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僕の婚約者
しおりを挟む「…本当に、エヴェリーナ嬢でいいのか?」
「父上、僕はエヴェリーナ嬢がいいのです。」
ここは父上の…つまり現国王の自室。
僕は何度も何度も父上にハマーフェルド公爵家の令嬢であるエヴェリーナ嬢との婚約を頼んでいたのだが、なかなか進まないためこうして直談判しに来た。
父上はお優しい方だ。直接来れば話を聞くことを断りはしないだろうと思っていた。
「うむ…確かに聡明な子だと聞くが、自分の魔法がないのだろう?もし世継ぎも魔法がなかったらどうする。1番責められるのはエヴェリーナ嬢なのだぞ。」
やはり父上はお優しい。いや、国王だというのに優しすぎる。
『エヴェリーナ・フレヤ・ハマーフェルド嬢には自分の魔法がない』
それは、この国に属する一定水準以上の貴族であれば誰もが知っていること。ここが1番の問題であるかのように思われるが、実際はそんなことないのだ。
王家の血筋に自分の魔法すら使えない者を入れるな、という意見は、我々皇族を敵視する貴族派から捌ききれないほど出るだろう。ハマーフェルド公爵家が忠実な皇族派であることは長年の歴史が証明してきている。それに、内政も安定しているいま、貴族派が出来ることと言えば少しでも皇族の力を削ぐことのみ。……なんていうのは、たとえ僕が5歳でも考えられるほど易しい質問だった。
「彼女は僕が守ります。…それに、もし遺伝するものならばハマーフェルド公爵家の強力な特殊魔法の説明がつかないと思います。きっとエヴェリーナ嬢も特殊魔法の使い手で、まだ魔法が出現する状況にないだけだと考えるほうが理にかなっているのでは?」
予め用意していた言葉をそのまま吐き出す。
多くの魔法学者が、エヴェリーナ嬢の魔法は“発現せず”と報告している。しかし僕には、その魔法がただ“見えていない”だけなのではないかと思えてしまうのだ。
「…お前は口がよく回るな。誰に似たのか。」
「僕がみてきたのは父上だけですよ。」
「はぁ……まったく…。……一旦エヴェリーナ嬢の魔法のことはいいとして、お前がエヴェリーナ嬢に執着する理由は何だ?話したことも無いだろうに。」
父上は額に手をあてて、考え込むような姿で僕に問う。
そうして僕はまた、用意していた言葉を吐く。少し大げさに、子どもらしい様子を見せよう。
「父上にはエヴェリーナ嬢の良さが分からないのですか……!?確かに話したことはありませんが、見かけたことはあります。年下とは思えないほど大人びてみえるでしょう。それに、いかに聡明で努力家で純粋であるかはロルフとマティアスから散々聞いているんです。」
「あの双子か……エヴェリーナ嬢を大層可愛がっているという話は有名だが、こうは考えられぬか?エヴェリーナ嬢を嫁がせるために、あえてそういう演技をしていると。」
「それは断じてありえません。むしろ僕が父上を通さず略式で婚約を申し込めば、あの2人が剣を握って乗り込んできてもおかしくないのです。……ですのでどうか、父上とハマーフェルド公爵で慎重に進めていただきたいのです。」
大げさに、と意識して話したものの、あの2人なら本当にやりかねないな…と思って胃が痛む。彼らは順当にいけばこの国の宰相や騎士団長になるだろうし、なるべく敵にはしたくない。
「……もし、ハマーフェルド公爵が婚約を断ったらどうするのだ?」
「承諾していただけるまで説得します。何年経っても。」
「他の令嬢ではどうしてもだめなのか?聡明な令嬢がエヴェリーナ嬢だけというわけではないだろう。」
「しかし他の誰もエヴェリーナ嬢ではありません。」
「ではエヴェリーナ嬢が王妃になったとして、側室はどうする。」
「僕はエヴェリーナ嬢以外を娶るつもりはありません。愛も会話もない場所に送り込まれる他の令嬢が気の毒でしょうから。」
「エヴェリーナ嬢が子を成せなかったらどうするつもりだ?」
「僕の弟をお忘れですか?あいつは僕と違って奔放ですし、数年後には家族が10人くらい増えているかもしれませんよ。それこそ跡継ぎに悩んでしまうくらい。あぁ、そこから養子をとってもいいですね。紙面上だけでも。養子ならばロルフやマティアスからも望めるでしょう?」
「しかしやはり直系の血が……」
「父上。これは全て仮定の話です。子のことはエヴェリーナ嬢に限った問題でもないかと。どうか、婚約の話を進めていただけないでしょうか。……それに、婚約の話自体はエヴェリーナ嬢が産まれた瞬間からあったのではないですか?この国の公爵家で僕と年齢的に近しい未婚の女性は彼女だけですし。」
「……確かに、そういった話があがったこともあったな。だがそれは……」
「エヴェリーナ嬢の魔法がないと知る前だったから、ですか?……しかし、侯爵家をみても彼女より聡明な未婚女性はいませんし、いまは近隣国との関係も安定しているのであえて他国と婚姻関係をつくる必要もないですよね?」
「……」
納得したのか呆れたのか、父上は少しだけ眉間に皺を寄せて押し黙った。
「…では、お願い致します。父上。」
父上に背を向け扉に手をかける。
すると、父上はこれまでより低い声で僕に問うてきた。
「……待て、リシャール。……お前は本当に……本当に、エヴェリーナ嬢に好意を抱いているのだな?」
「ええ。それはもう、すぐにでもそばにおいておきたいほどに。」
肩を上げて困ったように笑ってみせる。
では、と告げて部屋を出て、ひとつ息をついた。
これは本心だ。そばにおいておきたいのだ。
得体の知れない彼女を。
僕と同類かもしれない彼女を。
そのためなら好意でもなんでも完璧に装ってみせよう。彼女が望むなら、優しく見つめて、とろけるような台詞を吐いてみせよう。
決してぞんざいには扱わないし、側室も娶らないと宣言している僕に不満なんてないだろう。
僕が彼女に興味を抱いているのは事実だ。
いや、彼女自身ではなく、彼女の魔法にと言う方が正しいか。
未だ発現しない魔法がやがてその正体を顕したとき、それはどれほどの威力を持っているのだろう。そしてこの国にどんな影響を及ぼすことになるのだろう。
彼女の魔法はあると仮定すると、それは確実に特殊魔法に分類される。もしそれが戦争を望む貴族や、常に信仰の対象を求めている教会にとって有利なものだった場合、どこからか情報が漏れたら彼女はそいつらの駒になる。彼女や国のことを考えると、まだ魔法が発現していないうちから僕のそばにおいておくのが最も安全だ。
それに、ほんの少しだけ、彼女自身にも興味がある。
自分の魔法が無いにも関わらず膨大な魔力を有し、蝶よ花よと育てられた彼女がどれだけ歪んでいるのかと。
ロルフらは彼女を聡明だと言うが、正直彼らの言葉は微塵もあてにしていない。おそらく彼らは彼女が10を数えただけでもそう言うだろうから。しかし本当に聡明だった場合、穏やかそうな表情の裏にどれほどの鋭い牙を隠し持っているのだろう。実の兄を騙すほどだ。それはそれは硬く、猛毒を仕込んだものに違いない。
僕はそれが見てみたい。
彼女が僕の前でどれだけ上手く繕ったとしても、何年間もボロを出さなかったとしても、僕は彼女のその牙を目の当たりにするまで待ち続けるつもりだ。
だって僕らの本質はきっと似ている。
生まれながらに欠陥品で、それを誰より分かっているのに他人の言葉で何度も何度も深く傷付いてきた。そんな僕らは狡猾に、自分の利益の為に無害そうな微笑みをおぼえる。そうだろう?
陰口とも呼べないあけすけな批判を受けて、純粋なままで生きていけるほど人間は強くない。純粋な人間というのは苦労を知らない人間だ。優しく穏やかな人間というのは高みの見物ができるくらい余裕のある人間だ。
僕らは、そうじゃない。
だから待ってて、エヴェリーナ嬢。
僕が君の唯一の理解者になろう。
愛はなくとも、尊重しよう。
君が僕の婚約者になったのなら、僕らは漸く穏やかに生きていけるだろうから。
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