ハズレ聖女は花開く!

茶々

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第一章 カラス色の聖女

回復薬講習1

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 花々が舞い踊る東屋から戻って三日ほど過ぎた。


 その間に、小鳥たちは神殿が用意した講師役の者から様々なことを教わった。その中でも小鳥がとても興味を引かれた内容がいくつかあった。

 まず、この神殿で祀っている神々について。
 春、夏、秋、冬、そして朝と夜。この六つの事象を司る神がおり、この世界の季節の運行を担っていると言う。その神々の御力によって朝と夜を繰り返し、季節を繋いで巡っているらしい。地球で教育を受けた小鳥としては、神が季節を動かしていることに大いに疑問を感じたが、世界が違えば常識を違うのだと飲む込むことにした。
 この神々は小鳥が今いるフィルフューイメア国全土で信仰されており、季節の節目などでは神殿や王城など様々な場所で神事を行う。この神事を聖女が行うことはなく、司祭や神殿のトップである司教が執り行うらしい。

 そして小鳥が興味を持ったもう一つは、この世界に存在する人間以外の生き物について。
 これはまさにファンタジーが詰まった講義内容であった。小鳥が物語の中でしか出会う事が出来なかったそれらの生き物について、目を輝かせながら学んだ。
 精霊、妖精、竜、神獣、ヴァンパイア、亜人、魔物。
 人と共に生きるものもいれば、人目につかぬ場所で暮らすものもいると言う。精霊だけはその姿がない状態で存在であるが、人が魔術を使う際に力を貸してくれるそうだ。しかし、力を借りる人間側にもそれなりの実力が必要なので、精霊と関われる者は極々僅かだと言う。

(あの日、東屋に沢山の妖精がいたらしいけど私には一切見えなかったな。魔力がほんの少しでもあれば見えたのかしら……。でも、精霊と妖精以外の人外の生き物であれば私にも見えるかも!)

 そんなことを考えながら、講義を受ける部屋に向けて通り慣れた回廊を進んで行く。窓から外を見れば薄っすらと灰色の雲が空を覆っている。雨は降っていないが、日差しがない分いつもより空気が冷んやりとしていた。
 コツリコツリと小鳥が歩みを進めると、曲がり角の先から話し声が聞こえてきた。

「そういえばいつの間にか騎士団の連中帰って行ったらしいな。一体何のために来ていたんだか…」
「三日前の夜だろ?たまたま彼らを見かけたんだが、なんだか慌てた様子だったぞ。騎士団のことだ。どうせ何かヘマをしたんだろう」

少しずつその声は遠ざかっていき、小鳥が曲がり角から顔を覗かせた時にはもう誰もいなかった。


(そういえば、私もあの日から一度も騎士団の姿を見てないわ……)

 あの日、東屋でカレンリードと別れてから騎士団の姿も彼の姿も見なくなった。単に彼らと行動範囲が被っていないだけかと思っていたが、どうやらもう帰ってしまっていたらしい。
 ふと小鳥はカレンリードと話した時に、何か目的があってこの神殿を訪れていたような口振りであったことを思い出した。

(聖女と話すために来た訳ではない、と言っていた。それなら他の目的のために来てたってことだよね?司祭の人と何か話してたし……。騎士団と神殿はあまり仲が良くないみたいだけど、何のためにここに来ていたんだろう?)


「おはよう、小鳥ちゃん。今日は何だか少し難しい顔をしているね」

「アンジェリカさん!おはようございます。少し考え事をしていて…」

 小鳥がぼんやりと考えながら歩いている姿をアンジェリカに見られてしまったようだ。クスクスと笑いながら何か悩み事なら聞くよ、とアンジェリカは言う。彼女の意味ありげなこの笑顔の訳はあの事のせいだろう。
 アンジェリカは小鳥が東屋から戻った際、両手から溢れんばかりの花を抱えていた小鳥を見て大層驚いていた。そして、そのことについて散々質問攻めにされたのだ。団長のカレンリードとは特に特別な関係ではないと言えば、小鳥ちゃんには名前を教えたのか、とニヤリと笑っていた。

「あの日のことは関係ないですよ!それに、特に悩みと言うほどのことではないんです。何故、騎士団の人たちは神殿に来たのかな、と少しだけ考えていたんです。あ、それとついさっき騎士団が数日前に帰ったことを知ったのですが、アンジェリカさんはご存知でしたか?」

「残念。何か進展でもあったのかと思ったのだけれどね。騎士団の連中は、レイアさんに引きずられて彼らと会わされたあの日の夜中に帰って行ったようだね。朝を待たずに出て行ったのだから何か事情がありそうだ」

 やはりアンジェリカは情報通である。小鳥よりも早く、そして詳しい情報を手に入れていた。またどこかで噂話を聞いたのだろうか。

「夜中に出て行ったのですか。何だか少し嫌な感じがしますね」

「そうだね。何らかの重大な問題が発生したんだろうが……。何故帰ったのかについては詳しくは私も知らないけど、何故来たのかは少しだけ耳に挟んだよ。どうやら、神殿に何か探し物をしに来ていたらしい」

「探し物ですか?神殿の中で何を探してたんでしょうね」

「神殿の中でだけじゃなく周りの森にも入って行ったようだよ。本当に何を探していたんだか…」


 アンジェリカも詳しいことはまだ掴めていないらしい。そうこうしているうちに講義を行う部屋へと辿り着いた。扉を開けて中へ入ると、すでにレイアが着席していた。珍しく早く来ているなと思った小鳥だが、本日の講義内容を思い出し合点がいく。

「あら。お二人とも来るのが遅かったわね。私、今日が楽しみでしたのよ!」

 そう、本日の講義は回復薬の作成の実習である。
 レイアはふふん、と上機嫌な様子で講習の開始を待っている。初日から座学よりも実際に力を使うことをしたいと言っていた彼女は、今日の回復薬作成をとても楽しみにしていたのだ。
 小鳥とアンジェリカが席について程なくすると講師が入室して来た。講師のその男性は薬草や瓶など様々物が入った重そうな木箱を抱えている。その木箱をゴトリと机に置くと、爽やかな笑顔を小鳥たちへと向けた。

「聖女様方、おはようございます。本日は基本的な回復薬の作り方をお教えしたいと思います。昨日、座学でお教えしたことの実践ですので、ゆっくり思い出しながら作ってみましょう」

 そう言うと木箱の中から薬草を取り出してテーブルに並べていく。三種類の薬草を並べ終わるときらりと緑色に光る粉が入った小瓶を置いた。昨日習った通りであれば、これは品質を上げるために必要だという妖精の粉だろう。

(作り方はもうちゃんと覚えた。でも、魔力がない状態じゃどうせ作れないよね……。素材を無駄にはしたくないし、ひとまず講師の人に相談した方がいいかな)

 さて、どう伝えようかなと小鳥が考えていると、くすりと笑ったレイアがおもむろに口を開いた。

「魔力がない方でも回復薬を作ることが出来たのでしょうか?個々の力を見極めず、聖女の真似事を無理にさせるのもかわいそうでしてよ。小鳥さんは別のことをしていた方がよろしいのではなくて?」

薔薇色の赤い瞳は小鳥をじっと見つめていた。彼女の言いたいことはもっともであるが、あまりにも刺々しい。アンジェリカが苦言を呈するより早く、講師がにこりとレイアへと微笑みかけた。

「ですが、小鳥様も聖女でいらっしゃいます。もしかすると問題なく作れるかもしれません。何事も挑戦です。一番簡単な薬だけでもまずは作ってみるのがよいかと思います」

 優しい微笑みを小鳥に向けながら頑張ってみましょう、と講師の男性は言うではないか。ここまで言われてしまった手前、作れないと思うので他のことをやらせてください、とは言えない雰囲気になってしまった。

(なんでこんな状況に!?これは一度作ってみるしかないの…?絶対に失敗するのに……!)

「あら、そうですの?では小鳥さんの作る回復薬を楽しみにしていますわね。聖女でしたら問題なく作れる物ですものね」

 小鳥はニヤリと楽しそうに笑うレイアを横目で見ながら覚悟を決める。作れなくてもこの状況ではやらねばならないのだ。ふんわりと良い香りがする薬草を前にし固く手を握りしめた。
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