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いのちのはなし
しおりを挟む「エヴェリーナ……」
ブレンダと話した後、私は1人、窓の外を眺めていた。
私の娘は、禁忌魔法の使い手。
薄々気づいてはいた。気づかないようにしていた。
それが確信になってしまった今日、私の存在はこの世界の異端分子であることもまた、疑う余地のない“真実”になってしまった。
私はあの日…エヴェリーナを産んだ日に、確かに死んだのだ。
しかし、息を引き取ってすぐに旦那様が娘を胸に置いてくれたこと、そしてその娘が……『蘇生』を発動させたことという偶然が重なった奇跡の末に、こうしていまも息をしている。
ほとんど時間が経っていなかったから、不審に思う人もいなかった。その後の社交界では「娘を抱いたことで息を吹き返した聖母」だなんてありもしない噂が流れた。
次第に私も、あの日のことは本当に偶然だったのではないかと思うようになった。
実際に、息を引き取ったと言われてからすぐに息を吹き返した例は、この王国の長い歴史上、ないわけではない。……医療が今より発展していない頃の、医者という職ができはじめた頃の、話だけれど。
しばらくそうやって自分を誤魔化していた。…だけれど、娘が成長し、言葉や魔法を使い始めると、いつまでも“自分の魔法”が発現しない娘をみて、誤魔化しきれなくなっていた。
旦那様がブレンダを見つけたのはちょうどその頃だった。
旦那様は、自分の魔法がないと悲しむ娘をみて、なんとかしたいと常々考えていらっしゃった。
ブレンダが娘をみて「わからない」と答えたあの日……
旦那様は、その言葉を信じた。魔法が好きな娘の魔力量が膨大だと分かっただけいいと安心なさっていた。そしてそのまま、いつか見えるようになるかもしれないと、ブレンダを娘のメイドに配属した。
私は、ブレンダの言葉が、真実ではないと分かっていた。
その時に、ずっと胸のなかでもやもやしていた霧が晴れたような気がして……娘の魔法と、私のこの命について、ストンと納得してしまったのだ。
旦那様に「ブレンダの言うことは真実か?」と聞かれた時、私は頷いた。
真実を言いたかった。魔法が知りたいと言う娘の願いを叶えてやりたかった。……でもそれは、決して、言ってはならないことだった。
真実を伝えれば、旦那様は私や娘を処刑することになる。それがこの国の決まりで、貴族である私たちの務めなのだから。
私の命なら、朽ちても良かった。
1度失われたもの。かえるべきところにかえるのが、私の義務。それでも、私が処刑されたら、何の罪もない娘まで犠牲になってしまう。
娘は望んで『蘇生』の力を得たわけではない。
けれどすでに、禁忌であるその力を使ってしまった。そこに娘の意思の有無は関係ない。私が生き返り、ここに存在している事実が、その証拠なのだから。
もちろんブレンダが口外しなければいいのかもしれない。このまま、穏やかに生きていられるのかもしれない。
ただ……恐らく、このままではいられない。
もしかしたら、他にもブレンダのような魔法をもつ人間が出てくるかもしれない。
マティアスは機械の分解ができる。……その魔法の本質は、初代国王の弟君……つまり、魔法の構造を見る、というものとかなり近い。マティアスが何かのきっかけで魔法の分解までできるようになってしまえば、いつかはエヴェリーナの魔法も知ることになるでしょう。
…そして、そんな“もしも”の話だけではなくて……。
私は腕をさすった。
…もう随分前から、体温がない。
心臓は動いているし、血も流れている。その微かな温度のみが、私の体を構成している。
娘を産んでから体調があまり良くないと伝えてあるから、このことだけなら誤魔化せるのだけど、もうひとつ。
自分の体が、老化しない。
社交界のお友達は、どれだけ若々しくても、目元にふっくらと優しい皺が刻まれはじめている。それなのに私は、皺ひとつない肌、艶のある髪……。羨ましいと言われて喜べたのは、それが自分の特性だと思えていた数年だけ。
徐々に、気味が悪いと思い始めてしまった。
この体は、娘が私を生き返らせたあの日から、時が止まったままということなのでしょう。
いまはまだ“若々しい人”で何とかなっているし、調子が悪いと言って社交界やお茶会にもほとんど参加していないからいいけれど、5年後10年後、20年後……私よりもエヴェリーナのほうが大人に見えるかもしれない。流石にそこまで隠しきれない。
そして私は、老衰では死なないかもしれない。
こうなると、私の力だけではどうしようもない。
宰相の妻が自死した、なんてことが広まれば、旦那様の迷惑になってしまうことは分かりきっている。
ここが貴族社会でなければ、ひとりきりで逃げ出して、山奥でひっそりと暮らすことが出来た。そんなことが許されないから、私たちは貴族なのだ。
今は、どうすることもできないけれど、きっといつか終わりはくる。
それまでに私は、子供たちに、いのちのはなしをしたい。
私にしかできない、いのちのはなしを。
窓の外では、使用人が忙しなく働いている。
そのひとりひとりに、譲れない信念があって、密かな夢があって、大切な人がいる。
二度と戻れない今日を生きて、1度きりの人生の答えを探している。
努力しても、成功する確証なんてどこにもない。どれだけ人を想っても、見返りがないこともある。それなのに、そのひとつひとつに泣き、笑い、また明日を求めてしまう。
それってとても、美しいことだわ。愛おしいことだわ。
私はペンをとった。
子供たちに、この美しさを伝えるために、私は今を生きているのだから。
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