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第一章 カラス色の聖女
召喚1
しおりを挟む『可愛い子。早く早く出てらっしゃい』
『ああ、でもこのままではまた消耗させてしまうわね』
『でしたら、わたくしの帳を降ろしてあげましょう』
ふわふわとした柔らかなぬくもりに包まれながら、鈴を転がすような誰かのそんな声を聞いていた。
これが「花柳 小鳥」の中の一番最初の記憶だ。幼いときに見た夢なのか、胎内記憶なのか今となってはもう分からない。
けれども色あせることのない、不思議であたたかな記憶。
もう少しで夜中の1時になろうかという時間。付けっ放しのテレビは、いつの間にか見ていたドラマから違う番組に切り替わっていた。ソファーにもたれ掛かりながらうとうとと船を漕いでいたら、久しぶりに夢か現か分からないこの記憶の夢を見たらしい。
テレビを消して、固まった身体をほぐすようにぐぐっと大きく伸びをする。明日も早いのだ。こんなところでうとうとと、うたた寝をしている場合ではない。気怠い身体を気合いで起こし、あたたかな夢の余韻に後ろ髪を引かれながらいそいそと就寝の準備を進める。
四月になったつい先日、桜の花が舞い散るなか二十歳の誕生日を迎えた。成人の仲間入りを果たした小鳥は、相変わらず授業にバイトに大忙しだ。
大学2年生になり、高校時代から変化した周りの環境にも慣れてきた。大学の友人もいるし、頼れる先輩も出来た。
しかし、いくら友人に恵まれても、頼ることの出来る親族がいないため生活も時間もお金もカツカツだ。
父親は小鳥が生まれる前に離婚し、父方親族共々音信不通。母は5歳の頃に亡くなった。小鳥の中に残る母の記憶はもうほんの僅かしかない。母方の祖母も母が小さい頃に亡くなったらしく、小鳥は写真でしかその姿を見たことがない。唯一の残っていた母方の祖父は、小鳥が高校に上がる年に病気で息を引き取った。
そうして、高校生になったと同時に小鳥は一人ぼっちになってしまったのだ。手元に残ったのはほんの少しの遺産と寂しさだけ。
僅かな遺産だけで生きてゆくのは難しかったため、必死になってバイトをしそれと並行して受験勉強をした。その結果、特待生として大学へ入学することが出来たのだ。学費免除をもぎ取り、小額だが返済不要の奨学金をも受け取ることも出来た。
しかし、それでもキリキリとバイトに励まなければ生活していけないのである。
(明日は1限からフルで詰まってるんだから1時になる前に寝よう)
乾いた洗濯物がかごに積まれたままだが、畳んで片付けるのは明日でいいだろう。明日使う教科書とノートをまとめて鞄にしまい、どさりとベッドへ腰かける。
4月半ばになったものの、日によってまだ寒さは残っており、冬用の毛布は片付けられないままだ。薄手の長袖パジャマでは少しばかり冷えるが、布団と一緒に毛布を掛けてしまえば問題ない。
これ以上冷える前にベッドに入ろうと思った矢先、なにかキラキラとした光の粒が目の端に見えた。スマホの見過ぎで目が霞んでしまったかと目を擦るが、光の粒はキラキラと光度を増すばかりだ。
「もしかして幻覚?疲れ過ぎて本格的に私の頭がやばくなっちゃった…?」
そんな独り言を部屋に残し、小鳥は目が開けられないほどに眩い光の渦に飲み込まれた。強い風に包み込まれたかのように身体が宙に浮き、パジャマの裾がはためく。どうにか目をこじ開けると、そこには見たこともないほど美しい光に包まれた光景が広がっていた。きらきら瞬く光は様々な色に煌めき、小鳥へと降り注いだ。
そして、冒頭に戻る。
こうして、漫画であるあるの異世界へと招かれたのである。
うら若き乙女にあるまじき、パジャマ一枚という不本意な姿で。
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