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第一章 カラス色の聖女
神殿の森4
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手のひらに乗せた星の欠片から溢れ出す光の粒に、小鳥は目を見張る。まるで意思を持っているかのようにその光は小鳥を取り囲む。
「うわぁ…!すごく綺麗!……でも、なんでこんな風になってるのかしら?」
キラキラと光るそれを前に小鳥は少々困惑気味だ。淡い黄色をした透明な宝石のようなこの星の欠片は、着替えをして胸元に入れた時には普通であったはずだ。元から星の欠片の真ん中にはチラチラとした光が宿っていたが、このように溢れ出したりはしていなかった。
しかし、今は小鳥の手のひらの上でその美しい光が止めどなく溢れ出す。この光のおかげなのか、淀んだ空気が少しずつ清められていく。
「うーん。この星の欠片が助けてくれるってことなのかな?もしかして、前みたいに歌えばいいってこと…?」
正解とも不正解とも言わず、手のひらのそれはキラキラと光の粒を溢し続ける。その光の瞬きにふと、流れ星に願いをかける願掛けを思い出した。
(こちらの世界なら星に願い事をかければ本当に叶えてくれるんじゃない?)
元いた世界であれば、星によって願いが叶うような不思議なことは起こらない。あくまでも、おまじない程度のものであった。しかし、宝石のように美しい星が降り、妖精が花を運んで来てくれるこの世界ならば、本当に願い事が叶ってもおかしくはない。
手のひらで溢れるその光ををじっと見つめると、お祈りをするかのように星の欠片を両手で優しく包み込む。包み込んだ手の隙間からは変わらず光の粒がキラキラと溢れる。
「この子の怪我が治って、ここの穢れがなくなりますように……」
ぺしゃりと座ったままの小鳥の周りを、小さな光の粒がまるで守るかのように取り囲む。光の中心で祈るように両手を合わせるその姿は、端から見ればまさに聖女のようであっただろう。
小鳥は目を閉じて必死に願いを込めるが、星の欠片は輝きを放つばかりで変化がない。こちらの世界でも星が願いを叶えてくれるということはないのか、と肩を落としかけた、その時。
『歌って』
そんな誰かの声が聞こえた。
咄嗟に辺りを見渡したがここには小鳥と狼以外に誰もいない。不気味なほど静かな森からは動物の鳴き声すら聞こえてこない。しかし、確かに鈴を転がすような不思議な声が聞こえてきたのだ。
「歌うの?歌えば願い事は叶うの?」
どこにいるかも分からないその声の主に向かって小鳥は話しかけるが、返答は返ってこない。
組んでいた指を解き両手を広げ、キラキラと光を溢れさせている星の欠片に目を落とす。小鳥はぐっと覚悟を決めると、どんよりとした空を見上げた。
(カレンリード様だっていざという時は歌えって言ったんだもの。きっと今がその時なんだ!)
見上げた空に星はないが、小鳥の手のひらには確かに星がある。迷う者を導くようなその光にはきっとそのような歌が良いだろう。
淀んだ空気を払うかのように清らかに舞う星の光を吸い込むと、小鳥はゆっくりと歌い出した。
〈夜の帳下ろし 星は歌う
彷徨う旅人は 夜空の彼方ーー〉
小鳥が歌を口にしたその瞬間から辺りの様子が変わった。まるで待ってましたと言わんばかりに星の欠片が輝きを増し、どんよりとした空からは雲が晴れ月と星が顔を出す。
小鳥の周りに舞う光の粒は辺り一面に広がって行く。枯れた草木に光の粒が触れると元の青々とした姿に戻り、辺りを穢す重く暗い霧はその範囲を段々と小さくしていった。
そんな神秘的な光景が広がるなか、小鳥は周りに目もくれずただひたすらに歌い続けた。両手で包み込んだ星の欠片を胸に抱き、この狼が助かるように、そして穢れが消え森が生き返るように願いを込める。
手のひらにある星と夜空に浮かぶ星。小鳥はその両方に願いをかけてただ真っ直ぐに歌った。
その願いに呼応するかのように、空からも美しい光が降って来た。それは小鳥だけに静かに降り注ぐ。七色に光るその光は小鳥の真っ黒な瞳に色を落とし、少しずつ染め上げてゆく。
夜空を見上げ歌い続ける小鳥のその瞳には、いつの間にか淡い空色が広がっていた。
深い森の中、どこまでも清らかなその歌声が最後の音を響かせる。最後まで歌い切った小鳥は、自身の変化も周りの変化にも気が付かないまま、パタリと気を失った。
大きな躯体に深い森のような緑色の豊かな被毛を持った狼がゆっくりと目蓋を開く。開いたその瞳は、どこまで透き通るような美しいエメラルドグリーンだ。
部下を庇い、罠に掛かった時には死を覚悟したがどうやら生きているようだ。かすり傷程度だった怪我は瘴気に当てられその傷を大きくしていた。しかし、今は身体中の怪我が消えている。加えて、瘴気に当てられ身体に穢れが染み込んでいるはずであるのに、その穢れも身体に残っていない状態だ。
辺りを見渡せば穢れ枯れ果てた大地には緑が芽吹き、穢れの元である瘴石は見当たらない。そのかわりに一人の女が倒れていた。近付いてみるとそれは見知った顔であった。
(何故この子がこんなところに?)
狼の身体をどこからともなく吹いた緑色の風が包み込む。ふわりと風が解けると、そこには人間の姿をした男が現れた。
その身に纏う立派な騎士団の制服には似合わない血で汚れた布が、首元に緩く巻かれている。その汚れた布を取り去り手に持つと、地面に倒れている彼女の服へと目を向ける。自身の服を割いて手当てをしたのだろう。ボロボロの裾からは彼女の白い太ももを露わにさせている。
マントを留めるブローチを外し、彼女の身体にふわりと掛ける。そのマントごと抱き抱えると、彼女の手からきらりと光る小さな物が落ちた。近くの大きな木の下へと運びそっと下ろすと、先ほど彼女が落とした光の元へと戻る。
(彼女は星を使ったようだね。しかし、星の欠片だけでここまでの事が出来るのか?それにこの小さな星の欠片の方は全く使っていないようだ)
きらりと光る小さな星の欠片は、あの夜彼女に渡した時のままその力を宿していた。本来であれば、星の欠片を二つ使ったとしてもここまで力はないはずである。
小さな星の欠片を拾い上げると、足早に彼女の元へと戻る。華奢なその手に星の欠片を握らせ、顔に掛かった柔らかな黒髪を耳に掛けてやると、そっとその頬に触れた。目立った怪我などはないが、寒さと疲労のせいかあまり顔色は良くない。温めるように手のひらで頬を包み込むと静かに語りかける。
「君のおかげで助かった」
少し意識が浮上したのか、ぴくりとまつ毛が揺れる。薄く開いた微睡んだ瞳はそれまでの漆黒ではなく、夜明けの空のような淡い水色であった。
(やはり何者かによって本来の資質が隠されていたようだね。隠されたままの方が良かった可能性もあるが、ここまで現れてしまったならばもう一度隠すことは難しいだろう)
「今度は僕が君を助けよう。もし君が望むのなら僕の力を君にあげる」
そう言うと自身の魔力を丁寧に一つに編み上げていく。緑色に輝くその魔力の塊を圧縮し小さな塊へと変化させる。その塊が一際強く光を放つと、エメラルドの宝石のように美しい魔力の結晶石が彼の手のひらの上に現れた。
薄っすらと開いていた空色の瞳が閉じかけてる彼女の口元に手を添え、エメラルドグリーンの結晶石を彼女の口へと含ませる。
「飲み込んで」
「……んぅ」
彼女の細い喉がこくりと小さく上下したのを確認すると、木の幹にもたれ掛からせていた身体をそっと横たえさせる。冷たい地面に直接肌が触れないよう、掛けていたマントでしっかりと包み込む。
「本当は君を連れて行きたいのだけれど……。でも、またすぐに会えるから待っていてね、小鳥」
柔らかな黒髪を優しくひと撫ですると、朝日が差し込んでもなお仄暗い森の奥へと去って行った。
「うわぁ…!すごく綺麗!……でも、なんでこんな風になってるのかしら?」
キラキラと光るそれを前に小鳥は少々困惑気味だ。淡い黄色をした透明な宝石のようなこの星の欠片は、着替えをして胸元に入れた時には普通であったはずだ。元から星の欠片の真ん中にはチラチラとした光が宿っていたが、このように溢れ出したりはしていなかった。
しかし、今は小鳥の手のひらの上でその美しい光が止めどなく溢れ出す。この光のおかげなのか、淀んだ空気が少しずつ清められていく。
「うーん。この星の欠片が助けてくれるってことなのかな?もしかして、前みたいに歌えばいいってこと…?」
正解とも不正解とも言わず、手のひらのそれはキラキラと光の粒を溢し続ける。その光の瞬きにふと、流れ星に願いをかける願掛けを思い出した。
(こちらの世界なら星に願い事をかければ本当に叶えてくれるんじゃない?)
元いた世界であれば、星によって願いが叶うような不思議なことは起こらない。あくまでも、おまじない程度のものであった。しかし、宝石のように美しい星が降り、妖精が花を運んで来てくれるこの世界ならば、本当に願い事が叶ってもおかしくはない。
手のひらで溢れるその光ををじっと見つめると、お祈りをするかのように星の欠片を両手で優しく包み込む。包み込んだ手の隙間からは変わらず光の粒がキラキラと溢れる。
「この子の怪我が治って、ここの穢れがなくなりますように……」
ぺしゃりと座ったままの小鳥の周りを、小さな光の粒がまるで守るかのように取り囲む。光の中心で祈るように両手を合わせるその姿は、端から見ればまさに聖女のようであっただろう。
小鳥は目を閉じて必死に願いを込めるが、星の欠片は輝きを放つばかりで変化がない。こちらの世界でも星が願いを叶えてくれるということはないのか、と肩を落としかけた、その時。
『歌って』
そんな誰かの声が聞こえた。
咄嗟に辺りを見渡したがここには小鳥と狼以外に誰もいない。不気味なほど静かな森からは動物の鳴き声すら聞こえてこない。しかし、確かに鈴を転がすような不思議な声が聞こえてきたのだ。
「歌うの?歌えば願い事は叶うの?」
どこにいるかも分からないその声の主に向かって小鳥は話しかけるが、返答は返ってこない。
組んでいた指を解き両手を広げ、キラキラと光を溢れさせている星の欠片に目を落とす。小鳥はぐっと覚悟を決めると、どんよりとした空を見上げた。
(カレンリード様だっていざという時は歌えって言ったんだもの。きっと今がその時なんだ!)
見上げた空に星はないが、小鳥の手のひらには確かに星がある。迷う者を導くようなその光にはきっとそのような歌が良いだろう。
淀んだ空気を払うかのように清らかに舞う星の光を吸い込むと、小鳥はゆっくりと歌い出した。
〈夜の帳下ろし 星は歌う
彷徨う旅人は 夜空の彼方ーー〉
小鳥が歌を口にしたその瞬間から辺りの様子が変わった。まるで待ってましたと言わんばかりに星の欠片が輝きを増し、どんよりとした空からは雲が晴れ月と星が顔を出す。
小鳥の周りに舞う光の粒は辺り一面に広がって行く。枯れた草木に光の粒が触れると元の青々とした姿に戻り、辺りを穢す重く暗い霧はその範囲を段々と小さくしていった。
そんな神秘的な光景が広がるなか、小鳥は周りに目もくれずただひたすらに歌い続けた。両手で包み込んだ星の欠片を胸に抱き、この狼が助かるように、そして穢れが消え森が生き返るように願いを込める。
手のひらにある星と夜空に浮かぶ星。小鳥はその両方に願いをかけてただ真っ直ぐに歌った。
その願いに呼応するかのように、空からも美しい光が降って来た。それは小鳥だけに静かに降り注ぐ。七色に光るその光は小鳥の真っ黒な瞳に色を落とし、少しずつ染め上げてゆく。
夜空を見上げ歌い続ける小鳥のその瞳には、いつの間にか淡い空色が広がっていた。
深い森の中、どこまでも清らかなその歌声が最後の音を響かせる。最後まで歌い切った小鳥は、自身の変化も周りの変化にも気が付かないまま、パタリと気を失った。
大きな躯体に深い森のような緑色の豊かな被毛を持った狼がゆっくりと目蓋を開く。開いたその瞳は、どこまで透き通るような美しいエメラルドグリーンだ。
部下を庇い、罠に掛かった時には死を覚悟したがどうやら生きているようだ。かすり傷程度だった怪我は瘴気に当てられその傷を大きくしていた。しかし、今は身体中の怪我が消えている。加えて、瘴気に当てられ身体に穢れが染み込んでいるはずであるのに、その穢れも身体に残っていない状態だ。
辺りを見渡せば穢れ枯れ果てた大地には緑が芽吹き、穢れの元である瘴石は見当たらない。そのかわりに一人の女が倒れていた。近付いてみるとそれは見知った顔であった。
(何故この子がこんなところに?)
狼の身体をどこからともなく吹いた緑色の風が包み込む。ふわりと風が解けると、そこには人間の姿をした男が現れた。
その身に纏う立派な騎士団の制服には似合わない血で汚れた布が、首元に緩く巻かれている。その汚れた布を取り去り手に持つと、地面に倒れている彼女の服へと目を向ける。自身の服を割いて手当てをしたのだろう。ボロボロの裾からは彼女の白い太ももを露わにさせている。
マントを留めるブローチを外し、彼女の身体にふわりと掛ける。そのマントごと抱き抱えると、彼女の手からきらりと光る小さな物が落ちた。近くの大きな木の下へと運びそっと下ろすと、先ほど彼女が落とした光の元へと戻る。
(彼女は星を使ったようだね。しかし、星の欠片だけでここまでの事が出来るのか?それにこの小さな星の欠片の方は全く使っていないようだ)
きらりと光る小さな星の欠片は、あの夜彼女に渡した時のままその力を宿していた。本来であれば、星の欠片を二つ使ったとしてもここまで力はないはずである。
小さな星の欠片を拾い上げると、足早に彼女の元へと戻る。華奢なその手に星の欠片を握らせ、顔に掛かった柔らかな黒髪を耳に掛けてやると、そっとその頬に触れた。目立った怪我などはないが、寒さと疲労のせいかあまり顔色は良くない。温めるように手のひらで頬を包み込むと静かに語りかける。
「君のおかげで助かった」
少し意識が浮上したのか、ぴくりとまつ毛が揺れる。薄く開いた微睡んだ瞳はそれまでの漆黒ではなく、夜明けの空のような淡い水色であった。
(やはり何者かによって本来の資質が隠されていたようだね。隠されたままの方が良かった可能性もあるが、ここまで現れてしまったならばもう一度隠すことは難しいだろう)
「今度は僕が君を助けよう。もし君が望むのなら僕の力を君にあげる」
そう言うと自身の魔力を丁寧に一つに編み上げていく。緑色に輝くその魔力の塊を圧縮し小さな塊へと変化させる。その塊が一際強く光を放つと、エメラルドの宝石のように美しい魔力の結晶石が彼の手のひらの上に現れた。
薄っすらと開いていた空色の瞳が閉じかけてる彼女の口元に手を添え、エメラルドグリーンの結晶石を彼女の口へと含ませる。
「飲み込んで」
「……んぅ」
彼女の細い喉がこくりと小さく上下したのを確認すると、木の幹にもたれ掛からせていた身体をそっと横たえさせる。冷たい地面に直接肌が触れないよう、掛けていたマントでしっかりと包み込む。
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