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第一章 カラス色の聖女
召喚2
しおりを挟む肌触りの良いシーツ、清潔な石鹸とハーブの爽やかな香り。柔軟剤変えたんだっけかなと微睡みの中、小鳥はぼんやりと考える。
しかし、ふるりと目蓋を持ち上げればそこは自分の部屋ではないどこか。
「………やっぱり夢じゃなかったのね。うぅぅ…」
カーテンの隙間から溢れる爽やかな朝の日差しの中、小鳥は頭を抱えて唸り声を漏らす。
つい数時間前、なんの前触れもなく突然コチラに聖女として召喚された。それもパジャマのままで。同意も何もあったものじゃない。
小鳥を召喚したと思しきローブの男性に詳しい説明は明日に、と言われまだ何も説明受けていないのだ。どういう理由で呼ばれ、何をさせられるのか全く分からない。分かっているのは、聖女としてこの異世界に呼ばれたということだけだ。
漫画でよくある展開なら魔法でババーンと世界を救う展開や、超絶美少女なヒロインがイケメンと出会う展開などがあるはずだが、残念ながらまだそれはない。
今のところ出会ったのはローブを纏ったおじ様たちと、一緒に召喚されたと思われる女の子2人だけだ。
しかし、ローブの男性が“魔法抵抗”という言葉を口にしていたからにはこの世界には魔法が存在するはずだ。
夢にまでみたファンタジーな世界に小鳥は心を躍らせたいが、いかんせん今は不安の方が大きく残念ながらまだその余裕はない。
不安は色々とあるものの、部屋を見るに酷い扱いをされている訳ではない点は安心出来る。むしろ、そこそこ良い待遇なのではないか小鳥は思う。
きちんと清潔に整えられた部屋は、小鳥の住んでいるワンルームの部屋よりも広い。落ち着いたペールグリーンで統一された色合いはなんともお洒落で、家具や調度品も派手過ぎない品の良い物が設けてある。
バスルームへと続く扉を開ければ、可愛らしい猫脚のバスタブにシャワーらしき物まで付いている。トイレも清潔でどうやら水洗トイレのようである。
お風呂の習慣がないことやぼっとんトイレなど、異世界の衛生事情について最悪の想像をしていたのだ。そのため、これはなんとも嬉しい誤算であった。
お風呂とトイレの心配がなくなっただけなのだが、それだけでも少しだけ不安が和らいだ。生活をする上で衛生観念の違いは大きなストレスになり得るためだ。その点ここは、日本の清潔な生活に慣れた小鳥でも馴染めそうである。
小鳥はバスルームから部屋に戻ると、テーブルにある水差しに手をかけた。グラスに水を注ぎながら、この後どうするべきかを考える。
現状、こちらに召喚された時のパジャマのままの格好なのだ。とりあえず早めに着替えの用意をしてもらいたい。
そんなことを考えているうちに、両開きの大きなドアからノックの音が響いてきた。
「失礼致します。聖女様、お目覚めでしょうか?」
(聖女様だって……!!)
呼び出された時にもローブを纏った男性に一緒にいた子たちとまとめて聖女と呼ばれた。しかし、普通の生活をしていた小鳥がそのように呼ばれるのは、少々違和感がある。言葉の響きだけはファンタジーで好ましいが、それは小鳥自身を表す言葉ではないのだ。
「お、起きています!!」
「おはようございます。ご気分はいかがでしょうか?」
そう尋ねてくるのは、黒い修道女のような服を着た、小鳥より一回り年上とみられる優しそうな女性だ。柔らかそうな栗色の髪の毛は一つにまとめられている。
「大丈夫です。それよりここについての説明を聞きたいです。なぜ、私はここへ呼び出されたのでしょうか?あと何か着るものを用意していただきたいですが……」
「急なことでご不安も大きいかと存じます。説明につきまして朝食の後、司祭様よりお話がございますのでご安心ください。まずは、お召し物をご用意致します」
彼女がベルを鳴らすと扉から服を持った少女が現れた。10代前半くらいだろうか。こちらでは随分と若い子も働いているらしい。
その少女は真新しい服と靴を置くと恭しく礼をし、退出していった。
「では、お召し替えのお手伝いをさせていただきます」
「え!?いえ、一人で着れますので手伝いは大丈夫です!」
「かしこまりました。では、お召し替えがお済みになりましたら、こちらのベルでお知らせくださいませ。朝食をお持ちいたします」
手伝いは不要と反射的に言ったものの、複雑な作りの服だったらどうしようかと恐る恐る服に手を掛ける。
真っ白な長袖のワンピースは先程の彼女たちが着ていた物の色違いのようだ。シンプルな作りながら裾や袖に金糸の刺繍が施されてる分、こちらの服の方が格上の扱いなのだろう。
腰には10cm幅ほどの金糸で折られた帯を結ぶ。今まで使ったことのないこの帯については、後で結び直してもらおうと思った。
最後に肘にかかる程度の短いケープ を羽織り、柔らかな布で出来た靴を履けば準備は完了だ。
色々と不安はあるものの、可憐な乙女は腹が減っては戦は出来ないので、小鳥は朝食をいただくことにする。
チリン、とベルを一振りし扉が開くのを待った。
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