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第4章 ジャンヌの西進
閑話14 椎葉達臣(エイン帝国プレイヤー)
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何かが違う。
そう思い続けてきた。
自分は他人とどこか違っていて、ずれていて、変わっていて、それがどうにも抗えないような感覚。違和感。
家族も、親戚も、友達も、教師も、すべてが異端。
ただ中学生が発症しそうな、自分が特別な感じとかではない。
――逆だ。
自分が圧倒的に下だという劣等感。敗北感。寂寥感。虚無感。喪失感。失意。落胆。悲嘆。苦悶。哀傷。悲哀。絶望。挫折。喪心。頓挫。破滅。失望。凋落。
どうして自分が生まれたのか、どうして自分が生きているのか、どうして自分がここにいるのか。
それを問い続け、何も分からないまま、19年という月日が流れた。
そして、彼女と出会った。
『それでいいんじゃない? それが椎葉くんでしょう?』
馬鹿にされているのかと思った。
それでも彼女は本気だった。
数か月、彼女と一緒にいたらそれが分かった。
違和感も劣等感もすべてなにもかも。
彼女は自分を自分として受け入れてくれた。
その時、自分は初めて恋をしたんだと思う。
これまで他人がすべて上等すぎて、自分が劣等すぎて、憧れはあるものの対等の立場で恋をするということはなかった。
――そう、彼女も劣っていた。
あらゆる面で、いろいろな意味で、擁護する意味で、圧倒的に他者より劣っていた。
否、欠けていた。
人であることに、人として生きることに、何かが欠けていた。
だから劣等の自分とは釣り合ったと思ったのかもしれない。
そう思い込んでしまったに違いない。
彼女には好きな人がいた。
大学の構内で一緒にいるわけでもない、話している姿を見かけたわけでもない。
それでも好きな人がいるとはっきりと理解した。
それでも、時たま見かけるその表情が、その視線が、その吐息が、彼のことを好きなのだと告げていた。
おそらく彼女の友人もそれを感じ取っていて、あえて何も言わなかったに違いない。欠けていたものを埋める、きっかけになると思ったのかもしれない。
そして1年が流れ、彼女は彼と真の意味で再会した。
そこになぜか自分もいた。
彼女に頼りになるとかでも思われたのだろうか。
それからはよく3人で一緒にいた。
それは楽しい時間だったと思う。
劣等の自分、欠けている彼女、そして……なんだかよく分からない彼。
2人はこれまで自分が付き合ってきた相手とはどこか違い、どこか激しくずれていた。
きっとベクトルが対極だったからだろう。
方向は違えど絶対値は同じ。そんな間柄だったから、彼らとは馬が合った。
立花里奈。
写楽明彦。
彼女らは死に、そして自分も死んだ。
そして気付いたらこの世界にいた。
この世界もやはり、何かが違った。
どこか自分とは決定的に合わない、そんな差異。
しかもこの世界には彼女たちがいない。彼女らのような存在とは二度と会うことはない。きっと奇跡のような出会い。
だから俗世から離れて引きこもった。
そのままこの世界に埋もれていくのもいいと本気で思った。
どの世界からも切り離され、切り捨てられ、自分という存在は消えていく。
だからこそ、自分は世界とかかわってはいけない。あの女神とやらがやたらとうるさかったけど、それも自分が劣っているからだと思い、目を閉じた。
――はずだった。
自分と同じ匂いを持つ堂島と出会い、そして――彼女の生存を知った時から、すべては動き出したのだ。
「敵、対岸に展開しています。およそ1万!」
伝令の声に我に返る。
あぁ、そうだ。今は戦争が始まる直前だった。
「ふんっ、野蛮で劣等な山猿どもが。こちらの動きが早すぎて何もできなかったと見える」
この軍の総責任者である将軍が、傲然と嘲笑う。
劣等。
対岸に陣取る彼らも劣等なのか。
「将軍、いかがしましょうか」
副官の女性が、彼の上司に問いかけた。
「奴らが川を渡っていれば、そのまま川に追い落としてやったが……まぁいい。あと数時間もすれば奴らの後ろを我が軍が取る。その時にこちらも川を渡って殲滅しよう」
「しかし、相手もそれは承知のはずでは? なのになぜ逃げないのでしょう?」
「したくても出来んのよ。もし奴らが後ろを見せれば、我々が川を渡り後ろから襲われる。そのことを恐れたのだろう」
「なるほど、そういうことでしたか。さすが将軍です」
いや、なんでそこで納得する?
思わず心中でツッコんだ。
自分たちがここにつくまで、少なくとも逃げる時間はあったはずだ。しかもこれまでの戦い方は神出鬼没だと聞く。それがこうも姿を現して、まるで自分たちを待ち受けていたかのようにしているのは何故だ。そう思考が回る。
「…………」
将軍と副官の話を耳に入れながらも、周囲を見渡す。
馬に乗っているおかげで、普段より遠くまで見える。それでも限度はあるけど、なんとなく違和感は感じた。
「…………なるほど」
この敵。
この地形。
この配置。
そして――この気配。
なるほど。分からない。
けど何かマズい。その予感がビンビンと感られる。
もとより自分は軍を率いるなんてことのできない、当然だ。向こうの世界に戦いはなかったし、学んでもこなかった。
それでも煌夜に、そして堂島さんに認められる何かがあったと思えるのは、ひとえに明彦のせいだ。おかげとは絶対言ってやらないけど。
3人でつるんでた時。あの男がよくぺらぺらと歴史についての講釈を垂れていた。歴史なんて受験の時に詰め込むだけのものだった自分にとっては正直どうでもよくて話半分、いや話1割で聞いていた。
それでも何か熱心に耳を傾けるのは里奈で、その話を聞いてる時の里奈は何より輝いているように見えたのは、きっと勘違いじゃない。
だからその時のことが印象に残り、川を挟んでの戦いについても色々うんちくを語る明彦との過去が琴線が触れていた。
さて、言うべきか。
確信はない。
もとより何があるか全然わからない。
いや、言うべきだ。
そうしなければ3万人もの命が露と消える。
何より、自分の命も。
「少々よろしいでしょうか」
舌が擦り切れそうなほど激しい舌打ち。
将軍がこちらに視線を向けずに行った行為に、どうしてそこまで嫌うのかなと、内心ため息をつく。
「なんだ?」
大仰で居丈高に声を放つ将軍。
確かデュエインとかいう名前だった。
自分は彼の直属ではなく、あの双子につけられただけなのに、なぜこうも嫌われているのか。
あるいは自分がひょろい青二才だと思われていたのかもしれない。
あるいは自分が堂島元帥や赤星教皇と近いからなのかもしれない。
それでも言わないことには迫りくる死神からは逃れられないのだから、無視されたとしてもはっきりと口にした。
「恐れながら具申いたします。我らは川を渡らない方が良いかと」
一瞬、空気が止まった。
しらける、というのとは違う。嵐の前の静けさというか、噴火する直前の火山というか。
そして予想通り、この空気を吹き飛ばしたのは、これ以上ない怒声だった。
「若造が! そんな弱腰で敵に勝てるか!」
将軍の反対側からもう1人が、身を乗り出してきた。
虎髭というのだろうか。触ると痛そうなほど剛毛の口ひげを生やした巨漢は、その筋肉質な体と仁王のような恐ろしい顔で威圧しながらこちらに向けて唾を飛ばす。
「だいたい貴様は何なのだ! 我らが主君の命だからこそ同行は許したものの、そこまでの発言を許した覚えはないぞ! 教皇様の権力を盾に、戦を知らぬ青二才が!」
拡声器でも使ったのだろうかってほど響く声が鼓膜を破らんと耳をつんざく。
まぁ、いいさ。
こういう手合いは、慣れているから。
自分が劣等であるがゆえに、どこかで必ず衝突が起きるのは自然の摂理だった。
すなわち、自身が優等であると信じ切っている輩がそうだ。
彼らは劣等なる者の考えが理解できない。
――なぜなら彼らは劣等でありながら優等のふりをしているから。
彼らは優等なる者の考えも理解できない。
――なぜなら彼らは劣等であるために優等にはなれないのだから。
ならどうするか。
慣れているのはこの対応だ。
「申し訳ありません。私ごとき軽輩な者が言っていいことではありませんでした。確かに私が今申し上げたのは怯懦から来る妄言かとお思いになるのは仕方ありません。それもこれも百戦錬磨の将軍たちの、ひと思いに敵を屠るなどといった勇敢で誇り高い戦法、圧倒的強者の発想は私のような弱者には及びもつきませんので。しかし自分が弱者であるがゆえに、弱者の相手の思考方法も分かるというもの。違いますでしょうか?」
人は時に優位を取ろうと会話のマウントを取ることがある。
それは自分が優位であることを示す以上に、相手を下位に貶めようとする行為だ。
だがそのマウントを取る相手が、これ以上は下げられないほど底辺にいた場合どうなるか。
振り上げた拳が、届かないほど深淵にあったらどうなるか。
そう、やることは簡単。
自分をさらに下へ落としこむ。
相手をさらに上へ持ち上げる。
そうなれば必然、両者の距離は更に開き、
「う、うむ……」
戸惑う。
怒鳴る相手がいない。辱める位置がない。
それだけで、彼らは何をしていいのか分からなくなる。
その一瞬に、こちらが刃を抜く。
「おそらく敵も将軍がたの威圧に押され、出るも退くも出来ない状況なのでしょう。しかもその場にいれば後ろから増援が来て挟み撃ちになる。そうなる時に、相手が勝機を見出すとすれば――前です。こちらの増援が来るより前に、川を渡ってこちらを撃退することこそ、生き延びる道だと考えます」
そう言い放った直後、伝令が駆けてきた。
「敵、動きます!」
「どちらだ!」
「こちらへ向かって川を渡って来ます! 全軍、1万!」
「正気か!?」
虎髭が笑う。
こちらに対してではない。向かってくる敵に対して。
僕からマウントが外れた。ならば行く。
「ここはチャンスです。こちらは待ち、相手の先鋒が川を渡ったら一気に押しつぶすのです」
「分かっておる! 全軍に伝令! 相手が川を渡り次第、矢を放て。そして歩兵を出して敵を殲滅せよ!」
「敵は算を乱して逃げるでしょう。その時こそ、こちらが渡河するタイミングです」
「うむ、つまり先鋒のわしの出番ということだな! ふはは! 若造の言葉に乗るのは癪だが勝ち戦ならば仕方ない。良いですな、将軍!?」
「うむ、存分に暴れるがいい」
虎髭が上機嫌の様子で去っていく。
これでこちらの犠牲は最小限に抑えられるだろう。
あぁ、彼の名前を最期まで聞けなかったな。
「将軍。あとは彼に任せれば問題ありません。前衛で1万、相手とは同等……いえ、算を乱した敵には十分すぎるほどの兵力です。我々はじっくりと兵を動かし、我が軍の圧倒的威容を見せつけてやれば、敗残兵たちは再び立ち向かう気力を失うでしょう」
「うむ、そうだな。そうしようか」
将軍もいつの間にか上機嫌のようで、顔がほころんでいる。
つい数分前まで大いに舌打ちしていたのと同一人物かと疑いたくなる。
だがこれでいい。
人は誰しもが他人より賢いと思っていたいのだ。
もとより劣っている身だ。
愚者を演じることなど、平常を装えば何ほどのものもない。
だが最弱は時として最強を打ち負かすのだ。
そして今、軍として劣っているのはどちらか。負けるのはどちらか。
ならば、敗北の時に備えてもう1つ手を打っておこう。
「もう1つよろしいでしょうか、将軍」
そう、ここはまず生き延びることを最上とするべきなのだから。
そう思い続けてきた。
自分は他人とどこか違っていて、ずれていて、変わっていて、それがどうにも抗えないような感覚。違和感。
家族も、親戚も、友達も、教師も、すべてが異端。
ただ中学生が発症しそうな、自分が特別な感じとかではない。
――逆だ。
自分が圧倒的に下だという劣等感。敗北感。寂寥感。虚無感。喪失感。失意。落胆。悲嘆。苦悶。哀傷。悲哀。絶望。挫折。喪心。頓挫。破滅。失望。凋落。
どうして自分が生まれたのか、どうして自分が生きているのか、どうして自分がここにいるのか。
それを問い続け、何も分からないまま、19年という月日が流れた。
そして、彼女と出会った。
『それでいいんじゃない? それが椎葉くんでしょう?』
馬鹿にされているのかと思った。
それでも彼女は本気だった。
数か月、彼女と一緒にいたらそれが分かった。
違和感も劣等感もすべてなにもかも。
彼女は自分を自分として受け入れてくれた。
その時、自分は初めて恋をしたんだと思う。
これまで他人がすべて上等すぎて、自分が劣等すぎて、憧れはあるものの対等の立場で恋をするということはなかった。
――そう、彼女も劣っていた。
あらゆる面で、いろいろな意味で、擁護する意味で、圧倒的に他者より劣っていた。
否、欠けていた。
人であることに、人として生きることに、何かが欠けていた。
だから劣等の自分とは釣り合ったと思ったのかもしれない。
そう思い込んでしまったに違いない。
彼女には好きな人がいた。
大学の構内で一緒にいるわけでもない、話している姿を見かけたわけでもない。
それでも好きな人がいるとはっきりと理解した。
それでも、時たま見かけるその表情が、その視線が、その吐息が、彼のことを好きなのだと告げていた。
おそらく彼女の友人もそれを感じ取っていて、あえて何も言わなかったに違いない。欠けていたものを埋める、きっかけになると思ったのかもしれない。
そして1年が流れ、彼女は彼と真の意味で再会した。
そこになぜか自分もいた。
彼女に頼りになるとかでも思われたのだろうか。
それからはよく3人で一緒にいた。
それは楽しい時間だったと思う。
劣等の自分、欠けている彼女、そして……なんだかよく分からない彼。
2人はこれまで自分が付き合ってきた相手とはどこか違い、どこか激しくずれていた。
きっとベクトルが対極だったからだろう。
方向は違えど絶対値は同じ。そんな間柄だったから、彼らとは馬が合った。
立花里奈。
写楽明彦。
彼女らは死に、そして自分も死んだ。
そして気付いたらこの世界にいた。
この世界もやはり、何かが違った。
どこか自分とは決定的に合わない、そんな差異。
しかもこの世界には彼女たちがいない。彼女らのような存在とは二度と会うことはない。きっと奇跡のような出会い。
だから俗世から離れて引きこもった。
そのままこの世界に埋もれていくのもいいと本気で思った。
どの世界からも切り離され、切り捨てられ、自分という存在は消えていく。
だからこそ、自分は世界とかかわってはいけない。あの女神とやらがやたらとうるさかったけど、それも自分が劣っているからだと思い、目を閉じた。
――はずだった。
自分と同じ匂いを持つ堂島と出会い、そして――彼女の生存を知った時から、すべては動き出したのだ。
「敵、対岸に展開しています。およそ1万!」
伝令の声に我に返る。
あぁ、そうだ。今は戦争が始まる直前だった。
「ふんっ、野蛮で劣等な山猿どもが。こちらの動きが早すぎて何もできなかったと見える」
この軍の総責任者である将軍が、傲然と嘲笑う。
劣等。
対岸に陣取る彼らも劣等なのか。
「将軍、いかがしましょうか」
副官の女性が、彼の上司に問いかけた。
「奴らが川を渡っていれば、そのまま川に追い落としてやったが……まぁいい。あと数時間もすれば奴らの後ろを我が軍が取る。その時にこちらも川を渡って殲滅しよう」
「しかし、相手もそれは承知のはずでは? なのになぜ逃げないのでしょう?」
「したくても出来んのよ。もし奴らが後ろを見せれば、我々が川を渡り後ろから襲われる。そのことを恐れたのだろう」
「なるほど、そういうことでしたか。さすが将軍です」
いや、なんでそこで納得する?
思わず心中でツッコんだ。
自分たちがここにつくまで、少なくとも逃げる時間はあったはずだ。しかもこれまでの戦い方は神出鬼没だと聞く。それがこうも姿を現して、まるで自分たちを待ち受けていたかのようにしているのは何故だ。そう思考が回る。
「…………」
将軍と副官の話を耳に入れながらも、周囲を見渡す。
馬に乗っているおかげで、普段より遠くまで見える。それでも限度はあるけど、なんとなく違和感は感じた。
「…………なるほど」
この敵。
この地形。
この配置。
そして――この気配。
なるほど。分からない。
けど何かマズい。その予感がビンビンと感られる。
もとより自分は軍を率いるなんてことのできない、当然だ。向こうの世界に戦いはなかったし、学んでもこなかった。
それでも煌夜に、そして堂島さんに認められる何かがあったと思えるのは、ひとえに明彦のせいだ。おかげとは絶対言ってやらないけど。
3人でつるんでた時。あの男がよくぺらぺらと歴史についての講釈を垂れていた。歴史なんて受験の時に詰め込むだけのものだった自分にとっては正直どうでもよくて話半分、いや話1割で聞いていた。
それでも何か熱心に耳を傾けるのは里奈で、その話を聞いてる時の里奈は何より輝いているように見えたのは、きっと勘違いじゃない。
だからその時のことが印象に残り、川を挟んでの戦いについても色々うんちくを語る明彦との過去が琴線が触れていた。
さて、言うべきか。
確信はない。
もとより何があるか全然わからない。
いや、言うべきだ。
そうしなければ3万人もの命が露と消える。
何より、自分の命も。
「少々よろしいでしょうか」
舌が擦り切れそうなほど激しい舌打ち。
将軍がこちらに視線を向けずに行った行為に、どうしてそこまで嫌うのかなと、内心ため息をつく。
「なんだ?」
大仰で居丈高に声を放つ将軍。
確かデュエインとかいう名前だった。
自分は彼の直属ではなく、あの双子につけられただけなのに、なぜこうも嫌われているのか。
あるいは自分がひょろい青二才だと思われていたのかもしれない。
あるいは自分が堂島元帥や赤星教皇と近いからなのかもしれない。
それでも言わないことには迫りくる死神からは逃れられないのだから、無視されたとしてもはっきりと口にした。
「恐れながら具申いたします。我らは川を渡らない方が良いかと」
一瞬、空気が止まった。
しらける、というのとは違う。嵐の前の静けさというか、噴火する直前の火山というか。
そして予想通り、この空気を吹き飛ばしたのは、これ以上ない怒声だった。
「若造が! そんな弱腰で敵に勝てるか!」
将軍の反対側からもう1人が、身を乗り出してきた。
虎髭というのだろうか。触ると痛そうなほど剛毛の口ひげを生やした巨漢は、その筋肉質な体と仁王のような恐ろしい顔で威圧しながらこちらに向けて唾を飛ばす。
「だいたい貴様は何なのだ! 我らが主君の命だからこそ同行は許したものの、そこまでの発言を許した覚えはないぞ! 教皇様の権力を盾に、戦を知らぬ青二才が!」
拡声器でも使ったのだろうかってほど響く声が鼓膜を破らんと耳をつんざく。
まぁ、いいさ。
こういう手合いは、慣れているから。
自分が劣等であるがゆえに、どこかで必ず衝突が起きるのは自然の摂理だった。
すなわち、自身が優等であると信じ切っている輩がそうだ。
彼らは劣等なる者の考えが理解できない。
――なぜなら彼らは劣等でありながら優等のふりをしているから。
彼らは優等なる者の考えも理解できない。
――なぜなら彼らは劣等であるために優等にはなれないのだから。
ならどうするか。
慣れているのはこの対応だ。
「申し訳ありません。私ごとき軽輩な者が言っていいことではありませんでした。確かに私が今申し上げたのは怯懦から来る妄言かとお思いになるのは仕方ありません。それもこれも百戦錬磨の将軍たちの、ひと思いに敵を屠るなどといった勇敢で誇り高い戦法、圧倒的強者の発想は私のような弱者には及びもつきませんので。しかし自分が弱者であるがゆえに、弱者の相手の思考方法も分かるというもの。違いますでしょうか?」
人は時に優位を取ろうと会話のマウントを取ることがある。
それは自分が優位であることを示す以上に、相手を下位に貶めようとする行為だ。
だがそのマウントを取る相手が、これ以上は下げられないほど底辺にいた場合どうなるか。
振り上げた拳が、届かないほど深淵にあったらどうなるか。
そう、やることは簡単。
自分をさらに下へ落としこむ。
相手をさらに上へ持ち上げる。
そうなれば必然、両者の距離は更に開き、
「う、うむ……」
戸惑う。
怒鳴る相手がいない。辱める位置がない。
それだけで、彼らは何をしていいのか分からなくなる。
その一瞬に、こちらが刃を抜く。
「おそらく敵も将軍がたの威圧に押され、出るも退くも出来ない状況なのでしょう。しかもその場にいれば後ろから増援が来て挟み撃ちになる。そうなる時に、相手が勝機を見出すとすれば――前です。こちらの増援が来るより前に、川を渡ってこちらを撃退することこそ、生き延びる道だと考えます」
そう言い放った直後、伝令が駆けてきた。
「敵、動きます!」
「どちらだ!」
「こちらへ向かって川を渡って来ます! 全軍、1万!」
「正気か!?」
虎髭が笑う。
こちらに対してではない。向かってくる敵に対して。
僕からマウントが外れた。ならば行く。
「ここはチャンスです。こちらは待ち、相手の先鋒が川を渡ったら一気に押しつぶすのです」
「分かっておる! 全軍に伝令! 相手が川を渡り次第、矢を放て。そして歩兵を出して敵を殲滅せよ!」
「敵は算を乱して逃げるでしょう。その時こそ、こちらが渡河するタイミングです」
「うむ、つまり先鋒のわしの出番ということだな! ふはは! 若造の言葉に乗るのは癪だが勝ち戦ならば仕方ない。良いですな、将軍!?」
「うむ、存分に暴れるがいい」
虎髭が上機嫌の様子で去っていく。
これでこちらの犠牲は最小限に抑えられるだろう。
あぁ、彼の名前を最期まで聞けなかったな。
「将軍。あとは彼に任せれば問題ありません。前衛で1万、相手とは同等……いえ、算を乱した敵には十分すぎるほどの兵力です。我々はじっくりと兵を動かし、我が軍の圧倒的威容を見せつけてやれば、敗残兵たちは再び立ち向かう気力を失うでしょう」
「うむ、そうだな。そうしようか」
将軍もいつの間にか上機嫌のようで、顔がほころんでいる。
つい数分前まで大いに舌打ちしていたのと同一人物かと疑いたくなる。
だがこれでいい。
人は誰しもが他人より賢いと思っていたいのだ。
もとより劣っている身だ。
愚者を演じることなど、平常を装えば何ほどのものもない。
だが最弱は時として最強を打ち負かすのだ。
そして今、軍として劣っているのはどちらか。負けるのはどちらか。
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5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
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