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なんで私だけ前世の記憶がないんでしょうか?
しおりを挟む「ん…」
日差しがまぶたを撫でる。
ーーー長い夢を見ていた気がする。
寝たのは確かに昨日の夜で、時間もそれほどたっていないのに。
変な気だるさを感じながら目を開ける。
「……え……?」
そこには、私を覗き込むたくさんの目、目、目。
「ガリアナ……!」
私の手を強く握り、目からぼろぼろ大粒の涙を流しているのは見たことのない男の子。私と同い年くらいだと思うけど…。まだ社交界にも出ていない私に友達なんて、ましてや男の子の知り合いなんているはずがない。
え、私、知らない間に数年経っていたとか…そんなことない、わよね……?
「…あの、今日は……」
私の問いかけに、男の子は涙を拭いて答えた。
「そうだよ、時間が戻ったんだ。今度こそ僕、君を世界一幸せにするから。僕の命と名誉をかけて誓うよ。そして……ごめん。あの言葉に君が思うような意図はなかったんだ。でも結局君を深く傷付けたのも、間に合わなかったのも……僕が不甲斐ないせいで……!」
なにを言っているんだろうか。
はじめから最後まで全く身に覚えがない。だってこの男の子とは初対面だもの。なんでこんなに泣いているのか、なにを誓ってどうして謝っているのか、なにひとつわからない。
「…ガ、ガリアナ……。その……悪かった。俺はたったの一度も、お前の言葉なんて聞かずに……。」
「……お兄様?」
私とお兄様は別の乳母様に育てられていて、同じ家に住んでいてもそんなに顔を合わせる機会はなかった。
それはお兄様には跡継ぎの勉強が毎日ぎっちりつまっているからで、「邪魔をしないように」とお父様に言いつけられていた私はその通りにしていただけ。つまり、私からお兄様になにか言葉を送ることなんてなかったのに。
「ガリアナ……。私がお前にしたことは許されることではない。…許してくれなんて言えない。だがせめてもの償いに、今度こそお前としっかり向き合わせてくれないか。この愚かな父を恨んでいい。憎んでいい。お前がナイフを向けるなら甘んじて受け入れよう。家を出たいのなら出してやる。だからお前がもう少し自分の身を守れるようになるまで…安全な場所が見つかるまでは、この家で私に守られてくれないか。」
「お、お父様……」
いよいよ何を言っているのかさっぱりわからないわ…。
お父様を憎む?どうして?お父様が私に何をしたの?
お父様は…お兄様以上にあまり話したことがないから、憎むもなにも…。お父様のことをよく知らないもの。
ただ、お母様の命を奪った私がお母様に中途半端に似ているから、お父様から好かれてはいないことはわかっていた。だから私もせめて邪魔にならないように過ごしていたのだけど…。
「……あの、とりあえず…手を離していただけますか?」
未だに私の手を握っている男の子の肩が驚いたように跳ねた。そしてそのエメラルドをはめたような瞳から再び大粒の涙が溢れ出した。
「ごめん……ごめんな。謝って許されることじゃないよな……!でもこれしか言えなくてごめん…!」
私の手を余計に強く握り、彼の額をあてながら泣き続ける姿に困惑してしまう。
もしかして、私、怒ってると思われているのかしら…?
「あの。その…私、怒っているわけじゃなくて…」
私が話すと、男の子はおそるおそるといった様子で目を合わせてきた。
「どうして…?君は怒っていいんだ。…いや、そんな感情すらも僕らは奪ってしまったんだな。」
怒っていいってなに?そんな許しは聞いたことがないわ。泣きながら謝っているのに怒っていいと言うなんて、ちょっと…いいえ、かなり変わっているのね。
そんなことより、このわけのわからない状況をなんとかしないと…。
「…私には、どうして皆さんがそう仰っているのかわからないのですが……」
これまでこんなに多くの人に視線を向けられることなんてなかったから、怖くて伏し目がちになってしまったけど、伝わるかしら。
「あぁ……そうか。罪をちゃんと告白しろということだね。……僕は君を守りきれなかった…。信じて、なんて言っておいて僕は…!君の婚約者として、君だけは絶対、何がなんでもそばにいてあげたかったのに…それすらも出来なかった。」
……どうやら私の伏し目は違うように捉えられてしまったみたいだけど…え?
「待ってください。婚約者?あなたが?」
婚約者なんて初耳だ。いつの間に、いやどうして私になんの知らせもなく婚約なんて…。
「…ガリアナ…リア……。そうだよね。僕のことなんてもう婚約者として見れないよね。」
「い、いやそういうのじゃなくて!私たち初対面ですよね?それなのに婚約なんて…私はあなたのお名前も存じ上げないのに…。」
「………………え?」
「あの、みなさんどうされたんですか?私、謝っていただくようなことはされていないと思うのですが……?」
時間が止まったかのように、音が消える。
啜り泣く声も、瞳を拭うときの衣擦れの音も、全てが止まってしまった。
「……覚えて、ないのか?」
「何か……ありましたか?」
お兄様が何かを確認するように、私を見つめる。
「えぇと…確か昨日も一昨日もその前も…私はお兄様たちとお話ししていないですよね?ですのでなにも心当たりがないと言いますか…」
私が言葉を選びつつゆっくり話すと、お父様が小さく息を吐いた。
「…そうだな。目覚めたばかりで混乱しているのだろう。ショックも大きかっただろうに…突然押しかけてすまない。もう少し休むといい。……お前にとっては、このままなにも思い出さない方が幸せなのかもしれないな。」
そう言って、みんなを連れて出ていこうとした。
「あの!…何があったんですか?私に…」
思わず引き止めてしまう。
「私、病気も怪我もしていないですし、乳母様以外と関わることもほとんど…」
「……乳母様?」
部屋を出ようとしていたお父様が足を止め、振り返る。
「え、えぇ…お父様につけていただいた乳母様ですが…。」
「…なぜ乳母に様など…お前のほうが立場は上だろう。」
「そうなんですか?私は乳母様にそう呼ぶようにと……」
「それより、その乳母以外と関わっていないというのは本当なのか?」
「は、はい…」
「…お前には乳母以外に5人、専属メイドをつけただろう。その者らはどうした。」
「あ…確か3年前に数日の間お世話になりましたが、それ以降は会っておりません。」
「なに?」
「その、乳母様が言うには、私なんかの相手をするのが苦痛でみんな辞めてしまったと……。ただ、こんなことをお父様にお伝えしたら余計嫌われるだけだし、私の世話は乳母様1人で十分だからお父様に言う必要はないと乳母様が仰っていて…お父様のお手を煩わせると思って、ご報告していなかったんです。…申し訳ございません。」
お父様の顔が険しくなる。
そうよね、いくら乳母様が仰ったこととはいえ、この家の主でありメイドの主人はお父様だもの。伝えなかった私の落ち度だわ。
「……あのクソ女が……。…いや、私がもっとガリアナと話していればこんなことには……」
「……お父様?」
「すまなかった。本当に…。あの女の処理はお前の目の前でしてやろうと思って生かしておいたが、そんな必要なかったな。あんなものをお前の視界にいれるなんて。…それとガリアナ。乳母は乳母だ。乳母様なんて呼ぶな。」
「……は、はい、お父様…。」
お父様の剣幕に圧されて頷いてしまった。
「では、またあとで様子を見に来る。」
「侯爵!…その、僕はもう少しだけ…ご令嬢と話をしていてもよろしいでしょうか。」
「……好きにしたらいい。無理はさせるな。」
私の婚約者?という男の子がお父様に話をつけ、他の人は出ていってしまった。
男の子が私に向き直って座る。
「……僕のこと、本当にわからない?」
「ごめんなさい…あなたは私を知っているんですね?」
「あぁ、リア。僕はずっとそう呼んでいた。……僕はフロリアン。フロリアン・ウェブスターだ。君の婚約者で…そうだ、君は僕をフローと呼んでいた。」
「ずっと…?でも私、あなたのことは……」
「…ずっとだよ。もう8年かな。君と婚約したのは、君が12歳の頃だから。」
「12歳?でも私、10歳になったばかりで……」
「…リア、よく聞いて。リアはまだ思い出せないのかもしれないけど…僕らは未来を知っている。予知なんかじゃなく、確かに体験したんだ。そして、今日…10年前の今日に、時が戻った。方法は僕の口からは言えないけど、本当なんだ。そしてその未来で、僕は…僕らは、君に決して許されてはならない罪を犯した。今度こそ…なんて都合のいい話だけど、巻き戻った10年分、そして今後の人生全てを君に捧げよう。」
「未来を…?もしかして、お兄様やお父様も?」
「あぁ。それだけじゃない。あの日この家にいた騎士団や従者たちもそうだ。」
「……なんていうか……」
「いきなりこんなこと、信じられないのはわかる。僕らはてっきり君も覚えていると思い込んでいて…君に合わせられる顔なんてないと思いながらも、君にどうしても謝りたくて。でも、なにも覚えていないなら混乱しただろう。驚かせてしまってごめん。」
とてもふざけているようには見えなかった。
私以外は、未来を知っているんだ。
関わろうとしていなかった私に声を震わせながら謝罪するような、きっと悲惨な私の未来を。
……それならなぜ、当事者の私だけ、記憶がないんでしょうか?
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