ハズレ聖女は花開く!

茶々

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第一章 カラス色の聖女

リュカの背中4

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 くるくると忙しなく動き続ける料理人達を横目に、厨房の片隅で小鳥は優雅に朝食を頂いている。
 簡素なテーブルの上に並べられた焼き立てのパンと、出来立て熱々の目玉焼きとベーコンに舌鼓を打っていた。

 小鳥が部屋で食べる予定だった朝食を厨房で食べる事になれば、使用人達の予定も変わってくる。厨房に何やら用事を済ませに来ていた侍女に、小鳥の朝食の件を客間で世話してくれた侍女に伝えて欲しい、と言った時の顔が忘れられない。

(きっとこんな客人は初めてなんだろうなぁ)

 そんな事を考えながら質素なテーブルに似合わない、華奢で繊細なティーカップで食後のお茶を飲む。
 客人なのに厨房で食事をするなど、少しばかり突飛な行動であったかも知れない事は重々承知しているのだが、美味しそうな香りと空腹感に負けてしまったのだ。


「ほら!早くそこの野菜を切っておくれ!まったくもう、なんで急に二人も休んじまうかね」

 メリルは周りの料理人達に指示を出し、自身も手を動かしている。独り言のように愚痴を吐きつつも、その鮮やかな包丁捌きで次々と食材を手早く処理してゆく。
 メリルの愚痴の内容は多岐に渡るが、メインの内容は本日体調不良で休んだ二人の料理人の事についてだ。時折彼らの体調の心配も挟まれるが、九割方彼らが休んだ事による仕事の穴についての愚痴である。

 一番食事に気を使わなくてはいけない小鳥は厨房で簡単に朝食を済ませているため、その分少しは余裕が出来たというがそれでも仕事は大量にある。
 朝食の支度が終わっても昼食や夕食の下拵えをしなくてはならないのだ。


「あの、よければ少しお手伝いしましょうか?簡単な野菜の処理くらいでしたら私でも出来ると思います」

 美味しいご飯でお腹が満たされた小鳥は、寝起きの時よりずっと元気になっていた。
 簡単に済ませたとは言え、忙しい厨房で急遽小鳥の食事の準備を整えてもらったのだ。少しくらい手伝いをしてもバチは当たらないだろう。

「いや、それは流石に……。お客さんであるお嬢さんにやらせる事じゃないからな」

「でも、今人手が足りてないのでしょう?……この野菜はスープ用ですか?どのくらいの大きさで切ります?」

「あ、ちょっとお嬢さん!メリル!!どうにかしてくれ!」

「なんだいトニー、情けない声出してみっともないね。おや、ちゃんと包丁が持ててるじゃないか。スープ用だからね、その半分くらいの大きさにしておくれ」

「はい!」

「……え、は?メリル!お客さんに何指示出してんだよ!!」

 ふくよかなメリルと言葉の応報を繰り返している、ひょろりとしたこの男性はトニーと言うらしい。
 彼らのやり取りからメリルの方が上の立場かと思ったが、この屋敷の料理長はメリルからの押しに負け続けているトニーだ。

「今は猫の手を借りたいほど人手が足りてないんだ。お姫様の善意を受け取ろうじゃないか。ほら、きちんと切れているし問題はないだろう?」

「ああ、確かに問題なく切れてるな。じゃなくて!!問題大ありだろ!!」

「トニーさん、メリルさん。ここの野菜は終わりました。あちらの野菜は筋を取る処理をするのでしょうか?」

 メリルとトニーが仲良く言い合いをしている間に、スープ用の野菜を切り終えた。元よりそこまで量がなかったので小鳥の手でもすぐに終える事が出来たのだ。

「そうだが……。その、お嬢さんがわざわざやらなくてもいいんだぞ?手伝ってくれたところで給料を出せる訳じゃないし……」

 小鳥はこんもりとかごに盛られたサヤインゲンを手にし、先程まで食事をしていた質素なテーブルの上へと置く。椅子に腰を下ろすと、サヤインゲンの筋取りに取り掛かりながらトニーに目を向ける。

「急にこちらに押し掛けて来たお礼とでも思ってください」

 ちょっとだけお給料は欲しいけど、という本音は口には出さず、そっと心の中だけで付け加えた。

(あ、そうだ)

「あの、お昼ご飯を持ち出せるような形にしてもらう事は出来ますか?今日はお天気も良いですし、お庭を散歩しながら外でお昼を食べようかと思っているんです」

「ああ、そんな事ならお安い御用だ。ピクニック用のバスケットを用意しよう。昼前くらいに部屋まで届けさせればいいか?」

「はい!ありがとうございます!」

 トニーが快くお昼ご飯の準備を請け負ってくれた事にほっと胸を撫で下ろし、小鳥は手元のサヤインゲンの筋を黙々と取ってゆく。
 メリルと賑やかなやり取りをしているトニーに伝えた、外でお昼ご飯を食べたい理由はあくまで建前だ。

(お昼ご飯のバスケットを受け取ったら森に行ってみよう。森には入れないってリュカは言ったけど、入れるかどうかは試してみなきゃ分からないもの。もし戻って来たリュカと鉢合わせたら、そのままお庭でお昼を一緒に食べればいいわ)

 そう小鳥が考えていると、ふと昨日リュカが"お守り"と言ったその行為を思い出した。
 うなじに添えられた手、柔らかな唇、密着した身体から伝わるリュカの体温。はっきりと思い出せるその感覚に、小鳥の頬は薄く紅を差したかのようにほんのりと赤くなった。

(いやいやいや。年下の、それも同性相手なんだから照れるなんておかしいわ。でも、急にあんな事するから……)


 小鳥が黙々と手を動かし、かごいっぱいにあったサヤインゲンの筋取りを終えた頃、慌ただしかった厨房がようやく一息つける状態となった。小鳥のお手伝いはここまでで大丈夫だろう。
 処理の終わったサヤインゲンをメリルに渡し、皆に挨拶をすると小鳥は厨房を後にした。

 小鳥が部屋に戻ってしばらくした頃、侍女が可愛らしい藤で出来たピクニックバスケットを持って来た。蓋付きのそのバスケットの中には、サンドイッチと苺、そして水筒まで用意されていた。
 侍女に庭を散歩しながら外でお昼を食べる旨を伝えるとバスケットを手に取り、森を目指すべく外へと続く扉に向かって階段を降りた。


「昨日リュカが現れたのはこの茂み。それならこのまま真っ直ぐ進めば森があるはず……」

 美しい庭園に敷かれた小道から外れ、茂みの前へと足を進めた。昨日確かにここからリュカがひょっこりと現れたのだ。
 小鳥はドレスの裾を枝に引っ掛けないよう気を付けながら茂みの中へと進むと、その抜けた先に広がっていたのは広々とした畑であった。

「あれ?おかしいな。森じゃなく畑に出ちゃった……」

 しかし、遠くに目を凝らせば畑の向こう側に木々が鬱蒼と生い茂っているのが見てる。

「あれが森かな?とりあえずあそこに行ってみよう」

 足早に進んで行った小鳥の眼前に広がるそれは確かに森であった。しかし、この位置に森があってもすぐに敷地を囲う柵に行手を阻まれてしまうのではないだろうか。

(もしかしてリュカはこの森を抜けて、柵の先に続く敷地外の森へ行ったのかな?)

 柵まで行ってみよう、と小鳥が一歩森の中へと足を進めようとした時、見えない柔らかな壁によってその動きが止められた。

「これがリュカの言ってた事なのね……」

 確かにこれでは森に入る事は出来ない。しかし、入れないという事はこの森にリュカがいるという事だ。
 ならば、何としてでもここを突破しなくてはならない。
 小鳥自身にはこのような事態を解決する魔力も知恵もない。しかし、心優しき隣人に力を借りる事は出来るだろう。


「ねぇ、誰かいない?美味しいサンドイッチと熟れた苺はいかが?」

 そう森へ向かって呼び掛ければ、木の影から次々と小さな妖精達が顔を出した。辺りを警戒しながらも小鳥の近くまでやって来てくれた。

「こんにちは。この森に入りたいのだけれど、何かに阻まれて入れないの。どうやったら入れるか知ってる子はいない?森に入れてくれたらこれをあげる」

 バスケットの蓋を開いて中身を妖精達に向かって見せる。お腹が空いているのか、皆目を輝かせながら食い入るようにバスケットをじっと見つめている。

「君自身に守護が掛けられているから入れないんだよ。それを取り払わないとここには入れないよ」
「しっかりとした守りね!私達には解けないと思うわ」
「森に入る一瞬だけでもその守りを隠せないかな?ねえ!そのサンドイッチをちょうだいよ!」

「森に入れたらあげるよ。私に掛けられた守りを隠す方法を知らない?」

 うーん、と小さな腕を組んで考え込んだ妖精達にも難しい問題であるようだ。可愛らしい声で何かを話し合っているが、解決の糸口を掴めた様子はない。
 どうすれば良いか分からないが、こんな所にいつまでも立ち止まっている暇は小鳥にはないのだ。

「こんな壁に負けるもんですか」

 小鳥はたっぷり十歩ほど後ろに下がる。そしてドレスを膝までたくし上げると、そのまま助走をつけて見えない壁に向かって全力で駆け出した。
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