記憶の泉~くたびれたおじさんはイケメンアンドロイドと理想郷の夢を見る~

magu

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第十二話 大切な人のために

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「人工知能への、記憶の転送は可能か?だと?!」
相談がある。とマイケルから電話で言われた時、チャールズはホープに関する事だと思っていた。
ホープはチャールズの祖父と父が核を創ったアンドロイドだ。
彼とマイケルは現在「恋人関係」にあった。信じがたい事だが事実だ。
アンドロイドを愛人のように傍に置く人間はいる。彼らは人を完璧に模しており性交渉も可能でしかも人間に逆らわない。
だがアンドロイドを性的な目的で持つことは一応禁止されている。
アンドロイドに関しての人道的な問題を提唱する団体もあるし、AIに関する法整備もされているが何でも抜け道はあるのだ。
ステーションでアンドロイドがそういう目的で稼働していたのは政府が特別に許可を出しているからで、名目はセラピストの扱いである。要は医療目的という建前があるから可能だったのだ。
アンドロイドが人間と性的な関係を持つための機能は一般人が思うよりも複雑だ。
生殖機能はデリケートな器官であって簡単に模倣できるものではなく、アンドロイドにその機能を持たせるだけで開発の費用は各段に跳ね上がる。
つまりアンドロイドをそういう目的で所持できるのは限られた一部の特権階級の人間だけということになる。
AIは付与されたプログラムに忠実だ。人間に歯向かう事はなく、どんな命令でも聞いてくれる。理想の恋人、それが実現できる。

けれどマイケルとホープはそうではない。
なぜならホープが先にマイケルに対して恋慕を抱いたのだから。
チャールズはステーションでのホープの言動に可能性を感じた。だからこそ買い取ったのだ。
ステーションでのメンテナンス中に気が付いた、ホープの中には未知の領域が存在する。それが彼の疑問を呼び起こした。
それは既存のAIの範疇を大きく超えていた。だが彼は開発者であるチャールズの父と祖父によってそれに制限をつけられていた。チャールズは地球に戻ってきてから何層にも巧妙にブロックされていたホープの制限を解除した。
そしてマイケルの元へとホープを送ったのだ。
マイケルに預けた理由は、チャールズが知る人間の中で彼が一番善良で孤独だったからだ。
ホープは彼の人生の良きパートナーになれるのではないかと思った。マイケルの孤独が癒され彼に人生を楽しんで欲しかった。
チャールズの予想を大きく超えて二人はいつしか愛し合っていた。
マイケルは色々な事情から人に簡単に心を開く人間ではないが、根底は優しくて寂しがりだ。
だからこそ彼はホープを個人として扱ったのだと思う。
彼にはアンドロイドであるとか人であるとか、大会社の社長であるとかは関係ないのだ。
マイケルにとってチャールズは昔の護衛対象であり、今はちょっと手に余る(なにせチャールズはとてつもない天才なので凡人には理解されない)友人だ。
チャールズに寄って来る人間のほとんどはチャールズの頭脳と名声と金に集まる烏合の衆だがマイケルは違う。
だからこそチャールズはマイケルを信用しているし数少ない友人であると断言できる。
そんな彼だからホープはマイケルから人としての感情を学び、彼を愛するようになったのだろう。


「無理なら無理でいい。他の手を考えなきゃならないけどな」
「誰が無理と言った!私を誰だと思っているのだ!」
「できるのか?」
「私には不可能などない!」
そう断言するとマイケルはホッとした顔をした。
「いや、できる云々の前に圧倒的に説明が足りていないぞ!一体君は”誰”を転送しようというのかね?」
「俺だよ」
マイケルの返事にチャールズは驚いた。
「君は冗談が上手くなったな」
「冗談でこんなこと言わないよ、俺の記憶をAIに移せるのかって、俺最初に言わなかった?」
「聞いてない!」
「じゃあ今言う。俺が俺の記憶を持ったままアンドロイドになれるのかってことだよ」
「生きている人間の記憶をすべて移すというのは人類の夢だ。論理的には可能だが成功例はない」
「だから聞いてるんだよ、できるのかってさ」
「できる、とあえて言おう。私に不可能はない。だが何故だ、君は永遠に生きたいタイプだったか?そんなにホープと別れるのが嫌かね?」
「いいや、永遠なんて望んだわけじゃないさ。けど、1年後って言われるとなぁ」
「なに?今なんと言った?」
「俺はあともって2年だとさ。場合によっては1年。末期がんだとよ。手術の成功率は低いんだよ」
「まて、待て待て待て!」
チャールズは思わず手を振ってマイケルを黙らせた。
マイケルが死ぬ?癌?だから生きたいのだとすれば。
「君が死ぬ?ならアンドロイドになってまで生きたいのはホープのためか?」
「まぁな、あいつ後追いしそうだろ?」
マイケルが死にたくないのはホープを残して逝きたくないからだ。それ以外この男が死にたくない理由がない。
マイケルは常に多少の諦観を漂わせている。思い切りの良さはすなわち自分の命を軽く見ているからだ。
だから銃弾に狙われたチャールズの前に簡単に身を投げ出せたのだろう。
そういうマイケルを心配してホープを贈ったわけだが・・・。
「それほど、ホープを愛しているのか?」
「なんかあんたに言わると素直に頷けないけど・・・。そういうことなんだろうな。どうしてもあいつを残して逝きたくない、俺の後も追ってほしくない。本当は俺が死んだら自由に生きて欲しいけど、難しいだろ?たぶん、あいつは俺がいないとダメだと思うんだよ」
「そうかもな」
「残される方の辛さは俺が一番知ってるからさ。俺がいなくなってもあんたがいるから、ホープの居場所はあるだろうけど、あいつずっと忘れないって言うんだぜ。全部覚えているんだって、それってたまんねぇよな」
「お前の気持ちはわかるが、アンドロイドのボディの制作には膨大な時間が必要だ。特に人の脳を移すとなれば細部までこだわらねばならんしAIも汎用品など使えん」
「そうなのか?じゃあ、間に合わないな・・・」
「そうだ。だが、まぁ手がなくはない」
「なんだよ。もったいぶるなよ」
「実は近々アンドリューに体を与えようと思っていんだ。だからボディの基礎はある。フェイスはまだだしAIも調整が必要だが・・・なんとかなるだろうと思う」
「じゃあ、それをくれよ」
「お前は簡単に言うな・・・りんごをくれてやるのとは違うのだぞ・・・まったく。くれてやるのは構わんが、だがよく考えろ。マイケル」
チャールズの言葉にマイケルはくしゃりと顔を歪めた。泣き出すのではないかとチャールズは思った。
「あいつにどう言えばいいのか、わからない。俺が死ぬことをあいつは真に理解できるのかな・・・、なぁ、チャールズ・・・・あいつは・・・理解できるとおもうか?悲しむのか?それに耐えられるのか?俺はどうすればいいんだ・・・」
「ホープは今やほとんど人間の感情と同等のものを持っている。悲しむだろうな・・・」
チャールズはマイケルの隣に座って肩を抱いた。
チャールズは肩を落としたまま自分のつま先を見ていた。
「手術の成功率は5割だそうだ・・・」
「いい病院を紹介してやる、そっちで一度診てもらうといい」
「すまない、チャールズ・・・」
「いいんだ。言っただろう。君は私の命の恩人なんだ。お安い御用だ。ホープには私から話そうか?」
「いや、帰ったらきちんと話すさ」
「そうか」
「あぁ」
マイケルはやっと顔を上げた。そしてチャールズを見ると少しバツが悪そうに苦笑した。
「マイケル、いい報告もある」
「なんだよ」
「君に譲ってやるボディの年齢は20代だ。喜べ若返るぞ」
「そりゃいいな」
「そうさ」
「あぁ、若くなってあんたをジジィ呼ばわりするんだ。最高だな」
「失礼な奴だな」
マイケルとチャールズは笑い合った。悲惨な話をなんとか冗談で笑い合えるのは年の功だろうか。
「まぁとりあえず足掻いてみるか」
「ありがとうな」と言ってマイケルは帰っていった。
「アンディ!!」
「はい、ペイトン様」
「君のボディにするつもりだったが、予定変更だ。いいか?」
「もちろんです」
「生体からの移植はまだ研究途中だ、急がねばな。ラボに行くぞ」
「はい」
チャールズはラボに向かう。
マイケルからの頼みははっきりと言えば荒唐無稽だ。だができるはずだ。自分になら。自分にしかできないだろう。
だが、人をアンドロイドにするなんて許される事だろうか。

許す許さないの話ではなく、それが彼の望みならそれに応えてやるしかあるまい。
たとえそれが彼らを永遠にこの世界に繋ぎ止める事になったとしても。
どうせ、正解など誰にも分らないことだ。
あの二人にしかわからない。
「アンディ、父と祖父のアンドロイド開発に関する記録はすべてスキャンしたな?」
「随分前にすべて致しました」
「地下室の古い資料はどうだ?」
「そちらはまだです」
「お前はそっちに行ってホープの核を作った時の資料を探してくれ」
「何かヒントが?」
「わからない。だがホープのような感情を持つアンドロイドのAIなら参考になるはずだ。開発資料がある方が進めやすいだろう」
「かしこまりました」
「よし、始めるぞ。私には不可能はない!」
チャールズは自分を鼓舞して目の前のモニターのスイッチをオンにした。
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