ハズレ聖女は花開く!

茶々

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第一章 カラス色の聖女

リュカの背中5

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 小鳥はたくし上げたスカートばさばさと振り乱しながら一直線に走る。向かう先は先ほど見えない壁に行く手を阻まれた場所だ。


(一気に飛び込めばなんとかなるかも知れない!)

 軽く押しただけでは柔らかく押し返されるだけであったが、全力でぶつかれば何かしらの変化がある可能性がある。そんな期待を込めて小鳥は思い切り地面を蹴り上げ、見えない壁へ向かって飛び込んだ。

 その瞬間、小鳥を受け止めたのは先ほどと同じ柔らかな見えない壁であった。しかし、身体が押し返される前に、見えない壁がまるでそこだけ破れたかのようにするりと小鳥を森へと通した。
 咄嗟の出来事に受け身を取れなかった小鳥はそのまま倒れ込み、強かに身体を地面へと打ち付けた。

「いたた……。でも何とか通れた。何でだろ?……あれ?」

 痛みを覚えつつも小鳥が半身を起こすと、周りにひらひらと桃色の花びらが舞い落ちている事に気がつく。まるで小鳥を守るかのように、小鳥を中心にして花びらが地面へと落ちている。
 どこか見覚えのあるその花びらに手を伸ばせば、その身体の動きに合わせてまとめたはずの髪の毛がゆらりと動いた。

「あ、倒れた勢いで髪の毛崩しちゃったのかも…」

 くしゃりと半分ほど解けた状態の髪の毛に触れてみれば、差したはずの花がそこにはなかった。見えない壁に飛び込んだ際に花が取れ、それを皮切りにまとめた髪が崩れてしまったのだろう。
 崩れたままにしておくよりは髪を下ろしてしまった方が良い、と小鳥はピンを引き抜き編み込みを解いてゆく。幸い、解きやすいように結い上げられた髪は簡単に下す事が出来た。


「わあ!通れたじゃないか!」

 小さな妖精の一人にそう声を掛けられた時にはもう、宙を舞っていた花びらは全て地面へと落ちていた。その桃色の花びらの絨毯に囲まれたまま、小鳥は随分と乱暴に扱ってしまったバスケットへと手を伸ばす。

「うん。何とか通れたみたい。約束通りこれをあげるね。ちょっと振り回してしまったけど、中身はほとんど無事みたい」

「僕達お手伝い出来なかったけどいいの?」

 バスケットの中の少しばかり具の飛び出したサンドイッチを見つめながら、妖精は躊躇いがちに小鳥へと問い掛ける。
 実際、小鳥は彼らの力を借りずに自力で突破したのだからお礼をする必要はない。しかし、物欲しそうな目をした彼らをそのままにしておくのは少々気が引けたし、このくらいの事で喜んでくれるのならば彼らにあげた方が良いだろう。

「いいよ。みんなで仲良く食べてね。あ、そうだ。食べ終わったらこの先にあるお屋敷に返しておいてくれる?」

「うん!この先にあるのは綺麗なお庭の大きな家だよね?ちゃんと返しておくよ!」

「出来れば玄関とか分かりやすい所に置いておいてね。……さてと、そしたら私はもう行くね」

 小鳥は立ち上がるとスカート付いた花びらと汚れを軽く叩いて落とす。後ろにも汚れが付いていないことを確認していると、一人の妖精が近づいて来た。

「君はこの先に行くの?」

「うん。人を探しているから」

「人を?」

「私くらいの身長の髪の長い女の子なんだけど、知らない?ここを通ったと思うのだけど……」

「うーん。人間の女の子は通ってないよ。この先は危ないから気を付けてね。決して進むべき道を間違えては行けないよ」

「ありがとう。気を付けて進むね」

 妖精達はサンドイッチや苺を頬張りながら、小さな手をぶんぶんと振って小鳥を見送ってくれた。小鳥は手を振り返すと森の奥へと足を踏み出した。


 その森は進み行くほどに暗さを増していった。
 そこには動物や妖精達の気配はなく、ザワザワと風が木を揺らす音と森を歩く小鳥の足音だけが響く。
 辺りを見渡しても道らしきものは見当たらない。道を間違えないようにと妖精に忠告を受けたが、そもそも道がないのだからどうしようもない状態だ。

「とりあえず真っ直ぐ進んで来たけど本当にこっちで良いのかな……?それにしても、まだ昼間なのに随分と暗い森だわ」

 つい先ほどまでは晴天であった。しかし、背の高い木々の間から見える今の空には、まるで雨が降る前のような暗く重い雲が広がっている。
 この空模様と光を遮る木々のせいで、こんなにも森の中が暗くなっているのだろう。そして、その森の暗さに比例するかのように、辺りの空気も段々と重く変化してゆく。

 小鳥は暗い森に怯んだ心を奮い立たせるように、両手で頬を軽く叩いた。ここで立ち止まる訳にはいかないのだ。

「……進もう。きっとこの先でリュカが心細い思いをしてる」


 サクリサクリと草を踏み締めながら森を進んで行く。小鳥が少し背の高い茂みを通り抜けようと、草をかき分けているとふと、背後から声が掛かった。

「そっちじゃないよ」

 小鳥が振り向くと、そこには森の入り口で出会った小さな妖精がいた。ふわりとその小さな身体を宙に浮かせながら、小鳥の側までやって来る。

「そっちへ行ってはダメだよ。君は妖精の道を探しているんでしょ?それならこれを使うといいよ。手を出してごらん」

 妖精の道とは、と疑問に思いつつも言われるがまま小鳥は両手を揃えて差し出す。すると、どこから出したのか桃色の花びらをこんもりと手に乗せた。

(この色合いと大きさ……)

「これは森の入り口で散ってた花びら?」

「うん。正確には君の髪の毛にあった花だね。それには妖精の祝福がまだ残ってるから、君の進むべき道を示してくれると思うよ。…ごめんね、僕はここまで」

「ううん。ここまで来てくれてありがとう。気を付けて戻ってね」

「君も気を付けて。決して道を間違えないようにね」


 妖精がそう言うと、小鳥がまばたきをひとつした間にその姿は見えなくなっていた。この生き物の気配がしない暗い森の中を、小鳥のために進んで来てくれたのだろう。
 小鳥は受け取った花びらに目を落とす。両手に乗ったこの花びらをどう使えば良いのだろうか。

(道を示してくれるって言っていたけど……)

 どうしようかと悩んでいると、一枚の花びらがひらりと小鳥の手から溢れ落ちた。風もないというのにその花びらは真下に落ちず、まるで進むべき方向を示すかのように少し先の場所へと落ちた。

「もしかして道を教えてくれるの?……どうか、どうかリュカの元まで私を連れて行って」

 祈るようにそっと花びらに口付けを落とす。すると、小鳥のその願いに応えるようにまた一枚、また一枚と花びらが手から溢れ落ちてゆき、いつの間にかそれは桃色の一筋の道となった。
 花びらに導かれるがまま、小鳥は森の奥へと足を進める。重く暗い森の中、足元の花びらだけほわりと光っているようにも見える。


 手のひらから最後の花びらがひらりと落ちた頃、森は木々のざわめきさえ聞こえないほどの静寂に包まれていた。その辺りの静けさとは反対に、小鳥の心臓はうるさいほどにその鼓動を早める。

(ここはきっと夢で見た森だ……)

 不思議な事に足元の花びらの道を見なくとも、小鳥にはもう進むべき方向が分かっていた。


「リュカ………」


 重苦しい空気を振り払うように足を進める。この先にその人がいるはずなのだ。

 スカートの裾が足元の枝に引っかかったのか布が裂ける鋭い音が聞こえたが、小鳥はそれに気を留めず足早に進んで行く。もうすぐ夢で見たあの場所に着くはずだ。


 ふと、小鳥は足を止めた。目の前に広がる森は夢で見た景色とぴたりと一致する。

(この先に大きな木があるはず)

 乱れた呼吸を整えながら先へと進む。
 すると、夢と同じように大きな木の幹の端からひらりとした布が見えた。リュカが居たと安心したのも束の間、小鳥は夢との違いに気が付いた。

 夢ではオーロラのように光を反射し美しかったそれは、輝きをなくし黒く染まっている。


「……っ!リュカ!!」

 小鳥は弾かれたようにそこへ向かって駆け出した。
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