊下が?
いや、違う。
ここは廊下じゃない。部屋だ。
奥に長い、長大な部屋。
「……」
雰囲気に気圧される自分を叱咤しながら、一歩二歩と前へ。
キッドもついてくる気配がある。
10メートルほど先に壁があり、そこに赤を基調にした空間がある。
その中心にあるのが玉座だ。
その玉座に、誰かが座っていた。
ビンゴ王国の国王――ではもちろんない。
距離が縮まる。
そしてそれが5メートルを切った時、その人間たちの顔がはっきりと見えるようになった。
「やぁ、よく来ましたね。そう兄さんは言っています」
「遠いところご苦労様です。そう姉さんは言っています」
舌打ちの音がする。
キッドだろう。
叶うなら自分も唾を吐きたい思いだった。
それをしなかったのは、ありったけの理性で抑えているにすぎない。
玉座に座った2つの影。
15歳、いやそれより少し下か。なんとも怪しい雰囲気を醸し出す2人組。
2人とも金銀妖瞳で、顔のつくりも形も全く同じ。
髪型もおかっぱ然としたショートボブで、唯一の違いはそれが赤と青という色の差があるだけだ。
青が姉で赤が弟。
そう聞いているが、声の出所が分からなければ、どちらが姉でどちらが弟かなど分からない。
それほど2人は似ていた――いや、似せてアバターを作ったのか。
さらに不快を助長させるのは彼らの格好。
前に会った時となんら変わっていない。
ボンテージファッションとでもいうのだろうか。
上も下もピチピチの黒のエナメルのようなものを着ている。正直、私服とするには圧倒的に常軌を逸しているし、公務の服装としてもやはり破滅的に異常だ。
そしてその2人の姿勢。
彼らは玉座にちゃんと座るのではなく、1つの椅子にお互いが向き合うようにして座っていた。
もちろんそれほど横に大きな椅子ではないから、必然的に腕や足を絡ませ密着した状態でこちらを見ているのだ。
肉体的で官能的で煽情的な2人。
それだけでも不快を感じるのに、双子の肉親という前提が何よりも嫌悪感を感じさせる。
本当にどういう関係なのだ、この2人は。
「どうしましたか? そう兄さんは言っています」
そう青髪の姉が言う。
「なにかお困りですか? そう姉さんは言っています」
そう赤髪の弟が言う。
この姉弟――姉と弟だと聞いているが、どちらも年長とか、そこから意味が分からない。
そのことが更に不快感を煽る。
だがなんとか顔に出さずに頭を下げた。
「いや、なんでもありません。少し、圧倒されただけです。この、空間に」
まさか2人に不快感を覚えたと、正直に言うわけにはいかない。
キッドも同様なのか、あるいは気圧されて何も言わないでいる。
「そうですか。では問題ありませんね。そう兄さんは言っています」
「そうですか。では本題に入りましょうね。そう姉さんは言っています」
「そうそう、紹介がまだでした。こちらは私の姉、丹蓮華。そう兄さんは言っています」
青髪の姉――丹蓮華が自身を指して紹介する。
「そうそう、紹介が遅れました。こちらは私の兄、丹蓮。そう姉さんは言っています」
赤髪の弟――丹蓮が自身を指して紹介する。
そして丹姉弟は笑う。いや、嗤う。
年相応の無邪気な笑みに見えるが、同じ顔が揃って同じ笑顔を浮かべることが、背筋を蛇が這うような気味の悪い気分にさせる。
私はキッドに視線を送る。
キッドは小さく喉を鳴らし、小さく頷いた。
その様子に自分も頷き返し、再び双子に視線を向けて言った。
「改めまして、赤星教皇の使者を務めます諸人行成と申します。こちらは同じくキッド。教皇からの伝言をお伝えします。お二人と共に旧ビンゴ領を収め、そして反乱分子を駆逐せよ、とのことです」
一瞬、返答まで間が開いた。
だが返答は同時だった。
「それはありがたい。そう兄さんは言っています」
「それはご苦労様です。そう姉さんは言っています」
その返答に内心安堵する。
煌夜にも何を考えているか読めないこの双子。
その手綱を握るのはここしかない。
「つきましては、我々は貴方たちの同志として動かせていただきたいと思います。これでも私は弁護士の卵。内政には自信があります。そしてこちらのキッドには治安維持、要人警護、さらには馬術も得意なため――」
「いえ、それには及ばない。そう兄さんは言っています」
「いえ、それには結構です。そう姉さんは言っています」
言葉を遮るようにして、異口同音に2人が断りを入れる。
その断定口調に、一瞬言葉が詰まる。
「あぁ? てめぇら。俺たちが親切にやってやるって言ってんだ。ありがたく受け入れるのが同志ってもんだろうが」
キッドが噛みついた。
だがそれでも双子に動揺した気配はない。
「いや、他意はないのです。というのも、旧都周辺は良い政治が行われすでに収まっています。ですから諸人さんの出番はないのです。そう兄さんは言っています」
「いえ、他意はありません。というのも、反乱分子は近日中に根絶やしになります。だからキッドさんの出番はありません。そう姉さんは言っています」
何をでまかせを……と食って掛かろうとした言葉を飲み込む。
一呼吸置いて、頭を冷やしてから冷静に抗議する。
「しかしですね、それでは我々は――」
「無用だ。そう兄さんは言っています」
「帝都にお帰りなさい。そう姉さんは言っています」
「しかし――」
「「どうぞお引き取りを」」
初めて声をそろえて放たれたその言葉は、お互いの代弁ではなかった。
紛れもない彼らの本音。
お互い以外のあらゆる人物、あらゆる事象、あらゆる世情、すべてを拒絶した断固とした意思。
あの物怖じという言葉は過去へ置き忘れたようなキッドですら、小さくうめいて口をつぐんでしまった。
それがゆえに不審を感じる。
どうしてここまで拒絶するのか。
何か理由があるのか。
その理由を、煌夜は知りたいのではないか?
ならばここで私が取るべき道は1つ。
調停あるのみ。
「分かりました。ここはさがります。しかし我々とて子供の使いではありません。それに……馬車にゆられて10日以上も来てへとへとなのです。そんな使者をすぐに追い返すのは、何かあるとでも思われても仕方ないのでは? ここは嫌疑を避けるために、我々の滞在は認めてもらえませんか? ええ、少し休憩を取らせていただくだけで良いのです。もし何かあれば、我々もすぐに手助けできますしね」
「「…………」」
双子が珍しく黙り込む。
笑みを浮かべたまま、視線はこちらから話さず考え込んでいるようだ。
こちらとしては一歩踏み込んだ形になる。
おそらく断ることはないだろう。ここで我々を追い返せば、彼らの立場はやや悪くなるのだから。
そして十数秒を経過して、二人はまた同時に口を開いた。
「分かりました。そう兄さんは言っています」
「問題ありません。そう姉さんは言っています」
やはりそうか。
彼らは何かを企んでいる。
そしてそのために、私たちを追い出したいが、先ほどの建前でそれもできないのだ。
それを今、暴き立てるようなことはしない。
ここは敵地だ。双子の領域なのだ。
まずは滞在の許可を得ただけでも良しとしよう。
だから小さく礼をする。
「ありがとうございます。それでは今日はこれにて失礼しますね」
そしてキッドを促して外に出る。
キッドは何か言いたそうだったが、彼らの王宮内で答えることもない。無視して足を速める。
そのまま王宮の外に出て大通りを歩く。
もうそろそろお昼になろうかという時で、雑踏を行く人々に不満や怯えはない。
やはり彼らにとっては、日々の安全が保障されれば支配者が誰であろうと変わらないということか。
だが、この首都を少し離れれば帝国に反抗する民衆がいて、そこでは拷問や虐殺といったことが簡単に行われている。
だからこそ、ビンゴ王国の残党が反帝国軍を組織して各地で抵抗しているのだが。
なのに何故あの双子は嘘をついた?
善政が行われていることと、残党を鎮圧できること。
何かあるとしか思えなかった。
だがそれはこの場で語るべきことではない。
宿に着いたのは30分ほど経ってから。
久しぶりに歩くだけでもなかなか辛い。
キッドのように普段から鍛えていればなんてことはないでしょうが。
「ふぅ……少し疲れました」
「諸人さんよぉ。あんたが言った意味、少し分かったぜ。ありゃ普通じゃねーわ」
「でしょう? あれが双子です」
「けどよぉ、良かったのか? あんなさっさと引き下がって。こっちは煌夜のお墨付きもらってんだろ? 強引に通せば問題ねぇじゃんか」
「いえ、まだ強引に行くのは早いですよ。彼らが何を考えているか分かりませんから」
「ちぇっ、なんかめんどくせーな。味方なのに、敵みたいじゃねぇか」
「単純に敵なら良かったんですがね……」
味方だからこそ、手出しがしづらいのだ。
組織が大きくなればなるほど、それぞれの思惑、思想、それらが絡まって、動きが悪くなる。
法律上は間違っているのに、組織というものに属しているから動きが鈍くなる。
それを法の限界とみるか、それとも法の穴を抜ける狡猾さと見るか。
今回は若干、趣が異なるとはいえ、似たようなものに違いない。
「ま、しばらくは様子見でしょう。あちらも早々簡単に尻尾は掴ませないでしょうから」
「へっ、なら残党狩りでもしてくるか。しっかり人撃っとかないと、相棒がなまっちまう。どうだ、諸人さんも?」
この男も、充分すぎるほど危険ですね。
あの双子と違って、分かりやすい分、まだ楽ですが。
「遠慮しておきますよ。少し疲れてしまいましたから」
それ以上に気が進まない。
政治および軍事上は正しくとも、法的には残党狩りは正義ではないのだ。
「へっ、ちゃんと運動しねぇからよ。今からしっかりしてねぇと、後々太って困るぜぇ?」
「それは怖いですね。気をつけましょう」
とはいうものの、苦笑してしまう。
この戦乱の世の中で、この男が将来を考えているのがあまりに滑稽で。
刀槍が舞い、銃弾が飛び交うこの世界で、明日、いやあと数分後に死なない保障なんてあるわけないのだ。
残党狩りに返り討ちに遭う可能性もあるし、味方に殺される可能性だって大いにある。
それでもこの男はそのことを考えていないのか、そういったネガティブさを感じさせない。
あるいは先日、オムカの兵に瀕死の重傷を負わされたという。
2度目の死によって、あるいは何か変わったのかもしれない。
そう考えると、少し愉快だった。
自分も一度は死んだ。
それによって、何かが変わったのかもしれないということだから。
蓮華と蓮の姉弟に会うため、王宮へと向かうことになった。
簡単に朝食を済ませて宿を出ると、そこには馬車が停まっていた。
「モロヒト様とキッド様ですね。王宮でアカシ様がお待ちです」
礼儀正しくお辞儀をするのは、黒のタキシードに身を包んだ壮年の男だ。
馬車はこれまで乗ってきたものより上等なもので、黒光りするそれは、それなりの人物が乗るためのものに思われた。
「ヒュー、気が利くじゃんかよ」
などとキッドは暢気に口笛を鳴らして乗り込んでしまったが、自分はにわかに警戒心を抱いた。
なぜならここに泊まるとは誰にも言っていないのだ。なのにこの場所をピンポイントで、出発の時間に合わせて馬車が用意されているのだから、見張られているのでは? と思っても仕方ないだろう。
ただ、ここで考えても答えは出ない。
キッドのカウボーイスタイルが目を引いたからだろうと、自分を納得させた。
馬車に揺られること10分。
窓から見える巨大な建造物――王宮だろう――の前で一時停止すると門が開き中へと入っていく。
そして少し進んだところで今度こそ完全に停止した。
「到着いたしました。我が主の元へ案内します」
正直、あまり建物などには興味がなく、帝都の宮殿にも入ったことはないのだが、改めてその中に入ると煌びやかさに驚かされる。
通路に敷き詰められた絨毯に、廊下を彩る金銀細工や美術品の数々。
重厚な扉は数えきれないほどで、天井を見上げればシャンデリアがいくつも飾られている。
まさに王宮。
一般市民には、入ることは許されなかっただろう場所に自分はいる。
それがまたどこか感慨深い思いを抱かせた。
「こんだけあんだから、1個くらいパクっても問題ねーんじゃね?」
キッドは違った感想を抱いていたようですが……。
迷路のような廊下を、案内の男の後をただついていくこと数分。
大きな扉の前で男はこちらに振り返り、頭を下げた。
「こちらでございます」
そのままドアノブを握り、一気に押し開く。
そこは長大な廊下だった。
赤の絨毯が伸びるのは一緒だが、左右も倍以上の幅があるほどで、天井も一段高い。
まるで高校の体育館に迷い込んだようだ。
だがなぜ扉の奥に廊下が?
いや、違う。
ここは廊下じゃない。部屋だ。
奥に長い、長大な部屋。
「……」
雰囲気に気圧される自分を叱咤しながら、一歩二歩と前へ。
キッドもついてくる気配がある。
10メートルほど先に壁があり、そこに赤を基調にした空間がある。
その中心にあるのが玉座だ。
その玉座に、誰かが座っていた。
ビンゴ王国の国王――ではもちろんない。
距離が縮まる。
そしてそれが5メートルを切った時、その人間たちの顔がはっきりと見えるようになった。
「やぁ、よく来ましたね。そう兄さんは言っています」
「遠いところご苦労様です。そう姉さんは言っています」
舌打ちの音がする。
キッドだろう。
叶うなら自分も唾を吐きたい思いだった。
それをしなかったのは、ありったけの理性で抑えているにすぎない。
玉座に座った2つの影。
15歳、いやそれより少し下か。なんとも怪しい雰囲気を醸し出す2人組。
2人とも金銀妖瞳で、顔のつくりも形も全く同じ。
髪型もおかっぱ然としたショートボブで、唯一の違いはそれが赤と青という色の差があるだけだ。
青が姉で赤が弟。
そう聞いているが、声の出所が分からなければ、どちらが姉でどちらが弟かなど分からない。
それほど2人は似ていた――いや、似せてアバターを作ったのか。
さらに不快を助長させるのは彼らの格好。
前に会った時となんら変わっていない。
ボンテージファッションとでもいうのだろうか。
上も下もピチピチの黒のエナメルのようなものを着ている。正直、私服とするには圧倒的に常軌を逸しているし、公務の服装としてもやはり破滅的に異常だ。
そしてその2人の姿勢。
彼らは玉座にちゃんと座るのではなく、1つの椅子にお互いが向き合うようにして座っていた。
もちろんそれほど横に大きな椅子ではないから、必然的に腕や足を絡ませ密着した状態でこちらを見ているのだ。
肉体的で官能的で煽情的な2人。
それだけでも不快を感じるのに、双子の肉親という前提が何よりも嫌悪感を感じさせる。
本当にどういう関係なのだ、この2人は。
「どうしましたか? そう兄さんは言っています」
そう青髪の姉が言う。
「なにかお困りですか? そう姉さんは言っています」
そう赤髪の弟が言う。
この姉弟――姉と弟だと聞いているが、どちらも年長とか、そこから意味が分からない。
そのことが更に不快感を煽る。
だがなんとか顔に出さずに頭を下げた。
「いや、なんでもありません。少し、圧倒されただけです。この、空間に」
まさか2人に不快感を覚えたと、正直に言うわけにはいかない。
キッドも同様なのか、あるいは気圧されて何も言わないでいる。
「そうですか。では問題ありませんね。そう兄さんは言っています」
「そうですか。では本題に入りましょうね。そう姉さんは言っています」
「そうそう、紹介がまだでした。こちらは私の姉、丹蓮華。そう兄さんは言っています」
青髪の姉――丹蓮華が自身を指して紹介する。
「そうそう、紹介が遅れました。こちらは私の兄、丹蓮。そう姉さんは言っています」
赤髪の弟――丹蓮が自身を指して紹介する。
そして丹姉弟は笑う。いや、嗤う。
年相応の無邪気な笑みに見えるが、同じ顔が揃って同じ笑顔を浮かべることが、背筋を蛇が這うような気味の悪い気分にさせる。
私はキッドに視線を送る。
キッドは小さく喉を鳴らし、小さく頷いた。
その様子に自分も頷き返し、再び双子に視線を向けて言った。
「改めまして、赤星教皇の使者を務めます諸人行成と申します。こちらは同じくキッド。教皇からの伝言をお伝えします。お二人と共に旧ビンゴ領を収め、そして反乱分子を駆逐せよ、とのことです」
一瞬、返答まで間が開いた。
だが返答は同時だった。
「それはありがたい。そう兄さんは言っています」
「それはご苦労様です。そう姉さんは言っています」
その返答に内心安堵する。
煌夜にも何を考えているか読めないこの双子。
その手綱を握るのはここしかない。
「つきましては、我々は貴方たちの同志として動かせていただきたいと思います。これでも私は弁護士の卵。内政には自信があります。そしてこちらのキッドには治安維持、要人警護、さらには馬術も得意なため――」
「いえ、それには及ばない。そう兄さんは言っています」
「いえ、それには結構です。そう姉さんは言っています」
言葉を遮るようにして、異口同音に2人が断りを入れる。
その断定口調に、一瞬言葉が詰まる。
「あぁ? てめぇら。俺たちが親切にやってやるって言ってんだ。ありがたく受け入れるのが同志ってもんだろうが」
キッドが噛みついた。
だがそれでも双子に動揺した気配はない。
「いや、他意はないのです。というのも、旧都周辺は良い政治が行われすでに収まっています。ですから諸人さんの出番はないのです。そう兄さんは言っています」
「いえ、他意はありません。というのも、反乱分子は近日中に根絶やしになります。だからキッドさんの出番はありません。そう姉さんは言っています」
何をでまかせを……と食って掛かろうとした言葉を飲み込む。
一呼吸置いて、頭を冷やしてから冷静に抗議する。
「しかしですね、それでは我々は――」
「無用だ。そう兄さんは言っています」
「帝都にお帰りなさい。そう姉さんは言っています」
「しかし――」
「「どうぞお引き取りを」」
初めて声をそろえて放たれたその言葉は、お互いの代弁ではなかった。
紛れもない彼らの本音。
お互い以外のあらゆる人物、あらゆる事象、あらゆる世情、すべてを拒絶した断固とした意思。
あの物怖じという言葉は過去へ置き忘れたようなキッドですら、小さくうめいて口をつぐんでしまった。
それがゆえに不審を感じる。
どうしてここまで拒絶するのか。
何か理由があるのか。
その理由を、煌夜は知りたいのではないか?
ならばここで私が取るべき道は1つ。
調停あるのみ。
「分かりました。ここはさがります。しかし我々とて子供の使いではありません。それに……馬車にゆられて10日以上も来てへとへとなのです。そんな使者をすぐに追い返すのは、何かあるとでも思われても仕方ないのでは? ここは嫌疑を避けるために、我々の滞在は認めてもらえませんか? ええ、少し休憩を取らせていただくだけで良いのです。もし何かあれば、我々もすぐに手助けできますしね」
「「…………」」
双子が珍しく黙り込む。
笑みを浮かべたまま、視線はこちらから話さず考え込んでいるようだ。
こちらとしては一歩踏み込んだ形になる。
おそらく断ることはないだろう。ここで我々を追い返せば、彼らの立場はやや悪くなるのだから。
そして十数秒を経過して、二人はまた同時に口を開いた。
「分かりました。そう兄さんは言っています」
「問題ありません。そう姉さんは言っています」
やはりそうか。
彼らは何かを企んでいる。
そしてそのために、私たちを追い出したいが、先ほどの建前でそれもできないのだ。
それを今、暴き立てるようなことはしない。
ここは敵地だ。双子の領域なのだ。
まずは滞在の許可を得ただけでも良しとしよう。
だから小さく礼をする。
「ありがとうございます。それでは今日はこれにて失礼しますね」
そしてキッドを促して外に出る。
キッドは何か言いたそうだったが、彼らの王宮内で答えることもない。無視して足を速める。
そのまま王宮の外に出て大通りを歩く。
もうそろそろお昼になろうかという時で、雑踏を行く人々に不満や怯えはない。
やはり彼らにとっては、日々の安全が保障されれば支配者が誰であろうと変わらないということか。
だが、この首都を少し離れれば帝国に反抗する民衆がいて、そこでは拷問や虐殺といったことが簡単に行われている。
だからこそ、ビンゴ王国の残党が反帝国軍を組織して各地で抵抗しているのだが。
なのに何故あの双子は嘘をついた?
善政が行われていることと、残党を鎮圧できること。
何かあるとしか思えなかった。
だがそれはこの場で語るべきことではない。
宿に着いたのは30分ほど経ってから。
久しぶりに歩くだけでもなかなか辛い。
キッドのように普段から鍛えていればなんてことはないでしょうが。
「ふぅ……少し疲れました」
「諸人さんよぉ。あんたが言った意味、少し分かったぜ。ありゃ普通じゃねーわ」
「でしょう? あれが双子です」
「けどよぉ、良かったのか? あんなさっさと引き下がって。こっちは煌夜のお墨付きもらってんだろ? 強引に通せば問題ねぇじゃんか」
「いえ、まだ強引に行くのは早いですよ。彼らが何を考えているか分かりませんから」
「ちぇっ、なんかめんどくせーな。味方なのに、敵みたいじゃねぇか」
「単純に敵なら良かったんですがね……」
味方だからこそ、手出しがしづらいのだ。
組織が大きくなればなるほど、それぞれの思惑、思想、それらが絡まって、動きが悪くなる。
法律上は間違っているのに、組織というものに属しているから動きが鈍くなる。
それを法の限界とみるか、それとも法の穴を抜ける狡猾さと見るか。
今回は若干、趣が異なるとはいえ、似たようなものに違いない。
「ま、しばらくは様子見でしょう。あちらも早々簡単に尻尾は掴ませないでしょうから」
「へっ、なら残党狩りでもしてくるか。しっかり人撃っとかないと、相棒がなまっちまう。どうだ、諸人さんも?」
この男も、充分すぎるほど危険ですね。
あの双子と違って、分かりやすい分、まだ楽ですが。
「遠慮しておきますよ。少し疲れてしまいましたから」
それ以上に気が進まない。
政治および軍事上は正しくとも、法的には残党狩りは正義ではないのだ。
「へっ、ちゃんと運動しねぇからよ。今からしっかりしてねぇと、後々太って困るぜぇ?」
「それは怖いですね。気をつけましょう」
とはいうものの、苦笑してしまう。
この戦乱の世の中で、この男が将来を考えているのがあまりに滑稽で。
刀槍が舞い、銃弾が飛び交うこの世界で、明日、いやあと数分後に死なない保障なんてあるわけないのだ。
残党狩りに返り討ちに遭う可能性もあるし、味方に殺される可能性だって大いにある。
それでもこの男はそのことを考えていないのか、そういったネガティブさを感じさせない。
あるいは先日、オムカの兵に瀕死の重傷を負わされたという。
2度目の死によって、あるいは何か変わったのかもしれない。
そう考えると、少し愉快だった。
自分も一度は死んだ。
それによって、何かが変わったのかもしれないということだから。
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異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
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