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奥様とお嬢様、と、
しおりを挟む「奥様、ブレンダでございます」
「入ってちょうだい」
朝食を済まし、お嬢様が図書室に行ったのをお見送りしてから、私は奥様のお部屋に来ていた。
お嬢様の魔法のことと伺ったけれど、もしかして尋問でも……?
なんて、少し怯えていたけれどお部屋の中にいたのはいつもの優しいお顔の奥様だ。
「ブレンダ、こっちに来て座りなさいな。朝から立ちっぱなしで疲れているでしょう?エヴェリーナは女の子にしては少々おてんばですから」
「いえ、そんなことは…」
「誰も見ていないし気にしなくていいのよ。ね?私とお茶をご一緒してくださらない?」
「…では、失礼致します」
奥様に促されるまま、奥様の前に座る。
「…なぜ私が呼んだのかは聞いていますか?」
「お嬢様の魔法のこと、とお伺いしております。」
「そう、それなら早いわね。……あの子の魔法のことで、お願いがあるの」
「お願い…?」
奥様は膝に置いた手を見つめながら、ぽつぽつと話をはじめた。
「…あなたがあの子の魔法は無いと言ったことが真実ではないということは、知っているわ。」
「あ……その、恐れながらそれには理由が」
「『蘇生』でしょう」
「……え?」
奥様の瞳には確信と憂いが混ざった色が滲んでいる。
それでも、私を真っ直ぐ見つめている。
「ここでの話は誰も聞いておりません。いま一度ブレンダに問います。……あの子の魔法は、『蘇生』ですね?」
……奥様はきっと、魔法をお使いになっている。
ここで嘘をついてもバレてしまうのだろう。
「………………はい」
ひとつ、短いため息が聞こえた。
私は奥様を真っ直ぐ見つめ返せなくて、お嬢様のこれからの可能性を考えて、肩を震わせた。
「…ありがとう、正直に話してくれて」
奥様から次に発せられた言葉は、想像よりもずっとずっと柔らかかった。
「このことを知っているのは私とブレンダ、あなただけです。…お願いです。どうか、どうかこの事は旦那様にも言わないで……!」
「奥様……」
「分かっているのです。『蘇生』がどれだけ危険な魔法なのか。この身をもって、知っているのです。けれどあの子は何も悪くない。何も知らない。ならば私は母として、あの子が道を違えぬよう、支えていきたいのです。」
奥様の声は弱々しく震えている。
けれどその声に、私はどこか安心してしまった。
あぁこの方はお嬢様を傷付けない。
やはりどこまでも優しい奥様なのだ。
「…私は、お嬢様の魔法について決して口外致しません。神と奥様に誓いましょう。」
だから私も、お嬢様をお守りする覚悟を決めないと。
「ブレンダがあの子のメイドで良かったわ。…そして私も、神とブレンダに誓って、あの子の秘密を守りましょう。」
奥様はうっすらと潤んだ瞳を微笑みながら拭った。
「……なぜ旦那様はご存知ではないのでしょうか?」
つい言葉が出てきてしまった。
私がお嬢様に初めてお会いした日、私にお嬢様の魔法について聞いてきたのは旦那様だった。
「…旦那様はあの時のブレンダの言葉に嘘がないと信じたのよ。悪意も感じられないと言っていたわ。」
…あの時は、お嬢様の魔力量があまりにも多くて圧倒され、魔法も霞んで読めなかったのだけれど、とっさに「分からない」と答えてしまったのだ。
確かに、その言葉に嘘はないけれど…。
「では奥様は、真実ではないとあの時既にお分かりだったのでしょうか」
私の言葉は真実だったはずだ。
分からないものを分からないと答えたのだから。
真実か否かを見破る奥様だとしても、それができるのだろうか。
「分かったというか……ええ、そうね。確信に変わった、というのが正しいわ。」
先程とは違う、凛とした声が耳に心地よい。
「……私は一度死んだ身です。」
「……奥様……?」
「あの子を…エヴェリーナを産んだ時、私は血が止まらなくて……どんどん意識が無くなってゆくなかで、医師の『奥様はもう…』という言葉を聞いたわ。それで私、こんなに愛らしい子を抱かずに死ぬなんてと思ったの。」
奥様はまるでその場にいるかのように、目を閉じて静かに語る。
「…次に目を覚ました時、私の顔には布がかかっていたわ。あまり時間は経っていなかったのだけれど、心拍が止まった私の胸に、旦那様がエヴェリーナを置いてくださったの。きっと私があの子を抱きたいと願ったからでしょうね。…医師は奇跡だと喜んでいたわ。」
「それは…」
「えぇ。あの子の魔法のおかげでしょうね。本当ならば『蘇生』でも生き返るよう願わないとならないけれど、生まれたばかりで力の加減も出来なかったのでしょう。死んだ私に触れただけで、魔法が発動してしまった」
「……旦那様はお気付きにならなかったのですね」
「後から聞いたのですけど、旦那様はとても取り乱していたようで…それに『蘇生』なんて魔法を子供が持っているなんて思いませんもの。」
「そう、ですよね。」
「……私がいまこうして生きているのはあの子の魔法のおかげです。…でも、自然の摂理に背いてしまった。私は死ぬべきだったのです。だから私はこの命を、あの子に預けると決めました。」
あぁ、自分の命が失われていく感覚はどれほど恐ろしかっただろう。
それでもなお、死ぬべきだったと話す奥様はなんて美しく、悲しいのだろう。
「奥様。…私は、奥様といまこうして共に時間を過ごせていることが幸せにございます。」
「ふふ、ありがとう。私もブレンダと話す時間は楽しいわ。」
「光栄です。」
「ねぇブレンダ。」
「はい、奥様。」
「……ごめんなさいね」
「え…?」
「実はね、ずっと私の魔法を使っていました。…あなたの言葉は全て真実で美しかった。疑っていたわけではないの。けれどどうしても、この話には慎重になってしまって…」
「奥様、良いのです。私の本心が奥様に伝わり、ご安心できるのでしたら。奥様の魔法ですもの、誰にも止める権利などありません。」
奥様は優しく微笑んで頷いた。
「あの子を頼みます。」
最後に奥様からそう告げられ、私は席を立った。
私はもっとお嬢様のお側で、お嬢様の魔法について学ぶべきなのだろう。
そしてお嬢様が何を望むのか、もっと知るべきなのだ。
「ブレンダ?」
廊下で声を掛けられる。
よく通る低めの声だ。
「ロルフ様…?」
「あぁブレンダ、少しいいか」
「はい、どうされましたか?」
ロルフ様から声をかけられるのは珍しいな、なんて思いながら廊下の端に寄る。
「エーファがくれた花なんだが、俺の部屋には飾るためのものがなくてな」
「花瓶ですね。」
「こういうことは女性のほうが詳しいと思ったんだが…」
「…わかりました!後でロルフ様のお部屋にお似合いの花瓶をお届け致しますね」
「あ、あぁ…頼む」
「とんでもございません!」
早速似合うものを見繕わないと。
ロルフ様のお部屋はあまり派手ではないから、それに合わせて…でもお花が映えるように形と色にもこだわらないと……
「なぁブレンダ、」
「はい、何でしょう?」
ロルフ様の声に再び振り向く。
「あぁいや…なんでもない。」
「…?はい、では失礼致します。」
私はお嬢様のお部屋に向かった。
「ロルフ、またブレンダ逃がしたの?」
「……なんだマティアス」
「ブレンダに選んで欲しいって素直に言えばいいのに~」
「そっ……んな…ことは…………」
「あはは真っ赤!ブレンダ以外にはもっと紳士みたいな言葉遣いなのにね」
「……うるさいぞマティアス」
「まぁよく宰相の長男がメイドに恋なんて報われないことするよね。ロルフ実はドMでしょ」
「…恋、じゃ……」
「ない、なんて聞かないからね。まぁ応援するよブレンダいい子だしさ。俺はまだエーファを可愛がるだけで手一杯だけど」
「………………うるさい」
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