お嬢様!それは禁忌魔法です!

紺野想太

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禁忌魔法とお嬢様

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お嬢様の魔法である『蘇生』…今となっては伝説のような扱いを受けている禁忌魔法。



それは遥か昔、ヴェルタ王国が誕生した時にまで遡る。

何十年と続いた戦争が終結し、この王国を統治した初代国王は計り知れない程の魔力の持ち主だったという。
そしてそんな初代国王には、双子の弟がいた。
弟も膨大な魔力を抱えていた優秀な魔法士だった…が、弟は最愛の妻を戦争で亡くし、国の統治どころではなかった。
兄は弟の様子を見て心を痛めながらも、戦後の課題に取り組まなければならない。そんな2人には徐々に溝がうまれてしまった。
そして、5年が経ったある日、ついに弟は禁忌に触れてしまったのだ。

魔法の記号化が得意だった弟は、妻を甦らせる『蘇生魔法』を作ろうと必死になった。
様々な魔法を記号化して記録し、体だけじゃだめだ、魂だけじゃだめだと試行錯誤した。幸か不幸か、街にはまだたくさんの遺体じっけんたいがあった。
誰にも知られず、日々研究に没頭した弟は、妻を甦らせることができてしまったのだ。

兄が弟の行いに気付いた頃には遅かった。
決して侵してはならない領域に踏み込んだ弟を、国王として、兄として、許してはならなかった。

だから国王は、甦った弟の妻と、弟を、群衆の前で断罪したのだ。


ーーーこれが『蘇生』の歴史。

ただこれだけなら、愛しい人を甦らせただけに聞こえるだろう。
でも弟は、蘇生魔法すらも記録に遺したのだ。
実験に使用した遺体もまとめて蘇生させるため、というメモと共に。

兄は危惧した。
ようやく落ち着きを取り戻してきたこの国に、戦争で亡くなった人間が戻ってきたらどうなるか。
『蘇生』は体も魂も取り戻すことができるが、だからといってすぐに状況が飲み込める訳では無い。甦るまでの歴史が勝手に補完される訳でも無い。

何よりも、人は生き、死にゆくという摂理そのものを覆してはならない。
遺された者は辛くても寂しくても、必死になって生活を営み、そして二度と還らない相手を想って生きている。
そしてそんな日々を経て、この国にも戦争を知らない新たな命が誕生した。
母は「戦え」と夫や息子に手渡した剣の代わりに、あたたかいミルクと誰も傷付けぬぬいぐるみを渡す。そして「人を傷付けるな」と教える。
これが亡くなった人間への弔いなのだ。
だから、世界は美しいのだ。尊いのだ。

『蘇生』は亡くなった人間に対しても、前を向き進んでいく人間に対しても冒涜になる。

そうして初代国王は、『蘇生』の記録をひとつ残らず燃やし尽くした。
この国がいまも平和で、日々変化に富んでいるのはこの初代国王の深い慈しみの精神のおかげである。




……この話は、義務教育とされる初等部に通えば誰でも知っている内容だ。
けれど実話というより、物語としての扱いがなされている。
これまで多くの研究者や魔法士が『蘇生』の再現を試みたが、誰も出来なかったからだ。



「…お嬢様にはまだ危険すぎるわよね」

いくら聡明でも、12歳だ。
政治に利用される可能性もある。亡くなった国王たちを全て甦らせることもできるのだから。
ならば私は、恩のある旦那様にもこのことを言うわけにはいかない。
旦那様も、知ったとしてそれを利用するような方ではないことはよく分かっている。それでもお嬢様のことを溺愛していらっしゃる旦那様には酷な内容だ。

『蘇生』は伝説ではあれど、使用できる人間は死罪……そう決まっているのだから。









翌日。

「ブレンダ!みて!花が全て咲いたのよ!」

お嬢様のお部屋に入った途端、お嬢様の明るい声が私を出迎えた。

「それは…昨日お嬢様に届けた花でしょうか」

「えぇ!やっと失敗しなくなったのよ、花を咲かせる魔法!!」

「見事でございます。やはりお嬢様は魔法の才能があるのですね」

「ふふ、お兄様たちにも見せてくるわ!」

駆け出そうとするお嬢様はまだ御髪の整えも着替えもしていない。

「お嬢様、その前にこのブレンダにお嬢様をより美しく見せるお手伝いをさせてくださいね」

「あぁそうね、忘れてたわ。よろしくブレンダ」



お嬢様は鏡の前の椅子に腰掛け、私が御髪を梳かす様子を見ている。

「…ブレンダ、髪を梳く魔法とかってないのかしら?」

「私は聞いたことがございませんが…そうですね、ロルフ様のように物を操る魔法と、あとはそよ風を吹かすような魔法が同時に使えたら可能かもしれません」

「まぁ!やっぱりブレンダは賢いのね!ロルフお兄様にコツを聞いておかないと!」


ロルフ様はお嬢様の兄君で、ハマーフェルド家の長男。
お嬢様と同じ銀髪で、お顔は奥様に似ているのだけれど性格は旦那様に似て寡黙な方。
ロルフ様の魔法は、両手で持てるくらいの物を自由に操ることができるという便利なもの。
そしてもう1人、マティアス様は次男。
ロルフ様とマティアス様は双子なのだけど、マティアス様は旦那様に似たお顔をしていて、性格は奥様に似た朗らかで真っ直ぐな方。
マティアス様は機械類の分解ができるのです。

「お嬢様、出来ました。本日のドレスは、お嬢様が咲かせた黄色いお花が映えるように少し黒みのある青などはいかがでしょう?」

私の言葉にお嬢様は瞳をキラキラさせて答える。

「素敵!おじい様からいただいたドレスよね?普段は少し暗いと思っていたけれど、もしかしておじい様はわたしがよく花束を抱えているから選んでくださったのかしら」

「えぇ、きっと。お嬢様のことを皆さんとても大切に思っていますもの。」

お嬢様の支度を全て終え、お嬢様について廊下に出る。


「ロルフお兄様たちは鍛錬が終わる頃かしら?」

「えぇ、そのはずです。」

「それなら中庭ね!」

せっかくだから自分で花束を持つ、と譲らなかったお嬢様の足取りは軽い。
中庭に着くと、ロルフ様達も丁度切り上げてお屋敷に向かってきていた。

「ロルフお兄様!マティアスお兄様!」

お嬢様の呼び掛けに、お2人は微笑まれる。

「エーファ!今日も可愛い!そのドレス、あまり見ないけどエーファの髪色と花束にもぴったりだ!エーファは何でも似合うね」

真っ先にお嬢様に駆け寄ったのはマティアス様。

「エーファ、おはよう。…うん、本当に似合ってる。」

こちらはロルフ様。口数は少ないけれど、奥様に似た優しい笑みをされている。

「ふふ、鍛錬をがんばったお兄様にこのお花をプレゼントしますわ!」

そう言って、2束の黄色い花束をお嬢様は差し出した。
ひとつは銀色のリボン。もうひとつは金色のリボン。ロルフ様とマティアス様の御髪の色と同じもの。

「エーファ~~!なんて良い子なんだ!お兄様はエーファのお兄様で嬉しいよ、本当にありがとう!」

「ありがとう、エーファ。部屋に飾ろう」

おふたりとも、お嬢様のことが大好きなのだ。
大きなてのひらが2つ、お嬢様の頭を撫でている。

「実はこの花、わたしが朝魔法で満開にしたの!」

「「え」」

お嬢様の言葉にお2人が固まる。
だって花を咲かせる魔法は高度なものなのだから。
花のみの成長時間を早める、正しく成長できるよう力を分散させる、その他諸々。
論理でできあがる魔法は、その過程が多いほど難しいとされている。いくつかの基本的な魔法を組み合わせて完成させるのだ。
物の時間を早める、だけでもかなりややこしいものなのだけれど、お嬢様は確か8歳の頃には習得されていた。

「ずっと練習していたの。それで今朝はひとつも失敗しなかったのよ!だからお兄様にみせたくて!」

「はは…エーファはすごいな、いやすごいと言うか……うん、すごい!!エーファは天才だよ!」

「花を咲かせるのは魔力を消耗するだろう。疲れていないか?」

「お兄様、ありがとうございます!全然疲れてなんかないわ!とっても嬉しいんだもの!」

「無理はしないようにな。ほら、食事に行こう」

ロルフ様がお嬢様の手をとる。
マティアス様はずるい!と言いながらも、そっと私のほうに寄ってきた。

「エーファの魔力、本当に大丈夫?ハイになってるだけとか…」

「えぇ、常に確認していますが大きな乱れはございません。お嬢様は元より魔力量が果てしないというか、少なくとも私が知る限り1番多い方ですので」

「そっか…あの子、すごいを通り越して心配になるくらい成長するよね。」

「お嬢様は聡明でありながら努力も惜しまないのですもの」

「エーファはブレンダを褒めてたよ。やりたい魔法の組み合わせをすぐ的確にだしてくれるんだって。さすが特殊魔法の使い手」

「勿体ないお言葉でございます。お嬢様の成長の妨げにならぬよう、魔法については学んでいるのですが…少しヒントを出しすぎてしまうみたいです」

「あぁわかる、エーファはかわいいからね!…でも、出すぎた能力は悪い大人に利用される。」

「えぇ、本当に。…そろそろ、私も我慢を覚えなくてはなりませんね」

「ブレンダには感謝してるよ。あの子に自分の魔法がなくても魔法が大好きで、明るい子なのはブレンダがたくさん魔法を教えてくれたおかげだ。」

「……ありがとうございます。」

「あぁそれと、母上がブレンダのことを呼んでたよ。食事の後でいいからエーファの魔法について話したいってさ」

「奥様が…承知致しました。」

「うん、じゃあ俺はエーファと手を繋いでこよう!ロルフだけはやっぱりずるいからね!」



元から魔力量の多い貴族は、特殊魔法の使い手が少しではあるが平民よりも多い。
それは旦那様と奥様にも当てはまる。

旦那様は『相手の言葉が嘘かわかる』
奥様は『相手の言葉が真実かわかる』
この2つは同じようなものだけれど、実際は全然違う。
旦那様は尋問などに向いている魔法だ。隠し事をしている相手がわかるし、それに悪意があるかどうかもわかる。けれど、人の記憶は脆いもの。嘘も真実と思い込めばいつの間にかその人にとっての嘘ではなくなってしまう。それが唯一の旦那様の魔法の欠点だ。…といっても嘘を嘘と思わなくなるにはかなりの強い念と時間が必要だから、弱点などあってないようなものだけれど。
そして奥様の魔法は、その間違いは間違いだとわかるのだ。旦那様の欠点を補完することができる。
例えば政略結婚の夫婦は、愛がなくても一生を寄り添い、子をなしていく。その時に発する「愛してる」が真実なのかどうかが奥様には分かってしまうという恐ろしい魔法でもある。
嘘を信じ込んでも真実にはならない。嘘が通用しないのだ。


いつか、奥様とお嬢様の魔法について話す日が来ると覚悟はしていた。

けれどこんなに早いなんて…。
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