ハズレ聖女は花開く!

茶々

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第一章 カラス色の聖女

神殿の森5

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 冷たい眠りの中、ふわりと温かなぬくもりに包まれた。

 そんなぬくもりの中、持ち上げられたような感覚に小鳥の意識は僅かに浮上したが疲れていたためか、また眠りのふちへとゆっくりと落ちてゆく。

 小鳥が眠りへと落ちる直前、頬に何か温かなものが触れた。身体が冷えていたのかそのぬくもりはとても心地良いものであった。

(あったかいな……)

 ぬくもりを求めて小鳥は無意識に頬を寄せる。


「君のおかげで助かった」


 優しく甘いその声に再び小鳥の意識は浮上したが、目蓋は重く眠気のせいか視界もぼんやりとしている。ゆっくりと瞬きを繰り返すが、気を抜くとまた意識を手放してしまいそうだ。

(誰だろ?)

 小鳥の目の前にはどこかで会った事のあるような男性がいた。黒い髪は光を受けて僅かに緑掛かった色を見せ、小鳥を見つめる真っ直ぐな瞳はどこまでも透き通るようなエメラルドグリーンだ。

(この人知ってる…。誰だっけ?あぁ、それよりも眠くて堪らない)

 いつの間にか朝になっていたようで、降り注ぐ朝日は眠くて堪らない小鳥にはとても眩しく感じた。開いた目蓋は朝日を防ぐようにゆっくりと落ちてゆく。

「――――を君にあげる」

 目の前の彼が何かを言っているが、夢うつつな小鳥の耳には途切れ途切れにしか届かない。何と言ったのか、と小鳥がぼんやりと思っていると、小鳥の口元へと彼の長い指が伸びる。僅かに開いた小鳥の唇の端からするりとなぞられると、自然と口が開いていった。

「飲み込んで」

 そんな言葉と共に何かが口の中へと入れられた。ほんのりとあたたかさを感じる飴玉のような固い何かは、微かに森の澄んだ空気のような香りがする。
 するりと唇から頬へと撫でられると、自然とその塊を嚥下してしまった。これは何だろう、と小鳥が思うより先にここまでなんとか耐えていた眠気に負け、意識を手放した。



「んん~~…」

 カサリと頬に何かが降ってきた。その感覚に小鳥は深い眠りの底から呼び起こされる。目を開ければ天高く燦々さんさんと輝く太陽が辺りを明るく照らしていた。

「いつの間に寝たんだろう?……あれ?狼がいなくなってる」

 辺りを見渡せば、昨夜とは全く違った光景が広がっていた。どんよりと暗く重い霧が広がっていた穢れは跡形もなくなり、枯れた草木は息を吹き返して青々と茂っている。
 しかし、昨夜助けようと小鳥が奮闘した狼はどこにもいない。

「いないって事はきっと助かって森に帰ったって事だよね。怪我はちゃんと治ったのかな。………ん?これは……?」

 小鳥が身を起こすとぬくもりに包まれていた肩が露わになる。肩からずり落ちた布は小鳥をすっぽりと包んでいたようだ。
 その布の中から手を出すと昨夜願いを込めた星の欠片がそこにはあった。

「大きい欠片と小さい欠片、両方使ってしまったと思ったけど小さい方はそのまま残ったみたいね。いざという時のために残った欠片は大事に取っておこう」

 小さな星の欠片を胸元にしまうと立ち上がり、小鳥の身体を包み込むように巻かれた布を広げてみる。それ見覚えのある立派なブローチが付いたマントであった。

(このマントは騎士団のものだわ。そしてこの綺麗なブローチ……。見覚えがある…)

 エメラルドが嵌め込まれ、金で出来た繊細な模様の台座はつい先日間近で見た物だ。ブローチの宝石と同じ色をした瞳は記憶の中でも鮮やかに輝く。風に吹かれひらりとひるがえったマントから見えるこの内布の色は、騎士団長だけが身に纏っていたはずだ。

「カレンリード様のマントとブローチだわ……」

 なぜ彼のマントが、と疑問が浮かぶより先に微睡まどろみの中の記憶が蘇った。

(うとうとしてる時にカレンリード様がいたような気がしたけど、あれは夢じゃなかったってこと?でもどうして彼がこんな森の中に…?)

 数日前に神殿から騎士団が帰って行ったはずだ。なのにどうして、騎士団長であるカレンリードがこんな森の中にいたのか。
 こちらの世界の様々な事情に疎い小鳥がいくら考えても答えは出ないだろう。それよりも、この森から出ることの方が先決だ。

「とりあえず、この森を抜けてどこか助けてもらえそうなところに行かないと。安全ではないし、食べ物も何もないんだからずっとここにはいられないわ。それにしてもこの服、早くどうにかしないと駄目かも…」

 小鳥は自身の身体を見下ろす。身に纏っているのは膝が丸見えの長さまでボロボロに切られた儀式用の服だ。昨夜、狼の怪我のために服を切り裂いて包帯として使ったのだ。マントを羽織れば見えないであろうが、出来るだけ早めに新しい服を調達しなければこれから困るだろう。
 今は有り難くカレンリードのマントを借りることにし、肩から羽織ればその長さはちょうど地面ギリギリの長さであった。マントの前を合わせるためにブローチを位置を付け変える。

(このブローチは高価な物だろうから人目に付くところでは外した方が良さそうね)

 太ももにナイフをしっかり括り付け直し、軽く土埃を払うと森の中へと歩き出した。


 サクサクと草を踏みしめながら、どの方向へ向かえばいいのか考える。下手な方向に進んでしまった場合、また神殿へと戻ってしまう可能性もある。それだけは絶対に避けたい。

「どこに向かえばいいのかな。神殿ではない、人がいるところに行きたい…。昨日は狼のところまで光が誘導したんだし、お願いすればあの光が助けてくれたりするかも……?」

 あの光はなんであったのかは分からない。しかし、昨日は小鳥が光の導きに応じて狼を助けたのだ。ならば、今日は困っている小鳥を助けてくれてもいいだろう。

(なんて呼び掛ければいいのかしら?)

 とりあえずあまり深く考えずに呼びかけてみることにする。駄目で元々である。


「えーっと…。昨日の光さん、今日は私を助けてくれませんか?神殿ではない、人がいるどこかに行きたいの!…………なんてね。やっぱり自力でどうにかしなきゃ駄目みたい…」

 小鳥が諦めのため息を吐きかけた時、まるで小動物がいるかのように辺りの茂みがサカサカと揺れ出した。四方から聞こえてくるその音に小鳥は身構える。

(何!?猪とか出てきたらどうしよう!)


「見て!この子昨日森を助けた子だよ!」
「助けが欲しいの?」
「森から出たいのなら私が案内してあげる!」

 小鳥は目の前の光景に呆然と立ち尽くす。賑やかにお喋りをするのは、絵本に出てくるような妖精であった。
 手のひらに乗せられそうな小さな妖精たちは、背中に生えている羽を羽ばたかせて小鳥の周りを飛び回る。背中に生えたそれは、蝶のような羽やトンボのような羽など様々な形をしている。

(妖精だわ……。でもなんで私に妖精が見えるの?つい先日までは見えなかったのに……)

 数日前の東屋あずまやでは確かに妖精たちの姿は見えなかった。それなのになぜ、今はその姿を見る事が出来ているのだろうか。

「あの、私前まで妖精の姿が見えなかったのだけど、なぜ急にあなたたちが見えるようになったのか分かったりする?」

「んー?なんでだろうね?」
「人間は僕たちのこと見えるはずだよね?」
「見えないことの方がおかしいよ!」

(そうだよね。この子たちに聞いても分かる訳ないよね)

「分からないならいいの。急に変なこと聞いてごめんね。私、この森から出たいのだけど、どの方向に進めばいいか分からないの。誰か道案内をしてくれないかしら?」

「いいよ!私が案内してあげる!」
「僕がするんだ!」
「みんなで案内してあげようよ!」


どうやらこの森の妖精たちはとても親切なようだ。小鳥は森を抜けるための道案内を、妖精たちにお願いする事に決めた。
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