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第4章 ジャンヌの西進
第41話 賽は投げられた
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「帝国軍3万、首都より出陣!」
その急報がもたらされたのは、喜志田が帰ってきた翌日だった。
その報告を聞いた時、兵たちの動揺は激しかった。
敵の行動が早く、何より俺たち全軍の4倍近い兵力を聞くと、どうしても絶望感を覚えてしまうのだろう。
だがそんな中、その報告に逆に失望した者がいた。
俺だ。
正直、たった3万かと思った。
敵の主力を一気に叩きのめすチャンスなのに、相手は戦力を小出しにしてきた。
戦力の随時投入は兵法において下策とされるが、一度きりの乾坤一擲(けんこんいってき)の策を用意していたこちらとしては、すかされた気分が激しい。
とはいえ敵が大軍なのは間違いない。それにより兵たちが動揺して指示通りに動かないのが一番の懸念だった。
だがそんな皆の不安を消し飛ばして落ち着かせたのが、喜志田だった。
『だいじょーぶ。アッキ……我らが英雄ジャンヌ・ダルクがなんとかしてくれる』
というか丸投げしやがった。
だが怒鳴り込もうとした俺の機先を制して、あいつはこう小さく聞いてきた。
『北の方でなんかやってんの、アッキーでしょ? 大丈夫、上手くいく』
その言葉に毒気が抜かれて、同時にこの男の観察眼に恐れを抱いた。
なにが自信がないだ。きっちり見るべきところは見てるじゃねぇか。
だがその後、さらに声を潜めて喜志田が語る言葉には、暗鬱な気分になった。
『俺たちの中に内通者がいるかも』
まさか、とは思いながらも、そのことを一度も考えなかったことはない。
反乱軍にスパイを潜り込ませることなんて常套手段だし、こういった隠れ家の居場所が分かれば一網打尽にできるからだ。
ただ今はその考えは消した。
それは共に戦う仲間を疑うことになるからだ。前線に立って戦えない俺が、その彼らを疑う事なんておこがましいというか恥知らずというか、とてもできないような気分だった。
『駄目だよ、アッキー。指揮官はこういう時も現実主義じゃなきゃ』
喜志田の言うことはわかる。
軍人は起こりうる最悪の事態を想定すべし。事は村の人たちを含む俺たち全員、果てにはオムカ王国の皆の命にかかわるのだ。
しかもそれは1つの証拠の上で成り立っている。
聞けば一昨日、俺たちを驚かそうと三方面から村に侵入しようとした中で、俺たちが最初に通って来た東の道と、今こうして通っている西の道に帝国軍らしき人影が見えたという。
まだ本格的にバレてはいないものの、目星はつけられているといった状態らしい。
『ま、といっても誰かとは分からないよ。相手が噂通り、人心を操るプレイヤーだった場合、知らず知らずのうちに内通者に成り下がっている可能性もあるし。だから今はアッキーは気にしないで、何の心配もしないでしっかりすっきりばっちり勝って来てね』
なんて言って笑みを浮かべた喜志田だが、だったら今そんな話するなよ、とツッコみたかった。
そんなわけで俺たちはほぼ全軍、5千500で下山した。
ビンゴ軍500のほか、里奈、竜胆、愛良、景斗らプレイヤー勢は残した。くだらないことを言った罰として、喜志田にも仕事を押し付けたためだ。
そもそも今回の戦い。俺が描いた通りに進むなら、里奈たちの手助けは要らない。
むしろそうでなければ3万には勝てないのだ。
だから俺の気持ちが鈍らないよう、連れてはいかなかった。
「デュエイン・アルカ。37歳。男。アカシ姉弟の腹心にて百戦錬磨の軍略と武勇に秀でた猛将。これ以上は情報が足りません、と」
馬の背に揺られながら、『古の魔導書』を眺める。
敵の大将はどうやらプレイヤーではないらしい。副官の女性も同様だ。
正直、相手はかなりの強敵に思える。
だがそういう相手ほど、俺の準備した策は嵌まる。自身の武略に自身を持った相手ほど、思惑通りに動かすことはたやすい。
ただ気になるのは彼の上司と書かれたアカシ姉弟。
プレイヤーか否か微妙な名前だし、調べようにも情報が足りな過ぎて出てこない。
彼らがプレイヤーなら、ビンゴ領を治める敵の総大将ということだ。そしてそのスキルで旧ビンゴ兵を操っているのだとしたら、いの一番に倒すべき相手となる。
その部下を倒せば、ひょっとしたら前線に出てくる可能性もあるのだ。
だからこそ、この戦いは負けられない。
内通者のことなんて構ってられなかった。
「あのー、ジャンヌさん?」
徒歩で横を歩いていたフレールがそう声をかけてきたのは、村を出てすぐだった。
「ん、どうしたフレール?」
「……何か凄い笑みを浮かべてましたが、良い事でもあったんでしょうか?」
っと、そんな笑ってたか、俺?
うぅん。こういうところから、意地悪いとかえげつないとか言われるのかな?
「いや、今回も強敵だから気を引き締めないとなって」
ごまかしになったかは分からないけど、フレールは「そうですか」と頷いたうえで、遠慮がちに聞いてきた。
「でしたら猶更聞かなければなりません。馬、乗ったまま戦闘に入らないですよね?」
はて、何が問題があるのだろうか?
「そうだけど、悪いか?」
「いや、悪いというか…………ええ、悪いです」
「兄さん」
サールが兄の言葉を咎める。
「いや、いいんだ。聞いておきたい。なんでだ、フレール?」
俺に促されて、意を決したようにフレールは言葉を続ける。
「はい。今回、我々はすべて歩兵です。少量の騎馬隊もいない歩兵軍団です。その中で騎乗の者となれば、大将格と敵に思われます」
「俺が狙われるってことか」
「敵が集中するだけならばいいのです。我らは剣や弓矢からはなんとしてでも守りますが……いかんせん鉄砲はさすがに」
「そうか」
サールも何も言わず小さく頷く。
彼らの想いがよく伝わってくるし、確かに俺を狙うのは合理的で危険だとはわかる。
けど――
「いや、そこまで考えてくれるのは嬉しい。けど、俺はこれなんだ。これが俺のやり方なんだ。皆が命を張っているのに、自分だけ守られてるなんて、落ち着かない。それに、俺が死んでもここの指揮はサカキがいる。全体の軍略は喜志田が取れる。だから何も問題はないさ」
「……分かりました。せめて鉄砲の盾になるよう動きます」
「それもなしだ。なんとかそれ以外の方法で守ってくれ」
「いえ、ジャンヌさんに何かあったら我々が団長に殺されます。ならここでジャンヌさんを守って死んだ方が意義がある」
「守る。覚悟」
兄の言葉に触発されたように、妹のサールも担いだ薙刀をギュッと握りしめる。
はぁ……なんでこの世界の連中は、サカキといいブリーダといいこういうのばっかなんだ。
もっと、命は大事にしないといけないのに。なんて兵たちに死ねと命令する俺が思うのも、おかしな話なんだけどさ。
ただ、死ねと命令するのと、命を大事にしてほしいという思いは相反しないのではないか。
そう最近思い始めた。
山を降りると、前方に軍が展開していた。
それは先ぶれを聞きつけて集まった、喜志田が集めた残り2千だった。
これで7千500。
3万に比べるほどではないが、戦えない数ではない。
あとの2万ちょいは、俺の軍略で埋めるしかなかった。
森の中の開けた場所で野営して、次の朝。
数少ない騎馬にまたがる斥候が急ぎ足で戻って来た。
「伝令! 敵、首都近くの砦に進駐! 早朝に東に向け進路を取りました」
頭の中に地図を描く。
敵がいるのはゾイ川の西岸。その一番首都に近いところだから、ここからまだ20キロ以上はあるだろう。さすがに大軍だ。動きはそんなに早くない。
対する俺たちはゾイ川の東岸。
南に敵方の砦があるから南下は難しく、あるとすれば西に行ってゾイ川を渡ればそのまま敵の横腹を突くか、首都まで攻め込める形になる。
位置関係上、今から俺たちが川へ向かって動いても、こちらの方が先に到着するはずだ。
「よし、俺たちはゾイ川へ進む!」
合流した2千にも喜志田が色々言っていたのか、俺の命令に文句1つ言わず従ってくれた。
そのまま駆けること1日弱。
村を出発してから3日で、ゾイ川の東岸にたどり着いた。
川の水は一般の兵の腰にかかるかかからないか。流れも早くないから渡れなくはないが……。
「敵! こちらに向かってきます! およそ2時間で到着!」
敵の動きを知らせる伝令が来た。
早い。さすがは帝国の猛将。こちらの動きを察知して急行してきたのだろう。
いや、あるいはこれも内通者の仕業か。
そうなるとあの件もバレているのか。
……考えるな。
大丈夫だ、問題ない。あれは信頼できる身内だけで仕上げた。だから内通されるはずないし、誰も知らないはず。
だから、いける。
俺はそう確信して、急ぎ幹部を集めた。
ビンゴ軍を統括するサカキ、オムカ軍を統括するヴィレスと喜志田が連れてきたグロス・クロスだ。クロエたちは他の任務で今はいない。
一応、彼らは『古の魔導書』で内通者ではないことを確認済みだ。
本当にこのスキルでよかったと思うが、こんな後ろめたいことに使いたくはなかった。
「お久しぶりです、ジャンヌ・ダルク殿」
「あぁ、去年は世話になった」
グロス・クロスは、去年にオムカとビンゴが停戦するきっかけとなった対エイン帝国戦で知り合った人物だ。
といっても、喜志田の副官として右往左往していたイメージしかないが。あと、その前に一度会って、これ以上ないほど言い負かしたのだが、それでもこうして普通に接してくれる。この人は良い人だ。でなきゃあいつの副官なんて務まらないだろう。
「大変だな、あの男の副官は」
「いえ、あのお方は優秀なので。仕方ありません」
あの喜志田の奇行を仕方ないで済ませるなんて、本当に良い人だ。
てかどんだけ慕われてんだ、あいつ。あんなやる気なさ男なのに。
「っと、すみません挨拶している場合ではないですね」
「そうだぜ、ジャンヌちゃん。敵が来る前にさっさと川、渡ろうぜ?」
「いえ、それは得策ではないかと。ゾイ川は、それほど水深もなく幅もありませんが……それでも全軍が渡ろうとすれば時間がかかります。その間に、敵の騎馬隊でも先行して来たら。我々は背水で敵を迎え撃つことになります」
ヴィレスが真面目な顔でサカキの意見を否定した。
だからサカキはふんっと鼻を鳴らすと、
「そうだなぁ。じゃあ敵が来るのを待って、ここでにらめっこするか? 川を挟んで。あっちの方が大軍だから補給は苦労するだろ」
「それも難しいのです。あちらの方が補給路としては短いですし。それにこちら側、東岸の砦に1万近い兵がいるとか。それらが集まって我らの退路を断てば……我々は挟撃されて全滅します」
グロスが控えめに反論する。
それも至極真っ当な意見なので、サカキは顔をしかめて、
「俺だってにらめっこはしてくねーよ。でもそうなると撤退しかなくなるぞ。どうすんだ、ジャンヌちゃん」
「ああ、そうだな……」
前に川。
対岸に敵が3万。だが1万近い敵がこっち側にもいる。
進めば背水、留まれば挟撃。
ならばやるべきことは1つ。
「川を渡る」
「じゃあ今すぐだな! 背水だろうが死ぬ気で戦えば勝てるぜ!」
「いや、今すぐはしない」
「あぁ? ん、分かったぜ。上流と下流、両方から渡って敵を挟み撃ちするんだな!」
「数少ない方が軍を割ってどうすんだよ。そうじゃない。敵が来てから俺たちは正面から川を渡る。そう、攻めるんだ」
「え、いや正面からって、敵前渡河? 無謀じゃね?」
「無謀だろうがなんだろうがやるしかない。俺たちは攻めて、敵を撃滅する。説明するから聞いてくれ」
ヴィレスとグロスも何かを言いたそうだったが、俺の言葉をしっかり聞く構えだ。
よし、この作戦は部隊の動きが生死を分ける。
少しでも反抗的なところがあればきっとうまくいかない。
ましてや内通者なんていたら逆に俺たちが窮地に陥る。
賽は投げられた。
ここまで来たらやるしかない。
少しでも不安なところは見せない。
ただ勝利を信じて策を推し進めるのみ。
だから俺は覚悟の代わりに息を吹きだし、そして今回の作戦の全てを彼らに語った。
その急報がもたらされたのは、喜志田が帰ってきた翌日だった。
その報告を聞いた時、兵たちの動揺は激しかった。
敵の行動が早く、何より俺たち全軍の4倍近い兵力を聞くと、どうしても絶望感を覚えてしまうのだろう。
だがそんな中、その報告に逆に失望した者がいた。
俺だ。
正直、たった3万かと思った。
敵の主力を一気に叩きのめすチャンスなのに、相手は戦力を小出しにしてきた。
戦力の随時投入は兵法において下策とされるが、一度きりの乾坤一擲(けんこんいってき)の策を用意していたこちらとしては、すかされた気分が激しい。
とはいえ敵が大軍なのは間違いない。それにより兵たちが動揺して指示通りに動かないのが一番の懸念だった。
だがそんな皆の不安を消し飛ばして落ち着かせたのが、喜志田だった。
『だいじょーぶ。アッキ……我らが英雄ジャンヌ・ダルクがなんとかしてくれる』
というか丸投げしやがった。
だが怒鳴り込もうとした俺の機先を制して、あいつはこう小さく聞いてきた。
『北の方でなんかやってんの、アッキーでしょ? 大丈夫、上手くいく』
その言葉に毒気が抜かれて、同時にこの男の観察眼に恐れを抱いた。
なにが自信がないだ。きっちり見るべきところは見てるじゃねぇか。
だがその後、さらに声を潜めて喜志田が語る言葉には、暗鬱な気分になった。
『俺たちの中に内通者がいるかも』
まさか、とは思いながらも、そのことを一度も考えなかったことはない。
反乱軍にスパイを潜り込ませることなんて常套手段だし、こういった隠れ家の居場所が分かれば一網打尽にできるからだ。
ただ今はその考えは消した。
それは共に戦う仲間を疑うことになるからだ。前線に立って戦えない俺が、その彼らを疑う事なんておこがましいというか恥知らずというか、とてもできないような気分だった。
『駄目だよ、アッキー。指揮官はこういう時も現実主義じゃなきゃ』
喜志田の言うことはわかる。
軍人は起こりうる最悪の事態を想定すべし。事は村の人たちを含む俺たち全員、果てにはオムカ王国の皆の命にかかわるのだ。
しかもそれは1つの証拠の上で成り立っている。
聞けば一昨日、俺たちを驚かそうと三方面から村に侵入しようとした中で、俺たちが最初に通って来た東の道と、今こうして通っている西の道に帝国軍らしき人影が見えたという。
まだ本格的にバレてはいないものの、目星はつけられているといった状態らしい。
『ま、といっても誰かとは分からないよ。相手が噂通り、人心を操るプレイヤーだった場合、知らず知らずのうちに内通者に成り下がっている可能性もあるし。だから今はアッキーは気にしないで、何の心配もしないでしっかりすっきりばっちり勝って来てね』
なんて言って笑みを浮かべた喜志田だが、だったら今そんな話するなよ、とツッコみたかった。
そんなわけで俺たちはほぼ全軍、5千500で下山した。
ビンゴ軍500のほか、里奈、竜胆、愛良、景斗らプレイヤー勢は残した。くだらないことを言った罰として、喜志田にも仕事を押し付けたためだ。
そもそも今回の戦い。俺が描いた通りに進むなら、里奈たちの手助けは要らない。
むしろそうでなければ3万には勝てないのだ。
だから俺の気持ちが鈍らないよう、連れてはいかなかった。
「デュエイン・アルカ。37歳。男。アカシ姉弟の腹心にて百戦錬磨の軍略と武勇に秀でた猛将。これ以上は情報が足りません、と」
馬の背に揺られながら、『古の魔導書』を眺める。
敵の大将はどうやらプレイヤーではないらしい。副官の女性も同様だ。
正直、相手はかなりの強敵に思える。
だがそういう相手ほど、俺の準備した策は嵌まる。自身の武略に自身を持った相手ほど、思惑通りに動かすことはたやすい。
ただ気になるのは彼の上司と書かれたアカシ姉弟。
プレイヤーか否か微妙な名前だし、調べようにも情報が足りな過ぎて出てこない。
彼らがプレイヤーなら、ビンゴ領を治める敵の総大将ということだ。そしてそのスキルで旧ビンゴ兵を操っているのだとしたら、いの一番に倒すべき相手となる。
その部下を倒せば、ひょっとしたら前線に出てくる可能性もあるのだ。
だからこそ、この戦いは負けられない。
内通者のことなんて構ってられなかった。
「あのー、ジャンヌさん?」
徒歩で横を歩いていたフレールがそう声をかけてきたのは、村を出てすぐだった。
「ん、どうしたフレール?」
「……何か凄い笑みを浮かべてましたが、良い事でもあったんでしょうか?」
っと、そんな笑ってたか、俺?
うぅん。こういうところから、意地悪いとかえげつないとか言われるのかな?
「いや、今回も強敵だから気を引き締めないとなって」
ごまかしになったかは分からないけど、フレールは「そうですか」と頷いたうえで、遠慮がちに聞いてきた。
「でしたら猶更聞かなければなりません。馬、乗ったまま戦闘に入らないですよね?」
はて、何が問題があるのだろうか?
「そうだけど、悪いか?」
「いや、悪いというか…………ええ、悪いです」
「兄さん」
サールが兄の言葉を咎める。
「いや、いいんだ。聞いておきたい。なんでだ、フレール?」
俺に促されて、意を決したようにフレールは言葉を続ける。
「はい。今回、我々はすべて歩兵です。少量の騎馬隊もいない歩兵軍団です。その中で騎乗の者となれば、大将格と敵に思われます」
「俺が狙われるってことか」
「敵が集中するだけならばいいのです。我らは剣や弓矢からはなんとしてでも守りますが……いかんせん鉄砲はさすがに」
「そうか」
サールも何も言わず小さく頷く。
彼らの想いがよく伝わってくるし、確かに俺を狙うのは合理的で危険だとはわかる。
けど――
「いや、そこまで考えてくれるのは嬉しい。けど、俺はこれなんだ。これが俺のやり方なんだ。皆が命を張っているのに、自分だけ守られてるなんて、落ち着かない。それに、俺が死んでもここの指揮はサカキがいる。全体の軍略は喜志田が取れる。だから何も問題はないさ」
「……分かりました。せめて鉄砲の盾になるよう動きます」
「それもなしだ。なんとかそれ以外の方法で守ってくれ」
「いえ、ジャンヌさんに何かあったら我々が団長に殺されます。ならここでジャンヌさんを守って死んだ方が意義がある」
「守る。覚悟」
兄の言葉に触発されたように、妹のサールも担いだ薙刀をギュッと握りしめる。
はぁ……なんでこの世界の連中は、サカキといいブリーダといいこういうのばっかなんだ。
もっと、命は大事にしないといけないのに。なんて兵たちに死ねと命令する俺が思うのも、おかしな話なんだけどさ。
ただ、死ねと命令するのと、命を大事にしてほしいという思いは相反しないのではないか。
そう最近思い始めた。
山を降りると、前方に軍が展開していた。
それは先ぶれを聞きつけて集まった、喜志田が集めた残り2千だった。
これで7千500。
3万に比べるほどではないが、戦えない数ではない。
あとの2万ちょいは、俺の軍略で埋めるしかなかった。
森の中の開けた場所で野営して、次の朝。
数少ない騎馬にまたがる斥候が急ぎ足で戻って来た。
「伝令! 敵、首都近くの砦に進駐! 早朝に東に向け進路を取りました」
頭の中に地図を描く。
敵がいるのはゾイ川の西岸。その一番首都に近いところだから、ここからまだ20キロ以上はあるだろう。さすがに大軍だ。動きはそんなに早くない。
対する俺たちはゾイ川の東岸。
南に敵方の砦があるから南下は難しく、あるとすれば西に行ってゾイ川を渡ればそのまま敵の横腹を突くか、首都まで攻め込める形になる。
位置関係上、今から俺たちが川へ向かって動いても、こちらの方が先に到着するはずだ。
「よし、俺たちはゾイ川へ進む!」
合流した2千にも喜志田が色々言っていたのか、俺の命令に文句1つ言わず従ってくれた。
そのまま駆けること1日弱。
村を出発してから3日で、ゾイ川の東岸にたどり着いた。
川の水は一般の兵の腰にかかるかかからないか。流れも早くないから渡れなくはないが……。
「敵! こちらに向かってきます! およそ2時間で到着!」
敵の動きを知らせる伝令が来た。
早い。さすがは帝国の猛将。こちらの動きを察知して急行してきたのだろう。
いや、あるいはこれも内通者の仕業か。
そうなるとあの件もバレているのか。
……考えるな。
大丈夫だ、問題ない。あれは信頼できる身内だけで仕上げた。だから内通されるはずないし、誰も知らないはず。
だから、いける。
俺はそう確信して、急ぎ幹部を集めた。
ビンゴ軍を統括するサカキ、オムカ軍を統括するヴィレスと喜志田が連れてきたグロス・クロスだ。クロエたちは他の任務で今はいない。
一応、彼らは『古の魔導書』で内通者ではないことを確認済みだ。
本当にこのスキルでよかったと思うが、こんな後ろめたいことに使いたくはなかった。
「お久しぶりです、ジャンヌ・ダルク殿」
「あぁ、去年は世話になった」
グロス・クロスは、去年にオムカとビンゴが停戦するきっかけとなった対エイン帝国戦で知り合った人物だ。
といっても、喜志田の副官として右往左往していたイメージしかないが。あと、その前に一度会って、これ以上ないほど言い負かしたのだが、それでもこうして普通に接してくれる。この人は良い人だ。でなきゃあいつの副官なんて務まらないだろう。
「大変だな、あの男の副官は」
「いえ、あのお方は優秀なので。仕方ありません」
あの喜志田の奇行を仕方ないで済ませるなんて、本当に良い人だ。
てかどんだけ慕われてんだ、あいつ。あんなやる気なさ男なのに。
「っと、すみません挨拶している場合ではないですね」
「そうだぜ、ジャンヌちゃん。敵が来る前にさっさと川、渡ろうぜ?」
「いえ、それは得策ではないかと。ゾイ川は、それほど水深もなく幅もありませんが……それでも全軍が渡ろうとすれば時間がかかります。その間に、敵の騎馬隊でも先行して来たら。我々は背水で敵を迎え撃つことになります」
ヴィレスが真面目な顔でサカキの意見を否定した。
だからサカキはふんっと鼻を鳴らすと、
「そうだなぁ。じゃあ敵が来るのを待って、ここでにらめっこするか? 川を挟んで。あっちの方が大軍だから補給は苦労するだろ」
「それも難しいのです。あちらの方が補給路としては短いですし。それにこちら側、東岸の砦に1万近い兵がいるとか。それらが集まって我らの退路を断てば……我々は挟撃されて全滅します」
グロスが控えめに反論する。
それも至極真っ当な意見なので、サカキは顔をしかめて、
「俺だってにらめっこはしてくねーよ。でもそうなると撤退しかなくなるぞ。どうすんだ、ジャンヌちゃん」
「ああ、そうだな……」
前に川。
対岸に敵が3万。だが1万近い敵がこっち側にもいる。
進めば背水、留まれば挟撃。
ならばやるべきことは1つ。
「川を渡る」
「じゃあ今すぐだな! 背水だろうが死ぬ気で戦えば勝てるぜ!」
「いや、今すぐはしない」
「あぁ? ん、分かったぜ。上流と下流、両方から渡って敵を挟み撃ちするんだな!」
「数少ない方が軍を割ってどうすんだよ。そうじゃない。敵が来てから俺たちは正面から川を渡る。そう、攻めるんだ」
「え、いや正面からって、敵前渡河? 無謀じゃね?」
「無謀だろうがなんだろうがやるしかない。俺たちは攻めて、敵を撃滅する。説明するから聞いてくれ」
ヴィレスとグロスも何かを言いたそうだったが、俺の言葉をしっかり聞く構えだ。
よし、この作戦は部隊の動きが生死を分ける。
少しでも反抗的なところがあればきっとうまくいかない。
ましてや内通者なんていたら逆に俺たちが窮地に陥る。
賽は投げられた。
ここまで来たらやるしかない。
少しでも不安なところは見せない。
ただ勝利を信じて策を推し進めるのみ。
だから俺は覚悟の代わりに息を吹きだし、そして今回の作戦の全てを彼らに語った。
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