ハズレ聖女は花開く!

茶々

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第一章 カラス色の聖女

再会2

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「その子の名前は?」


 その声の主は昨夜、小鳥を抱きとめて助けてくれたあの彼だった。

 一見黒く見えるその髪は、光を受けるとほんのり濃い緑色を覗かせる黒緑色。長いまつ毛から覗く瞳はどこまでも透き通るようなエメラルドグリーン。月影に照らされた彼も美しかったが、陽の光の元でもその美貌は衰えない。

 副団長のダニエルとは違った魅力を持つその男性の姿に、小鳥より早く反応したのは薔薇色の瞳を輝かせたレイアだった。

「まぁ!申し訳ありません!私としたことが、この子の名前をお伝えするのを忘れてしまっていたようですわ。けれど、私思うのです。聖女にもなれない彼女の名前をお耳に入れる必要がありまして?それより、私は貴方様のことをご紹介いただきたく存じます」

 レイアはふわりとカールした薔薇色の髪を揺らしながらコクリと首を傾げ、きゅっと両手を胸に当てて愛らしい笑みを浮かべた。庇護欲を掻き立てるようなその姿に、何人かの若い騎士が見惚れているのが分かる。
 しかしそういった事には慣れているのか、なびかない騎士が大半だ。もちろん、ダニエルにもレイアの愛らしさアピールは通用していない。ダニエルは面白そうにニヤニヤしながらその後の展開を待っているだけだ。


 そして、ここにもレイアのそれが通じない人物が一人。

「名乗りが遅れて申し訳ない。私はこの騎士団の団長だ」

 申し訳ないという気持ちが全くこもっていない謝罪を入れつつ、自身が団長であるということを明かした。しかし、いくら待てど彼自身の名前はその口から発せられない。名乗る気がさらさらないその様子に、ダニエルが笑いを堪えている様子が見える。

 団長は冷ややかな表情でそんな短い自己紹介を済ませると、視線はレイアを飛び越えてゆく。星空の下で見たのと同じエメラルドグリーンの瞳が小鳥をとらえると、柔らかく目を細めた。つい先ほどレイアに向けられた視線の冷たさが嘘のようにあたたかい。
 もちろん彼のその視線に小鳥は気が付いたが、レイアの手前それに反応してしまうのは明らかに悪手だ。あの冷ややかな短い挨拶を受けてなお、レイアの恋する瞳は彼に薔薇色に燃える熱い視線を送っているのだから。

(これはちょっと面倒なことになったかも……。団長さんは私に気が付いてるみたいだけど、どう反応するのが正解なのか分からない!私と団長さんが実は昨夜会ってました、なんてレイアさんに知られたら確実に面倒なことになるし……)

 しばしの逡巡しゅんじゅんの後、とりあえずここは無難に自己紹介をしよう、と小鳥はすっと背筋を伸ばした。


「私は花柳はなやぎ 小鳥ことりと申します。レイアさんの言う通り私は無力ですので、騎士団の皆様とご一緒する機会はあまりないかとは思いますが、どうぞよろしくお願い致します」

「へー!君、小鳥ちゃんって言うんだ!よろしくね。聖女様相手なら敬語じゃないと不敬かな?」

 団長の横からするりと出てきて、そんな軽口を叩くのはダニエルだ。目の前に立たれると彼の背の高さが一層高く感じられた。そんなダニエルは甘いオレンジ色の瞳で面白そうに小鳥を見下ろしている。

「いえ、私は建前上聖女と呼ばれているだけですから。ダニエル様のお好きなように話していただいて結構です」

「なら普通に話させてもらおうかな。騎士団って男ばかりでむさ苦しいからさ、可愛い女の子の知り合いが増えるのは嬉しいね!これは小鳥嬢とのお近づきの印に」

「え?」

 ダニエルの武人らしい筋張った手が、小鳥の手をするりと捕らえる。そして、当たり前のようにその手の甲へと口付けを落とす。ちゅっとリップ音のサービス付きだ。
 まさか、自分がそのような挨拶をされるとは思っていなかった小鳥は、笑顔のままピタリと動きを止めた。表には出さないように頑張っているが、心の中は大混乱である。
 そんな小鳥の動揺を見透かしたように、ダニエルは楽しそうに笑っている。

「可愛い反応だね!小鳥嬢、もう少し俺と親交を深めてみない?」

「ダニエル」

 ピシリと辺りの温度が下がるようなその一声に、小鳥は少し正気に戻った。そんな冷ややかな空気をまとった団長に周りの騎士たちは顔を強張らせたが、当のダニエルは気にした様子もなく飄々ひょうひょうとしている。

「やだなー。そんな怖い顔しないでくださいよ。団長の代わりに挨拶してるんですから、何もやましい気持ちはないですよ。あ、そちらの美しいアンジェリカ嬢にも是非ともご挨拶を…」

「いや、私は結構だ」

「釣れないなぁ。でもそこがまた魅力的だね!」

 食い気味にきっぱりと断ったアンジェリカは、嫌なものを見るかのような目をしている。それにもめげないダニエルの心は強いのだな、と小鳥は密かに感心した。
 そんな中、自分だけ置いてきぼり状態がおもしろくないレイアが口を開く。

「あら、私とは親交を深めてくださらないの?騎士の皆さまとは、長く仲良くさせていただきたいと思っておりますの」

 レイアは一歩前に踏み出すと、その愛らしい笑顔を団長とダニエルに向ける。しかし、その様子をよく見ると彼女の身体が団長寄りになっている。どうやら団長の彼が気に入ったらしい。

「団長さん?私、もう少し詳しく騎士団についてお話しを聞かせていただきたいのです」

 また一歩団長へと近くと、その華奢な手を伸ばし彼の腕に絡ませる。エスコートされているような状態に満足そうなレイアは、頬を染めて上目遣いに彼を見上げている。

「お名前を教えていただいても?私、もっと団長さんと親しくなりたいですわ」

「いやー、お熱いね。レイア嬢はまるで恋する薔薇の乙女だ」

「あら!ダニエル様ったら……。そのように言われると恥ずかしいですわ」

 ニヤニヤと面白がるように言ったダニエルの言葉に、満更でもなさそうなレイアは手を頬に添えてうふふ、と薔薇色の笑みをこぼす。
 しかし、対する団長の反応はどこまでも冷ややかであった。レイアの方を一瞥いちべつもせず、するりと腕を引き抜くとその身を引いた。


「ダニエル。君は少し鍛錬が足りないようだね。本部に戻ったら鍛錬内容を見直しておこう」

「え゛っ。団長、それはちょっと……」

 冷たい温度のままそう告げると、先ほどまで飄々と軽口を叩いていたダニエルは一気に顔色を変えた。どうやら相当厳しいメニューが課せられるようだ。

「おう!よかったな、ダニエル!団長直々に鍛錬内容を考えてもらえるだなんて滅多にないぞ!」
「いやー、副団長が羨ましいです!自分は今の鍛錬をこつこつ真面目に頑張ります!」

 他の騎士団の面々が良い笑顔でそんなヤジを飛ばしてきた。自身に掛けられた言葉にダニエルはじとりとした目で彼らを睨み返している。

「お前ら…。他人事だと思いやがって……。またデートの約束破る羽目になったらお前らを恨むからな」

「この前のデートもすっぽかしたんだったか?それはお前の不誠実さが招いたことだろうが。ダニエル、いい加減そろそろ一人に決めたらどうだ?」

「俺は色んな可愛い乙女たちと触れ合うのが好きだからいいんだよ。はぁ、本部に帰りたくない……」

 茶色い短髪の壮年の男性とそんなやり取りをしているダニエルは、相当な遊び人であるらしい。彼のイメージ通りすぎて小鳥は苦笑するしかない。
 そして、あれだけ熱い視線を送っていたレイアの目にも、ダニエルのそれらの事情はあまり好ましく映らなかったらしい。今はもうダニエルを視界から完全に外してしまっている。

 アンジェリカはそんな様子を一歩引いたところから死んだ魚のような目で見ていた。
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