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お嬢様と婚約
しおりを挟む「「エ…………エーファが婚約……!?!?!?」」
ある日の午後。
ハマーフェルド家にロルフ様とマティアス様の声が響き渡った。
「う、嘘だ!エーファはまだこんなに幼いんだぞ、婚約だなんてはやすぎる!」
マティアス様はお嬢様をぎゅっと抱きしめて抗議している。ロルフ様は、口が開いたまま固まってしまった。
「早くない。……というより、遅すぎるくらいだ。相手は王族。生まれた時から妃教育を施しているのが普通だろう。」
「嫌だ!王妃!?そりゃエーファは可愛いけど!この国1可憐だけど!政略結婚の王妃なんて辛いだけじゃないか、どうせ愛妾をもたれて子供の派閥争いに巻き込まれる!」
「マティアス。先見の明があるのはいいが、それ以上は不敬だぞ。それに、この家に生まれたのだから王族に嫁ぐのはほぼ決まっていたことだ。」
「じゃあなんでいま…!」
「それはな、マティアス。…ロルフもだ。……お前達がエーファを可愛がるあまり婚約者を見つけないからだ!」
「な……それとこれとは…!」
「関係あるだろう。上の兄弟に婚約者の1人もいないのに末の子だけというのは、お前たちに何か問題があるからだと思われる。より婚期が遅れるだけだ。王族に気を使われたんだぞ、お前たちは。」
「えぇ……」
旦那様は、お嬢様を抱いたままメソメソしているマティアス様からお嬢様を引き剥がし、優しく頭を撫でた。
「すぐにというわけじゃないが、エーファは妃教育を受けることになる。…しかし、お前は賢い子だ。社交界に出ても恥ずかしくないよう、マナーはしっかり教えたな。それに、同年代の貴族の中でエーファが…自分の魔法がなくても選ばれたのは、お前の魔法の実力をかっていただいたからだ。」
「……お父様、私は大丈夫です。それより、お兄様たちが……」
「それこそもう立派な大人なのだから自分で勝手に立ち直るさ。優しい子だな。」
旦那様に褒められて、お嬢様は嬉しそうに微笑んだ。
そして、そばで動かなくなってしまったマティアス様とロルフ様に駆け寄り、手を取る。
「お兄様。私はお兄様たちが大好きです!私がどこに嫁いでも、変わりません!」
そう言って無邪気に笑うお嬢様に、ダバっと涙を流す2人。
奥様はその様子をいつも通り微笑みながらみている。
「……話は以上だ。」
旦那様は席を立たれた。
後を追うように、奥様も着いていかれる。
そして私の横を通り過ぎた時……奥様は、私に小さく耳打ちした。
「旦那様ったらね、これでも拗ねているのよ。婚約はまだはやいって駄々をこね続けていたけれど、もう逃げられなくなってしまって。」
え、と顔をあげる。
奥様はいたずらっ子のような微笑みで去っていった。
「ブレンダ、お部屋に戻りましょう。今日のお勉強がまだ続きだわ!」
「はい。…その前に少し休憩なさいますか?」
「いいえ!だって魔法のお勉強だもの!」
目をキラキラと輝かせて、まるで婚約の話などなかったように早足で部屋に向かっている。
「お、お嬢様、廊下は…というか歩く時はもう少しゆっくり…!」
「いいじゃない、いましか出来ないのだから!」
ふわふわの髪とドレスを翻し、お嬢様が笑う。
元々平民の私にとって、お嬢様の年齢で婚約ということに馴染みはない。ロルフ様たちの年齢だって、まだまだ結婚にははやいくらいだ。けれど、これが貴族の社会。私よりもずっと幼いお嬢様のほうが、大人びて見えた。
「ねぇブレンダ。私が妃教育で王宮に通うようになったら、ブレンダも一緒に来れるのかしら?」
「……私は出自が平民ですから、王宮には他の侍女を連れていく方が良いでしょう。私にはマナーが十分身に付いておりませんから。」
ずっとずっとそばに居たいと思う。
優しくてあたたかくて、誰よりまっすぐなお嬢様をお支えしたいと思う。
しかし、それはできない。これが身分の差というものだから。
そもそも、この家に置いていただけていること自体が奇跡のようなものだ。
「そんなことないわ。ブレンダは貴族と並べても変わりないくらい所作が綺麗よ。私、ブレンダがたくさん練習していたのを知っているもの。」
「お嬢様……ありがたいお言葉です。」
「あのね。これはあまり大きな声では言えないのだけれど……」
お嬢様はそう言って私の手を引いた。
それに促されるように、屈む。
「……私、貴族とか平民とか、どうでもいいの。だって同じ人間だもの。…それに、私たちの家も、今は貴族だけれどずっと昔は平民だったのでしょう?今後一生貴族である保証もないし。私はね、たくさん努力している人こそ尊いものだと思うのよ。」
声をひそめて、内緒話のような体勢をとる。
それは、私に初めて伝えた、お嬢様の本心だった。
「これは“私”の意見よ!もちろん、この家に生まれた私の役割は分かっているし、放棄するつもりもないわ。貴族というだけで恩恵を受けていることも忘れない。この貴族制度のおかげで今の世が平穏なことも。」
あぁ、お嬢様は立派な方だ。
自分のやるべき事を理解した上で、自分の意見を曲げずに持っている。
そしてその意見を無理やり押し付けることもない。
私は、平民だから。
食べ物に困ったこともあるし、着るものは何度も縫い直してつぎはぎだらけ。最低限の読み書きは習えるけれど、それが出来るからといって、自由に本が読める環境はない。
貴族に生まれればよかったのにと自分自身を、家を恨んだことは数え切れないほどにある。
…私は運良くこの魔法のおかげでここにいるだけ。努力の結果でもなんでもない。
それなのに、お嬢様は、貴族に生まれてもなお努力を続けている。
私の努力は、無いものを身につけるためのもの。追いつくためのもの。
お嬢様の努力は、無いものを探すためのもの。
お嬢様は私を努力していると言ってくださるけれど、私とお嬢様は、根本的に違うのだ。
そして、そんなお嬢様の努力を知ってか知らずか、それは私には推し量れないけれど、お嬢様をお妃様に選ばれた方もきっと、人を見かけや生まれ持った特徴だけで判断しない方なのだろうと思った。
王家に嫁ぐということは、今後、こんなに賢くて優しいお嬢様でも力不足に悩み、時には冷酷な判断を下すことを迫られ、辛い思いをすることになるだろう。
お嬢様には、そんな思いをしてほしくない。
そんな思いとは裏腹に、この王国に暮らし、仕える身としては、将来のお妃様はお嬢様しか考えられない。
ただひとつ、変わらない願いは、お嬢様が幸せであってほしいということ。
貴族の人生の優劣は決められたレールをどれだけうまく進めるかで決まる。1歩でも違えればそこで全て終了。
けれど、お嬢様は、そのレールを自ら開拓していく力を持っている。
だからどうか、お嬢様の旦那様となる方が、その道を阻もうとしない方でありますように。
お嬢様を政治の駒としてでなく、愛し、慈しんでくれる方でありますように。
私には願うことしかできない。私がお嬢様にお仕えできるのは、あとほんの少しだろうから。
いまはただ、この夢のような日々のひとつひとつを忘れないように目に焼き付けて、私の持ちうる限り全ての知識をお嬢様にお伝えしよう。
そうしていつか、お嬢様がこの日々をふと思い出して、優しい気持ちになれるように…。
「もう、ブレンダ!はやく来てちょうだい!」
「はい、ただいま。」
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