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神装真姫 晶たん④
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地域で偏差値トップクラスを誇る香澄高校は、学力向上を掲げる進学校でありながら、ブレザーの制服や体操服の可愛さでも評判だ。その魅力に惹かれて毎年多くの中学生が受験する。
文化祭は単なる学校行事にとどまらず、一般開放も実施している。一番人気は恋寄樹。恋愛成就はもちろん、香澄高校を志望する受験生や保護者までもが合格祈願のために足を運ぶほどだ。
香澄高校の卒業生の中に悠香がいる。代々、竹達家は地域に根差した薬局『竹達香守庵』を切り盛りしてきた。薬品を扱うだけではなく『特別な香草』の栽培と保護も務めの一つである。そのため竹達家では薬学に精通することを重んじ、悠香も香澄高校を経て大学の薬学部へ進学した。晶もまた母親の背中を追うのだった。
文化祭で恋寄樹に合格祈願したことを晶は今でも覚えている。猛烈な勉強の日々を乗り越え、見事合格を勝ち取ることができた。
入学当初は教室でも香文学部でも孤独だったが、何の変哲もない日常は突然変わっていく。晶を待っていたのは香りに導かれた出会い。『特別な香草』つまり『魂香草』の力を借りて、琴弧、亜梨紗が抱えている悩みの解決の糸口を見出すことができた。
人との繋がりが晶に一歩踏み出すきっかけを与えてくれたのだ。成長の跡が現れた晶は決意する。心が充実した新しい姿で次の受験生たちを迎えようと。・・・そのはずだったのだが・・・。
「ねぇ委員長、コレが委員長の趣味なの?」
「うん!・・・」
「これを僕に着せるためにお菓子撒いたわけだ。」
「晶たん・・・絶対に・・・似合うよ。・・・」
「委員長の趣味がわかっただけでも収穫だよ。文化祭が終わったら絶交しよう。」
「神が・・・顕現る・・・!私の前に顕れてくださってありがとうございます!」
「着てから言ってもらえる⁉まだ神様じゃないから!コレただのメイド服じゃん!しかもミニスカ!」
「ただのメイド服じゃないよ・・・ウエストは絞られてて・・・スカートはふんわり広がってAラインになってる・・・。パフスリーブに丸襟・・・ミニスカで可愛さマシマシ・・・色使いは白黒の定番で・・・メインは黒地・・・エプロン・袖口・フリル・前立ては白だから・・・コントラストが強く映える・・・スカートの裾や袖、エプロンにまで細かくフリルが縫われてるところも可愛い・・・ちゃんとカチューシャもあるよ。」
「それをメイド服って言うんでしょ。」
「本当は・・・水着メイドにしたかったんだけど・・・先生にダメって言われちゃって・・・。」
「当たり前だよ!」
「あと、絶対絶対ぜーーーっっったい白ニーソ!・・・。」
「それはまぁ・・・そうだね。」
「最後に黒のローヒールパンプス・・・。」
「あっ、ちゃんとストラップ付いてて偉い。でも僕の靴のサイズ教えたっけ?」
「晶たんが学校から帰った後に・・・下駄箱開けて調べたの・・・」
「やっぱり今から絶交ね。」
「メイド服は晶たんだけだから・・・。」
「えっ・・・噓でしょ?」
「神は・・晶たんしかいないの・・・。」
晶はもう帰りたいと思った。
澪はメイド服一式を晶に渡すと「楽しみにしてるね」とだけ言ってそそくさと変装カフェに戻ってしまった。
更衣室を兼ねた隣の空き教室で孤独になる。あまり気乗りしないメイクに取り掛かる手は少し震えていた。
晶にメイクの技術を仕込んだのは妹の唯奈だ。中学生が手当たり次第に集めた雑誌の受け売りではあるが、晶にピッタリなうっすらとしたナチュラルメイクでこの文化祭は乗り切れる。
土日が来るたびに唯奈に女性ものの服を着させられては、まるで着せ替え人形のように好き放題されていた。今となっては女性ものの服を着ることにそれほど抵抗はないが、学校という場所ではそう簡単には割り切れない。
気持ちが落ち着かないまま着替えとメイクを済ませた晶に、いよいよ覚悟を決める瞬間が近づいてくる。
『本当に日常に戻れるのだろうか』
昨日までの生活がはるか昔のように思える。極度の緊張に襲われ、視界がぐにゃりと歪んだ。足元が崩れる感覚に襲われて、逃げ場を求めるように思わず目を閉じ、両手で瞼を優しく覆う。すると今度は、瞼の裏側に突然琴弧の笑っている姿が映像として浮かび上がってきた。
『琴弧ちゃんのおかげでつまらなかった日常が変わったけれど、魂香草を使った次がこれ?そうは言っても魂香草を使っていなかったら琴弧ちゃんが大切な友達になっていたとは到底思えない。それに今の自分も存在してないよ。でも、琴弧ちゃんとの交流の延長線上に久慈さんがいて、更にその先に委員長が待っていたとしたら?2人との交流がなければ委員長とも親しくなってなくて、この格好になる必要もなかったってことにならない?・・・いやいや、2人がいなかったら今頃文化祭を楽しめる自分さえいなかったよ。えっ?楽しめる自分?僕は文化祭を楽しんでるってこと?メイド服に着替えて?だめだめ、これじゃ委員長の思うツボだから。別にメイド服を着れたことが嬉しいわけじゃないから・・・その・・・着心地が悪くないのは認めるけど・・・なんだかんだでメイクしたしね。てことは、文化祭を楽しめていないと2人のことや今の自分も否定しちゃうってこと?・・・そもそも、せっかくの文化祭って思えるほど毎日楽しくなったのは、2人が僕に悩みを打ち明けてくれたことから始まったわけで・・・』
緊張に支配された身体の中で頭の中心だけはやけに冴えていた。いつの間にか支離滅裂な円環が出来上がってぐるぐると回っている。
『琴弧ちゃんはこれを見てどう思うのかな・・・嫌われたくないよ・・・。クラスのみんなの反応も気になる・・・。引かれるのは嫌だな。いや、この際だから、もう委員長の企みは関係なくして、文化祭でメイド服になったことを楽しめる自分でいよう。』
椅子に座り、緊張した面持ちで前かがみになっている晶は、さながらライブを控えているバンドマンのようだ。不安は尽きないが、ついにステージに上がることを決意する。
変装カフェ仕様に飾られた教室に戻ると、絶妙に似合うメイド服姿の晶を見るなりクラスメイトが歓声を上げた。
「すげ~~~!似合いすぎだろ!」
「あれ本当に竹達か?」
「後で一緒に写真撮ってもらおうかな。」
「破壊力やばくない?」
「えー!めっちゃ可愛い。」
晶は恥ずかしさのあまり、まともに顔を上げることができない。枯れた大地に水が染み渡るように全身がグングンと紅潮していく。俯いたままエプロンの裾の辺りをぎゅっと掴んで『文化祭だから仕方ない』と何度も自分に言い聞かせていたものの、あまりの評判の良さに恥ずかしさとも嬉しさともつかないやり場のない感情に戸惑っていた。
『もう委員長は関係ない』と吹っ切れていたはずだが、急に頭を出した感情がさっきまでの晶を連れ戻して来たようだ。隣にいる澪に「本当に絶交だからね。」と目で訴える。だが当の本人は気にも留めない。これから変装カフェがスタートするというのに、血眼になって大切なノートにペンを走らせている。きっと夢が現実になったとたん、澪の瞳では吸収しきれない栄養が視神経から溢れ、キラキラの眼から血走った眼に変貌を遂げたのだろう。鼻息は荒く、肩で息をしながら、まるで久しぶりの獲物を貪る獣のように、目の前の幸福を逃すまいと必死に喰らい付いている。
『こいつはもうダメだ。』と冷めた目で見切りをつけると、急いで琴弧を探して教室を見渡す。衣装を楽しみにしてくれてはいたが、まさかこんなミニスカメイド服とは予想もしていなかっただろう。どうしても琴弧の評価が気になってソワソワと落ち着かない。
「あっ琴弧ちゃん・・・その・・・委員長がわざわざミニスカにしたんだってさ。」
頬を紅潮させたまま、両手でそっとスカートの裾をつまみ、ピンと広げて控え目にアピールする。
「晶ちゃん・・・すごく可愛い・・・!」
普段は見ることのできない晶を見て、驚きのあまり口元を両手で覆っていた。最近は力ずくで自由を奪ってくるおぞましく冷たい香りに辟易していた晶だが、今は濃い甘酸っぱい香りが心に優しく沁みいってくる。恥ずかしさを帯びた潤いのある瞳に見つめられると、抗うことなく自ら香りに身を預けるのだった。
「琴弧ちゃんに『可愛い』って言ってもらえたから、ちょっとだけ自信ついちゃったかも。」
「晶ちゃんを好きになる人が増えると困るんだけどなぁ。」
琴弧に褒められることが晶には一番嬉しい。ちょっとくすぐったい優しさが、積乱雲みたく身体中に敷き詰められた晶の不安を払いのけてくれた。やる気の通り道が開かれて熱を帯びた力が湧いてきた晶は『澪の企みはやはり小さなこと』と、最後の最後に前向きになれたのだった。
そしてついに高校生活初めての文化祭が始まる。
文化祭は単なる学校行事にとどまらず、一般開放も実施している。一番人気は恋寄樹。恋愛成就はもちろん、香澄高校を志望する受験生や保護者までもが合格祈願のために足を運ぶほどだ。
香澄高校の卒業生の中に悠香がいる。代々、竹達家は地域に根差した薬局『竹達香守庵』を切り盛りしてきた。薬品を扱うだけではなく『特別な香草』の栽培と保護も務めの一つである。そのため竹達家では薬学に精通することを重んじ、悠香も香澄高校を経て大学の薬学部へ進学した。晶もまた母親の背中を追うのだった。
文化祭で恋寄樹に合格祈願したことを晶は今でも覚えている。猛烈な勉強の日々を乗り越え、見事合格を勝ち取ることができた。
入学当初は教室でも香文学部でも孤独だったが、何の変哲もない日常は突然変わっていく。晶を待っていたのは香りに導かれた出会い。『特別な香草』つまり『魂香草』の力を借りて、琴弧、亜梨紗が抱えている悩みの解決の糸口を見出すことができた。
人との繋がりが晶に一歩踏み出すきっかけを与えてくれたのだ。成長の跡が現れた晶は決意する。心が充実した新しい姿で次の受験生たちを迎えようと。・・・そのはずだったのだが・・・。
「ねぇ委員長、コレが委員長の趣味なの?」
「うん!・・・」
「これを僕に着せるためにお菓子撒いたわけだ。」
「晶たん・・・絶対に・・・似合うよ。・・・」
「委員長の趣味がわかっただけでも収穫だよ。文化祭が終わったら絶交しよう。」
「神が・・・顕現る・・・!私の前に顕れてくださってありがとうございます!」
「着てから言ってもらえる⁉まだ神様じゃないから!コレただのメイド服じゃん!しかもミニスカ!」
「ただのメイド服じゃないよ・・・ウエストは絞られてて・・・スカートはふんわり広がってAラインになってる・・・。パフスリーブに丸襟・・・ミニスカで可愛さマシマシ・・・色使いは白黒の定番で・・・メインは黒地・・・エプロン・袖口・フリル・前立ては白だから・・・コントラストが強く映える・・・スカートの裾や袖、エプロンにまで細かくフリルが縫われてるところも可愛い・・・ちゃんとカチューシャもあるよ。」
「それをメイド服って言うんでしょ。」
「本当は・・・水着メイドにしたかったんだけど・・・先生にダメって言われちゃって・・・。」
「当たり前だよ!」
「あと、絶対絶対ぜーーーっっったい白ニーソ!・・・。」
「それはまぁ・・・そうだね。」
「最後に黒のローヒールパンプス・・・。」
「あっ、ちゃんとストラップ付いてて偉い。でも僕の靴のサイズ教えたっけ?」
「晶たんが学校から帰った後に・・・下駄箱開けて調べたの・・・」
「やっぱり今から絶交ね。」
「メイド服は晶たんだけだから・・・。」
「えっ・・・噓でしょ?」
「神は・・晶たんしかいないの・・・。」
晶はもう帰りたいと思った。
澪はメイド服一式を晶に渡すと「楽しみにしてるね」とだけ言ってそそくさと変装カフェに戻ってしまった。
更衣室を兼ねた隣の空き教室で孤独になる。あまり気乗りしないメイクに取り掛かる手は少し震えていた。
晶にメイクの技術を仕込んだのは妹の唯奈だ。中学生が手当たり次第に集めた雑誌の受け売りではあるが、晶にピッタリなうっすらとしたナチュラルメイクでこの文化祭は乗り切れる。
土日が来るたびに唯奈に女性ものの服を着させられては、まるで着せ替え人形のように好き放題されていた。今となっては女性ものの服を着ることにそれほど抵抗はないが、学校という場所ではそう簡単には割り切れない。
気持ちが落ち着かないまま着替えとメイクを済ませた晶に、いよいよ覚悟を決める瞬間が近づいてくる。
『本当に日常に戻れるのだろうか』
昨日までの生活がはるか昔のように思える。極度の緊張に襲われ、視界がぐにゃりと歪んだ。足元が崩れる感覚に襲われて、逃げ場を求めるように思わず目を閉じ、両手で瞼を優しく覆う。すると今度は、瞼の裏側に突然琴弧の笑っている姿が映像として浮かび上がってきた。
『琴弧ちゃんのおかげでつまらなかった日常が変わったけれど、魂香草を使った次がこれ?そうは言っても魂香草を使っていなかったら琴弧ちゃんが大切な友達になっていたとは到底思えない。それに今の自分も存在してないよ。でも、琴弧ちゃんとの交流の延長線上に久慈さんがいて、更にその先に委員長が待っていたとしたら?2人との交流がなければ委員長とも親しくなってなくて、この格好になる必要もなかったってことにならない?・・・いやいや、2人がいなかったら今頃文化祭を楽しめる自分さえいなかったよ。えっ?楽しめる自分?僕は文化祭を楽しんでるってこと?メイド服に着替えて?だめだめ、これじゃ委員長の思うツボだから。別にメイド服を着れたことが嬉しいわけじゃないから・・・その・・・着心地が悪くないのは認めるけど・・・なんだかんだでメイクしたしね。てことは、文化祭を楽しめていないと2人のことや今の自分も否定しちゃうってこと?・・・そもそも、せっかくの文化祭って思えるほど毎日楽しくなったのは、2人が僕に悩みを打ち明けてくれたことから始まったわけで・・・』
緊張に支配された身体の中で頭の中心だけはやけに冴えていた。いつの間にか支離滅裂な円環が出来上がってぐるぐると回っている。
『琴弧ちゃんはこれを見てどう思うのかな・・・嫌われたくないよ・・・。クラスのみんなの反応も気になる・・・。引かれるのは嫌だな。いや、この際だから、もう委員長の企みは関係なくして、文化祭でメイド服になったことを楽しめる自分でいよう。』
椅子に座り、緊張した面持ちで前かがみになっている晶は、さながらライブを控えているバンドマンのようだ。不安は尽きないが、ついにステージに上がることを決意する。
変装カフェ仕様に飾られた教室に戻ると、絶妙に似合うメイド服姿の晶を見るなりクラスメイトが歓声を上げた。
「すげ~~~!似合いすぎだろ!」
「あれ本当に竹達か?」
「後で一緒に写真撮ってもらおうかな。」
「破壊力やばくない?」
「えー!めっちゃ可愛い。」
晶は恥ずかしさのあまり、まともに顔を上げることができない。枯れた大地に水が染み渡るように全身がグングンと紅潮していく。俯いたままエプロンの裾の辺りをぎゅっと掴んで『文化祭だから仕方ない』と何度も自分に言い聞かせていたものの、あまりの評判の良さに恥ずかしさとも嬉しさともつかないやり場のない感情に戸惑っていた。
『もう委員長は関係ない』と吹っ切れていたはずだが、急に頭を出した感情がさっきまでの晶を連れ戻して来たようだ。隣にいる澪に「本当に絶交だからね。」と目で訴える。だが当の本人は気にも留めない。これから変装カフェがスタートするというのに、血眼になって大切なノートにペンを走らせている。きっと夢が現実になったとたん、澪の瞳では吸収しきれない栄養が視神経から溢れ、キラキラの眼から血走った眼に変貌を遂げたのだろう。鼻息は荒く、肩で息をしながら、まるで久しぶりの獲物を貪る獣のように、目の前の幸福を逃すまいと必死に喰らい付いている。
『こいつはもうダメだ。』と冷めた目で見切りをつけると、急いで琴弧を探して教室を見渡す。衣装を楽しみにしてくれてはいたが、まさかこんなミニスカメイド服とは予想もしていなかっただろう。どうしても琴弧の評価が気になってソワソワと落ち着かない。
「あっ琴弧ちゃん・・・その・・・委員長がわざわざミニスカにしたんだってさ。」
頬を紅潮させたまま、両手でそっとスカートの裾をつまみ、ピンと広げて控え目にアピールする。
「晶ちゃん・・・すごく可愛い・・・!」
普段は見ることのできない晶を見て、驚きのあまり口元を両手で覆っていた。最近は力ずくで自由を奪ってくるおぞましく冷たい香りに辟易していた晶だが、今は濃い甘酸っぱい香りが心に優しく沁みいってくる。恥ずかしさを帯びた潤いのある瞳に見つめられると、抗うことなく自ら香りに身を預けるのだった。
「琴弧ちゃんに『可愛い』って言ってもらえたから、ちょっとだけ自信ついちゃったかも。」
「晶ちゃんを好きになる人が増えると困るんだけどなぁ。」
琴弧に褒められることが晶には一番嬉しい。ちょっとくすぐったい優しさが、積乱雲みたく身体中に敷き詰められた晶の不安を払いのけてくれた。やる気の通り道が開かれて熱を帯びた力が湧いてきた晶は『澪の企みはやはり小さなこと』と、最後の最後に前向きになれたのだった。
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