お嬢様!それは禁忌魔法です!

紺野想太

文字の大きさ
7 / 8

僕の婚約者

しおりを挟む

「…本当に、エヴェリーナ嬢でいいのか?」

「父上、僕はエヴェリーナ嬢いいのです。」


ここは父上の…つまり現国王の自室。
僕は何度も何度も父上にハマーフェルド公爵家の令嬢であるエヴェリーナ嬢との婚約を頼んでいたのだが、なかなか進まないためこうして直談判しに来た。
父上はお優しい方だ。直接来れば話を聞くことを断りはしないだろうと思っていた。


「うむ…確かに聡明な子だと聞くが、自分の魔法がないのだろう?もし世継ぎも魔法がなかったらどうする。1番責められるのはエヴェリーナ嬢なのだぞ。」

やはり父上はお優しい。いや、国王だというのに優しすぎる。
『エヴェリーナ・フレヤ・ハマーフェルド嬢には自分の魔法がない』
それは、この国に属する一定水準以上の貴族であれば誰もが知っていること。ここが1番の問題であるかのように思われるが、実際はそんなことないのだ。
王家の血筋に自分の魔法すら使えない者を入れるな、という意見は、我々皇族を敵視する貴族派から捌ききれないほど出るだろう。ハマーフェルド公爵家が忠実な皇族派であることは長年の歴史が証明してきている。それに、内政も安定しているいま、貴族派が出来ることと言えば少しでも皇族の力を削ぐことのみ。……なんていうのは、たとえ僕が5歳でも考えられるほど易しい質問だった。

「彼女は僕が守ります。…それに、もし遺伝するものならばハマーフェルド公爵家の強力な特殊魔法の説明がつかないと思います。きっとエヴェリーナ嬢も特殊魔法の使い手で、まだ魔法が出現する状況にないだけだと考えるほうが理にかなっているのでは?」

予め用意していた言葉をそのまま吐き出す。
多くの魔法学者が、エヴェリーナ嬢の魔法は“発現せず”と報告している。しかし僕には、その魔法がただ“見えていない”だけなのではないかと思えてしまうのだ。

「…お前は口がよく回るな。誰に似たのか。」

「僕がみてきたのは父上だけですよ。」

「はぁ……まったく…。……一旦エヴェリーナ嬢の魔法のことはいいとして、お前がエヴェリーナ嬢に執着する理由は何だ?話したことも無いだろうに。」

父上は額に手をあてて、考え込むような姿で僕に問う。
そうして僕はまた、用意していた言葉を吐く。少し大げさに、子どもらしい様子を見せよう。

「父上にはエヴェリーナ嬢の良さが分からないのですか……!?確かに話したことはありませんが、見かけたことはあります。年下とは思えないほど大人びてみえるでしょう。それに、いかに聡明で努力家で純粋であるかはロルフとマティアスから散々聞いているんです。」

「あの双子か……エヴェリーナ嬢を大層可愛がっているという話は有名だが、こうは考えられぬか?エヴェリーナ嬢を嫁がせるために、あえてそういう演技をしていると。」

「それは断じてありえません。むしろ僕が父上を通さず略式で婚約を申し込めば、あの2人が剣を握って乗り込んできてもおかしくないのです。……ですのでどうか、父上とハマーフェルド公爵で慎重に進めていただきたいのです。」

大げさに、と意識して話したものの、あの2人なら本当にやりかねないな…と思って胃が痛む。彼らは順当にいけばこの国の宰相や騎士団長になるだろうし、なるべく敵にはしたくない。

「……もし、ハマーフェルド公爵が婚約を断ったらどうするのだ?」

「承諾していただけるまで説得します。何年経っても。」

「他の令嬢ではどうしてもだめなのか?聡明な令嬢がエヴェリーナ嬢だけというわけではないだろう。」

「しかし他の誰もエヴェリーナ嬢ではありません。」

「ではエヴェリーナ嬢が王妃になったとして、側室はどうする。」

「僕はエヴェリーナ嬢以外を娶るつもりはありません。愛も会話もない場所に送り込まれる他の令嬢が気の毒でしょうから。」

「エヴェリーナ嬢が子を成せなかったらどうするつもりだ?」

「僕の弟をお忘れですか?あいつは僕と違って奔放ですし、数年後には家族が10人くらい増えているかもしれませんよ。それこそ跡継ぎに悩んでしまうくらい。あぁ、そこから養子をとってもいいですね。紙面上だけでも。養子ならばロルフやマティアスからも望めるでしょう?」

「しかしやはり直系の血が……」

「父上。これは全て仮定の話です。子のことはエヴェリーナ嬢に限った問題でもないかと。どうか、婚約の話を進めていただけないでしょうか。……それに、婚約の話自体はエヴェリーナ嬢が産まれた瞬間からあったのではないですか?この国の公爵家で僕と年齢的に近しい未婚の女性は彼女だけですし。」

「……確かに、そういった話があがったこともあったな。だがそれは……」

「エヴェリーナ嬢の魔法がないと知る前だったから、ですか?……しかし、侯爵家をみても彼女より聡明な未婚女性はいませんし、いまは近隣国との関係も安定しているのであえて他国と婚姻関係をつくる必要もないですよね?」

「……」

納得したのか呆れたのか、父上は少しだけ眉間に皺を寄せて押し黙った。

「…では、お願い致します。父上。」

父上に背を向け扉に手をかける。
すると、父上はこれまでより低い声で僕に問うてきた。

「……待て、リシャール。……お前は本当に……本当に、エヴェリーナ嬢に好意を抱いているのだな?」

「ええ。それはもう、すぐにでもそばにおいておきたいほどに。」

肩を上げて困ったように笑ってみせる。
では、と告げて部屋を出て、ひとつ息をついた。
これは本心だ。そばにおいておきたいのだ。
得体の知れない彼女を。
僕と同類かもしれない彼女を。
そのためなら好意でもなんでも完璧に装ってみせよう。彼女が望むなら、優しく見つめて、とろけるような台詞を吐いてみせよう。
決してぞんざいには扱わないし、側室も娶らないと宣言している僕に不満なんてないだろう。

僕が彼女に興味を抱いているのは事実だ。
いや、彼女自身ではなく、彼女の魔法にと言う方が正しいか。
未だ発現しない魔法がやがてその正体を顕したとき、それはどれほどの威力を持っているのだろう。そしてこの国にどんな影響を及ぼすことになるのだろう。
彼女の魔法はあると仮定すると、それは確実に特殊魔法に分類される。もしそれが戦争を望む貴族や、常に信仰の対象を求めている教会にとって有利なものだった場合、どこからか情報が漏れたら彼女はそいつらの駒になる。彼女や国のことを考えると、まだ魔法が発現していないうちから僕のそばにおいておくのが最も安全だ。

それに、ほんの少しだけ、彼女自身にも興味がある。
自分の魔法が無いにも関わらず膨大な魔力を有し、蝶よ花よと育てられた彼女がどれだけ歪んでいるのかと。
ロルフらは彼女を聡明だと言うが、正直彼らの言葉は微塵もあてにしていない。おそらく彼らは彼女が10を数えただけでもそう言うだろうから。しかし本当に聡明だった場合、穏やかそうな表情の裏にどれほどの鋭い牙を隠し持っているのだろう。実の兄を騙すほどだ。それはそれは硬く、猛毒を仕込んだものに違いない。
僕はそれが見てみたい。
彼女が僕の前でどれだけ上手く繕ったとしても、何年間もボロを出さなかったとしても、僕は彼女のその牙を目の当たりにするまで待ち続けるつもりだ。
だって僕らの本質はきっと似ている。
生まれながらに欠陥品で、それを誰より分かっているのに他人の言葉で何度も何度も深く傷付いてきた。そんな僕らは狡猾に、自分の利益の為に無害そうな微笑みをおぼえる。そうだろう?
陰口とも呼べないあけすけな批判を受けて、純粋なままで生きていけるほど人間は強くない。純粋な人間というのは苦労を知らない人間だ。優しく穏やかな人間というのは高みの見物ができるくらい余裕のある人間だ。
僕らは、そうじゃない。

だから待ってて、エヴェリーナ嬢。
僕が君の唯一の理解者になろう。
愛はなくとも、尊重しよう。
君が僕の婚約者になったのなら、僕らは漸く穏やかに生きていけるだろうから。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

追放された聖女は旅をする

織人文
ファンタジー
聖女によって国の豊かさが守られる西方世界。 その中の一国、エーリカの聖女が「役立たず」として追放された。 国を出た聖女は、出身地である東方世界の国イーリスに向けて旅を始める――。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

処理中です...