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私を愛する人のため
しおりを挟む「父上。ガリアナを連れてきました。」
「……入っていいぞ。」
「失礼します。」
お兄様に抱えられながら、お父様の部屋に来た。
「あ、あのお兄様、入る前に下ろして…!」
「どうして?父上はこんなことじゃ怒らない。」
「そ、そういうわけでは……」
私の制止を無視してお兄様が扉を開ける。
私たちの姿をみたお父様の眉間に一層深いシワができた。
「……何の真似だ?ヘルベルト」
「ガリアナが靴をもっていないので、足を汚してはいけないと思い抱えてきました。」
「何?服も靴も十分与えていただろう。」
「……それが、我々が送っていたドレスは一つもガリアナには届いていませんでした。古く、繕いだらけで装飾品が全て取られた寝間着のような薄さのドレスを着ていて…。それと、ガリアナはドレスをねだったことなどないそうです。」
「……はぁ…。ここまで酷いといっそ呆れてしまうな。つまり、私がガリアナに充てていた予算も全てあのクソ女に奪われていたということか。」
「そういうことになります。…それだけじゃなく、ガリアナがこんなに小さいのは十分な食事を摂っていなかったからです。先程食堂で……」
お兄様が私を絨毯の上に下ろしながら、食堂での出来事をお父様に話す。
私はなぜか怖くて、お兄様の半歩後ろに隠れながらずっと下を向いていた。
お父様は時折ため息をつきながら、短く整えられた髪を乱暴に梳いていた。
「金やドレスを横領するだけでなく、つけたメイドを買収したり脅したりして全員辞めさせ、その報告をしないままメイド分の給金を受け取り……それでいてガリアナの世話は全くしていなかったと?」
「はい。」
「……ガリアナ。」
「は、はいっ!?」
お父様に突然名前を呼ばれて驚いてしまった。まるで話を聞いていなかったみたいな反応をしてしまったわ。
そんな私の様子には触れず、お父様は言葉を繋げた。
「…すまなかった。気付いてやれなくて。」
お父様が私に、頭を下げている……?
「や、やめてくださいお父様!私、その、お父様たちの仰る未来のこと?…についても本当に覚えていませんし、大丈夫ですから!」
「そうじゃない。……この段階で、気付いてやれていれば…。それにお前は既に十分傷付いているじゃないか。…私は、お前が私を嫌っていると知っていたから、お前と深く関わることを諦めてしまった。その代わり、お前に言われるがままドレスや宝石を与えていれば父としての役目を果たせているのではないかと思っていたんだ。」
「お父様…?私、お父様が嫌いだなんて…そんなこと、これまでたったの一度も思ったことはありません。…私が会わないようにしていたんです。お父様が私を恨んでいるから、せめて邪魔にならないよう慎ましく生きようと思っていました。」
「私がお前を恨む…?何故だ。そんなことあるわけないだろう。……面と向かって嫌いだと言われたくなかった。だから遠ざけたんだ。お互いのためだと思っていた。」
「お母様の命を奪ってしまったのは私ですから…お父様に嫌われて当然だと思いました。だから私は、凍えそうでもお腹がすいても、これが罰なんだと受け入れてきました。」
私たちの主張は食い違う。
これも全て、私の乳母のせいなんだろうと今なら分かる。
……でも、おかしいな。乳母が悪い人だというのはわかるのに、なぜか憎めない。おそらく乳母の命はもうすぐ狩られてしまうだろうけど、死んで欲しいと願うことはできなかった。
それはきっと、どんなに私に酷いことをしても、私のそばにいてくれたのは乳母だけだったから。もう私もおかしくなってしまっているんだろう。私をこういう風に育てたのは乳母なのだから。
「……ガリアナ。お前の母が死んだのはお前のせいではない。お前の誕生を誰より心待ちにして、毎日毎日愛を注がれたお前は、紛れもなく彼女の生きる希望だった。だから…もうそんなことは考えるな。お前を愛する人のためにも。」
「お父様…。じゃあ、私…私は、お父様に嫌われていないのですか?本当に?」
「あぁ。お前は私の大切な娘じゃないか。」
「……お父様は、私を…愛して、くれていますか?」
「愛している。心から。…不器用な父でごめんな。こんなに……こんなに短い言葉だったのに…今までこれだけの事が恐ろしくて言えなかった。……私も、お前を抱えていいか?」
私もお父様も涙を流しながら、これまでの長い長い誤解をひとつずつ紐解くように話していった。
もう、お父様のことは怖くない。
愛していると言ってくれたもの。…私の、愛するお父様だもの。
お父様の元に駆け寄ると、お父様は私を軽々と抱き上げた。
「あぁ……ガリアナ。リア。私の愛する娘…。こんなに細くて小さな体で、よく頑張ってきたんだな。こんな父でごめんな……。」
お父様に抱きついて、安心感のような、それでいて解放感のようなものを感じた。
私はもう、お父様にもお兄様にも怯えなくていいんだ。胸を張って、大好きだと伝えてもいいんだ。一緒にご飯を食べたいと…どこかに出掛けたいと言っても、きっと許してくれる。
「……父上。それで、処分のほうはどうしますか?」
お兄様がお父様に問いかける。
お父様は私を抱えたまま、お兄様と話し始めた。
「本来なら今すぐ喉をかっさばいてやりたいが……すぐに死んだら勿体無いな。ガリアナをこんなに傷付けておいて、天国にも地獄にも行けると思うなよ。……そうだな、死なない程度に、毎日あいつが殺してくれと懇願するまで痛めつけてやろう。死にたくても死ねない痛みを味わえばいい。」
「……そうしましょう。ではガリアナの次の乳母…いえ、もう10歳ですから教育係ですね。宛てはあるのですか?」
「あぁ。クラウス・スピラを付けよう。歳も近くて秀才だと聞くし、我が騎士団長の息子だから剣も使える。護衛も兼ねてな。」
「…クラウスですか……。あいつは確かに頭が良いですし剣もそこそこ筋が良いですが、ガリアナとは真逆の性格です。相性が心配です。」
「そのことなら心配するな。本人が名乗り出たのだから変な真似はしないだろう。…それにあの時、騎士団の中で真っ先に飛び出ようとしていたのはクラウス・スピラだった。信用できる男だ。」
「……父上がそう仰るなら…」
お父様たちの会話が一段落して、お父様はまた私の顔を覗き込んできた。
「疲れただろう。部屋まで送るからゆっくり休みなさい。朝になったらまた部屋まで迎えに行くから、共に食事をしよう。」
「は、はい。」
いつも眉間に皺があるお父様が、眉尻を下げて優しく微笑んでいる。初めて見るその表情に戸惑ってしまった。
いや……はじめてじゃ、ないんだ。
お母様が生きていた頃は、こうしてお父様に抱えられたこともあったし、声も今のように優しかったと思う。…もうほとんど覚えていないけど、そんなこともあった気がする。
「明日はお前の好きなように服を仕立て直して、クラウスを紹介しよう。恐らくウェブスター家の令息もお前に会いに来るだろうから話すといい。」
ウェブスター家の息子……というのは、たしかフロリアン…私の婚約者だった人、よね?
「あ、あのお父様。……私とフロリアン…様は、婚約していたのですよね?」
「あぁ、聞いたか。」
「はい。…婚約は、どうなるのですか?」
「……お前はどうしたい?」
「え、あの…」
「前はお前も家から出なくて令息と知り合う機会がなかったから、お前に釣り合う家としてウェブスター家と婚約をした。それでもお前とはそれなりに仲良くしていたが…。私はお前が好きな人と結ばれればいいと思う。家のことなど気にしなくていい。」
「……そう、ですか。」
「そうだな…ウェブスター家で以前の記憶があるのは息子だけだ。だからお前が12歳で婚約の話があがるまで、まだ2年あるな。」
「はい…?」
「それまでは婚約のことは気にしなくていい。もしその間に他に婚約したい者が現れたならそれでもいい。……令息も納得してくれるだろう。」
「……わかりました。」
「いいか、お前が決めていいんだ。2年後、もしお前に婚約したい者がいなくても、あの令息と婚約したくないのならそれでもいい。」
お父様の言葉に頷く。
そんな私をみてお父様も満足気に頷いた。
お父様とお兄様が私を部屋まで送ってくれる。
ベッドに寝かせてもらうと、私はすぐに眠気に襲われた。
「……おやすみ、ガリアナ。」
「おやすみなさい…お父様、お兄様……。」
「父上、いいんですか?フロリアンのことを勝手に……」
「…あいつがガリアナのために動いていたことは分かっている。」
「フロリアンはガリアナを大切にしていました。…俺たちよりもずっと、ガリアナを信じていた。そしてガリアナもフロリアンには心を開いていました。」
「分かっている。……だが、選ぶのは今のガリアナだ。記憶がないのなら、強制することはできないだろう。」
「…そう、ですね。」
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