なぜか私だけ、前世の記憶がありません!

紺野想太

文字の大きさ
1 / 20

なんで私だけ前世の記憶がないんでしょうか?

しおりを挟む



「ん…」

日差しがまぶたを撫でる。


ーーー長い夢を見ていた気がする。

寝たのは確かに昨日の夜で、時間もそれほどたっていないのに。
変な気だるさを感じながら目を開ける。


「……え……?」

そこには、私を覗き込むたくさんの目、目、目。

「ガリアナ……!」

私の手を強く握り、目からぼろぼろ大粒の涙を流しているのは見たことのない男の子。私と同い年くらいだと思うけど…。まだ社交界にも出ていない私に友達なんて、ましてや男の子の知り合いなんているはずがない。

え、私、知らない間に数年経っていたとか…そんなことない、わよね……?

「…あの、今日は……」

私の問いかけに、男の子は涙を拭いて答えた。

「そうだよ、時間が戻ったんだ。今度こそ僕、君を世界一幸せにするから。僕の命と名誉をかけて誓うよ。そして……ごめん。あの言葉に君が思うような意図はなかったんだ。でも結局君を深く傷付けたのも、間に合わなかったのも……僕が不甲斐ないせいで……!」

なにを言っているんだろうか。
はじめから最後まで全く身に覚えがない。だってこの男の子とは初対面だもの。なんでこんなに泣いているのか、なにを誓ってどうして謝っているのか、なにひとつわからない。

「…ガ、ガリアナ……。その……悪かった。俺はたったの一度も、お前の言葉なんて聞かずに……。」

「……お兄様?」

私とお兄様は別の乳母様に育てられていて、同じ家に住んでいてもそんなに顔を合わせる機会はなかった。
それはお兄様には跡継ぎの勉強が毎日ぎっちりつまっているからで、「邪魔をしないように」とお父様に言いつけられていた私はその通りにしていただけ。つまり、私からお兄様になにか言葉を送ることなんてなかったのに。

「ガリアナ……。私がお前にしたことは許されることではない。…許してくれなんて言えない。だがせめてもの償いに、今度こそお前としっかり向き合わせてくれないか。この愚かな父を恨んでいい。憎んでいい。お前がナイフを向けるなら甘んじて受け入れよう。家を出たいのなら出してやる。だからお前がもう少し自分の身を守れるようになるまで…安全な場所が見つかるまでは、この家で私に守られてくれないか。」

「お、お父様……」

いよいよ何を言っているのかさっぱりわからないわ…。
お父様を憎む?どうして?お父様が私に何をしたの?

お父様は…お兄様以上にあまり話したことがないから、憎むもなにも…。お父様のことをよく知らないもの。
ただ、お母様の命を奪った私がお母様に中途半端に似ているから、お父様から好かれてはいないことはわかっていた。だから私もせめて邪魔にならないように過ごしていたのだけど…。



「……あの、とりあえず…手を離していただけますか?」

未だに私の手を握っている男の子の肩が驚いたように跳ねた。そしてそのエメラルドをはめたような瞳から再び大粒の涙が溢れ出した。

「ごめん……ごめんな。謝って許されることじゃないよな……!でもこれしか言えなくてごめん…!」

私の手を余計に強く握り、彼の額をあてながら泣き続ける姿に困惑してしまう。
もしかして、私、怒ってると思われているのかしら…?

「あの。その…私、怒っているわけじゃなくて…」

私が話すと、男の子はおそるおそるといった様子で目を合わせてきた。

「どうして…?君は怒っていいんだ。…いや、そんな感情すらも僕らは奪ってしまったんだな。」

怒っていいってなに?そんな許しは聞いたことがないわ。泣きながら謝っているのに怒っていいと言うなんて、ちょっと…いいえ、かなり変わっているのね。

そんなことより、このわけのわからない状況をなんとかしないと…。

「…私には、どうして皆さんがそう仰っているのかわからないのですが……」

これまでこんなに多くの人に視線を向けられることなんてなかったから、怖くて伏し目がちになってしまったけど、伝わるかしら。

「あぁ……そうか。罪をちゃんと告白しろということだね。……僕は君を守りきれなかった…。信じて、なんて言っておいて僕は…!君の婚約者として、君だけは絶対、何がなんでもそばにいてあげたかったのに…それすらも出来なかった。」

……どうやら私の伏し目は違うように捉えられてしまったみたいだけど…え?

「待ってください。婚約者?あなたが?」

婚約者なんて初耳だ。いつの間に、いやどうして私になんの知らせもなく婚約なんて…。

「…ガリアナ…リア……。そうだよね。僕のことなんてもう婚約者として見れないよね。」

「い、いやそういうのじゃなくて!私たち初対面ですよね?それなのに婚約なんて…私はあなたのお名前も存じ上げないのに…。」

「………………え?」

「あの、みなさんどうされたんですか?私、謝っていただくようなことはされていないと思うのですが……?」

時間が止まったかのように、音が消える。
啜り泣く声も、瞳を拭うときの衣擦れの音も、全てが止まってしまった。

「……覚えて、ないのか?」

「何か……ありましたか?」

お兄様が何かを確認するように、私を見つめる。

「えぇと…確か昨日も一昨日もその前も…私はお兄様たちとお話ししていないですよね?ですのでなにも心当たりがないと言いますか…」

私が言葉を選びつつゆっくり話すと、お父様が小さく息を吐いた。

「…そうだな。目覚めたばかりで混乱しているのだろう。ショックも大きかっただろうに…突然押しかけてすまない。もう少し休むといい。……お前にとっては、このままなにも思い出さない方が幸せなのかもしれないな。」

そう言って、みんなを連れて出ていこうとした。

「あの!…何があったんですか?私に…」

思わず引き止めてしまう。

「私、病気も怪我もしていないですし、乳母様以外と関わることもほとんど…」

「……乳母様?」

部屋を出ようとしていたお父様が足を止め、振り返る。

「え、えぇ…お父様につけていただいた乳母様ですが…。」

「…なぜ乳母に様など…お前のほうが立場は上だろう。」

「そうなんですか?私は乳母様にそう呼ぶようにと……」

「それより、その乳母以外と関わっていないというのは本当なのか?」

「は、はい…」

「…お前には乳母以外に5人、専属メイドをつけただろう。その者らはどうした。」

「あ…確か3年前に数日の間お世話になりましたが、それ以降は会っておりません。」

「なに?」

「その、乳母様が言うには、私なんかの相手をするのが苦痛でみんな辞めてしまったと……。ただ、こんなことをお父様にお伝えしたら余計嫌われるだけだし、私の世話は乳母様1人で十分だからお父様に言う必要はないと乳母様が仰っていて…お父様のお手を煩わせると思って、ご報告していなかったんです。…申し訳ございません。」

お父様の顔が険しくなる。
そうよね、いくら乳母様が仰ったこととはいえ、この家の主でありメイドの主人はお父様だもの。伝えなかった私の落ち度だわ。

「……あのクソ女が……。…いや、私がもっとガリアナと話していればこんなことには……」

「……お父様?」

「すまなかった。本当に…。あの女の処理はお前の目の前でしてやろうと思って生かしておいたが、そんな必要なかったな。あんなものをお前の視界にいれるなんて。…それとガリアナ。乳母は乳母だ。乳母様なんて呼ぶな。」

「……は、はい、お父様…。」

お父様の剣幕に圧されて頷いてしまった。

「では、またあとで様子を見に来る。」

「侯爵!…その、僕はもう少しだけ…ご令嬢と話をしていてもよろしいでしょうか。」

「……好きにしたらいい。無理はさせるな。」

私の婚約者?という男の子がお父様に話をつけ、他の人は出ていってしまった。
男の子が私に向き直って座る。



「……僕のこと、本当にわからない?」

「ごめんなさい…あなたは私を知っているんですね?」

「あぁ、リア。僕はずっとそう呼んでいた。……僕はフロリアン。フロリアン・ウェブスターだ。君の婚約者で…そうだ、君は僕をフローと呼んでいた。」

「ずっと…?でも私、あなたのことは……」

「…ずっとだよ。もう8年かな。君と婚約したのは、君が12歳の頃だから。」

「12歳?でも私、10歳になったばかりで……」

「…リア、よく聞いて。リアはまだ思い出せないのかもしれないけど…僕らは未来を知っている。予知なんかじゃなく、確かに体験したんだ。そして、今日…10年前の今日に、時が戻った。方法は僕の口からは言えないけど、本当なんだ。そしてその未来で、僕は…僕らは、君に決して許されてはならない罪を犯した。今度こそ…なんて都合のいい話だけど、巻き戻った10年分、そして今後の人生全てを君に捧げよう。」

「未来を…?もしかして、お兄様やお父様も?」

「あぁ。それだけじゃない。あの日この家にいた騎士団や従者たちもそうだ。」

「……なんていうか……」

「いきなりこんなこと、信じられないのはわかる。僕らはてっきり君も覚えていると思い込んでいて…君に合わせられる顔なんてないと思いながらも、君にどうしても謝りたくて。でも、なにも覚えていないなら混乱しただろう。驚かせてしまってごめん。」

とてもふざけているようには見えなかった。
私以外は、未来を知っているんだ。
関わろうとしていなかった私に声を震わせながら謝罪するような、きっと悲惨な私の未来を。



……それならなぜ、当事者の私だけ、記憶がないんでしょうか?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜

ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」 あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。 「セレス様、行きましょう」 「ありがとう、リリ」 私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。 ある日精霊たちはいった。 「あの方が迎えに来る」 カクヨム/なろう様でも連載させていただいております

旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう

おてんば松尾
恋愛
王命により政略結婚したアイリス。 本来ならば皆に祝福され幸せの絶頂を味わっているはずなのにそうはならなかった。 初夜の場で夫の公爵であるスノウに「今日は疲れただろう。もう少し互いの事を知って、納得した上で夫婦として閨を共にするべきだ」と言われ寝室に一人残されてしまった。 翌日から夫は仕事で屋敷には帰ってこなくなり使用人たちには冷たく扱われてしまうアイリス…… (※この物語はフィクションです。実在の人物や事件とは関係ありません。)

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

夫は私を愛してくれない

はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」 「…ああ。ご苦労様」 彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。 二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。

職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい

LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。 相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。 何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。 相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。 契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?

【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる

仙冬可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。 清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。 でも、違う見方をすれば合理的で革新的。 彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。 「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。 「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」 「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」 仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。

ワザとダサくしてたら婚約破棄されたので隣国に行きます!

satomi
恋愛
ワザと瓶底メガネで三つ編みで、生活をしていたら、「自分の隣に相応しくない」という理由でこのフッラクション王国の王太子であられます、ダミアン殿下であらせられます、ダミアン殿下に婚約破棄をされました。  私はホウショウ公爵家の次女でコリーナと申します。  私の容姿で婚約破棄をされたことに対して私付きの侍女のルナは大激怒。  お父様は「結婚前に王太子が人を見てくれだけで判断していることが分かって良かった」と。  眼鏡をやめただけで、学園内での手の平返しが酷かったので、私は父の妹、叔母様を頼りに隣国のリーク帝国に留学することとしました!

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

処理中です...