ハズレ聖女は花開く!

茶々

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第一章 カラス色の聖女

再会4

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 無力は無力なりに頑張れることもあるのだ。


 そんな小鳥の強い意志をもった目をじっと見つめると、カレンリードは観念したように小さくため息を吐いた。

「君がそれでいいと言うのなら…。でもあまり無理はしてはいけないよ」

「はい。自分の出来る範囲で頑張るだけですので大丈夫です」

 そんなやり取りをしながら、小鳥の頭にふと疑問が湧いた。何故彼は小鳥のことを気にかけてくれるのだろうか、と。色々あったとはいえ、小鳥は昨夜に会ったばかりである。聖女然としているレイアではなく、小鳥に興味を持ったのか全く分からなかった。

「あの、どうして私をこの場に連れて来たのですか?召喚された聖女に用があるなら、私よりもアンジェリカさんやレイアさんの方が適していると思うのですが、何故私と話を?」

「僕は聖女と話がしたくて神殿まで来た訳ではないからね。君と出会えた事は僥倖ぎょうこうだった。そういえば、再会することがあればお礼をしてくれると言っていたね」

「お礼?」

「うん。君の星々をも魅了する歌声で僕に歌ってくれることを了承してくれたよ」

 昨夜のことを思い返してみる。助けてくれたカレンリードへのお礼として、星の欠片をひとつ渡そうとしたが断られたのだ。しかし、もし再会することがあるのならば歌を歌って欲しいと言われ、それを確かに小鳥は受け入れた。

(確かに了承したけど、まさか本当に再会するなんて思ってなかったから!しかもこんなに早く!!)

「………はい、覚えています。確かに言いました…。でもここ外ですし、他の人の耳に届いたらご迷惑でしょうから…」

 昨夜は何となく気分が乗っていたから屋外で歌ってしまったのだ。それも小鳥しかいないと思ったからこそ出来たことだ。
 いくらお礼として歌うことを了承したとはいえ、真昼間のこんな開けた場所で歌うのは気が引ける。それに加えて、たった一人の観客の前で歌うなど恥ずかしいにもほどがある。困惑と恥じらいが小鳥の脳内をぐるぐると駆け巡る。
 そんな小鳥の様子にくすくすと面白そうに笑った彼は実に楽しそうであった。

「もしかして、からかうために言ったのですか!」

「いや、君の歌を聞かせて欲しいのは本心だよ。ただ、そう可愛い反応をされるとからかいたくなってしまうね」

「絶対すでにもう、私のことからかってますよね!?」

 そんなことを言っていた小鳥の頭の上に、ひらり花が降ってきた。花びらではなく、花束などで使われるような茎付きの一本の花だ。
 ふんわり甘い香りを放つその花を彼が取ってくれた。

「スイートピーだね。君の歌を聞きたいと思っているのは僕だけじゃないみたいだよ。花の妖精たちが沢山集まってきてる」

 この花はどうやら妖精からのプレゼントだったらしい。小鳥はくるりと辺りに目を凝らしてみるが、美しい庭園の花々が咲き誇るばかりで妖精の姿は小鳥には見つけられない。

「残念ながら私には妖精の姿は見えないようです。きっと花の妖精たちが舞う姿は美しいんでしょうね」

「そうか。魔力がない状態では見えないのか…。でもきっと近いうちに見えるようになると思うよ。妖精たちは君のことが好きみたいだからね」

 そう言いながら先ほど頭から取ってくれた花を小鳥へと手渡す。
 甘やかな香りのそのスイートピーはふんわりと優しいピンク色をしている。ふりふりとした花びらは物語に出てくる妖精のドレスのようで、なんとも可愛らしい。

「私には妖精たちの姿は見えませんが、それでも妖精に好いてもらえるなんてなんだか嬉しいです。妖精は歌が好きなのでしょうか?」

「そうだね。妖精や精霊は特に歌や踊りなどを好むね。きっとここの妖精たちには、昨夜の歌が風に乗って届いたんだろう。だからこんなに沢山集まったのだと思うよ」

 小鳥には見えないがどうやら沢山の妖精がいるらしい。花の妖精ならきっと美しい姿をしているだろうと思うと、小鳥は見えないことが残念でならなかった。
 しかし、妖精という存在が見えなくともここには素晴らしい花々が咲き誇っている。それを眺めているだけで十分に心が満たされた。
 この花をくれた妖精もきっと近くにいるのだろう。身体いっぱいにスイートピーの香りを吸い込むと、自然と少しばかり歌ってもいいかなという気持ちになってくる。

「私の歌でこのお花をくれた妖精へのお礼にもなるでしょうか?」

「なるよ。歌ってくれたらとても喜ぶだろうね。僕も妖精たちも君の歌を聞きたい」

「それなら一曲だけ…。私のいた場所の歌ですのであまり馴染みはないと思いますが…」


 昨夜は星々の煌めきに誘われて歌を歌った。それならば、今この場所では同じ歌ではなく、この場に相応わしい歌があるはずだ。
 小鳥は長椅子からゆっくりと立ち上がると、柔らかく微笑むカレンリードの前に立つ。マイクの代わりかのように、妖精からの贈り物のスイートピーを胸元でそっと持つ。

 こんなに美しく花が咲いている場所ならば、あの歌がいいだろう。あちらの世界で良く聞いていた有名な、春と花と出会いの歌。


 〈萌えずる 春の息吹
 花は歌い 森は語りだすーー〉


 ふわりふわりと花びらが舞い上がるなか、どこまでも伸びやかに歌い上げてゆく。小鳥のゆるく波打つ黒い髪は、色とりどりの花びらと共に柔らかな春風と踊る。小鳥には日の光のせいか、庭園の花々が一層輝きを増したように見えた。

(あぁ、歌うのが気持ちいい……)

 花々に囲まれ優しい春の風を感じながら歌うのは大変心地よいものであった。するすると自然に歌が小鳥の口から溢れてくる。心のままに朗らかに歌う小鳥の周りには、歌のリズムに合わせて舞う花びらが増えるばかりだ。
 そして、小鳥が歌い終わる頃には足元に花びらの絨毯が広がっていた。


「えぇっ!?花びらがすごいことになっているんですが!」

 小鳥はなんとなく舞う花びらが増えているような気はしていたが、歌い終わるまで自分の足元の状態に気が付かなかった。自分の置かれている状態に驚きが隠せない。
 これは妖精たちが喜んでくれたということだろうかと思った矢先、今度は小鳥の頭上からぽすぽすと何かが落ちてくる。

(今度は何!?何かが降ってきてる!)

 不測の事態に小鳥はぎゅっと目を閉じようとするより早く、いつの間にか立ち上がったカレンリードの腕の中へと引き寄せられていた。

「大丈夫だよ。妖精たちが君に贈り物を持ってきただけだから」

 ほら、と差し出しされた彼の手には色とりどりの花があった。それを受け取りつつ小鳥が顔を上げて辺りを見渡せば、大きな花束が作れそうなほどの花の山が出来ていた。どうやら先ほど頭上に降ってきたのは、妖精たちからの贈り物のこの花だったようだ。

「これは妖精たちが喜んでくれたということでいいのでしょうか?」

「ああ、とても喜んでいるよ。妖精たちも僕も」

 その言葉に顔を見上げれば、カレンリードのエメラルドグリーンの瞳と目が合った。どこまでも透き通るようなその瞳から小鳥は目が離せなくなる。

「どうしてこんなに君の歌声に惹かれてしまうんだろうね」

「え……?」

 小鳥の柔らかな黒髪へとカレンリードは手を伸ばす。その髪を手に取ると、そっと口付けを落とした。小鳥は驚きのあまり言葉もなく呆然とその行為を眺めていると、さらりと小鳥の髪から手を離す。何かに気が付いたように彼が東屋の外へと視線を向けると、微かにその眉がひそめられた。

「どうやらもう時間のようだね。素晴らしい歌をありがとう。またね、小鳥」


 髪に付いた花びらをひらりと払い落とし柔らかな笑顔を小鳥へ向けると、花で溢れた東屋からマントを翻し去って行った。
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